マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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謎のプリンスとマリア
1ー1


 

 もうあんたしかいないのよ。マリア・ポッター。

 

 思えば彼女の目をこんなにも間近に、はっきりと対面の形を持って見たのははじめてだった。すっかり憔悴した様子で、しかしなおも声を絞り出してブルネットの乙女は続ける。激しく渦巻く感情は強烈に彼女の瞳を彩った。

 

 

「あんたしかいないの。──ドラコを助けて、マリア」

 

 

 パンジー・パーキンソンは憎しみのすべてを払ってマリア・ポッターの手を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まとも』であるダーズリーの人間たちと『まとも』でない老人──ダンブルドアの対談を僕はなんとも気まずい心地で見守っていた。夏休みに入って二週間目のことだった。ダドリーなんてかわいそうに、またまた尻を押さえている。よほどハグリッドに豚の尻尾を生やされた件がこたえたと見える。

 

 

「あと一年で二人も成人じゃ。であるからして、その前にいくつか話し合っておかねばならんのう」

 

 

 ほけほけとした老人の口から語られる『魔法界』での真実に、ダーズリー一家はわからないながらに戦慄した。(ペチュニアは少しくらいは理解していたかもしれない。)

 シリウスの遺言と彼の遺産の相続権を得たハリー。クリーチャーの処遇について。ブラック邸を一時手放す旨と不死鳥の騎士団の意向。そして、隠れ穴へ移る前に求められた『手助け』────

 

 

「上々、上々。準備は済んでおるようじゃな」

 

 

 玄関にまとめられた荷物を杖のひと振りで隠れ穴へと送ったダンブルドアは、好々爺の顔のままダーズリー家へといとまを告げた。──黒い手だ。杖を振った老人の手は焼かれきった枝のように痛みを刻んでいた。

 あ! ヘドウィグのフクロウフーズ! さっそく忘れ物を思い出し二階へとって返したハリーにダンブルドアと顔を合わせてクスクス笑う。

 

 

「先生、死者には会えましたか」

 

 

 ダンブルドアは朗らかに代償を撫でた。

 

 

「会えんよ。──それは死者なのだから」

 

 

 ダンブルドアは落ち着いていた。解放されゆく老人の顔だった。シリウスと同じ──遺すものの顔だった。

 

 

 死んだ人間に会えるのは────死んだ人間だけなのだから。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ダンブルドアの付き添い姿現しによってたどり着いた先はさびれた村だった。スラグホーンが隠れ住むバドリー・ババートンだ。若干酔ったハリーの、箒のほうが好きだな、なんて文句に「近頃、学校の箒が紛失する事件があってのう」なんてチクリとつつかれて苦笑いした。……そういえば、乗り捨ててしまったあの箒はどこまで旅立ったのだろう。優雅な旅になるといいけど。

 

 ダンブルドアのスカウトの手から逃れようとするホラス・スラグホーンと対面する。スラグホーンは僕とハリーとを見比べると、口惜しい口惜しいとくり返した。

 

 

「両方ともがグリフィンドールだなんて……せめて、君、リリーの……エー……」

 

「マリアです」

 

「そう、マリア! 君がスリザリンであったなら……。こんなにもそっくりなのだ。あの二人の子供だ。もちろん、才能も受け継いでいるだろう?」

 

「それは──あなたの目でお確かめいただければ」

 

 

 スラグホーンはむっすりと黙りこんだ。その目はこのブランドに自身の安寧を秤にかけるほどの価値があるのかを見定めていた。相変わらずな人だ。正直というか、愚直というか、……スリザリンらしいというか。

 ハリーがたたみかけたことによってとうとうスラグホーンは復職にうなずいてくれた。ダンブルドアは再び、上々、上々とご機嫌に微笑んだ。

 

 

「それでは、ミセスウィーズリーに君たちをお届けしようかの」

 

 

 再びダンブルドアの腕に掴まって隠れ穴の前へと姿現しする。ダンブルドアがハリーだけを誘って密談へと入ってしまったので、僕は穏やかな気持ちで受け取った荷物とヘドウィグをふくろう小屋へと繋いだ。

 ──穏やかだ。ダンブルドアの腕の呪いは彼の命をむしばむ。『前回』と同様ならば、彼の命はもって一年だ。

 当然、さびしさはある。けれども、シリウスやセドリックの頃のように彼の『自殺』を防ぎたい猛烈な熱はなかった。たとえばそれは諦めからなのかもしれないし──彼自身が選んだから、というのが大きいように思えた。

 ダンブルドアは死よりも惨いものを知っている。ゆえに、彼にとって『死』は解放に近いのだと僕は悟ってしまったのだ。

 だって彼は────殺してくれと泣く人だ。

 

 

「マリア」

 

 

 ダンブルドアが微笑む。僕も微笑む。僕たちは語らぬ共犯者だ。

 

 隠れ穴での日々はやはりというかなんというか──実にトラブルにまみれて愉快だった。彼女がいるからだ。銀髪の輝くような美女──フラー・デラクール。フラーは妹の恩人であるハリーは当然のこと、どうしてだか(マリア)のことも気に入ってくれているようで、フラーが僕へ好意的に接するたびに女性陣から非難の視線を浴びせられた。僕が。解せない。

 

 

「どうぞあの女の味方をなされば?  ムッシュウ(・・・・・)

 

「マリアの浮気者」

 

 

 ハーマイオニーとジニーにいやしい野良犬でも見るように吐き捨てられて、僕はほとほと参っていた。思わずロンへ泣きつくほどだ。

 

 

「ねえ、どう思う?」

 

 

 ロンはうんざりだとばかりに首を振った。

 

 

「女心って、やっぱりめちゃくちゃだよ……」

 

「お忘れのようだから言っておくけど、君、女だぜ」

 

 

 ハリーまで僕を胡乱な目で見ていた。なっとくいかない!

 

 はてさて、ふくろう試験の結果に一喜一憂した夜、ハリーは自身の予言について親友たちへと切り出した。ヴォルデモートとハリー・ポッターは、どちらかがどちらかを殺さねば生きられない絆にある──

 ロンとハーマイオニーは絶句していた。けれども。

 

 

「ああ、ハリー……わたしたち、あなたになにができるかしら。まずは呪文ね。もっと強力な防衛術がないか、わたし、調べるわ。それから反対呪文……呪い崩し……回避呪文……」

 

「ダンブルドアが個人授業だって? ダンブルドアは知っての通り無駄なことはしない人だよ。つまり君は期待されてる。僕たち、ぜったいに力になるよ」

 

「ハリー」

 

「ハリー」

 

 

 親友たちの目はあたたかった。厄介者を見る目じゃない。化け物を見る目じゃない。真っ当に友を見つめる目だ。心からハリーを案じる目だ。それにハリーはぐっと気持ちをこらえた。僕も────大好きだ。ロン、ハーマイオニー。まだまだ、ちっとも、感謝は伝えたりない。……『君たち』に会えないことが、今、こんなにもさびしい。

 

 

「マリア」

 

 

 ハリーが僕の手を取っていた。

 

 

「マリアは、このこと────ううん、いいんだ。マリア、愛してる」

 

 

 ハリーに抱きしめられる。ハーマイオニーが僕とハリーとどちらをも懸命に腕を広げて包む。ロンが照れながらもハリーの肩を叩いている。

 すべてが僕の愛する体温だ。欠けてはならない三人だ。彼らを守るためならば──僕はダンブルドアの後を追える。

 

 僕は────死ねる。

 

 

 

 ***

 

 

 

 夏休みも残す一週間となった頃、例年通り通達された教科書リストや必要教材のためにウィーズリー一家とハーマイオニー、そしてポッター家の双子はダイアゴン横丁へと来ていた。死喰い人たちの凶行が横行する中、店はほとんどが閉店をかかげていて、どうにか開店している店を見かけてもかなしいかな、大半が閑古鳥の鳴く始末だった。

 昨年までのダイアゴン横丁の活気はすっかり失せていた──そんな中。

 

 

「なんだよ、兄貴たちのやつ──これって、すっげぇや!」

 

 

 フレッドとジョージの華やかな看板は一際目を引いた。客は満員。本来ならば横丁のそこらへ散らばっていただろう笑い声がW・W・Wの店内に集結しているようだった。

 

 

「おおっと! こいつは我らがスポンサーさまじゃないか」

 

「ちょいとお二人さん、こっちへ来てみろよ」

 

 

 商品の羅列にすっかり目を奪われている面々から離れて、ハリーと共に店内の奥へと進む。フレッドとジョージがいきいきと自慢の商品の紹介を始める。完成版ずる休みスナックボックスに種類の増えただまし杖、盾の帽子にインスタント煙幕──ジニーや娘のリリーのお気に入りだったピグミーパフも愛らしく転がっていた。

 

 

「ハリー、好きなもの、何だって持っていっていいぜ。マリアは──ン、オマケしておいてやろう。我らがマリア様だからな」

 

「おひいさまのお眼鏡にかなう品がきっとありましょうぞ」

 

「たとえばピグミーパフは……ダメだな。こいつは 女性(・・)に人気なんだ」

 

「マリアには惚れ薬解毒剤のほうが入り用かもしれないな」

 

「やめてくれよ……」

 

 

 ニンマリと意地の悪い顔をしてからかい倒す赤毛の双子へと軽くパンチを入れる。ケラケラ笑いながら受け止めたフレッドかジョージかは、そのままハリーから離すように僕の手を引いた。

 

 

「マジな話──ひとつくらいは持っておくべきだと思うぜ。ほーら、お前さんの王子様にお熱の連中だって少なくはないんだ」

 

「そんでもってマリア自身にもな。ま、防衛に関しては問題ないにしてもだ」

 

「初恋泥棒たちよ、警戒はゆめゆめ怠らぬよう」

 

「初恋泥棒……」

 

 

 思わず頬が引きつった。なんて名で呼ばれてるんだ、ドラコは。……そしてまさか、僕も? ゾッとしない。

 両方から肩を組まれて惚れ薬の解毒剤とやらを掴まされる。相変わらず(マリア)の扱いがぞんざいな兄貴分たちである。

 

 

「なんなら今、渡してきてやってもいいんじゃないか。さっき外を歩いてたから」

 

「え?」

 

「だーかーら、王子様だよ。……噂なら俺たちの耳にだって届いてる。──大丈夫か?」

 

 

 別々に絡む二本の腕をほどいて向き直る。

 

 

「どっちへ行ったの?」

 

「「出て右だ。急げよ」」

 

「ありがとう」

 

 

 ハリーがロンとハーマイオニーの元へ戻ったのを確認してから店を出る。──ああ、そうだ。

 

 

「ジョージ! フレッド!」

 

 

 愉快な看板のあいだから同じ顔が二つ覗く。今が楽しくてしかたないと若々しく輝いている。この光景が──これから先も続くように。

 

 

「君たちの店、最高だよ!」

 

 

 W・W・Wはフレッドとジョージが揃ってこそなのだから。

 

 

「「──どうぞご贔屓に!」」

 

 

 双子の兄貴分たちの声を背に僕は駆け出した。

 

 ──ドラコの現状ならば、アーサーおじさんから少しくらいは僕だって聞いている。拘束した死喰い人たちからの証言はあれど、ルシウス本人の安否を明確にできないうちは彼の扱いは行方不明、もしくは失踪とすることに魔法省は決定したようだ。ゆえに、ドラコは無罪放免を勝ち得た。だがしかし──噂は広がれば広がるだけ禍々しく形を変える魔物だ。魔法省の判決がどうあれ、口さがないものは口を揃えてくり返した。──ドラコ・マルフォイは親殺しであると。

 

 

「──ドラコ!」

 

 

 気取った服の青白い少年の腕を掴む。父親によく似たまとめられた長髪が振れて切れ長のアイスグレーが丸まる。問答無用で袖をまくり上げた。────ああ。

 

 

「──君のよく知る通り、美しい腕だろう?」

 

 

 かつてそこに邪悪な黒蛇と髑髏を刻んでいたドラコ・マルフォイは、真っ白の腕を振ってニヒルに笑った。

 

 

「……女の腕みたいだ。僕よりなよなよしいんじゃないか?」

 

「言ってろ。男女の体格差をなめてかかると痛い目をみるぞ」

 

「十分、痛い目に遭ってきたよ」

 

 

 腕を解放して安堵に笑う。よかった──彼は死喰い人としての人生を放棄した。

 

 

「君、ひとりかい?」

 

「母上が一緒だ。だからあまり時間は取れない」

 

「ああ、うん。それならいいんだ。──会いたかっただけだから」

 

「…………」

 

 

 数年前にダイアゴン横丁で見かけたドラコを思い出す。彼は独りだった。両親も、腰巾着もつけずひとりぼっちで歩いていた。無性に切なくなったことを覚えている。あの頃の小さなドラコは──今、こうして報われたのだ。

 僕の顔を言葉なく眺めたドラコは、袖を直しながら小憎たらしく鼻で笑った。そして僕の頬をつまんだ。

 

 

「ご心配には及ばないさ。ノクターン横丁にだって行かない。行く必要がない。とっくに買い取りは終えてるんだ。……つまらない顔をするな」

 

 

 慰めと呼ぶには不器用な指だった。握り返してクスクス笑う。現在のボージン・アンド・バークスにかつての悲劇の引き金となった姿をくらますキャビネット棚は存在しない。それはドラコの手中にある。延いては、 依頼主(・・・)である僕のものだ。

 

 

「ダンブルドアの殺害方法に悩む一年は存在しない」

 

 

 解放された顔で余裕たっぷりに笑ったドラコに、そうだねとうなずいてから僕は他人事に続けていた。

 

 

 

「でも、ダンブルドアは死ぬよ」

 

 

 

 ほんの少し、予言めいた声色だった。ばかばかしくて追って空笑いした。

 ドラコは瞠目した。──瞳を氷の色に戻して吐き捨てた。

 

 

「……わずらわしいものを後に押し付けて、手前はさっさといち抜けか。相変わらずご立派なことだな。 騎士道精神(グリフィンドール)は。────最低だ」

 

 

 僕は心から微笑んだ。いっそ晴れやかだった。

 

 

 

「ほんとうに。────最低だ」

 

 

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