「さすがマルフォイね。──まさか魔法省への入り口を知ってるだなんて」
ハーマイオニーの感心した声にドラコは苦く笑った。神秘部の廊下だ。──とうとう、ここまで来てしまった。
この時代のシステムを覚えていてよかった。ハーマイオニー・グレンジャーが大臣となってからは魔法省への登庁システムだってずいぶんと便利に変わったものだ。改めてコーネリウス・ファッジは大臣には向かない人だったのだと思わざるを得なかった。 ……決してその人が優秀でなかったわけではないのだ。
「あれ、見て。光ってるよ」
ルーナが暗い廊下の先を指す。マリアのイヤリングだった。ワッと子供たちが駆け寄る。ドラコは確信した。──誘い出されている。
あんな目立つものを死喰い人たちが見逃すはずがない。わざと置かれたのだ。マリアのイヤリングは。ハーマイオニーだって相手の思惑に気付いただろう。──それでも。後戻りはできない。
ハリーの案内によってひとつの扉の前へと立つ。ハリーがシリウスのナイフを使って解錠する。誰の顔つきにも命を懸けた覚悟が見られた。あの、ルーナ・ラブグッドにだって。
戦場への扉は開かれた。
***
「──マリア……?」
いるはずのない人の姿を見つけて、あるはずのない声を聞いて、僕は透明マントを脱ぎ捨てていた。
「────チョウ?」
『前回』のシリウス奪還作戦にはいなかった黒髪の少女が、ローブを引きずりながらぼろぼろの姿で立っていた。
「君──どうして──その姿────まさかハリーが?」
「どうしてですって? どうしたもこうしたもないわ! ああ、なんて姿──なんてひどい──」
チョウが室内へと一歩を踏み入る。扉の向こうは信じられない爆音にあふれていた。だがしかし戸が閉まった途端、音は世界でも変わったように消えてしまった。──だから気付けなかったのか! 死喰い人の姿を見かけた際にたまたま隠れた部屋だけれど、ここは外との繋がりを断ち切ってしまう部屋だったのだ。神秘部ってのは相変わらずめちゃくちゃだ。
「行かなくちゃ」
「待って、だめよ。まずは治療よ。自分でできなかったの?」
「杖がないんだ。応急処置はしてる」
「どこが! 血だらけだわ」
「足は無事だ。五体も満足。足に問題がなければ動ける」
「まあ!」
チョウに腕を取られて引き留められる。その瞬間に電流のごとく激痛が走って、僕はうめいていた。チョウは、ほら、ごらんなさいとばかりに呆れた顔をしていた。
「立っていられることが不思議なほどの怪我よ。……やっぱり、拷問されたのね。ハリーが見ていたの」
「それは……怒っただろうね」
「そんなものじゃなかったわ。今にも人を殺しそうな目をしてた」
覚えがありすぎて苦笑してしまう。チョウは丁寧に治療を始めていた。……変な気分だ。
「……やっぱり、聞いていい? どうして、君が、僕を?」
こたびのチョウにハリーへと付き合う義理はないはずだ。僕とだって──DAのおかげで関係は改善の傾向にあるにしても、命を懸けるほどの情はなかっただろう。ハリーがそれほどの剣幕を見せたなら、ちょっとした度胸試しで済む事件でないこともわかっていたはず。
それなのに──どうして────?
「──あなたに、文句を言うためよ」
チョウはフェルーラを使って包帯を巻きながら冷たく吐き捨てた。
「最大の敵にノコノコと捕まって──あなたは自分の価値をわかってないわ」
「わかってるさ。いや、今回でわかった。予見者だとか──それは、結局は全部誤解なんだけど」
「そうじゃないわ。そんな話をしてるんじゃない。──あなたには、あなたをないがしろにする権利なんてないと言っているの」
「…………」
思わず黙り込んだ。チョウの目には軽蔑が浮かんでいた。
「あなたの命は──誰の犠牲の上にあるの?」
「あ……」
「セドリックがあなたを守った。セドリックの死の代償にあなたの命が残された。それを──こんな風に台無しにされるなんて、セドリックの最期を無駄にされるなんて、そんなのは許せない」
少女はいかっていた。
「わたしが許さない」
「────」
「あなたは生きなければいけない。セドリックがあなたのために死んだ時点で、あなたの命はあなただけの意志で左右できるものではなくなったのよ。それこそがあなたのセドリックへたむける贖罪。──理不尽? 知ってるわ。セドリックはそんなことは望まない? ええ、もちろん知ってるわ」
チョウは立ち上がる。美しい黒髪を肩から流して、瞳に光を映して、僕を見下ろす。
「だってこれは──わたしの復讐だもの」
息を呑んだ。──なんて、うつくしい。
「あなたは、わたしに憎まれるために生き続けなければいけないの」
「チョウ……」
そのまま、チョウは微笑んだ。僕へ手を差し伸べて、やわらかく睫毛を震わせる。
「だから──守るわ。あなたが死にかけてるっていうなら、どこへだって駆け付けてみせるわ。守り抜くわ。そして──あなたの命こそをわたしのセドリックへの愛の証明にする」
手を取った。彼女のほうが身長は高い。それでも、等身大に向き合えている気がした。
「君の言ってた『自分を納得させるため』って──それって、こんなにも攻撃的な言葉だったんだ」
「そうよ。今さら気づいたの?」
クスクスと東洋の美しさを惜しみ無く振りまく少女は笑む。優しい顔だ。復讐なんて言葉がその唇から出てきたことが嘘みたいだ。
「……わたし、あなたが嫌いじゃないわ」
「僕も──君が嫌いじゃないよ」
少女の支えに甘えて扉へと向かう。
いっそう──この戦いは『生きる』ためのものなのだと心に刻み付けた。