ホグワーツはすっかり銀色の休暇を迎えて、クリスマスには少し前と同じように僕たちポッター兄弟はウィーズリー家預りとなった。ダンブルドアの気遣いであることは容易にわかった。まだ、僕たちに『僕たちの家』の残り香は強すぎる。
クリーチャーは分家とはいえブラック家の血族たるベラトリックス・レストレンジの命令権に抗えるか確信が持てないため、クリスマスもホグワーツの厨房に残ることとなった。ドビーが付いているので彼自身については心配していないが──シリウスもクリーチャーもいない屋敷は僕たち二人では広すぎるのだ。寒々しすぎるのだ。ウィーズリー家の、こじんまりとして暖炉の熱が隅々まで届くような──そんな細やかな幸せが僕たちには十分だったのだ。
パーシーを除いたウィーズリー一家とルーピン先生、フラー、ポッターの双子でクリスマスイブの食卓を囲む。翌日にはロンがもらったラベンダーからのプレゼント(『わたしの──愛しい──ひと』ネックレスだ。)で爆笑する一幕を経て、ハリーは白々しいスクリムジョールと対決した。
「あいつ、つまりはハリーに会いに来たのか?」
家の窓から二人並ぶ庭を覗いてロンがぼやく。スクリムジョールの背は神経質そうに張っていた。
「だろうね。魔法省としては新しいシンボルが必要なのさ。みんなが希望と期待を寄せられる、絶対的な象徴がね」
「それをハリーに? まったく、調子がいいったら」
「ハリーは断るよ」
宣言通り、ハリーはむっすりと不機嫌な顔で戻ってきた。ロンと僕を連れ二階へ引き上げては、これまで通り会話の内容をロンへと報告する。
「スクリムジョールもダンブルドアを警戒してるのか。でも、君──知らないよな? ダンブルドアが学校を空けてるあいだ、どこでなにをしてるかだなんて」
「ああ、知らないよ。ほんとうに。──マリアも、知らない?」
二人分の目が真っ直ぐに僕を見る。疑いの眼差しではない。期待でもない。ただただ凪いだ目だ。
「──知らないよ。ほんとうに」
微笑めば、ハリーも同じように僕へと笑みを返した。
「そう。なら、まだ僕が知るべき時ではないってことだね」
「いいや、ハリー。マリアはウソをついてるぞ」
「そうかもしれない。でも、いいんだ。マリアが知らないって言うなら──真実がどうあれ、僕はそれを知るべきでないんだ。……まだ、ね」
そういうことだろう? 思慮深い弟は親友をおさえて僕へ形ばかりの確認を寄越す。
……おとなっぽくなったな。少しだけ、アルバスを見ている気持ちになった。
「君って──だんだんダンブルドアに似てきた」
眼鏡の向こうで緑の瞳が悪戯っぽく細まる。おそらくハリーは冗談のつもりで言ったのだ。けれど、僕はそれに苦く笑うしかなかった。
だって、その通りだ。──きっと、最期も、僕たちはよく似ている。
クリスマス休暇明けのホグワーツではついにハーマイオニーの反撃が始まった。ラベンダーをうとましく思い始めていたロンがハーマイオニーへ目移りするたび、ハーマイオニーは敢えて優しい微笑を浮かべて僕を捕らえた。ロンのことは徹底的に無視した。……ま、今回ばかりは僕もハーマイオニーの味方をすると決めたからね。壁役くらいはこなしてやろうと、ニッコリ笑顔で彼女に合わせた。
次にハリーの問題だ。ハリーはダンブルドアより宿題を出されていた。スラグホーンの記憶を引き出す宿題だ。『僕』の頃にも散々苦労した課題だが、悪戦苦闘するハリーたちの横で僕とドラコは別件に当たっていた。
「──今のグリーングラス家がどうなってるか?」
いつもの湖畔を三人で囲む。特別ゲストは恋に恋する乙女、パンジー・パーキンソンだ。ピリピリと常に神経を尖らせドラコに貼り付く彼女は、眉間のシワをさらに深くして鼻の穴を膨らませた。気に入らないと顔に大きく書かれていた。
これまでならばハーマイオニーと一緒に品のない顔だとか幼稚な悪口を叩いていたところだけど……改めて見ればそれほどでもなかったかもしれない。
「くわしいところは知らないわ。けど、妙に羽振りがよくなったのも確かね。ここ最近の話よ。パーティーでも氏がやたら大きな顔をするってパパがぼやいてたもの。……はっきり言って、マルフォイに成り代わろうとしてるようにわたしは感じたわ。身の程知らずもいいところよ。たかだか成金のくせに」
鼻息荒く続けたパンジーに、いかるハーマイオニーを幻視しながらおそるおそると尋ねる。
「ダフネと仲良くないのかい?」
「姉妹どっちもよ。ダフネは……そこそこ話す仲だけど、妹のほうは恋敵じゃない。アンタもよ。なに自分は関係ないみたいな顔してんのよ」
「お、おお……」
久々に真っ向から受けた乙女の視線にたじろぐ。ほんとうに、女の子たちによってアプローチの仕方がまったくちがうのだから驚いてしまう。女心って開心術を使ってもわからないよ……。
「でも、ま、アンタがそれほど気にするっていうなら一応気にくらいはかけてやってもいいわ。それでチャラだから」
「え?」
「アンタへの借りよ。グリフィンドールに借りを作るだなんてスリザリンの名がすたる。わたしはスリザリンのパンジー・パーキンソンなんだから」
勝ち気に鼻で笑って、パンジーが背をそらせれば心得たとばかりに胸のエンブレムが浮かぶ。そこにあるのはもちろん蛇だ。
「大体、なんだってグリフィンドールがスリザリンと仲良しなのよ。それも二人も! 寒気がするわ。ありえない。アンタ、かなりおかしいわ。だからさっさとそのヨダレを垂らした犬みたいな間抜け面を引っ込めるのね。お忘れのようだからくり返して差し上げますけど、わたし、アンタが大嫌いだし、これから先だって大嫌いだし、これがきっかけで友達になるだとかそんなうすら寒い三文芝居は未来永劫ゼッタイにありえないんだから。…………なによ」
ギラギラした目で睨み上げご丁寧に指まで差してくれたパンジーにパチリとまばたきをする。そしてドラコを見た。ドラコは首を振った。
「パンジー……君って、実はおもしろいんだね」
「ハァァ?」
パンジーは心底理解できないと顔を極限までしかめて地団駄を踏んだ。
「ああもうやだやだ、ポッターってこれだから嫌! お花畑で話になんないわ。ともかく、妹のほうはわたしがどうにかしてあげる。アンタは、ちゃんと、わたしの目の届かないところでドラコを守るのよ。いいわね? さあ行きましょ、ドラコ」
たっぷりとろけた猫なで声でパンジーがドラコの腕へと絡み付く。これでどうだと言わんばかりに勝ち誇った顔をしているが、ラベンダーがロンへ引っ付くときのような理不尽な胸焼けはなくなっていた。ドラコはすっかり瞳が虚ろだった。女の子にこれほどどうどうと守る発言をされると──まあ、男としては思うものがあるよね。
「やっぱりおもしろいなあ。ところでパンジー、もう僕のことをマリアとは呼んでくれないのかい?」
「だから、なつくなっつってんでしょ!」
***
さて、アステリアについて留意すると約束してくれたパンジーは翌日の朝にさっそく実行した。それも、かなり強引なやり方で。
「そこの──アンタでいいわ。こっちに来なさい。目上に対する食事の席でのマナーってやつを教えてあげる」
「えっ」
むんずと腕を取られたのは勿論アステリアだ。朝食の並ぶ大広間へと足を踏み入れたばかりの僕とドラコは唖然とした。アステリアのそばで件のダフネは不気味に微笑んでいた。
「かまわないわよね? ダフネ。これ、教育だもの」
「……ええ。ぜひご厚意にあずからせてもらいなさい、アステリア。わたくしの妹を気にかけてくれてありがとう、パンジー」
「自寮の後輩の面倒を見るのは先輩のつとめだもの。礼にはおよばないわ」
ニッコリ。微笑んでいるのに少女たちのあいだに火花が見えた。寝室でうっかり顔を合わせたハーマイオニーとラベンダーを見るようだった。……女って、やっぱりコワイ。
さらに、パンジーはもうひとつ大きな働きをしてくれた。わざとセオドールに薬品をかけ、本人に袖をまくらせたのだ。僕らがアステリアの次にあやしんでいたセオドールの腕に闇の刻印はなかった。これで、セオドールも白であることがパンジーの(手段選ばぬ)協力によって判明した。つまりは──振り出しに戻ってしまった。
「誰も彼もが怪しく見える」
「疑心暗鬼で寝込みそうだ」
おどろおどろしい薬瓶を前にドラコと共に頭を抱える。魔法薬学の時間だ。ハリーはロンと、ハーマイオニーは授業前にハリーと衝突があったようで僕を避けてアーニーとペアを組んでいた。はみ出しものの僕は同じくはみ出しもののドラコとペアだ。
本日の課題は、現時点では毒である目の前の薬を独自に解毒すること。だがしかしそんなのにはまるで意識が向かなかった。
「誰がオーグリーと繋がってるんだ? ホグワーツにいながら。それってかなり不可能に近くないか? ここはホグワーツだぞ?」
「オーグリーに僕が狙われる理由もいまだわからないしな」
「ハリーならともかく」
「マリアならともかく」
同時に呟いて、おかしくなって失笑してしまう。授業では、ハリーがベゾアール石を使うファインプレーをおこなってスラグホーンから称賛されていた。「ズルだな」ドラコの声に小さく肩をすくめる。プリンスの蔵書についてはすでにドラコへも報告済みで──思いっきり嫌そうな顔をされたのは言うまでもない。こっちのハリーならセクタムセンプラはしないってば。