マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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不死鳥の騎士団とマリア
1ー1


 

 グリモールド・プレイス十二番地での生活が始まった。なぜダーズリー家でなくシリウスと共にあっても許されるのか──答えは簡単だった。『前回』同様にここブラック邸が不死鳥の騎士団の本部として提供されたのだ。──つまりは、ダンブルドアが秘密の守人となった。

 元々、この計画は去年、夏休みを前にシリウスとの生活を泣く泣く諦めたその時にすぐに立ち上がったのだという。ただし、ヴォルデモートの復活は想定されていなかったため──ダンブルドアはトレローニーの予言から予想のうちの一つには入れていたかもしれないが──この時点ではシリウスがダンブルドアへ秘密の守人を頼む一方的な関係でしかなかった。だが、状況が変わった現在、互いにメリットを差し出しあい、まさしくギブアンドテイクと相成ったわけだ。

 

『前回』とはうって変わって美しい状態に戻されたブラック邸を眺める。ハリーははじめて目にする豪邸に驚いていたが、僕は前回とはまるで違う様子に驚いていた。虫食いだらけのカーテンはすべて取り替えられ、壁紙も明るい色で統一されていた。例の夫人の肖像画のカーテンは完全に閉め切られ封をされていた。物理だ。シリウスいわく整えるための期間がまるっと一年あったのだからこのくらいは当然、とのことだ。僕としては、クリーチャーとルーピン先生に指示だけ出して任せっきりだったのだろうと推測している。

 ──ルーピン先生。そう、ここブラック邸には僕たちポッター兄弟と後見人のシリウスの他にもうひとり同居人がいる。リーマス・ルーピンだ。僕たちを本格的に引き取るまで二人で暮らしていたらしく、シリウスよりもよっぽどルーピン先生のほうが屋敷の物配置にはくわしかった。さらに、今では不死鳥の騎士団メンバーが出入りをしたり会議をしたりと、不気味な記憶でしかなかったブラック邸はすっかりにぎやかな館になっていた。

 

 

「シリウス、この家に戻ってよかったの?」

 

「うん?」

 

「あの──ブラックの家があまり好きじゃないって、言ってたから」

 

 

 なんだかうすら寒くすら思えてしまうほど幸福な日々の中、ソファで誰かの便箋──おそらく騎士団員からの報告書だ──を読むシリウスへと背をぴったりとつける。シリウスはすっかりかつての美貌を健康的に取り戻していた。灰色の目が暗く濁る彼はいなかった。『僕』のシリウスとは大違いだ。……これで、よかったんだ。

 

 

「ああ……マリアの言うとおり、私はこんな陰気で悪趣味な館は好きじゃない。良い思い出なんてちっともないからね。だが、セキュリティはブラック家本邸の名に恥じない万全っぷりだし、ダンブルドアとの交渉条件のうちの一つだったんだ。君たちをどうしても保護したいのなら、ブラック本邸を使うこと──とね」

 

 

 ダンブルドアの思惑が絡んでいたことに安堵する。彼が糸をめぐらせているうちは大きな失敗へは繋がらないはずだ。マリアの身になって僕は思い知ったのだ。──なにも考えずに傀儡として生きるのは、ひどく楽なのだと。

 

 

「それから……ここだけの話なんだが、実は収容時に没収されたまま、なんだかんだと理由をつけられ、いまだ私の家は完全には返してもらえていないのだ。私一人が住むには問題ないけどね。誰かを住まわせるとなると──奴さんらがここぞとわめく」

 

「……それ、いいの?」

 

「よくはないが──君たちと一緒にいられるのなら、どこだってかまわないさ」

 

 

 頭に大きな手が置かれた。ゆっくりと微笑みと共に撫でられる。『僕』の頃からえがき続けていた理想がそこにあった。

 あれほどブラック邸に監禁される身を呪っていたシリウスが、今、こんなにも穏やかな顔をしている。

 

 

「シリウス」

 

 

 報告書を手放したシリウスにすり寄る。幼子のように両腕を伸ばす。

 

 

「大好きだよ」

 

 

 受け止めて、抱き返してくれる腕とあたたかい胸元にまどろむように瞳を閉じた。どうか、この先も──この優しい時間が続きますように。

 

 

「シリウス、今、いいかい?」

 

 

 シリウスに身を預けて、すっかりうとうとしかけていたそこにルーピン先生が顔を出した。

 

 

「客間の文机だけど、やっぱりボガートがもぐり込んでいたよ。まったく、いつの間に……おや、マリアもいたのか。君がひとりってことは、ハリーはまだ部屋かな。昼食はもう済ませた?」

 

 

 傷だらけなのにおそろしさを感じさせない柔和な微笑みが僕へと向けられた。四人で暮らす中、彼は僕たちの中ですっかり母親の立ち位置になっていた。シリウスは……お父さんというよりもお兄さんかな。子供と一緒によくルーピン先生に叱られているもの。

 

 

「まだだよ」

 

「それじゃあ、今日は私が作ろう。ハリーを呼んでおいで。寝ているなら……そっとしておこう」

 

「ハァイ」

 

 

 ソファから立ち上がる。騎士団の仕事で忙しい二人に代わってブラック邸の家事は僕とハリーで回すのがほとんどだったが、時おりこうしてルーピン先生やシリウスが手料理を振る舞ってくれることがある。そんなささやかなしあわせすら僕には愛しくてまぶしかった。この館に安全面から軟禁状態にある僕たちを大人たちは不憫な目で見ているようだけど、僕としては一向にかまわないのだ。ハリーは……わからないけど。

 停滞した幸福がここにはあった。

 

 

「リーマス。ボガートの処理は終わってるのか」

 

「ああ。一応、他のところも掃除がてら見てくるよ」

 

「クリーチャーのやつ……掃除すらできないとは」

 

 

 大人たちの会話を背に二階へと上がる。クリーチャーと顔を合わせることができたのは初日のみだ。シリウスが互いの紹介のために無理に呼びつけたのだ。クリーチャーは落ち窪んだ目で憎々しげに僕たちとシリウスを見回していた。

 主人への想いと遂行できない命のためにロケットを握り続けた年老いたしもべ妖精──そして、息子アルバスの良き友達となってくれた家族。……彼とシリウスの確執もどうにかしてやりたいのだけど。

 

 

「ハリー?」

 

 

 僕の個人部屋と隣り合う扉をノックする。返事はなかった。ルーピン先生の言うとおり、まだ寝ているのかもしれない。

 

 

「ハリー、入るね」

 

 

 勝手知ったるとドアノブを回す。いつかの宣言通り、家主のシリウスによって一人ずつ個別の部屋を与えられた僕たちだが、結局、一人部屋を満喫できたのははじめの三日が限度だった。──ハリーがうなされるのだ。セドリックの夢を見て。ヴォルデモートとの繋がりが深くなっている彼に、眠りは牙を向いた。

 放っておけなかった。かつて苦しみ抜いた『僕』がそこにいるのだから。そうして、シリウスに懇願した僕はマリアの部屋と銘打ちつつもほとんどをハリーの部屋で過ごしていた。

 血の守りの関係もある。きっと僕にペチュニア伯母さんほどつよい盾の力はない。でなければ、これだけ四六時中共にいて、ヴォルデモートがハリーに近付けるはずもないのだから。──それでも。

 少しでも、宿敵の呪いと、そして母の呪いを背負ったこの子の心を救いたい。

 

 

「ハリー」

 

 

 ベッドのハリーは眉根を寄せて寝汗を浮かばせていた。また、悪夢を見ているようだ。墓場の夢を。

 

 

「だめだ、セド……マ、リ……」

 

「ハリー。ここにいるよ。僕はここにいる」

 

「にげて、セドリック……マリア……マリア……」

 

「うん。マリアは君の側にいるよ」

 

 

 手を握って、くしゃくしゃの前髪を払って額を撫でる。汗でしっとりしていた。傷が熱を持っているように感じた。

 

 

「ハリー」

 

「マリア」

 

 

 涙でゆらゆらした緑色の瞳がおもむろに開いた。

 

 

「おはよう、ハリー。もうお昼だけどね。お腹は空いてる? ルーピン先生が昼食を作ってくれてるんだ」

 

「……マリア」

 

 

 伸びてきた腕を自らむかえて、脂汗にしめったハリーの背を叩く。耳元で呼吸をするハリーの声はかすれていた。この夏で男の子のハリーはぐんと背が伸びて、声変わりもむかえて本格的な思春期へと入っていた。心のバランスがぐちゃぐちゃなのだ。『僕』自身、そして我が子たちの成長を見てきた僕にはそれがわかった。

 

 

「マリア……マリア……」

 

「うん。ちゃんと生きてるよ」

 

 

 冷たいハリーの体に僕の熱が移るまで、僕らは子供らしくベッドの上で抱きしめ合った。

 

 一ヶ月ほどしてから、ウィーズリー家の人々やロンとハーマイオニーもブラック邸へとやってきた。騎士団の活動も活発的になり、ほとんどがブラック邸を間借りしているような状態だった。それが叶うほどに、ブラック邸は広いのだ。ウィーズリー夫妻に、姿現しを頻繁に行ってはハーマイオニーをイライラさせるフレッドとジョージ、ロンにジニー、ビルは表向きの仕事もあってブラック邸へ戻るのは時々だった。チャーリーは遠くまで出ているようでまだ一度も顔を見られていなかった。そして──パーシーは。

 

 

「あんな野郎、兄弟じゃないよ。ファッジのローブ持ちめ。野心家の恥さらしめ」

 

 

 すっかり台所の主となったモリー母さんに聞こえない場所でフレッドは吐き捨てた。今回もパーシーは魔法省側についてしまったのだ。

 日刊予言者新聞を手に取る。一面にダンブルドアのヘイト記事が見られた。『前回』ではハリーの情報操作と五分五分だったそれは、標的をダンブルドア一本へとしぼっているようだった。ハリーを貶めるには情報が足りないのだ。そしてなにより──冤罪をかけてしまったシリウス・ブラックが黙っていない。それは、リータ・スキーターの記事の一件で確認されている。ペティグリューの不祥事を黙っていることも牽制の役割をなしていた。

 ゆえに、ハリーはダンブルドアに操られる哀れな被害者として書かれているのである。みんなの希望的存在のハリーを悲劇に落とすことで、ダンブルドアへのヘイトをより集める方向にしたようだ。──どっちにしろ、ハリーの声は届かない。

 

 

「会議、終わったみたいだぜ。チェッ、やっぱりスネイプがいると防がれちまう」

 

 

 伸び耳を名残惜しげに回収したジョージがぼやく。好奇心旺盛な子供たちは大人たちの会議が気になってしかたないのだ。それはハリーにまで伝染して、不安定な彼に苛立ちを覚えさせていた。

 

 

「スネイプが騎士団の人間だったなんて」

 

「シリウスはこの件に関してはなんとも?」

 

「うん。相変わらず仲が最悪だってこと以外は、なんにも」

 

 

 ハーマイオニーからの問いかけに首を振って答える。二階はもっぱら子供たちのための階となっていて、特にマリアとハリーの部屋は室内からも扉一つで移動できる仕様なために子供側の疑似会議室となっていた。

 

 

「とりあえず、お袋に見つかる前にマンダンガスのところへ行こうぜ。兄弟」

 

「だな。いい商売にしなくちゃ」

 

 

 フレッドとジョージがここぞとばかりに取引商品を手に階段を下りる。ハリーをスポンサーとした悪戯専門店の計画は順調のようだ。それに、ハーマイオニーはこれ見よがしに肩をすくめた。

 

 

「わたし、あの人、好きじゃないわ。どうにも信用ならないんですもの──キャア!?」

 

 

 ハーマイオニーはなにに悲鳴をあげたのか──ハーマイオニーの目線を追って、みんなが同じように飛び上がった。鬱々としたブラック家のしもべ妖精、クリーチャーがいつの間にか忍び込んでいた。

 

 

「あの、あなた──そう、クリーチャーよね」

 

 

 悲鳴をあげてしまったことを恥じたハーマイオニーは懸命に優しい声を出した。だがしかし、クリーチャーには純血でない──特に、両親のどちらもが魔法族でないハーマイオニーからの友好の手などは屈辱でしかないのだ。

 

 

「穢らわしい女がクリーチャーに話しかける。穢れた血の分際で奥様のお屋敷を荒らして──おお、おかわいそうな奥様。高貴なる屋敷を獣共に荒らされて、どれほどお嘆きか──」

 

「気にしないで、ハーマイオニー。……これ、彼の独り言なんだ」

 

「そう……」

 

 

 ハーマイオニーは同情的な目でクリーチャーを見ていた。彼女の頭の中には今、かわいそうな屋敷しもべ妖精クリーチャーでどんなに悲劇的なストーリーがくり広げられていることだろう。『前回』壁の飾りとなっていた歴代しもべ妖精の首はとっくの昔に撤去済みだが、このおぞましいブラック家の伝統を彼女が知ればどう思うか。……想像するだけで 反吐(SPEW)が出そうだ。

 

 

「ここにブラック家の人々の遺品はないよ、クリーチャー」

 

「おっしゃるとおりで、お嬢様。……穢れた血の混血がクリーチャーに家族面をする。このお屋敷の主面をする。なんたることか。このような惨憺たるさまを奥様がご覧になられたら、クリーチャーめになんとおおせになるか……」

 

 

 クリーチャーは悪態をつきながら退室した。ハーマイオニーは彼のちいさく哀れな後ろ姿に同情あまって口をおおっていた。

 

 

「かわいそうに……正気じゃないんだわ」

 

「正気じゃないのは君だよ、ハーマイオニー。あんなことを言われて、なにがかわいそうだって言うんだ?」

 

「あれが虐待の結果なのよ。みんながよってたかって、正当に評価せず奴隷のように扱うからああなるんだわ。彼は屋敷しもべ妖精の悲しい運命そのものなのよ」

 

 

 ロンと、それからジニーがハーマイオニーから目をそらして救いを求めるような眼差しで僕を見た。……諦めてくれ。彼女のこれは魔法大臣になったって変わりやしないんだから。

 

 夕食を終えれば子供たちは追い立てられるように就寝だ。特に、モリー母さんからの監視は完璧だった。モリー母さんは子供たちの耳に騎士団の活動内容を触れさせたくないのだ。少し前に伸び耳を使ったジョージが『ヴォルデモートが求める形のわからない武器』についての情報を盗み出して以来、ピリピリと神経を尖らせていた。

 

 

「……眠れない?」

 

 

 マリアの部屋はハーマイオニーとジニーに譲って(室内ドアの鍵は当然閉めた上でだ。)ハリーの部屋で同じベッド横になる。手慰みにハリーの背を一定のリズムで叩く。

 ハリーの悪夢には二種類ある。セドリックの夢と──ヴォルデモートとリンクする夢だ。神秘部へ向かう扉の夢──

 

 

「大丈夫だよ、ハリー。僕が起こすから。……その先には、行かせないから」

 

「マリア……」

 

 

 まだハリーは誰の目線で扉の夢を見ているのか気付いていない。だが、それも時間の問題だ。じわじわと記憶を脳を侵食されるあの感覚──それはハリーと『僕』にしかわからない。

 十年以上共にあるくしゃくしゃ頭を抱き込んで、何度だって繰り返す。

 

 

「大丈夫だよ。──君には、僕がいるんだから」

 

 

『僕』にはいなかった──(マリア)がいるのだから。

 

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