マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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4ー1

 

 モリー母さんがブラック邸へやってきたのは朝方の五時過ぎだった。一睡もしていなかった子供たちからようやく力が抜けて、みんなへなへなと床に座り込んでしまった。それを一人一人抱き締めてから、モリー母さんは朝食の準備へと入った。ハリーは気まずそうに沈黙していた。自分がアーサーおじさんを襲った──そう思い込んでいるのだ。こうなれば、(ハリー)は誰の言葉も聞かない。今は慎重に様子を見るしかない。

 午後にはアーサーおじさんのお見舞いにウィーズリー一家に続いて聖マンゴへと向かった。そして──そこでハリーは聞いてしまうのだ。大人たちの会話を。

 

 

「もし、『例のあの人』がポッターに取り憑いているのなら──」

 

 

 それからハリーは逃げるように自室へとこもってしまった。事情を知る子供たちははじめこそそっとしておこうと遠目からハリーを見守っていたが、次第に両者ともが苛つきを隠せなくなっていた。

 

 

「ハリーは一体どうなってるの? マリアしか部屋に入れないのよ!」

 

「頭の整理が必要なんだよ」

 

「誰もハリーが『例のあの人』のように凶悪になるだなんて、そんなこと考えるはずないのに!」

 

 

 ぷんぷん怒るジニーをなだめつつ、家族とのスキー旅行をパスして騎士団本部へとやってきていたハーマイオニーと顔を合わせる。ハーマイオニーは頼もしくうなずいてくれた。

 

 

「わたしが引っ張りだしてくるわ。マリアはここにいて。いい加減、マリアに甘えっきりじゃいけないのよ」

 

「あたしも行くわ。まるであたしたちみんなが敵みたい──そんなのって侮辱よ! どれほどあたしたちがハリーを大切に想ってるか、わからせてやるんだから」

 

 

 鼻息荒く二階へ上がっていく乙女たちの後ろ姿に、残されたマリア含む男性陣はなんとも微妙な表情で固まっていた。……僕の親友と(ハリー)の妻はまったく惚れ惚れするほどに心強い人たちだ。

 数時間後、有言実行とばかりに少女二人に連行されたハリーが顔を出した。みんなが歓迎した。モリー母さんなんかはふくよかな頬をニコニコさせて続々とハリーの皿に夕食を盛った。ハリーは困ったふうにしながらも落ち着いているように見えた。

 明日はクリスマスだ。このまま平穏な時間が続けばいいと誰もが願っていた。きっと、ハリー自身でさえ。けれども──導火線は本人すらもコントロールできないところで着火するのだから、思春期とは手に負えないのだ。

 

 

「ちょうどハーマイオニーもそろったからね。少しお説教といこうか。──どうせ、君たち全員が参加しているのだろう? 秘密の『防衛グループ』に」

 

 

 デザートまで平らげた夕食後の席で、子供たちはハッと肩を跳ねさせた。切り出したのはシリウスだが、モリー母さんもわかっていたように固い顔で定位置へと座り直した。

 

 

「どうして、それを?」

 

「裏をかいたつもりだろうが、集会場所にホッグズヘッドはまずかったな、ハーマイオニー。きな臭い場所にはきな臭い人間がいるものだ」

 

「「誰がいたの?」」

 

「君たちのお得意さんだよ」

 

 

 瞬時に思い至った顔をする双子の息子たちに、モリー母さんは不快げに顔をしかめた。そんな顔をされると否応なしに叱られている気分になる。──事実、叱られているのだ。あのシリウスに。

 

 

「……シリウスは反対なの?」

 

「当然だ。マリア、私が新学期前に君に何を言ったか覚えてないのか? くれぐれも無茶をするなと、そう聞かせたはずだが? それともなにか、これは優秀な諸君からすれば無茶の範囲には含まれないとでも?」

 

「待って、シリウス。マリアを責めないで。発案はわたしなの」

 

「だとしても、ハリーはともかくマリア──君は止めるべきだった」

 

 

 食卓に重々しい沈黙が落ちる。ウィーズリー家の子供たちは母親をうかがい見て、ハーマイオニーは気遣わしげに僕たちポッター兄弟を見ていた。そしてシリウスは僕一人を見つめていた。

 僕は混乱していた。『僕』の知るシリウスは自主的防衛訓練を喜び後押ししてくれた。それを『僕』のハーマイオニーは「彼は自由に動けない身ゆえにわたしたちを通して生きようとしている」と非難したが、当時の『僕』は自暴自棄で、肯定してくれるシリウスを慕い無条件に擁護していた。けれど──今ならばわかる。こうも、変わるのだから。

 シリウスはシリウスなのに、彼の姿をした他人に思えてしまうのだ。親代わりを担ってくれる彼にこんな感情はいだきたくないのに、記憶との差違にゾッとしてしまうのだ。どちらが──ほんとうのシリウスなのだろう。

 

 

「母さんも同意見ですよ。訓練は卒業してからだって積めるんだから、どうか今はおとなしくしていてちょうだい」

 

「でも、ママ!」

 

「でももへったくれもありません! お父さまが大変なときに、あなたたちまで心配をかけないで。ロン、監督生だというのに妹の手本になれないでどうするんです」

 

 

 モリー母さんからの追い打ちに、子供たちの反論は完全に封じられてしまった。だって、子供なのだ。まだまだ大人から教えを乞う立場の学生だ。だからこそ──僕だけは黙するものか。

 

 

「譲れない。このことは誰にも譲らない。DAだけは絶対にやめない」

 

「マリア」

 

「卒業してから? ──卒業まで生き残れる保証はないんだ」

 

 

 戦場は場所を選んではくれない。ご丁寧に指定した時間、場所に敵がのこのことやって来てくれるわけもない。誰かの家かもしれない。どこかの店かも知れない。森の中、街の中──学校が舞台かもしれない。子供だから許してくれ、大人になるまで待ってくれ、なんてバカげた懇願が圧倒的脅威の前に通用するものか。

 僕はたとえこの身が修羅を知らぬマリアのものであろうとも、大戦の犠牲となった四色のローブたちを忘れない。『僕』やフレッドとジョージのように自ら選んだのではなく──卒業できなかった者たちがいることを忘れてはならない。

 ──セドリック・ディゴリーを、忘れない。

 

 

「マリア、どうして君はそうも生き急ぐ。もっと大人を頼りなさい。君たちは十五才なんだぞ」

 

「そうよ。マリアもハリーも……みんなあなたたちを心配しているだけなのよ。どうか今回は聞き分けて──」

 

 

 僕が口を開く前に、隣から立てられた大きな音にすべてをふさがれた。ハリーが立ち上がった音だった。両手は机に叩きつけられていた。

 

 

「──たくさんだ」

 

「……ハリー?」

 

「なにが大人を頼れだ。隠し事だらけのくせに。僕は知ってるんだ。あなたたち騎士団がなにを警戒しているのか。僕を監視して、恐がってる! アイツのようになるかもしれないって!」

 

「ハリー、いったいなんの話を……」

 

「たくさんだって言ったんだ! 他人のくせに──親面しないでくれよ!!」

 

 

 ハリーが食堂を飛び出していく。考える前に動いていた。誰よりも早くハリーを追いかけた。ハリーの背中は自室ではなくとある部屋へと飛び込んだ。

 整った部屋だ。部屋主がいなくなってからも埃ひとつためることなく丁寧に掃除され、それがいっそう生活感を奪っていった時の停まった部屋。──レギュラス・ブラックの自室だった。

 ルーピン先生と協力して一年のあいだに大幅リフォームを済ませたブラック邸だが、シリウスがかつての家族の個人部屋だけはどれにも手を入れられずにいることを僕は知っていた。おそらくハリーも、部屋主との関連は知らないにしても気づいてはいたのだろう。数点、家主の彼が触れられない部屋があると。だからここに逃げてきたのだ。

 

 

「ハリー」

 

「僕が悪いんだ。わかってる。わかってるさ」

 

「うん。──君がわかってることをわかってる」

 

 

 しゃがみこんでうずくまるハリーに寄り添う。

 

 

「マリア。君だけはそばにいて。なにがあっても」

 

「もちろん。でも、どうして? 僕のことは許してくれるの?」

 

 

 籠城するハリーを引き出した時点で、彼の心はある程度は溶かされたはずだ。『僕』は長年の友に対してまで猜疑心の強い子供ではなかった。

 ハリーは小さく答えた。

 

 

「マリアなら、なにがあろうとぜったいに僕を止めてくれるから」

 

「────」

 

「ロンやハーマイオニーじゃためらう。二人は優しいから、きっと咄嗟に友達へ杖を向けるなんてできないよ。でも──マリア、君はちがうだろう?」

 

「……ハリー」

 

「君なら迷いなく僕に杖を向けてくれる。……だから、ちゃんと、そばにいて。手遅れになる前に」

 

 

 なにも言えなかった。彼は周囲の愛を疑っているわけではなかった。──ただただ、自分が信じられないのだ。そして、ハリーの脆い部分を誰よりも理解しているのは僕だ。もしかしたら、ハリー自身よりも。そんな僕の言葉が届くはずもなかった。(ハリー)の弱さを知る僕の励ましなんかが、力になれるはずもなかったのだ。

 (ハリー)を知る僕こそが、誰よりもハリーの強さを信じていなかった。

 

 迷いを表すように、ゆっくりとハリーへ手を伸ばした。ハリーは自ら僕の腕の中へと飛び込んできてくれた。

 

 

「ヴォルデモートと気味の悪い絆を持っている僕だってかまわず抱きしめてくれる君だから、信じられる。マリアに託したいって思うんだ」

 

「……うん。応えるよ」

 

 

 腕の中のぬくもりが愛しくて、そしてどこか憎らしいようにも思えて、唇をきつく噛んだ。

 

 君が望んでくれる限り──僕はこの世の誰よりも(ぼく)の味方だ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 クリスマス当日。山のようなプレゼントを前にさっそく開封の儀を始めた子供たちを見守りながら、同じく微笑ましそうに眺めるシリウスを横目で見た。昨日のうちに飾られた居間はクリスマスカラーでいっぱいで、訪れる者の心を躍らせた。(心做しか赤色が強い気がする。)おもな準備をしたのはシリウスだ。鼻歌をうたいながら飾りつけをする姿は『僕』の記憶にある通りで、ほんの少しだけほっとした。

 子供たちに混じって自身宛のプレゼントをほどいていく。ハーマイオニーの宿題計画帳、ハグリッドから牙のついた財布、トンクスからはクリスマスソングを歌う奇抜なチョーカー、ロンはハリーとお揃いにした百味ビーンズの詰め合わせをくれた。そして、シリウスからの贈り物で手が止まった。──闇の魔術に対する防衛術についての本だった。僕は思わずシリウスをあおぎ見た。

 

 

「賛成はできないが、君たちは聞きやしないだろうとも思っていたんだ。……ジェームズとリリーの子だからね。あいつらはとことん頑固だった」

 

「君たちはサラブレッドだものね」

 

 

 ルーピン先生が悪戯っぽく目を細める。僕とハリーは本を抱いてきょとりと顔を見合わせていた。緑の瞳を見つめていれば、遅れてやってきた喜びがじわりと全身へ広がった。

 

 

「「──シリウス、ありがとう!」」

 

 

 二人で駆け寄る。シリウスは大きく両腕を広げて受け止めてくれた。

 

 

「シリウス──僕、昨日は──ごめんなさい」

 

「謝らなくていい。君の言葉は正しかった。私も──そうだな。はりきりすぎていた。口うるさいのがいかにうっとうしいか、私はとくに知っているつもりだったんだが」

 

「昨日のことを朝方に聞いたけど、万年反抗期だったシリウスに比べればハリーの反抗なんてかわいいものだよ。こいつはそのうちに家すら飛び出したんだから。そして君たちのお父さんの実家にべったりだ」

 

「十七からは一人暮らしだった!」

 

「休日のたびに入りびたっていたくせによく言う。親の心子知らずがよく身に染みたんじゃないか?」

 

「俺の常識ではアレを親とは呼ばないんだ」

 

「ほーら、ごらん。いいお手本がここにいる」

 

 

 シリウスをからかって遊ぶルーピン先生にクスクス笑う。やがてルーピン先生は声をひそめるとハリーへと向き合った。

 

 

「ただ、ね、ハリー。私たちが君を心配している、その心は疑わないでほしい。色々と不満はあるだろうけど──みんな、君を愛しているからなんだよ」

 

「……はい。ルーピン先生」

 

 

 ハリーはうなずきながら、片方の手で隠れるように僕の手を握った。

 

 

「それから──そうだ。もうひとつ、面白い話をしてあげよう。そのプレゼント、実はけっこうてきとうなんだ」

 

「おい、リーマス!」

 

「シリウスが私に泣きついてきてね。というのも──マリア、君になにをあげればいいのかわからないって言うんだ」

 

 

 暴露されたシリウスはグウッとうなってうなだれた。それが落ち込む犬にそっくりで吹き出してしまった。

 

 

「きっとハーマイオニーやジニーにならこいつはここまで悩まなかっただろうね」

 

「どういうこと?」

 

「百戦錬磨の女たらしも君には敵わないということだ。ほら、クローゼットの件もあるし」

 

「ムーニー……」

 

 

 夏休みの初日以来、開かずの扉となったクローゼットの中身を思い出して目が遠くなった。つまり、僕が女の子らしくないためにこのセレクトになったと言いたいのだ。ルーピン先生は。

 恨めしそうに親友がにらんできてもルーピン先生はどこ吹く風だ。実に力関係のわかりやすい図だった。

 

 

「だからもっとわがままを言うといい。君たちの親代わりをどんどん困らせてやりなさい。それがこいつは楽しくて仕方ないんだから。改めてプレゼントを要求してやるのも手だ」

 

 

 ハリーと一緒にやわらかく頭を撫でられる。くすぐったくて、そしてどこか申し訳ない気持ちになった。

 

 

「十分だよ」

 

 

 僕は心の底から満たされていた。ハリーとはちがった意味で怪しい人間のマリア・ポッターをこれほどに愛してくれる。それが、如何に得難いことか。これ以上なんて────あ。

 

 唐突に、完璧でさびしい無音の部屋が頭に浮かんだ。

 

 

「──シリウス。僕のお願い、ほんとうに聞いてくれる?」

 

 

 大人二人の面食らった顔を見上げる。『彼』のことを切り出すならば──今しかない。

 

 シリウスは子供っぽく歯を見せて笑った。停まっていた時が動き出す予感がした。

 

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