クィディッチシーズンがやってきた。
「ハーマイオニーは天才だよ……」
「「それ、みんな知ってるぜ」」
僕のしみじみとした呟きにウィーズリーの双子が揃って相槌を入れる。その手には炎を入れたジャム瓶がある。そして僕の手にも。ハーマイオニーが寒さに凍える僕らのために作ってくれたものだ。
僕は昔からこの手の細かな魔法を苦手としていたし発想力にも乏しかったので、マリアとなった現在でもただただ友人の才を享受し有難がるくらいしかできないわけだ。元英雄が泣けてくるね。
ちなみに、あなたは器用さではなく派手にやらかすのが専門だから、とは、僕のハーマイオニーとジニーとルーナの弁である。まさかルーナにまで言われるなんて……。
今にして思えば、一年生の身でこんな暖房具をあっさり作り出してしまうハーマイオニーってほんとう、とんでもない。僕、彼女の友人でよかった。何か問題が起きて、それに彼女が解決策を見出すたびに思っていることだ。ほんと、きみが敵じゃなくて心底よかった。
「いつもの仲良し三人組はどうしたんだい?」
「置いてかれちゃったのかい? 姫さま」
「それ、やめてよ……。三人は中庭だよ。こんな寒さのなか外に出るなんて、正気じゃない」
「「言えてる。こんな寒さのなかクィディッチをするなんてまったく正気じゃない。オリバーは狂ってる」」
双子のすっとぼけた調子のユニゾンにオリバーのちょっとしたクィディッチ狂いっぷりをハリーの頃から知っている僕は、赤毛のかかった額を三つ合わせてクスクス笑い合うしかなかった。庇えなくてごめん、オリバー。
それはさておき。
「ねえ、いつからその珍妙なあだ名、僕についたの?」
──グリフィンドールの姫さま。誰が言い出したのかさっぱりわからないその呼び名は、僕がマリアのことなのだと気づいた頃には否定も追い付かないぐらいにホグワーツ内に浸透していた。
その前にも、名前から聖母さまだのマリアさまだのバカげたものが裏で呼ばれていることはあったが、これらはすぐに気付けたために払拭することができた。姫さまだけは突拍子もなさすぎて発覚が遅れたのだ。
上級生にまで呼ばれるそれがまさか
「それが聞いてくれ。誰かがこんな話を聞いたんだ。昔、グリフィンドールにいたとある白百合の生徒の話さ」
「彼女は美しく、気高く、聡明で、マグルの出の身でありながらついには監督生にまで登り詰めた。そして華々しく首席を飾った。その姿は輝かんばかりであまりに神々しかったそうな。ああ、彼女はまさしくグリフィンドールの百合の姫君!」
「崇めよ我らが姫君を! グリフィンドールに相応しき燃える髪を持つその人を! 知的なエメラルドの瞳のその人を!」
「「おお、グリフィンドールの姫よ!」」
「──と、とある女子生徒をシェイクスピアも真っ青なポエムで追いかけ回す男の存在もあったそうでね?」
「なんとこの件の二人にそっくりの生徒が今ここにいるらしい! それも! 悲劇か喜劇か、双子として!」
「いやはや、誰が聞いてしまったのか、どこから広まったのか……おそろしく情報通な美男子が約二名ほどこのグリフィンドール内にいるのかもしれないなあ。くわばらくわばら」
「──つまり、君たちが犯人ってことだね」
「ワオ! 姫さま、君ってハーマイオニーに負けないくらい天才だよ!」
「今度はグリフィンドールのホームズって呼ぼうか」
「よしてよ……もう」
僕を中心にやんややいのとふざけた動きで僕とここにいないハリーをからかい倒す双子にがっくりとうなだれる。
そうだとは思ってたけど、やっぱりこの二代目悪戯仕掛人共の仕業だったか。そして、完全に父さんのせいじゃないか……。
情報提供者はマクゴナガル先生かな。スネイプ先生を除いて、このホグワーツで誰よりも僕らを見て懐かしむ人だもの。
「君が美しいから、ってのも事実だぜ? でないと噂にならないさ」
「そりゃあ、その美しく聡明な母さんに似た顔だもの。僕自身をどうこうと言われるのは困るけど、母さんが美しかったのは事実だからね。そんな人の生き写しだと言われたら、まぁそういうものなんだろうなとは思うよ」
「「…………」」
「なぁに、その顔」
なぜかフレッドとジョージは、さも難事件を目の当たりにした名探偵のごとく神妙に頷き合った。
「マリアの無自覚の根源がわかった」
「これは王子にがんばってもらわねば」
「は?」
謎の決意をかためている双子になんだ何の話だと小首を傾げていると、ふとドタバタな足音が階段を駆け上がってきて、ああ、と聖母マリアの気持ちになる。
「「──ほんっと嫌なやつ!」」
談話室に飛び込んできた足音の正体は、案の定、お騒がせ三人組だった。彼等の動きを足音だけでわかるようになってしまった自分に、姿が見えずとも的確に息子たちを当てて叱るモリーのさまを思い出した。
そんなつもりないのに、すっかりこの子たちの保護者が板についてきちゃったなあ。
「今度はどうしたんだい、ハリー」
「聞いてよマリア!」
勢いを殺さずそのまま僕の腕の中までやってきたハリーを慣れた調子で抱き留める。
「スネイプのやつ、でっちあげで僕からクィディッチの本を取り上げたんだ! 試合は明日だっていうのに」
「まったく、ムカつくったらないぜ。あれ、もしハーマイオニーが持ってたならきっとなにも言わないんだ。ハリーだからさ。もう今度からほんとに君が持ってたら?」
「あぁら、斬新な案ね。それで、わたしが寝る前にでもあなた方に読み聞かせをして差し上げればいいのかしら? マリア、火、弱くなってない? 大きくしましょうか」
「ありがとう、ハーマイオニー。君は凍える人の救世主だ」
「マリアっ、ちゃんと話を聞いてよ! 君は僕の味方だろう!?」
「もちろんだよ。どうせ夕食後にでも取り返しに行くんだろう? 甘ったれなハリー坊やは、先生のところまで姉さんについてきてほしいの?」
「妹の手を借りるなんてごめんだ!」
口ではぷんすこ怒りつつも僕を抱き締めたまま放さない辺り、弟ってのはまったくかわいい。ハリー以外の全員はやれやれって顔付きだけど。
「姫さまは弟をあしらうのもお上手だ」
「兄だよ!」
「では、姫さまの兄殿下の憂いは家臣たるオリバーが払ってしんぜましょう。実地でね」
暗に本なんか読むよりクィディッチやろうぜ! と誘う赤毛の二人をいなしつつ、そうだと呟く。
「ねえ、三人も僕のバカらしいあだ名のことは知ってるでしょう? 王子って誰のことだと思う?」
「「「マルフォイ」」」
「…………」
この場で吹き出してゲラゲラ笑いたいのを懸命にたえた僕のこと、褒めてくれてもいいんだぜ、ドラコ。
***
「やあ、スリザリンの若き王子」
「ご機嫌麗しいようで、グリフィンドールの姫君」
やっぱり知ってやがったのか。途端にナメクジの呪いでも食らったみたいな顔をした僕に、ドラコはこれ見よがしにせせら笑った。
本日は、ついに来たるやハリーのクィディッチ初試合の日だ。
飛行競技場にて待機する観衆は試合が始まる前からすっかり盛り上がりきっていて、グリフィンドールの赤いローブとマフラーばかりのこの席にドラコのハウスカラーたる緑は実に目立っていた。きみ、最近隠れる気なくなったよね。僕としては別段、問題はないけども。
最上段で『ポッターを大統領に』段幕を掲げるあの集団はハリーの愉快な仲間たちとルームメイトたちだろうか。いやはや、こうして近くで見ると……中々だな……あの、光るライオンがユーモラスで。誰が描いたんだろう、あれ。魔法はハーマイオニーかな。
「知らないはずないだろう。なんのために僕がスリザリンにいると思ってるんだ。君に見えない情報を軒並み掴むためさ」
「そして報告はしないってね。……これって、もしかして僕らセット扱いされてる? ロンやハーマイオニーですら、君なら仕方ないって反応をするんだ。よりによって君だぞ、君。ロンは君の名前が出るたびにゴキブリゴソゴソ豆板が寝起きに口の中にでも入ってたみたいな顔をするけどね。それでも、認めてる」
「マリア・ポッターのナイトは二人いるらしいな。双子のハリー・ポッターと寮の垣根を越えたドラコ・マルフォイ。そして赤毛君は僕がマリアに近付くよりハリーに近付くときの方がうるさい」
「ええ……悪夢だ……」
レイブンクローの彼が言ってたソレがまさか周知のものだったなんて。
思わず顔をくしゃっとしかめたところで、僕のうんざり気分なんてそっちのけで周囲から歓声が上がった。──選手入場だ。
初陣のハリーを交えたクィディッチメンバーが浮かび上がり、リー・ジョーダンの愉快で痛快、そして的確にマクゴナガル先生を怒らせる実況が始まる。なにせ今年初のグリフィンドール対スリザリン戦なのだ。熱の入れようがちがう。
見てろ、あれでもそのうちルーナよりはマシだと思う日がくるんだ。僕はルーナの試合そっちのけで雲の形とかを紹介する実況、わりと好きだったけどね。
試合におけるハリーの箒さばきは、入学してからはじめて箒に乗ったというのに少しだって危なげなくて素晴らしかった。ジェームズの血の恩恵である。
ちなみに『初めて』というのは、まぁ、ウソなんだけど。実は赤ん坊の頃に気の急いた大人たち──言わずもがな、ジェームズとシリウスだ──から子供用の箒を与えられていただなんて、このハリーは知る由もないのでまあ彼にとっては初めてで問題ないだろう。
しかしそれにしても。会場を見回し呆気に取られる。
観客席から見る『僕』ってあんななんだ……うわあ、見にくい。遠くになると誰が誰と何をやってるんだかよくわからない。そりゃあ、双眼鏡も用意したくなるってものだ。リーの実況のありがたみがよくわかる。
そして、そのリーがスニッチの発見を叫んだ。途端、役割が見付からずゴール付近で所在なげにしていたハリーが急降下した。我ながらよくあんなものを肉眼で見付けられると思う。端から見ていると反応速度の違いが顕著だ。
そんなふうに懐古の記憶にしみじみ頷いていると、ふとそこで、そういえばこいつもシーカーだったなとチラリと横を見た。ドラコは思いのほか真剣な眼差しでハリーの動きを追っていた。
「スニッチ、見える?」
「いいや、さっぱり」
「でも、ハリーには見えてるんだ」
「あの中にいた僕たちって、実はすごかったんだな」
「だね」
元シーカー同士の会話だというのに互いにすっかり他人事で、隣の涼やかな顔と見合わせてニヤリと笑ってしまう。
「どっちを応援してる?」
「勿論、ハリーだとも。でないと、そもそもこの席にはいない」
「そりゃあそうだ。……変わったよなあ、マルフォイ」
「身内には甘いスリザリンだからね」
「「あ。」」
僕とドラコのくだらないじゃれ合いは、スリザリン選手マーカス・フリントのハリーへの暴力的な妨害行為が目の前で行われたことによって打ち切られた。思わず怒りと共に杖を取り出すが──まあ、まあ、落ち着こう
「ほんとうに、手段を選ばないよね。スリザリンの君たちって」
「……目的に貪欲だと言ってくれ」
「ものは言いようですこと」
スリザリン側にペナルティを与えた後、試合再開のホイッスルが鳴る。グリフィンドール贔屓全開で荒々しくなるリーの解説と、そんなリーに対するマクゴナガル先生の叱咤が響く中──突如、ハリーが妙な動きをした。
いや、ちがう──
「あれ、今日だった!?」
思わず腰を上げれば、ドラコが何事だとこちらを見ていた。
「ドラコ、ハリーを見て。様子がおかしいだろう? あれ、箒に呪いをかけられてるんだ。犯人はクィレル。何の呪いがかかってるか、君、わかる?」
なにせ、呪いだとか禁術だとか闇の魔術に関する知識や対処については、闇祓い局局長時代においてもドラコの方が得意だった。ハーマイオニーとだっていい勝負をしていた。それらの経験は、きっと彼を裏切らない。
ジィと数秒、箒に振り回されるハリーを見つめた後、ドラコは応えた。
「錯乱と妨害。それから箒に対する目眩ましか」
「流石だ。ありがとう」
すぐさま反対呪文へと取りかかる。瞬き一つせずハリーを追ってブツブツと唱え続ける。隣ではドラコも補うように文句を繰り返している。
そんな僕らの様子に気が付いた逆隣の生徒が不気味なものを見るようにして席を立ったが、そんなことよりハリーの命のほうがずっとずっと大事だった。
確か、誰かがクィレルの妨害をしたんだ。スネイプ先生は僕らのように反対呪文を唱えていてくれて……でもそれを勘違いした──ハーマイオニーだ!
そうして、誰も彼もが思い思いに抗った甲斐あって、ハリーはどうにかこうにか体勢を持ち直した。その後、多少のトラブルはあったもののハリーがスニッチを口で捕まえたことによって、試合は終了した。
ほっと胸を撫で下ろす。ほんとう、見てる側はなんて気持ちにさせられるのだろう。ハリー・ポッターの不運と悪運と強運には。
「……『君』って、いつも散々だな」
「僕もそう思うよ」
***
どうやらお騒がせの三人組は、三頭犬の一件からヴォルデモートが狙うホグワーツ城内に隠された秘宝──『賢者の石』について、ニコラス・フラメルなる人物が関わる事実まで無事にたどり着いたらしい。クリスマス休暇を前にニコラス・フラメルの正体──つまりは『賢者の石』の製作者である事についてだけど──を突き止めるため、忙しなく図書館通いしている子供たちを今日も談話室から見守る。
と、いうのも、僕がドラコと懇意にしているからか、彼等は僕に詳しい内情を話してくれないのだ。無敵の幼さでスネイプ先生を疑って掛かっている彼等は、僕からドラコ──そしてスリザリン生のドラコから寮監たるスネイプ先生へと秘密の情報がもれる可能性を危惧しての事のようだった。マリアとしてはちょっぴりさびしいところだ。
とはいえ、僕は僕で休暇中にやることがあるし、それこそ子供たちに首を突っ込まれては困る事情ばかりを抱えているので、自然と互いの内緒事に関しては不可侵という暗黙のルールがここ数日のうちに築かれつつあった。
別にドラコはスネイプに告げ口とか……クソガキのマルフォイだった頃なら間違いなくしただろうけど、今はしないのに。この頃の
「あんまり根つめるのもよくないよ」
図書館から持ち出してきたのだろう、『魔法界における最近の進歩に関する研究』だとかいうビックリするくらい面白くなさそうなタイトルの本へ突っ伏してウーウー唸っているハーマイオニーの肩を撫でる。そのまま、彼女から少し離れた位置にあたためたカボチャジュース入りのマグカップを置いた。
ちなみにこいつはラベンダーから貰ったちょっと早めのクリスマスプレゼントで、動く黒猫の柄をしていて持ち手が尻尾になっているのだが、これがまた気まぐれなせいで猫を宥めてからでないと使わせてくれないのだ。
けど。まあ。ハーマイオニーもジニーに負けず劣らずの猫好きだし。彼女ならきっと大丈夫だろう。
「でも、休みに入る前に見つけないと──絶対、ニコラス・フラメルのことなんて忘れて遊んじゃうわ、あの二人──釘は刺すけど──間違いないわ──」
実のところまったくその通りなのでなにも言えなかった。初めてダーズリー家から離れて過ごしたクリスマスだったんだもの。はしゃぎ回るくらい許してよ。
「──え、あら? マリア? わたし、あの、いまのは」
「うん? ハーマイオニー、今ちょっと寝てたんじゃないかい? 僕は寝言しか聞いてないよ。クリスマスプディングとチキンが待ち遠しいって言ってた」
「言ってないわ!?」
からかえば実によい反応をする少女に喉だけでクツクツ笑う。そんな僕に瞬発的に顔を真っ赤にしたハーマイオニーだが、間もなく我に返るとどこか気まずげに呟いた。
「……時々、マリアってすべて知っているんじゃないかと思うわ」
「まさか」
──わからないことだらけさ。
『僕』が生きる世界は、いつだって魔法のように鮮やかで奇妙だ。
「やんちゃ坊主たちが心配なんでしょう? 大丈夫、僕がちゃんと見ておくから。ハーマイオニーは家族との時間を楽しんできて。ね?」
「……ええ、マリアなら安心ね」
そうして安堵の息と共にほころぶようにして微笑んだハーマイオニーが、ようやくカボチャジュースに浸って微睡む猫の尻尾を掴んだ。思いきり。遠慮なく。むんずと。
あ。
「──もう二度と使わないわ、このカップ!」
絵の猫に威嚇され熱々のカボチャジュースを顔にかけられた少女は、尻尾を雑に扱われた