轟音だ。ハリーたちとの合流は簡単だった。音のする方へ向かえばよいのだ。ハリーたちと死喰い人が戦う方へ──
「マリア!」
「──シリウス!」
ほとんど悲鳴だった。倒れ伏す仲間たち、ロンを絞め上げている脳みそ。それを解除するルーピン先生。不死鳥の騎士団員たち。そして──シリウス。
シリウスはパッと顔を明るくしたが、僕はとてもそんな気分にはなれなかった。
わかっていた──シリウスが、『僕』の危機を前におとなしくできるわけはないって。
「シリウス……」
「ああ、よかった。マリア……ハリーが両面鏡で君がいないことを知らせてくれたんだ。ひどい怪我だ。君の顔をこんなにするなんて! さては相手は女だな?」
「ベラトリックスだよ。……シリウス」
腕を広げて待っていてくれるシリウスの元へとふらつく足取りで吸い込まれる。ロンに絡む脳みそはルーピン先生が完璧に取り除いていた。みんな生きてはいるようだ。ジニーも、ルーナも、ハーマイオニーも、ロンも──そして、チョウ。ほんの少し安堵の息をつけば胸がきしむように痛んだ。
肺が痛い。折れた骨のせいだ。頭が痛い。失った血のせいだ。目があつい。──あなたのせいだ。シリウス。
「ハリーとネビルは先に?」
「おそらくな。それから──」
「ドラコも、だね」
「……ああ」
シリウスは沈痛と答えた。きっと先にルシウス・マルフォイが待ちかまえていることを知ってるからだ。
──大丈夫だよ。そのために、あいつはここへ来たんだ。
「シリウス、約束して」
騎士団員の二名ほどが子供たちを看るため脳みその部屋に残る旨の相談を片方で聞きながら、シリウスへとささやく。シリウスもどことなく神妙な顔つきでいた。
「──僕を、ぜったいに、かばわないで。守らないで」
シリウスはうなずいた。
「──わかった」
はっきりとした意志のもとの返答だった。
「君も約束してくれ。無茶はしないと」
「それは…………うん」
「大丈夫よ。わたしが監視してるわ」
言いよどむ僕にかぶせるようにして答えたのはチョウだった。ニッコリとたおやかに微笑んでいた。
「うん。死なないよ」
僕に『死』を許さないあなたたちがいる限り────
エメリーン・バンスとディーダラス・ディグルを残して最後の部屋へと向かう。あのアーチの部屋だ。途中の死喰い人を邪魔だとばかりに殴り飛ばせば、シリウスに哄笑された。脳みその部屋でのびていたドロホフは僕の杖を持っていなかったのだ。おそらくハリーが回収したのだろう。だからしかたないのだと弁解すればさらに笑われた。戦闘なんて体術ありきじゃないか。僕に言わせれば、魔女や魔法使いたちは杖に頼りすぎなんだ。──なんて。
「さっさと済ませないとな。マクゴナガルの足留めもどこまでもつか」
「足留め?」
「アンブリッジ現校長さまさ」
ああ、と苦笑する。今回はケンタウロスとの衝突は避けられたようだ。グロウプもおとなしくしているだろうか。
ヴェールの間はまさに総力戦となっていた。トンクスが伯母のベラトリックスへと立ち向かい、ムーディは死喰い人を同時に二人も相手取っていた。キングズリーも二人だ。ルーピン先生はどうにか攻撃を受け流しながらトンクスの元へ向かおうとしていた。
──奥に、場違いにも美しいブロンドが二つ見えた。マルフォイ親子だ。ドラコが父へと杖を向けていた。ルシウスも息子に杖を向けていた。ルシウスは無感情な人形の顔を捨てて戸惑っていた。息子の思わぬ実力にだろうか、それとも──息子の一切迷いを捨てた瞳にだろうか。
満身創痍のネビルがアーチの台座の下に転がっている。駆けつければどうにか息はあった。意識も無事のようだ。
「ネビル、ハリーの予言は?」
「ごわれ……ぢゃっだ」
鼻が妙な方向に曲がりだくだくと血を流している。さいわい、僕の鼻の骨は無事だが血濡れはおそろいだ。どうにか抱き起こして流れ弾が当たらぬようネビルを隅へと引きずる。
──と、なれば。今ハリーを守るものはないのか。予言がなければハリーを生かす意味もない。早急に片付けないと。
「マリア ゙……ぎみ ゙、ぶじだっだんだね」
「これが無事な顔かい? でも、君よりは健康そうだ」
ネビルがどうにか笑おうとしてうめいた。ネビルはもう無理だ。ついていたチョウへと振り返る。
「ネビルを頼んでいいかい?」
「あなた、杖もないのにどうする気?」
「ここだけの話──僕にはちょっとした裏技がある」
悪戯っぽく笑えばチョウは演技かかった仕草で肩をすくめた。
「そんな気がしてたわ。わたしでいいの?」
「僕から武装解除できる実力があるんだ。この僕からだよ? なにも心配なんてしてないさ」
「まーぁ! なんてお言葉!」
戦火に囲まれた中で笑い合う。互いに強がりなことくらいはわかっていた。それでも──救われる。
立ち上がった。まずはハリーだ。どうにかしてハリーの元へ向かわねば。邪魔な死喰い人を殴り捨ててきとうな杖を拾う。プロテゴで徹底的に被害を抑えながらめちゃくちゃな足場を進む。
ダンブルドアは来てくれるだろうか。来てくれるはずだ。彼はハリーを愛している。真相は利用価値で結ばれた関係だとしても、間違いなくハリー・ポッターという個に情を向けている。こんなところでみすみす失う失態は犯さない。──その、はずだ。けれど。
彼だって、人間だ。
「ハリー!」
声を張り上げれば、ハリーはすべてを振り切って僕を見た。彼もすっかりぼろぼろだ。眼鏡なんてどうにか鼻にかかっているだけだ。不安定な足場で、ほとんど前線で荒れ狂う閃光の嵐に耐えていた。
緑の瞳が安堵に揺れた。ともすれば泣き出しそうな顔だ。それから怒りに燃え上がった。
「マリア──そんな、ひどい……ッああ、クソ! 邪魔だ! 引っ込んでろ!」
杖を握らぬほうの手でハリーが飛びかかった死喰い人を殴った。ついでに蹴り転がし台座から捨てた。……ワーォ、やっぱり僕たち、根っこは同じだ。
「マリア、そこで待ってて!」
ハリーの声にうなずいて、再び戦況を確認する。ベラトリックスとルシウスが隣り合うような位置にいる。ルシウスの相手はドラコただひとりだ。ドラコの相手もルシウスひとりだ。暗黙の了解でどちらの陣営も親子の戦いには触れずにいるようだった。
トンクスが失神呪文を受けて落ちた。ルーピン先生がトンクスを受け止めた。すぐさま手当てをほどこしている。キングズリーはまだ立っていた。ムーディは倒れていた。シリウスは──シリウスは──生きてる。血の気をあふれさせて戦っている。ヴェールからは遠い。間違ったって吸い込まれる位置にはいない。誰もヴェールに近づいてない。大丈夫だ──間に合う。ダンブルドアが来てくれるまで、このまま耐えればいい。早く──早く──!
「マリア!」
「ハリー!」
二方向から絶叫が聞こえた。目の前が弾けとんだ。大規模な爆発が起きたのだ。咄嗟に腕で目をかばえば、鋭利な凶器となった台座の屑が腕にいくつか刺さった。
「ぐっ──ウッ──」
膝をついて。うっすら目を開けると少し先にヒイラギの杖が転がるのが見えた。『僕』の杖だ。ハリーの杖だ。どうして。
「ぁり ゙ー!!」
叫んだのはネビルだった。頭を上げる。台座から小さなシルエットが投げ飛ばされるのが見えた。そして────ベラトリックスがそれに杖を向けた。
だめだ。
だめだ────!
「ハリーッ!!」
「──行かせないわ!」
少女が僕の腕を掴んだ。勢いを殺されて膝がガクリと折れた。隣を男が走った。長髪の男だ。スラリとした男だ。傷だらけだって、やつれていたってハンサムな男だ。『僕』の──名付け親。
「────」
男が走る。ハリーを追って飛び出す。ハリーを抱きしめる。二つの体が宙に浮く。女が嗤う。杖が────緑を。
男は笑った。懸命に親ぶって、大人ぶって、僕たちを子供として扱った男が──子供みたいに。親友に向けるみたいに。
「泣くなよ、マリア。──約束だ」
「アバダ・ケダブラ」
女の声で。
最悪の緑が目を焼いた。
僕にとって、緑の光はなによりも明確な『死』だ。
たとえば事故死。焼死。水死。病死。どの死に様をもってしても、緑の閃光には勝てない。人生で一番はじめに見た『死』だ。もっとも刻まれてきた『死』だ。
疑いようもなく────彼は死んだと突き付ける色だった。
少女の手が離れた。ハリーが叫んでいる。姿くらましの音がする。ダンブルドアが杖を振り上げる。ハリーが叫んでいる。
シリウスの死を認めて、『僕』が叫んでいる。
「ハリー」
「シリウス……シリウス……うそだ……うそでしょう……?」
「ハリー」
「マリア……僕……僕のせいだ。僕のせいでシリウスが、僕、僕が」
「そうだよ。──僕らのせいだ」
シリウスを揺さぶっていたハリーの手を払う。シリウスは死んでいた。希望をひとつも残すことなく──完璧に死んでいた。
「マリア」
「行っておいで」
「マリア……?」
「あいつは臆病だから、君が出てこないと姿を現さないんだ。ダンブルドアと一緒に行っておいで。シリウスなら僕がみているから」
「マリア──君──」
「行くんだ。ハリー・ポッター」
ハリーは呆然と僕の顔を見てから立ち上がった。そして駆けた。僕は追わなかった。シリウスに──死んだシリウスに寄り添った。
戦場はヴェールの間から移動して、場に残されたのはダンブルドアによって拘束された死喰い人のうめき声と倒れ伏す騎士団員たちの息の音だけだった。
「マリア」
優しい声だ。彼の目には涙が浮かんでいた。とうとう、彼はひとりぼっちになってしまった。
「マリア、堪えなくていい。……泣いていいんだ」
僕はシリウスへと視線を戻した。シリウスは死んでいた。
「シリウスは約束を守ってくれた」
「マリア……?」
「だから──僕も守らないと」
シリウスは緑を抱いて────死んだ。