クリスマスパーティーには結局、ハーマイオニーはマクラーゲンを連れてきた。完全なるロンへの嫌がらせだ。それにハリーと揃って肩を落とす。
「ねえ、僕、もう二人の友情は無理な気がしてきた」
「まあ……友情は無理かもね」
胡乱に囁く。互いへの嫉妬心がなければなにがどうしてそうなるのか、ロンはパーバティと結ばれることになるのだそうだし、この憎しみは最終的にプラスへ転じるのだから必要なのだと割りきれたらよかったけど──振り回される身としてはいい加減にしてくれ、の一言に尽きる。結婚してからも喧嘩するたびにうちへと駆け込んできてたものね……どちらもが。
「マリア、それ、素敵だね。かっこいいよ」
ふと、たゆたう雲のような浮いた声が背後からかけられた。ルーナだった。ルーナがスラグホーンのお気に入り指定に入ってるとはとても思えないので、誰かから招待を受けたのだろう。いったいルーナのような変人(僕はそこを面白いと思ってるんだけど。)を誰が呼んだのか。答えは簡単に見つかった。
「ぜったいに異性を連れてこいとは言われなかったもの」
茶目っ気たっぷりに鮮やかなドレスを着たジニーがウィンクをした。かわいい。なんてかわいいんだ。今宵一番の淑女は君だ。そもそも周りの有象無象なんて勝負にもならなかった。照明が一気に褪せてしまった。色彩が彼女へ集中したからだ。
オレンジ味の強い赤毛はサイドにまとめられ肩を流れていた。ドレスはシックな黒を基調に白のレースと淡いブルーが踊っていた。頬はうっすらと色付き、リップは彼女の魅力をふんだんに膨らませていた。僕はクラクラする思いだった。こんなのって──もはや妖精だ!
「やっぱりマリアはドレスじゃないのね。今夜がダンスパーティーだったなら、またダンスへ誘ってくれたかしら?」
「もちろんだよ、マイレディ」
思わず手を取ればクスクスと軽やかに笑われた。どうしてか隣でハリーが深々としたため息をついていた。
「ドラコの気持ちがわかったよ。どっちにどう思えばいいんだか」
「好きな人たちが仲良しってのはいいことだと思うよ。あたしはジニーとマリアがロンとハーマイオニーみたいになったらいやだもン」
「それは……うん、そうだね」
やっぱりずれてるルーナの発言に三人で笑い合った。そうすれば、ハリーは案の定スラグホーンに見つかってしまった。セイウチに似た巨体が上機嫌にハリーの肩を叩く。
「やあ、やあ、ハリー! 私は君の登場を首を長くして待っていたんだよ。君に引き合わせたい人が大勢いるんだ。なんたって君は──ちょっとばかしシャイだからね」
暗にスラグホーンの夕食会から逃げ回った日々を揶揄されてハリーの目がずっと遠くなった。スラグホーンは次にジニーへパーティーを楽しんでいるかうかがうと、それから僕を見た。
「これは……惜しいなあ。ドレスであればどれほどリリーに似たか。君は女性の装いが嫌いだと噂には聞いていたけれど……ああ、セブルス! こちらにいらっしゃい。ごらん、まさしくミニチュアリリーだ! ぜひともドレスで着飾ってほしいところだった……」
渋々である様子をつくろいもせず普段と同じローブ姿の鬱々とした男がやってくる。途端、ハリーの機嫌が地に落ちた。そんなハリーを上から下まで眺めてスネイプ先生は暗い瞳と共に鼻へシワを寄せた。
「ハリーはすごいぞ、セブルス。両親の才能を完璧に受け継いでいる! 特に魔法薬学だ。私はリリーの再来だと瞠目したとも。まあ……見た目に関してはマリアこそが再来なわけだがね。君の教え方が上手かったこともあるだろう」
「……ほう。それはそれは。我輩の印象ではポッターに教えることなどまるで叶いませんでしたがな」
「ほっほう! 教えることがないほどにハリーは天才だったのか!」
すべてを好意的に捉えてスラグホーンはぬか喜んだ。ハリーはスネイプ先生の目から逃れようと必死だった。「教えることは叶わなかった」の正しい意味を理解しているからだ。今頃、テスト中にカンニングしたような居心地の悪さに襲われていることだろう。
ハリーの祈りが通じたのか、スラグホーンはハリーを見世物のように腕にがっちりと捕獲すると、連れ立って人脈作りにいそしみ始めた。残された面々は言葉なく立ち尽くすしかなかった。
──瞳だ。暗い瞳だ。穴の底のような瞳だ。月のない夜のような瞳だ。泥を煮詰めたような瞳だ。澄んで濁った瞳だ。
心の底から憎んだ人の瞳だ。
「スネイプ先生」
スネイプはそれが合図であったかのように僕へと背を向けた。
「我輩は────君にドレスは似合わないと思うがね」
「え……」
惚けてしまった。隣でジニーは憤慨していた。失礼極まりないとぶつくさ悪態をつくジニーをなだめることも忘れて漆黒のローブを見つめた。スネイプ先生はさっさと人混みにまぎれていた。あんなにも目につく黒だというのに、嘘のようにローブの背は消えていた。
「スネイプってマリアが好きなんだね」
「とんでもないわ! 確かにあいつ、ハリーとはちがってマリアにはそんなに嫌がらせをしてこないけど──でも──そう! 目付きよ! あの目付きはすごくすごく邪悪なものだわ」
「そうかな。空っぽだと思ったけど。だから、ほら、空っぽなら好きなものを詰められるでしょう? ナーグルの酢漬けとか、プリンピーの羽根とか」
「ルーナ……あなたがさっきまで見てたのって空のグラスかなんかなんじゃないの」
少女二人の仲睦まじい掛け合いをぼんやり流したまま呟く。
「やっぱり──あの人の目は銃口に似てる」
「「銃口?」」
声もタイミングも仕草までもを揃えて見上げてきた女の子たちにハッと意識を取り戻して空笑った。
「マグルの武器だよ。君のパパに聞いてみるといい、ジニー」
……正確な知識で返ってくるかはわからないけど。
きょとりとする女の子たちを誘導しながら隅へと移動する。そうすればそこには、マクラーゲンから逃げてきたらしいハーマイオニーがドレスをたくし上げて椅子に寄りかかっていた。
「男の子ってどいつもこいつも──クィディッチとそ、そ──そういうことしか頭にないのかしら!? なんておぞましいの、コーマック・マクラーゲン。グロウプのほうがまだ紳士的よ」
「そういうことしか頭にないのよ。ロンを見てればわかるじゃない」
痛烈に返したジニーにハーマイオニーはぐっと押し黙った。僕は女性たちの爆弾がいついかなる時に破裂するか気が気じゃなかったし、ルーナは足元でちょろちょろするしもべ妖精の頭に関心を吸い取られてしまったらしかった。
「やっぱりあなたがうらやましいわ、マリア。ドラコならこうはならないでしょうに」
「……どうかな」
ふと、パンジーに膝枕されていたいつかのマルフォイが浮かんだ。こんな埃を被りきった記憶が引き出されるだなんて──見た目に引きずられてるのか?
「マルフォイは参加してないの?」
「できないわよ。……色々あったもの。スラグホーンは
「でも、あの子はいたよね?」
「あの子?」
ルーナの『あの子』の言葉に仕草だけで続きを促す。ルーナは答えた。
「スリザリンの女の子だよ。マリアが仲良しの」
「────」
グリフィンドールのマリア・ポッターと懇意にしていたスリザリンの女の子。それだけで該当者はただ一人にしぼられた。
「どこで見た? 今もいる?」
「ううん。あたし、途中から来たけどその時にすれ違ったよ。寮に帰るところだったんじゃないかな」
「ありがとう」
女の子三人衆から離れて会場を後にする。
スラグホーンは取捨選択をする収集家だ。ドラコは呼ばれない。なぜなら父に死喰い人を持ち、かつ、親殺しと噂されているからだ。スラグホーンは自身に利益をもたらすものしかお気に入りに含めない。ならば────アステリアは
後先考えずに廊下を走っていた。それで彼女に追い付けるはずもない。とっくに寮へ戻っている頃だろうとスピードを落としたところで────見付けた。アステリアはドレスアップ姿のまま廊下に伏していた。
「──ッアステリア!!」
駆け寄る。肩を抱けば華奢な肩は震え呼吸は激しく乱れていた。顔は真っ青だった。──過呼吸か。
「アステリア、吸うんじゃ駄目だ。ゆっくり吐いて。そう、吐くんだ。落ち着いて。ゆっくりでいい」
「マ、リ……」
「しゃべらなくていい。呼吸を整えよう。僕の心臓の音を聞いていて。それに合わせて息を吐いて」
「ハァ──ハ──」
「その調子。上手だよ」
少女を胸に抱いて背を撫ぜる。ハリーであった頃、闇祓いとして勤めているあいだに何度かパニックになった被害者の相手をしたこともある。その経験が役に立った。気付けば、アステリアの呼吸は落ち着いていた。
「よかった……このまま医務室へ行こう。抱き上げていいかい?」
「──いりません」
手は振り払われた。
「アステリア」
「あなたの手は借りません。あなたの手だけは──借りません。許されません。ポッターの手は借りません!」
「アステリア、意地を張ってる場合じゃないんだ」
「それでも張らねばならない時があるのです!」
アステリアの声は震えていた。今にも張り裂けて散り散りになってしまいそうな不安感をまとっていた。──少女たちは追い詰められていた。
「──わかった」
「キャッ──!?」
パーティー用のローブを脱いでアステリアへと被せる。そのまま腕に彼女を横にする形で抱き上げた。
「な、なに──」
「僕は君の顔を見なかった」
「……え?」
「だから、君がどこの誰なのか知らないし、制服じゃないからどの寮かもわからない」
「…………」
「ただ廊下に具合の悪そうな子がいた。だから介抱した。──なにも、おかしくないだろう?」
アステリアは腕の中でおとなしくなった。表情はわからない。ローブの下で彼女の顔は嫌悪に歪んでいるかも知れないし──涙を堪えているかもしれない。
見えないから──僕にはわからないんだ。
「……でしたら、きっと、助けてくださったあなたはグリフィンドールかハッフルパフの方ですわね」
「おそらくハッフルパフだね」
押し殺した笑い声がローブの中でこもった。腕を揺らして返事代わりにしてみる。
「それなら──これは、独り言です」
「…………」
「あなたへ向けてではありません。なぜならわたくしはあなたを知りませんから。わたくしの……哀れな女の浮かされた独り言です」
アステリアはポツリポツリとこぼした。きっと顔が見えていたなら──彼女は口をつぐんでいた。
「廊下で大好きな人たちを見かけました。しあわせそうでした。とても──二人はしあわせそうでした。ああ、あの中に隙間はない──そう思いました」
「わたくし──わたし、くやしかった……! とてもくやしかった! けれど、安心もいたしました。一等大好きな人はしがらみから解放されて、幸せを得られると確信できたからです」
「あとは殺すだけ──わたくしを殺すだけ。わたくしの心を殺すだけ。それでも、わたくしはまだ生にあがいている」
「身体はとうに死の予行練習を終えたのに、心が追い付いていませんでした。それに、気づかされた──二人の笑顔に思い知らされました」
「わたしは────死ぬのがこわい」
堪らず唇を噛んだ。彼女の名を叫んでしまわぬよう噛んだ。呑み込んだ。胃の奥まで抑え込んだ。──呼んでしまえば、彼女はアステリア・グリーングラスとして立ち上がるしかないのだから。
「二人はゆるさないよ」
「ええ」
「君の大好きな人たちは、君が死ぬことをぜったいに許さないよ」
「ええ。そうでしょうね。そんな方たちだから、わたくし──好きになってしまったんですもの」
腕の中で少女は身じろいだ。彼女の指が首に触れたのを感じた。髪が鎖骨をくすぐって、囁く声が耳の近くにあった。
「大好きよ。あなたたちが大好き。マリア、好きよ。わたし、あなたが好き。はじめてのおともだち。嫉妬したって好きよ。だから────届かなくていいの」
声はなくなった。呼吸が深くなった気がした。ズンと抱える身体が重くなった。吐き出すだけ吐き出して、少女は夢の旅路へと出た。だから。
「悪いけど、僕もドラコも傲慢で負けず嫌いで奪われるのは大嫌いな人間なんだ。だから──君がどれほど遠くへ隠したって暴きに行くし、さらいに行くよ。…………アステリア」
重いはずの少女の身体は笑えるくらい軽かった。
***
「アステリアッ!!」
「マダム・ポンフリーにお見舞いそうそう締め出されたいのか?」
扉を蹴破らんばかりに荒々しい登場をしてくれたスリザリンの王子は、僕の軽口なんて聞こえないとばかりにアステリアの眠るベッドへと駆け寄った。ためらいなくその手を取った。アステリアは眠ったままだ。
「……原因は」
「心労だってさ。ストレスだよ」
「…………」
少女の繊細な手を両手で握り込んだまま、ドラコは黙した。激しい葛藤が彼の中で渦巻いていることがわかった。目が如実に語っていた。
「…………確認は」
「まだだよ。……君がいないところではするべきじゃないと思って」
ドラコは再び黙ったままアステリアの髪を撫でた。慈しみをたっぷり込めて──そしてその手を彼女の腕へと滑らせた。
「……左腕は、僕が見る」
「なら、右腕は僕だね」
「…………」
「いやなら止めるけど?」
「いいや──僕たちであるべきだ」
それは切望と独占欲に満ちた声だった。ほらね──こいつは君が自分の元から逃げ出すことをぜったいに許さないよ。
同時だった。同時に────僕たちはアステリアの両袖をまくり上げた。
「「…………」」
きれいで──真っ白な腕だ。
「……はぁぁぁぁ」
ドラコがアステリアの手を取ったまま崩れ落ちる。──アステリアは死喰い人ではなかった。
「よかったね、ドラコ。ま、当然だけどさ。アステリアなわけがないよ。そうなると、改めてアステリアの態度に対する疑問が浮き彫りになるわけだけど」
「そんなの今はどうでもいい。彼女が闇に巣喰われていなかった。それだけで」
「気が抜けた? ……え、ほんとに抜けた?」
床に座り込んだままベッドへ突っ伏してしまったドラコに、指差してゲラゲラと笑ってやりたいのを我慢して見守る。アステリアが起きないとも限らないし──マダム・ポンフリーに締め出されちゃ敵わないからね。
「……よし、確認はすんだ。このまま僕たちがここにいてはまずい。出よう、マリア」
「まずいって、どうして──」
カツリ。規則的な足音が空間を切った。貴族的な足音がリズムを続けた。緑のローブをまとった豊かな栗毛の少女が廊下を照らすランプを背に微笑んでいた。
「あら……親殺しの裏切り者と穢れた血の混血じゃない」
「──ダフネ」
アステリアの実姉、ダフネ・グリーングラスがそこにいた。
「妹に触れるのはおよしになってくださる? 親殺しの血の臭いと下劣な獣の臭いが移ってしまいますもの」
ダフネの笑みはたおやかだ。だがしかし──アステリアの持つやわらかさはどこにもなかった。
「……君たちは、アステリアをどう扱ってるの」
「あら、まあ──くさいくさい。獣はたとえ人の言葉をしゃべっても理解不能だわ。どう、だなんて──家族としてに決まってるでしょう?」
カツリ。カツリ。丁寧な足音だ。なんだか朝を迎えたくない夜に聴く時計の音を思い出した。
「家族──薄っぺらな血で繋いでいるだけの絆だな」
ドラコの挑発にダフネはコテリと首をかしげた。一定の頃までは彼等もそれなりに交流を持っていたはずだ。ドラコの言葉には比較的耳をかたむける姿勢でいるようだった。
「ええ、まあ……少し前までは扱いづらい子だとは思っていましたわ。『病』のこともありますし。けれど────やっと、グリーングラスとして
ダフネはうっそりと唇を歪めた。
「未熟な子が成長を見せたのならば、喜んでやるのが姉の思いやりというものでしょう?」
ゾッとした。アステリアが抱えるもの────アステリアを死へと追い込むものの正体を、今、はっきりと目にした。
アステリアは────『家族』に殺されようとしているのだ。