マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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 ドラコ・マルフォイは常々思う。英雄付きの才女どのの度胸はそれこそ英雄すらも越えるのではないかと。

 

 

「連れてきたわよ、ハリー」

 

「ドラコッ!」

 

 

 ほとんど飛びかかるようにして駆け寄ってきたハリーを受け止める。あのハリー・ポッターに名前を呼ばれすがるように腕を伸ばされるだなんて、ドラコは今でも自分は夢を見ているのではないかと疑ってしまう。──あの日から、『英雄』の側で、長い夢を。

 そして、赤毛の少女のハシバミの瞳の中にかつての悪戯っぽい感情を見つけては現実であることを噛み締めるのだ。

 

 

「どうした? ハリー」

 

 

 ふわふわの黒髪を撫でて。丸い目をさらに大きく開いたハリーは緑を強烈に光らせてドラコを射抜いた。

 

 

「──マリアを知らないかい!?」

 

 

「────は?」

 

 

 夕食も過ぎ、空は完全に夜を迎えようとしている頃だ。時刻にすれば十九時か、二十時か──ともかく、アンドロメダの隠れ家を後にしたのは昨日の昼に差しかかるかほどで、プリベット通りを経由したにしてもこれは遅すぎる。シリウス・ブラックが引き留めているのか?

 連れてこられた空き教室を眺め、そこにいる面々を確認してからドラコはハリーの肩を掴んだ。

 

 

「説明してくれ。マリアはまだ帰ってないんだな?」

 

「そう──そうなんだ。僕、見た────マリアはヴォルデモートに捕まってる!」

 

 

 ヒュッ──と。ドラコの喉から空咳の鳴りぞこないのような音がもれた。その目ははっきりと恐怖を映していた。アイスグレーが色を温度をなくしていく。冷たく──冷たく──凍った水底のように。

 

 

「……それは、確かか? シリウスに確認は取ったのか」

 

「取ったよ! とっくに! 両面鏡は僕が割ってしまったけど、破片でもちゃんと使えたんだ。シリウスはマリアには会ってないって、そう言った」

 

「……そうか」

 

 

 ドラコの煮え切らない態度にハリーは癇癪を起こして地団駄を踏んでいた。なんでわからないんだ、マリアが危ないんだ、そう叫ぶハリーにロンは同調して冷酷無慈悲な人間でも見るようにドラコと、そしてハーマイオニーをにらんでいた。ジニーとルーナは重く沈黙していた。(いいやルーナはぼんやりしているだけだ。)ネビルは真っ青だった。

 マリアを心配する気持ちは全員にある。だがしかしドラコとハーマイオニーがためらう理由は一緒だった。──これはマリアの幻覚を見せた、ハリーを神秘部へと誘い出すための罠ではないか。

 それこそが『彼』いわくの『前回』での失敗だったのだ。『彼』はそれを永久に引きずった。……今もなお。

 ハリーのもっとも大切なものが、『シリウス』から『マリア』へと換わった結果ではないか──

 

 そしてもうひとつ。ドラコだけがその疑問を持った。否、ドラコにしかわからない違和感だ。────あの、『ハリー』がたかだか死喰い人数人を相手に遅れを取るのか?

 ヴォルデモート本人が出向いたならまだしも、また杖のハンデを含めたにしても、英雄としての記憶を持つ彼女が易々と誘拐だって──?

 どうにもドラコは腑に落ちないのだ。『ハリー・ポッター』を知るドラコにとって、マリアという少女は内に獰猛な蛇と獅子を飼う英雄だ。たとえこの世界では英雄でなくとも──彼女は助けを求め守られるヒロインではなく血反吐を吐きながらも進み続けるヒーローなのだ。

 そしてそれが──ドラコは恋しくて憎らしくて嫌いだった。

 

 

「──もう、いい」

 

 

 ハッとドラコは呑み込まれゆく思考の渦から抜け出した。ハリーは冷たく吐き捨てていた。

 

 

「僕ひとりだって行く。僕の妹なんだ」

 

「あたしだって行くわ」

 

 

 間、髪入れずに答えたのはジニーだ。マリアの愛する強い意志の瞳でハリーを見つめていた。

 

 

「あたしの姉さんだもの」

 

「──で、僕の親友だ」

 

 

 もうひとつの赤毛がハリーの側へと立つ。

 

 

「ぼ、僕──僕も、行く。マリアが信じてくれる限り、僕は立てる。このためのDAだ」

 

 

 みんなが驚いた顔でネビルを見た。ネビルは相変わらず顔色は悪いものの震えてはいなかった。

 

 

「マリアって──ハリーからは自信を奪っちゃうけど、その分ネビルにあげられる人だったのね」

 

 

 ジニーがクスリと笑った。

 

 

「それじゃあ、悪いけどルーナはマクゴナガル先生に伝言を──」

 

「あら、あたしも行くよ」

 

 

 ネビルに集まっていた目が次はルーナへと流れた。ルーナは夢見るようなぼんやり目のままふわふわと首をかしげていた。どうして自分をのけ者にするのかわからない、といった顔だ。下手すれば状況だってわかっていないかもしれない。

 

 

「でも、あなたはマリアともそれほど仲良くはないでしょ? これはゲームじゃないのよ、ルーナ。みんな命を懸けるの」

 

 

 ジニーの厳しい言葉にルーナはううん、と緩慢に首を振る。ドラコには眠気を覚ましている仕草にしか見えなかった。

 

 

「あたし、マリアが好きだよ。だってほめてくれたもン。ザ・クィブラーのこと、いいよねって言ってくれた」

 

 

 ルーナはそれはそれは満足そうに笑った。なんだかもう、どうにでもなれと言ってしまいたくなるような笑顔だった。まったく真反対の性格のルーナとジニーが仲良くできる理由をドラコは見た気がした。

 最後に視線が集まる先はドラコとハーマイオニーだ。ハーマイオニーはうろたえていた。

 

 

「待って、ねえ、ほんとうに、ほんとうにこれは正しいの? 罠でないと言えるの? もしもこれでハリーが捕まってしまったら──それこそマリアはどうなってしまうの」

 

 

 苛烈に口を開きかけたハリーよりも先に──隣の少年が紙を開いて少女の問いに答えていた。

 

 

「いいや、これは罠だ。────マリアは捕まって いる(・・)

 

 

 くたびれた羊皮紙には手のひらにインクを塗りたくって握りしめたかのような奇妙な模様が浮かんでいた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ──どうか、ドラコが気付いてくれますように。背で拘束された手をどうにか動かして通信紙を握りしめる。両面鏡の破片で真横に切ったかつての傷は治りかけの真新しい肉となっていて、そしてそれは自身の爪によって無惨にえぐられ傷に戻っていた。もちろん、痛い。けれど手段は選んでられない。

 通信紙に使用するインクは種類を問わない。紙に移りさえすればいい。つまりは──血だってかまわないのだ。

 

 拘束されてどれほどになるだろうか。杖を奪われシレンシオをかけられた状態で目だけを大きく動かす。──神秘部ではない。どこかの屋敷だ。なぜ? ハリーをおびき寄せるだけなら、僕を神秘部へ放り投げてその映像をハリーに見せるのが手っ取り早いだろうに。

 

 

「っ!」

 

 

 扉が開いた。カツリ。革靴の音。この靴は知っている。僕の腕を取って姿現しした男の靴────ルシウス・マルフォイの靴だ。

 周囲に人気はなかった。扉に立つのはルシウスただひとりだ。

 

 

「フィニート」

 

 

 ルシウスの杖が振られる。心做しか呼吸も楽になった気がした。

 

 

「……なんのつもりだ」

 

「闇の帝王がお待ちだ」

 

 

 脇に手を差し入れ立たされる。ルシウスの長髪が僕の肩や首筋にまで流れた。──ドラコのものによく似ている。やわらかくて、細くて、儚い。

 

 

「……なぜ、逃げなかった」

 

 

 ルシウスは手を自由に使えない僕を介護──いいや、拘束しながら耳元でささやいた。あの人形めいた美貌がずいぶんと人間くさい声を出すものだと思った。

 

 

「あなたこそ──どうやって?」

 

 

 いつ、僕の存在に気づいたのか。どこから見ていたのか──僕を。

 

 

「お前を見ていたのではない」

 

 

 ルシウスはきっぱりと否定した。それは自惚れるなと嫌悪にまみれた拒絶のようにも聞こえた。

 

 

「私は、我が子を見ていたのだ」

 

「────」

 

「ドラコただひとりを追ったのだ」

 

 

 ああ──

 

 通信紙を握りしめる。なんて口惜しい。今すぐにだって君に伝えたいのに。ルシウスは──ルシウス・マルフォイは、こんなにも君のことを────

 

 ますます、逃げられなくなってしまった。まだ、ルシウスを『失敗者』にするわけにはいかない。──そうするのはドラコだ。

 こたびのルシウスは『前回』よりもヴォルデモートから信頼を寄せられているのだとドラコが苦々しく語っていた。二年生の夏にヴォルデモートが下僕の身体を使って無防備にマルフォイ邸へとやってきたのが証拠だ。

 まだ、まだだ。まだ──ルシウスをヴォルデモートの右腕として機能させなければ。

 

 僕の手を掴んだのがあなたでなければ──見捨てられたのに。

 

 蛇がのたくったような扉の前に立たされる。どことなく秘密の部屋の門を思い出させた。開けと──蛇語でささやく必要はなさそうだ。

 

 

「我が君──例の娘を連れて参りました」

 

 

 ノッカーを叩いたルシウスはうやうやしく扉の向こうへと声をかけた。扉は────開いた。

 

 

「こうして顔を合わせるのは二度目だな? ──マリア」

 

 

 その蛇顔を見た瞬間、ジクジクとあるはずのない傷がうずく感覚に襲われた。気のせいだ。わかってる。マリアの額に傷はない。──けれど、こいつを前に冷静でなんていられるものか。

 

 ────『僕』の宿敵を前に。

 

 

「ヴォルデモート──!」

 

 

 途端、強烈な平手が飛んできた。ヴォルデモートの側に控えていたベラトリックス・レストレンジだ。ベラトリックスは容赦なく手加減も一切なく平手を二、三発繰り返した。髪まで引っ付かんで、強烈極まりなかった。

 

 

「お前、どの口がご主人様のお名前を呼んだ? え? この──混血の──穢らわしい舌で!」

 

「ベラトリックス、我が君の御前だぞ」

 

「いいさ、ルシウス。だがしかし、ベラ? それの目と舌はいっそう大切にせねばならぬ──」

 

 

 粗雑に前髪が解放されて首が大げさに触れる。鼻血がパタパタと床に飛び散った。

 

 

「しかし、我が君……ほんとうに、こんな小娘が──?」

 

「俺様の言葉を疑うか? ベラトリックス」

 

「そのような──! そのようなことは決して──! ああ、我が君……」

 

 

 ベラトリックスが床へとひざまずく。それは神へと懺悔する罪人のようにも見えた。ただしく、ベラトリックスにとって神なのだ。ヴォルデモートは。

 

 

「さて、マリア」

 

 

 すがるベラトリックスを放ってヴォルデモートは僕を見る。僕もヴォルデモートを見た。鼻血が伝って口の中に鉄の臭みを広がらせた。

 

 

「僕にハリーの予言は取れないよ。──僕は『生き残った女の子』じゃないもの」

 

 

 先手とばかりに口をつけば、器用にも頭を伏せながらベラトリックスの目がギョロリと僕をねめつけた。元がブラック家特有の美人なだけに迫力がとんでもない。ナルシッサの冷たい美貌ともアンドロメダの優しい微笑とも似ないが、間違いなく血を感じさせた。ルシウスは僕の隣で人形の顔に戻っていた。

 

 

「ああ。よいのだ。それは本人に取らせるとも」

 

 

 ヴォルデモートの言葉に、思わず意地だけのポーカーフェイスも捨ててやつを凝視した。僕はハリーに対する餌ではないのか? だとすれば、なぜ、神秘部でなくお前の前に……?

 ヴォルデモートは実に教え甲斐のある生徒を前にした教師のようにうっそりと笑んだ。

 

 

「お前はどのような条件をもとに、予見をするのだ?」

 

「────」

 

 

 硬直。顎からパタタッと降り落ちた血の音で我に返った。まさか──まさか──こいつは、『予見者』としてのマリアに価値を見出だしたというのか。

 

 ああ──そんなのって──────とんだ間抜けだ!

 

 

「は──は、はは──はははっ、予言? 僕が?」

 

 

 笑いが込み上げた。たまらない。バカだ。大間抜けだ。どいつもこいつも。早とちりの能なしどもめ。くだらない。くだらない。

 

 

「予言なんて────くだらない」

 

 

 吐き捨てれば、ヴォルデモートは血のような目を細めて「ふぅむ」と杖を撫でた。

 

 

「ああ、けれど、いいとも。してやるよ。ヴォルデモート、お前への予言だ。ありがたく拝聴するがいい。──お前は滅ぼされるよ。ハリーにお前は勝てない。絶対に勝てない。ハリーに負けるんだ。お前が選んだちっぽけでかわいそうな男の子にお前は敗北する!!」

 

「──クルーシオ!」

 

 

 この世にこれほどの痛みがあったのかと絶句するほどの激痛が襲った。全身を滅多刺しにするような。内から灼熱で焼くような。大雑把に痛みという概念を直接脳へと叩きつけているようだった。

 やがて術は解かれたがマリアとして受けたはじめての拷問に心身が放心状態にあった。

 

 

「ぅ、あ……くっ……」

 

「ほう、理性を保つか。なかなかどうして……兄弟揃って憎らしいものだ」

 

 

 ハリーの兄弟杖が喉の中心をなぞって上がる。自然と上を向かされる。赤と目が合う。

 

 僕は。

 

 

「…………ぃ、そう、だ」

 

「うん?」

 

「……まえ、は、かわい……そうだ。かわいそうな……やつだ。愛を知らない……さびしがりやの、子供だ。お前、なんか、ただの──子供、なんだ。──っう ゙ぁッ」

 

 

 横に殴り付けられた。無防備に吹き飛ばされてルシウスの足へと激突した。ルシウスはビクともしなかった。

 

 

「……連れてゆけ。神秘部だ。兄弟との感動の再会の準備を整えて差し上げろ。──このままでは、勢いあまって殺しかねん」

 

 

 薄れていく意識の中で、僕はやはり笑っていた。それを遠くから僕が感じていた。身体的余裕がないため目は閉じられていたが、それでも口元はいびつに歪んでいる気がした。

 

 だって。ほら。その声。

 

 ヴォルデモートの声が。

 

 布をかけられる。水のような感触──透明マントだ。五感が徐々に闇へと呑まれていく。聴覚を最後にして暗闇へと落ちる。

 

 

 君の声が────まるで拗ねた子供のようなんだもの。

 

 

 

 かわいそうな、愛を知らぬトム・リドル。

 

 

 

 ***

 

 

 

 暗い森を前にして立ちすくむドラコをはたして誰が責められようか。ドラコの頭の中にはかつてのトラウマが走馬灯のごとくめぐっていた。

 

 

「あなただってセストラルが見えるんでしょう? はやく乗りなよ」

 

 

 ルーナがドラコを見下ろしながらくすんだブロンドをふわふわとなびかせる。図だけ見れば白馬に乗せられたお姫さまのようだというのに、馬もお姫さまもてきとうにまかなってきた三流芝居のようだ。

 機転を利かせたジニーによって、厨房からもらってきた血抜き処理前の肉で次々とセストラルをおびき寄せる。残り一匹、それはネビルが乗る用だった。

 

 

「そういえばドラコって禁じられた森が苦手なのよね。ハグリッドの授業でもあなた、いつもちょっと──かなり──嫌そうじゃない?」

 

 

 自身が乗り上げた、彼女にとっては透明の馬──セストラルをおそるおそると撫でながらハーマイオニーが呟く。ほんとうにこの女は余計なところにばかり目がつく──と、本来のドラコ・マルフォイならば即座に売り言葉買い言葉で返していたところだ。そうすれば彼女からはグーの拳が飛んでくること請け合いだが。

 

 

「こんな森を庭扱いするのは、化物も赤ちゃん扱いのどこぞの森番だけで十分だ」

 

 

 ぼやけば、側で聞いていたロンがプーッと吹き出した。ロンをハーマイオニーが責めるようににらんでいた。

 

 

「ほら、ネビルの子がきたよ。……あれ、二頭だ」

 

 

 夢見がちで輪郭がぐにゃぐにゃなのによく通る声が森の奥へと向けられた。ルーナの声だ。目を向ければジニーの持つ肉につられたセストラルが二頭、影から空洞の目を覗かせていた。ハリーがイライラした様子でネビルを急かした。

 

 

「どっちだっていいからはやく──」

 

 

「あら、それじゃあこれで数はぴったりということね」

 

 

 まったく第三者の声だった。全員で振り返る。彼女は美しい黒髪を肩から流して婉然と笑んでいた。

 

 

「わたしだって行くわ。マリアがピンチなんでしょう?」

 

 

『ハリー・ポッター』いわくほんとうは泣き虫な彼女は、地を踏みしめて確かな足でそこに立っていた。強い決意の眼差しだった。

 

 

「あなた……」

 

「──ああ。行こう。君も一緒に」

 

「ドラコ!」

 

 

 ハーマイオニーの声を振り切って飛び上がる。セストラルに行き先をささやく。続々とハリーたちのセストラルが後をついてくる。夜空を八人の影が、そして見えるものにだけ見える八頭の馬が駆けていく。

 

 きっと──きっと君は、僕を許さないだろう。彼を巻き込むことを。彼女を巻き込むことを。けれど。

 

 

 たとえなにを犠牲にしたって──僕は僕の愛するものを守ると決めたんだ。

 

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