なんてものを飼ってるんだ、この学校は。
見た目は上品な口から開口一番に飛び出した文句に、ケラケラと腹を抱えて笑った。ドラコは笑ってる場合じゃないだろうと凄みつつも、僕につられたのか存外顔付きは穏やかだった。
「秘密の部屋にはバジリスクが住んでるし、禁じられた森にはアラゴグ──種類はなんだったかな、とにかく大きな蜘蛛なんだけど──それがいるし、よくよく考えればとんでもない学校だよね」
「…………」
「あれ、言ってないっけ。アラゴグ。ハグリッドが飼ってるんだ。二年生の頃に
「……一度あの番人とはじっくり話し合う必要があるな」
「ほどほどにしてあげてね」
ただでさえ君のお父さんがバックビークを殺そうとするんだから。
「で? あの犬はなんだ?」
「賢者の石を守ってる。賢者の石のことは僕、話してるよね? 名前はフラッフィー。こちらもハグリッドのペットです」
「あの半巨人……!」
「その言い方はやめてよ」
反射的に、大きな友人の名誉の為に隣の友人を睨み付けた。しかし青い血の友人は、悪びれた様子もなくフンッと小生意気に鼻を鳴らすと大人げなくそっぽを向くのだ。
まったく、こういうところは性悪のマルフォイのままだ。(同一人物だから当たり前なんだけど。)
さて気を取り直して。すっかり彼との待ち合わせの定番になってしまった湖の畔にて、相変わらず言うことをきかない杖を大イカの手先っぽいなにかに向かって振りつつ、君は──と切り出す。
「──君は、いいの? クィレルの頭に『アイツ』がくっついてるけど」
「今さらだろう」
「あと、君、ハリーに不審がられてる」
「それに関しては狙い通りだ」
「やっぱり? 友達になろうとか君から誘っておいて、ひどいやつだなあ」
「……あの時は、『ハリー』はハリーだと思ってたから。それでも、やることは変わらなかったぞ」
「……ふぅん」
ハリーを『僕』だと思ったから、あんな不器用な確認をしてきたんだ。……バカだなぁ。
「ま、なんだっていいけどさ。今後の話も済んだことだし、あの子達に見付かる前にさっさと中に戻ろう。なんたって、そろそろ
「……マクゴナガルが平等だなんてウソだ」
「スネイプに比べたらマシさ」
ドラコですら、それはもっともだと頷いていた。
それから一週間程して、予想の通りハリーの食事の席を大荷物が襲った。おかげでハリーのベーコンは飛んだし僕のスープも飛んだ。ちなみにベーコンはこの日もご飯をもらいに来ていたヘドウィグの嘴の中へと華麗にさらわれていった。
「ご、ごめん、マリア」
「ウン……大丈夫だから、ソレ、寮に置いておいで。ロンもついていってあげて」
「「うん!」」
包み袋の形状からして中身に察しがついているのだろう。やんちゃ坊主二人は、瞳をキラキラ輝かせるといそいそと席を立った。子供たちと入れ替わりに、通りすがりのスネイプ先生が僕の頭が啜っていたカボチャスープを杖の一振りで払ってくれた。……本当に通りすがりか?
「これだから男子っていやなのよ! マリアに迷惑かけておきながら自分のことばっかり」
「ハハハ……」
女の子のお小言って、僕には耳が痛いや。
程なくして、ニンバス2000を使ったハリーのクィディッチ練習の日々が始まった。それはすなわち、
ロンはすっかりハリーに付きっきりで、ハーマイオニーはそんな二人にぽこぽこと怒っていた。なんでも、彼女には僕が自分勝手な二人から放って置かれているように見えているらしい。実際のところは、それはそれでドラコと秘密の相談をする時間が増えるから僕としてはまったく問題ないのだけど……。やっぱりハーマイオニーは友達想いだ。
しかし、子供たちのすれ違いを子供の問題だからといつまでも悠長に構えていていい筈もない。深夜の三頭犬事件以来、ハーマイオニーとロンの口論は確実に激しさを増しているのだから。
はてさて、どうしたものか。
僕とハリーは双子ゆえか周囲からセット扱いされるのが常で、そしてそれは親友二人にも例外なく当てはまった。ロンはハリーと共にいたがりハーマイオニーは僕と話したがったが、しかし僕とハリーは個人的な用がない限り互いの側を離れたりしないので、必然的に顔を合わせざるを得ないロンとハーマイオニーのゴングが無差別に鳴り響く非常に困った流れが現状において生まれているのだ。その結果、一応は中立である僕たちポッター兄弟はすっかり親友たちを宥めるのに走らされていた。
「大変だなあ、ポッターツインズは」
野暮用により三人組から離れたその日、奇遇にも顔を合わせたいつかのレイブンクロー生と共に肩を並べて中庭を歩く。ちなみにまだ彼の名前を知らない。
「大変だよ。僕はあんまり気にしてないんだけど、ハリーが気にしちゃって」
「君たち双子が行動を別にすれば済む話じゃないのかい? 男同士、女同士。ほら、わかりやすい」
「友人の喧嘩に付き合って好きな人の側を離れるの? それってバカらしくない?」
「……君の性格がわかってきたよ」
「どうだった?」
「実に、男らしい」
カラカラ笑う彼につられて僕も声に出して笑う。
「君も大概、変な人だよね。僕と話してて楽しいかい?」
「変人のマリアには言われたくないな。とっても、楽しいとも」
「え、ウソ。僕、変人扱いされてるの?」
「自覚がないあたりが……おっと、こわぁいナイトが来る前に僕は退散しておこう」
宣言通り、どこから現れたのかドラコがいつの間にやら僕の腰に手を回していた。対して、レイブンクローの彼はとっくに一歩先にいるのだ。この二人はなんというか……いつもそうだった。ネズミとネコというか、鷲と蛇というか。
緑と入れ替わりとばかりに青のローブをひるがえす彼を目だけで見送って、隣のドラコを見上げる。
「君、僕のナイトらしいよ?」
「自分より強いじゃじゃ馬姫を守るのは骨が折れますね」
「お手数お掛けして恐縮ですわ、ミスター」
「マイレディの為とあらばどうとでも」
まったくもって馬鹿げた寸劇を交える彼を悪戯に小突く。ドラコとじゃれ合いストレスを多少なりとも発散してから、ハリーと親友二人のいざこざが待つ大広間を目指す。
ハロウィンは明日に迫っていた。
***
──ああ、もう!
一瞬の涙を見せて走り去るハーマイオニーに、顔を蒼くしてあたふたするロンへと一言『言い過ぎ』とだけ残してその人を追いかける。
事は妖精の呪文学から始まった。それまで、二人のペアは僕らの中で交代したりネビルを交えたりと、ロンとハーマイオニーが重ならないよう慎重に避けてきたというのに、運命のイタズラか、この日は違った。
「ちがうわ。ウィン、ガー、ディアム・レヴィ、オーサ。あなたのはウィンガッ、ディアム・レヴィオーサ。発音を大切にって、フリットウィック先生がおっしゃったでしょう? 聞いてなかったの?」
「そんなによくご存知なら君がやってみせろよ!」
そして、やっぱりというか当然というか、ロンに対抗するハーマイオニーは浮遊魔法のお手本を完璧に成功させてみせた。ウィンガーディアム・レヴィオーサと。ロンはすっかり拗ねてしまった。
──ここまではいつも通りの光景だったのだ。ハーマイオニーに呪文の知識や勉強で敵うわけがないし、僕もハリーもそんな彼らの様子に慣れきっていた。油断していたのだ。
けれど、違った。それまでたまりにたまっていたロンの鬱憤が、この日、ついに爆発してしまった────
「君は言い方に問題があるんだ! 高飛車で! 高慢ちきで! 聞いていてイライラする! そんなだから僕ら以外に友達がいないんだ! 言えるかい? マリアと、ハリーと、僕と、他に君と友達だって変わり者がいるのかい? 僕だって君の仲間だなんて思われるのは恥ずかしいよ」
「ロンッ!」
ハリーが鋭くロンをたしなめたところで、ハーマイオニーは唇を噛みしめて走り出してしまった。
ああ、ああ、今回は互いに友人だという意識があるからどうにかなると思ったのに!
咄嗟にハリーに目配せをして、心強く頷いてくれたハリーに立ち竦むロンのほうを任せる。そして、通信紙に走りながらぐちゃぐちゃと書き込む。
『女子トイレ』『トロールが来たら』『二人をつれてきて』
まるで主語がないが、ドラコならばこれで通じるだろう。
本当なら、子供たちのことはこのまま先生方やドラコに任せてしまって、僕はさっさとハーマイオニーひとりを連れてトロール襲来からトンズラこいてやりたいところなのだが、しかしこの一件で三人の友情が強固に結びついたことも事実。回避できないならば、余計な手は加えずその通りに歴史を動かすしかない。
「──そこにいるね? ハーマイオニー?」
「……マリア、わたしを笑いにきたの?」
「君は僕をそんな人間だと思ってたの?」
「思わないわ。あなたってやさしい人よ。……わたしとはちがって」
「君だってやさしいよ」
「うそよ」
「うそなもんか。君が怒るときって、いつも誰かのためなんだ。気付いてた?」
「……気づいてなかったわ」
「だろうね」
ちょっと笑ってみる。扉の向こうで、ハーマイオニーも小さく笑ってくれた気がした。
「ロンはただしいの。わたし、ちゃんと知ってるわ。みんなが裏でわたしのことを何て言ってるか。でしゃばりで、知ったかぶりで、口うるさい悪夢みたいな女。そのとおりよ」
「そしてロンは気が利かなくて、デリカシーがなくて、ロンだって口が悪くて、すぐ調子に乗る」
「それは……」
「ハリーは優柔不断で、いいこぶってるけど自分につらく当たるスネイプのことは嫌いで、悪口だって言うしスネイプがひどい目にあえばロンと一緒に喜ぶ。甘えたのくせに人を信じるのは案外下手くそ」
「………」
「僕は──」
「優しいけど、それは平等なもので、わたしたち、結構やきもきしてるわ。唯一特別なのはハリーだけで、そんなの、当たり前のことだけど、わたし、さびしいって思ってしまう。今だって、わたしと一緒にロンのことを怒って、一緒に泣いてくれればいいのにって。一人だけ大人みたいな顔して、遠くから見ていて、ずるいわ。……でも、そんなマリアがわたしは好き」
僕の言葉を引き取ったハーマイオニーの声は優しかった。
ハーマイオニーは、優しくて、寂しがりやで、傷付きやすい──普通の女の子なんだ。
「僕も、口うるさくてガミガミばっかりで、人のために怒れるハーマイオニーが大好きだよ」
「ひどいことばかり言うロンだって好き。どうしても放っておけないの。……それを、嫌がられるんだけど」
「僕たち、相手の嫌いなところってたくさんあるよね。でも、好きだ。──ロンも同じだと思わない?」
少しの沈黙。やがて答えたハーマイオニーの声は震えていた。
「……そうかしら」
「そうだよ。だってあいつ──君の友達である気、満々なんだもの」
「──!」
「あいつ、こう言ったんだよ? 君の友達はマリアと、ハリーと、僕──て。ちゃっかり自分のこと入れてるんだ。笑っちゃうでしょ。ずいぶんなことを言うくせに、君と友達だと思ってる。当たり前にね」
ロンの悪いところをずっと見てきた。時には憎んだ。三校対抗試合の時なんて、初めて、彼との友情はもう無理なんだと覚悟した。そのくらい、僕を信じてくれない彼に傷付いた。
ハーマイオニーの正しさが鬱陶しかった。気持ちを汲もうともしないで、正しさを武器に上から叩きのめして、ほらごらんなさいと勝ち気に笑う顔が憎たらしかった。彼女が間違った時には喜んだことすらあった。
──それでも、大好きだ。二人とも、死ぬまで永遠の友だと思っている。
シリウスが言っていたとおり、友を裏切るくらいなら死ぬと──『僕』は二人に向かって言える。
「自分のために怒っていいんだよ、ハーマイオニー。ロンの横っ面をグーで殴ってやれ。……あいつの友達として、ね」
「ふふっ、いいわね、それ」
「……ここ、開けてくれる?」
答えは開いた扉の向こうにあった。ハーマイオニーの顔は涙でぐしゃぐしゃで、ハンカチも間に合わなかったようでローブの袖が濡れてよれよれになっていた。小さな鼻は真っ赤で、ロンのそばかすとお揃いに見えた。
「やだ、あなた──」
笑いながら、再びぽろりとしずくが落ちていく。
「どうしてあなたまで泣いてるのよ──マリア。わたしが、一緒に泣いてほしいって言ったから?」
「そうかも」
腕を伸ばしてハーマイオニーを抱き締める。小さな体だ。ハーマイオニーとのハグなんて僕等は会うたびにしていて、仕事で疲れていても彼女は飛び付いてくるから、すっかり癖になっていて、学生時代からの癖で、そのはずで、なつかしいだとか思うわけがなくて──
「マリア、マリア、泣かないで。大丈夫よ、マリア──」
──ああ、『僕』の親友は、ここにはいないんだ。