マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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 教育令ラッシュが始まった。手始めに第二十四号──学生による組織作成禁止の令だ。これにはクィディッチチームのキャプテン、アンジェリーナがほとほと困らされていた。マクゴナガル先生の手を借りてどうにかチーム再結成は叶ったが、すぐに許可されたスリザリンや他チームからはかなりの遅れを取った。そしてDAの行方──これは、『僕』の時と同じくドビーから必要の部屋の情報を得て無事決行された。一回目の訓練は大成功におさまった。二回、三回とアンブリッジの目の先鼻の先での会合は成功を積んだ。誰もが興奮していた。今、僕たちは大人への対抗手段を持っているのだと。

 今日もハーマイオニーの配ったコインが熱を伝える。

 

 

「エクスペリアームス!」

 

「ワッ──うん! 今のいいよ、チョウ。完璧だった」

 

「ありがとう、マリア」

 

 

 先生役兼リーダーはハリー、副リーダーはハーマイオニー。そして僕は上手くいかない生徒の相談役のようなポジションで訓練に挑んでいた。チョウとは訓練の最中に少しずつ関係修復が叶っているように感じた。もう誰もDAの存在に文句を言う者はいなかった。ザカリアスも、アーニーも、誰もが必死に──そして楽しんでハリーの授業を受けていた。

 

 

「いいなあ、チョウ。まだ、僕、マリアから杖を奪えた試しがないんだ」

 

 

 アンソニーが軽快に杖を振る。吹き飛ばされた僕の杖がアクシオによって彼の手元へと寄せられる。

 

 

「まだ取らせてあげないよ。でも──すごく上達してる。二人とも」

 

 

 顔を突き合わせてクスクスと笑う。すべてが順調だった。なにもかもが上手くいっている気がした。アンブリッジの罰則の跡も消えて、久々にハリーも僕も満面気色だった。絶好調だった。

 

 ──ロンのクィディッチ初試合がやって来るまでは。

 

 

「やめなさい──やめなさい、二人とも! ジョージ──ハリーッ!!」

 

 

 試合終了直後に起きた選手大乱闘に観覧席は絶句していた。そうだ、そうだった──このときに『僕』はクィディッチを禁止されたんだ!

 マクゴナガルに連れられゆくハリーとジョージの背中を目で追う。この後の結果はわかりきっていた。箒を奪われたハリーと、そしてウィーズリーの双子たちは談話室にて意気消沈としていた。からがら勝利を掴んだというのに、まるで寮全体が全敗したかのような空気だった。

 

 

「ハリー、どうして……?」

 

 

 今回は挑発してくるマルフォイだっていなかったのに──?

 ハリーは思わずとこぼれ出た僕のささやきを拾ってカッと目を開いた。

 

 

「どうして? どうしてだって? あいつらがロンになにを言ったか! おじさんとおばさんを──僕らの父さんと母さんを! ──君を!」

 

 

 そこでハリーはぐっとこらえた。きっと僕の耳に内容までもを届けたくはなかったのだろう。誰かがきっかけになったわけじゃない。スリザリンチーム全体からの挑発の結果らしかった。

 僕の判断ミスだ。今回にマルフォイはいなくて、そしてセオドールはかつてのマルフォイほどバカではないから、どうにかなると楽観視していた。ロンをなぐさめるだけで済むと──

 

 

「ごめん、今、誰とも話したくないんだ──君とも」

 

 

 大好きな緑色の瞳に拒絶されて、僕はすごすごと自室へ引き返してしまった。誰もが傷ついていて──僕までも運命に敗北した気分だった。めぐってきた運が再び尽きた。

 

 

 ハグリッドが戻ってきた。その報せは陰鬱としていたグリフィンドール寮にほんの少しの光を射した。数人はかえってがっかりしていたが、それも致し方ないものと受け止めた。ハグリッドのことは好きだが、彼が良い先生かと問われればそれはさすがにうなずけない。

 三人組からハグリッドの大怪我の様子を聞きつつ、ほっと胸を撫で下ろす。ハグリッドとマダム・マクシームの旅は確かに結果を残してきたようだ。

 

 

「大丈夫かしら……ハグリッド、どんな授業をするつもりなのかしら」

 

 

 旅から戻って初の魔法生物飼育学の授業で、さっそく生徒を禁じられた森へといざなうハグリッドにハーマイオニーが不安げに呟く。ハーマイオニーの懸念はおそらく的中する。

 

 

「さあ──こいつらが見えるもんはおるか?」

 

 

 骸骨のような身体に空洞の目、コウモリのような翼を持った馬っぽいなにか────手を挙げたハリーにしぶしぶと僕も倣った。ハグリッドは神妙にうなずいていた。そして──ドラコも静かに手を挙げていた。思わず目の前の『条件下によっては見えるもの』──セストラルよりもじっとドラコを見つめてしまった。魔法薬学やスリザリンとの合同授業時に見かけているというのに、久々に彼を見つけた気分だった。

 

 

「ン。そうかそうか、ネビルにマルフォイの坊主もだな。そうか──見えねぇやつらは幸福だ。ここにいるのはセストラルだからな」

 

 

 ハーマイオニーが、アアッ! と声をあげた。セストラルが食事をすることによってひとりでに減っていく肉塊を一部以外が不気味そうに見ていた。

 五年生の授業にセストラルというチョイスは悪くない。尻尾爆発スクリュートなんかよりもずっとずっと良いに決まってる。これが普段の授業だったなら、僕も気楽にセストラルと戯れられただろう。ただし──

 

 

「ェヘン、ェヘン」

 

 

 この女さえいなければ。

 

 

「メモを、受けとりましたか?」

 

 

 アンブリッジは甘ったるく、そして言葉の通じない外国人にでも話しかけるようにゆったりとハグリッドへと声をかけた。

 

 

「おう、おう! ここがわかってよかった」

 

「ふむ、文字は読めるようね」

 

 

 ハグリッドの怪我だらけのまだら顔がカァーッと赤くなった。緑ローブの数名がキャーキャーとかん高く笑った。ハーマイオニーは悔しそうに唇を噛んでいた。

 

 

「どうぞ、わたくしのことは、お気になさらないで。さあ、授業を、お続けになって」

 

 

 ハグリッドはアンブリッジの慇懃無礼な態度にたじたじとしていたが、それでも気丈に授業を続けようとした。──それを邪魔するのがこのガマガエルだ。

「原始的な──身ぶりを交えねば──言葉もまともに──伝えられない──」「うなるような声は──生徒を──怯えさせる──」

 わざとらしく声に出してクリップボードへとまとめていくさまは、スリザリンの生徒たちをいやらしく喜ばせた。抱腹絶倒とばかりに緑ローブが地面へと転がる。ハーマイオニーは悔し涙すら浮かべていた。ハグリッドはすっかり大きな体を丸めて小さくなっていた。(それでも普通の人の二倍は大きい。)

 授業を終えて、三人組はカリカリと怒りながら談話室へと戻っていた。

 

 

「わかったわ。あいつ、混血が嫌いなんだわ。ハグリッドもトレローニーと同じく停職に追いこむ気よ」

 

 

 そんなことは三人ともわかっていた。アンブリッジは確実にハグリッドを毒牙にかける。それを救うすべなんて──ただの子供にあるはずもなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 クリスマス休暇を前に、浮かれゆくホグワーツと共に僕も落ち着かない気分でいっぱいだった。クリスマスが楽しみだからじゃない。否、こたびの僕たちポッター兄弟にはブラック邸というれっきとした『帰る家』があるのだから楽しみでないはずがないのだが、とある心配事がそれを台無しにしていた。

 ──確か、このあたりだったはずだ。『僕』がウィーズリーおじさんの怪我を夢で見るのは。はっきりと覚えているわけではないけれど──雪のよく降る夜だった。

 

 

「マリア──マリア、たすけて」

 

 

 飛び起きた。ぼやけた視界にはじめに映ったのは火の粉を跳ねさせる炎だった。

 

 

「……ハリー?」

 

「っおじさんが──僕──」

 

「僕、マクゴナガルを呼んでくるよ。ハリーを頼んだ」

 

 

 暖炉の前、うたた寝をして占領していたらしいソファにハリーを座らせて、ロンが談話室を飛び出していく。ハリーは額を押さえて震えていた。

 

 

「どうしたの、ハリー。なんの夢を見たの」

 

「僕──僕──僕が蛇だった──僕がおじさんを──僕の牙が」

 

「ハリー、落ち着いて」

 

「どうしよう。ひどい怪我だった。あんなの──しん──死んで──」

 

 

「──君は、誰の目からそれを見ていたの」

 

 

 ハッとハリーが顔を上げた。信じられない──そう、ハリーの目は訴えていた。

 

 

「どうして──」

 

「ポッター。私にも話を聞かせてくれますか」

 

 

 マクゴナガル先生だ。寝間着姿のまま、ヘアネットすらもつけたままで息を切らして女史はそこに立っていた。ロンはマクゴナガル先生の後ろで怯えたようにハリーを見ていた。男子寮の寝室からはハリーの同室者たちがおそるおそると顔を覗かせていた。

 ハリーが途切れ途切れながらも夢──否、蛇の目を通して見たヴィジョンを伝える。マクゴナガル先生は固い声で答えた。

 

 

「──ダンブルドア先生にお目にかかりましょう」

 

 

 

 ***

 

 

 

 ダンブルドアが歴代校長の肖像画を動かす中、僕はハリーの手を握り続けていた。ダンブルドアはハリーを片時だって見ようとはしなかった。今ならばわかる。ハリーにどれだけヴォルデモートの感情が侵食しているかわからないのだ。ダンブルドアは聡明な人だ。現状と、そしてハリーの様子だけでそれを見抜いた。けれども、態度の説明を受けられないハリーに彼の葛藤が理解できるはずもない。ダンブルドアが目をそらすたび、ハリーの手はいかるように僕の手を握りしめた。

 

 

「ごくろう。ミネルバ、ウィーズリーの子供たちをここへ」

 

 

 肖像画ネットワークによってアーサー・ウィーズリーの危篤をはっきりとさせたダンブルドアは、きびきびと次の指示を出した。やがてロンの双子の兄たちやジニーも校長室へと招かれて、誰もが暗い顔で怯えていた。フィニアス・ナイジェラスから騎士団本部のシリウスの在住を確認すると、まともな説明もなくウィーズリー家の子供たちはグリモールド・プレイス十二番地へとポートキーによって飛ばされた。煙突ネットワークや手紙なんかは監視されている。ゆえに、ダンブルドアは少々荒っぽい手を取るしかなかったのだ。それにハリーは、ああ、だから……と覇気なく呟いた。シリウスが返信をくれないことを気にしていたのだ。

 

 

「ハリー、マリア──! さあ、子供たち──火の前にかけなさい」

 

 

 夜遅くだというのにシリウスは両腕を広げて子供のみんなを迎えてくれた。一瞬、ハリーは泣き出しそうに顔をくしゃっとさせたが、ロンを見て、ロンが繋ぐジニーを見て、弟妹を守るように立つ双子の兄たちを見て目をつぶった。その気持ちが僕には痛いほどわかった。彼らの家族の絆に触れて泣く資格なんて、僕たちにはないのだ。

 杖を振ったシリウスが椅子を人数分、暖炉の前へと並べる。机には熱々のバタービールだ。のろのろと子供たちは崩れ落ちるように座りこんだ。

 

 

「フィニアス・ナイジェラスからおおまかには聞いている。アーサーが怪我をしたって? ──それを、ハリーが見ていた?」

 

「うん──」

 

 

 ハリーは校長室での話をシリウスへとくりかえした。扉を進む蛇。するどい牙を唸らせて、男の脇腹へと噛み付く──

 ハリーはひとつだけ嘘をついた。蛇の目から見ていたのではなく、隣からそれを見ていたかのように語ったのだ。真実を知る僕とロンは一度だけ意味を含んだ目配せを交わしたが、それからはなにも言わなかった。

 

 

「そうか……そしてそれは夢ではなく、現実に起きていた──」

 

「ごめん、シリウス。ハリーはまだ混乱してるんだ。寝室へ行ってもいい? 呼んでくれればすぐに戻るから」

 

「っああ、もちろんだ。君たちは──」

 

「ここにいる。ここで待ってる。ママが一番に来るのはここだ。そうだろう?」

 

 

 軽蔑すべき冗談を聞いたとばかりにフレッドとジョージが反抗的な目でシリウスをにらみ上げる。シリウスは痛ましそうに子供たち一人一人を眺めた。

 

 

「そうしたければ、好きにしなさい。夜食を作ってこよう。毛布はそこだ」

 

「さあ、ハリー。行こう」

 

 

 ハリーの肩を支えて、ロンへともう一度だけ目配せしてから、シリウスへ唇だけでおやすみを伝えて二階へと上がる。このままではハリーがなにを口走るか、わかったものではない。

 ハリーは自我喪失状態だった。怯えている──この子はひどく怯えているのだ────自分自身に。

 

 

「ハリー」

 

 

 ベッドへ腰かけて、彼の頭を膝へと乗せて。ゆっくりと背を撫でた。ハリーは今にも消え入りそうな声で吐露した。

 

 

「僕──ほんとうに、狂ってるのかもしれない」

 

「君は狂ってないよ」

 

「僕だった──あの蛇は僕だった──」

 

「君じゃない」

 

「僕──おかしいんだ。ダンブルドアが憎く思えたんだ。ポートキーで──あの時、ダンブルドアと目が合った。そうしたら、僕──急に──僕の中で憎しみがふくれ上がって──蛇みたいに──」

 

「ハリー」

 

 

 冷たい頬に触れる。どうかそれ以上は考えないで。──祈るも、届くわけがないことくらいはわかっていた。このときの(ハリー)がどれほど恐怖したか──『僕』は知っている。

 

 

「僕、考えてた。これって──ヴォルデモートの感情なんじゃないかって。傷が痛むのはヴォルデモートが怒っている時だ。でも、僕の心にまで届いた。僕が感じていた。──アーサーおじさんを殺そうとして、それを楽しいって僕は思ったんだ」

 

「ハリー」

 

「僕──僕は──このまま、ヴォルデモートに──?」

 

「ハリー!」

 

 

 とうとう悲鳴のように叫んでしまった。ハリーはぼんやりと僕を見上げていた。いかないで──そっちはおそろしいから。届かなくなるから。

 

 

「マリア──僕──僕がこわいよ────君のことまで、殺してしまうかもしれない。目覚めた時──君が──」

 

「そんなわけない。君はハリー・ポッターだ。アーサーおじさんを襲った蛇じゃない。ヴォルデモートじゃない。マリアを愛してるハリーだ。ハリーはマリアを殺さない。マリアだってハリーを殺さない。そんなの、ダンブルドアが蛙チョコレートカードになるくらい当たり前のことだ」

 

「僕がこわくないの──?」

 

「僕の弟は時々すっごくバカだ」

 

 

 シリウスを見たハリーの一瞬の表情を思い出した。今、僕も同じ顔をしているだろうと思った。

 

 

「言っただろう? たとえ君が闇の帝王だったとしても──僕は変わらず君を抱き締めるって」

 

 

 ハリーは、ぎゅっと我慢していた目を開いて泣きながら笑った。

 

 

「……僕が、兄だよ」

 

 

 薄暗いクリスマスの始まりだった。

 

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