マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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3ー1

 

 日曜日にはパーシーからロンへ、なつかしいダンブルドアネガティブキャンペーンの手紙が届いた。それをロンはハリーの前で忌々しそうにやぶり捨てた。

 

 

「なにが──バッジを──失う──危険性について──だ!」

 

「パーシーらしいね」

 

「マリアはほんとうにのんきね」

 

 

 ハーマイオニーの髪をポニーテールにしながらクスクス笑えば、そのハーマイオニーからは呆れたふうに肩をすくめられた。

 だって僕は知ってるもの。──パーシーが弟の亡骸を前に、どれほどの愛を突き通すか。ムカつくけど、憎めない人だ。

 

 

「それにしても、アンブリッジについての箇所が気になったわ。アンブリッジがこれからやりやすくなるって──どういうこと?」

 

 

 仕上げにブラシで毛先を整えて。ハーマイオニーはふわふわの髪を振って僕らへと向き直った。

 

 

「──明日、わかるよ」

 

 

 きょとんとする三人の子供たちの顔を眺める。窓の向こうは暗い。嫌な天気だ。──ホグワーツに大人の思惑が絡み始めていた。

 翌日になって、広げた日刊予言者新聞を前に三人は苦々しく大見出しを見た。『ドローレス・アンブリッジ、初代高等尋問官に任命』──素早く内容を理解した才女、ハーマイオニーの目がメラメラと燃え上がった。

 

 

「最低だわ。あの女、他の先生がたに口を出す権利を得たのよ。魔法省の狙いはこれよ」

 

「マクゴナガルの査察時にコテンパンにされるさ」

 

「……あいつのクズっぷりを甘く見ちゃダメだ」

 

 

 少女の声が低く落ちる。マリアの声だった。脳裏には失神呪文をいくつも受けて倒れるマクゴナガル先生の姿があった。ハーマイオニーとロンは意味深げに顔を見合わせた。

 

 

「……ずいぶんと敵視するのね?」

 

「人として好きじゃないんだ」

 

「マリアって他人への好き嫌いが激しいけど──そこまで表に出すのはめずらしいね」

 

 

 ハリーの言葉に二人がぎょっとする。僕としても、当然の顔で見抜かれていたことにドキリとした。

 

 

「マリアが嫌いなら、僕だって嫌いだ」

 

「それは──」

 

「だって──僕は君で、君は僕なんでしょう?」

 

「ハリー……」

 

 

 なんとも言えない空気が四人を中心にただよった。新聞の中のドローレス・アンブリッジだけが場違いにニコニコとしていた。

 

 アンブリッジの査察は占い学時にやってきた。ああ、と思い出す。このままではトレローニーはアンブリッジの職権濫用によってホグワーツそのものから追い出されかねない。好きな先生ではないけれど、不憫に思う心くらいはある。だが──子供の身ではどうしようもない。僕は闇祓い局に勤める大人のハリー・ポッターではないのだ。ホグワーツに在籍する五年生の少女、マリア・ポッターだ。平凡な女の子だ。法的権限を持った大人を相手に太刀打ちする力はない。武力だけではどうにもならないものもあると、大人になってから『僕』は学んだ。それぞれの戦い方を選ばねば大人の世界では生きていけない。

 アンブリッジがトレローニーの後ろをハグリッド作糖蜜ヌガーのようにくっついて回る。トレローニーは目に見えて苛ついていた。あくまでも事務的な確認と質問を交えて、最後に自身に予言をとトレローニーを試す。

 

 

「あたくしには見えますわ──あなた──あなたはこれから──それはおそろしい────」

 

「…………そう。結構ですわ」

 

 

 アンブリッジは能面のような微笑みで冷たく答えた。クリップボードへ書き込んでいくさまは裁判長のジャッジ・ガベルのようだった。

 次はアンブリッジ自身の闇の魔術に対する防衛術の時間だ。そこでもアンブリッジとハリーの対決は為された。

 

 

「魔法省はクィレルがなにに操られていたのかご存知ないんですね」

 

「……何が言いたいのかしら。ポッター」

 

「いつまでも目を背けることはできませんよ。ヴォルデモートは戻ってきたんだ」

 

「──罰則です」

 

 

 僕と隣席のハーマイオニーはがっくりと肩を落とした。ロンは天をあおいでいた。当時の『僕』の親友たちもこんな気持ちだったのだろうか。

 ハリーの気持ちだってわかる。現在のハリーがどれほどストレスをためているか。きっとハリーを除いて僕が一番理解している。けれども──子供の気持ちになって寄り添ってやることは難しかった。彼の思考がわかるからこそ、それではいけないのだと叱りつけたくなった。

 

 

「ハリー」

 

 

 クィディッチキャプテンのアンジェリーナとも一戦を交えてきたハリーに再び薬瓶を渡す。今回は衝動のままに割られることはなかった。僕の数日の特訓は無駄にならずに済んだ。

 

 

「ハリー、わたしからも」

 

 

 ハーマイオニーが手渡したのはマートラップ触手液だ。ようやっとすさんだ顔のハリーに穏やかさが戻った。さらに、マクゴナガル先生の査察時にアンブリッジが完膚なきまでに叩きのめされたこともあって、数日ぶりにハリーは晴れやかな心地でいるようだった。

 ──だがしかし、悪夢は彼を見逃してはくれない。

 

 

「ハリー。……シリウスに、手紙を書いてみようか」

 

 

 不眠から目の下に痛々しいくまを作るハリーをやわらかく撫でる。ハリーは小さく鼻をすすった。

 

 

「なにを書けっていうの?」

 

「夢のこと。傷が痛むこと。ダンブルドアに接触するのはいやなんだろう? シリウスならかならず君の力になってくれる」

 

 

 ──こちらのシリウスには、(ハリー)が見えているから。かげるばかりのエメラルドの瞳に微笑む。

 そうすれば、シリウスからダンブルドアへとハリーの状態も伝わるだろう。不死鳥の騎士団については、ダンブルドアの手を借りなければ子供の(マリア)にはどうしようもない。必要になれば向こうからコンタクトがある。今はそれを待つしかない。シリウスの言葉ならば今のハリーにだって響く。

 

 

「……わかった」

 

 

 便箋を取りに戻るハリーの背を見つめる。──『僕』も、あんな風に見えていたのだろうか。不安定で、今にも崩れそうな背中だ。

 理由もわからず隠し事をされるのはつらい。僕はそれを知っている。だけれど、ハリーに隠さねばならない大人の事情だって知っている。閉心術を持たない現在のハリーは分霊箱の絆からヴォルデモート専用の情報庫となりかねないのだ。……きっと、ダンブルドアは『僕』が閉心術を習得したそのときにすべてを教える心積もりでいたのだと思う。そしてそれが、修復不可能なまでにすれ違った──

 

 

「……むずかしいな」

 

 

 どちらの思惑も見えてしまう。僕になにもわからない子供のふりはできそうになかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「このままではいけないわ」

 

 

 とうとう来たぞ、と──決意を固める少女を前に僕はあいまいにうなずいた。

 

 

「そろそろ潮時じゃないかしら。わたしたちが──わたしたち自身でやるのよ」

 

「アンブリッジの暗殺を?」

 

「ロン、わたしは真面目に話してるの」

 

「僕だって真面目だ」

 

 

 間違いない。どちらも真剣な顔をしている親友二人を見比べて、ハリーと共に顔を背けてこっそり笑った。

 

 

「あの女からは一年生の呪文すらも学べやしない。わかってる? わたしたち、五年生なのよ? このふくろう試験がわたしたちの将来を左右するの。このままでは今年の五年生は総じてクズになってしまうわ」

 

「ウーン、まあ。つまり、どうするんだ?」

 

 

 ロンの催促に、ハーマイオニーの茶色い目がペットとおそろいにキラリと光った。

 

 

「──自習するのよ。闇の魔術に対する防衛術を」

 

 

 ロンがうめき声を上げた。たくさんだとばかりに両腕も上がっていた。キーパーとして励む彼の手には練習タコが見えた。

 

 

「これ以上勉強しろって? 君、僕たちがどれほど宿題を抱えてるか知ってる?」

 

「知ってるわよ。こっそりマリアが手伝ってることもね」

 

 

 三人そろってそっと彼女から目をそらしていた。

 

 

「この件に関してはなにも言いません。話を戻すわ。魔法省はわたしたちに知恵と力をつけさせたがらない──ここは学校なのに! 学ぶ権限を奪おうと言うのよ。それで損をするのはだれ? わたしたちよ! わたしたちはわたしたちのために立ち上がらなくてはならない」

 

「でも、大したことはできないだろ? 本を読むっていうのなら、今と変わりない」

 

「その通りよ。つまり、今、わたしたちに必要なのは────先生」

 

 

 僕はハリーを見ていた。ハーマイオニーもハリーを見た。ロンもつられてハリーへと純っぽい目を向けた。ハリーはパチパチと目をしばたたかせていた。

 

 

「…………なに?」

 

「わからない?」

 

「君のことを言ってるんだよ──ハリー」

 

 

 めずらしくハリーよりも先に察したロンが、「それはいいや!」と喜色をたたえた。

 

 

「なにがいいの?」

 

「君が僕たちの先生になるってことさ」

 

「僕が──なんだって? 僕──だって、先生じゃないよ」

 

「ええ。けれど、今の先生よりも断然、実績があるわ」

 

「実績?」

 

 

 ロンもハーマイオニーもニヤッとした。からかう時の顔だ。たとえば、そう──僕とドラコのことをだとか。

 

 

「一年生。『例のあの人』から石を守ったのはだーれだ」

 

「あれは──君たちだって知ってるだろう? ただ運が良かったんだ──」

 

「二年生。バジリスクなんて化け物に立ち向かったのはだーれ?」

 

「僕──マリアだって一緒だった!」

 

「三年生。君は守護霊の呪文を完璧にした」

 

「まぐれだよ。ルーピンとダンブルドアが手伝ってくれた──」

 

「四年生。君たちは『あの人』との対決に四度目の生還を果たした」

 

「だから────話を聞けよ!」

 

 

 ハリーは爆発した。二人からニヤニヤ笑いが引っ込んだ。僕はといえば、心を落ち着けてハリーを見守っていた。

 

 

「ぜんぶただのまぐれだ! 自分がなにをしてるかなんてわかっちゃいなかった。結果的にうまくいっただけなんだ。──訳知り顔で語るのはやめてくれ、その場にいたのは僕なんだから! 僕たちだけが知ってるんだ。正解かもわからずに闇雲に走らなくちゃならないあの恐怖。ほんとうの殺し合いが教科書なんかに載ってあるもんか。いちいち考える時間なんかないんだ。お手本みたいに杖ひとつで目の前に立っちゃくれない。これから何の呪文を使うかなんて授業みたいに宣言しやしない。僕たちが優秀だから切り抜けられたと思ってる? ちがう──すべてただの運だ!」

 

 

「そして──その運を掴んだのは僕たちだ」

 

 

 六つの目玉がいっせいに僕を見た。怯える瞳たちに僕はせいいっぱい大人ぶって微笑んだ。

 

 

「運も実力のうち──てね」

 

 

 ロンが少し笑い、ハーマイオニーの目に理性的な光が戻った。

 

 

「ハリー、あなたの言う通りだわ。あなたが特別だから生き残れたわけじゃない──それを知るあなただからこそ、先生として申し分ないと考えたの。……ヴォルデモートと戦う現実を、あなたとマリアだけが知っているのよ」

 

 

 震える声でヴォルデモートの名をはっきりと告げたハーマイオニーに、ロンとハリーはハッとした顔で彼女を見つめた。

 

 

「わたし、あなたが特別だから大丈夫なんて考えないわ。三年生の夜に誓ったもの。あなたもマリアも、当然わたしたちも──いつ死んだっておかしくないのよ。だからこそ、それでも死ななかったあなたの口からその方法を教えてほしい」

 

 

 彼女の瞳はまっすぐだ。ハリーはつられるようにうなずいていた。ハリーの癇癪がおさまって、僕もロンもほっとした。

 

 

「考えておいてね」

 

「……うん」

 

 

 ハーマイオニーの目配せに従って共に女子寮へと戻る。男の子たちが見えなくなってから、ハーマイオニーは僕へも乞うような視線を寄越した。

 

 

「ほんとうは、あなたにもお願いしたいの。でも、あなたは──」

 

「……ごめん」

 

「無理強いはしないわ。……考えておいて」

 

 

 ハリーへ向けたのと同じようにハーマイオニーは確固とした目で僕を見上げると、口元を笑ませてベッドへともぐった。──僕はなにも言えなかった。

 

 ハリー・ポッターは正解もわからずに走り続けた。そして、今──また、先のわからない道の前で立ちすくんでいる。

 

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