ドラコと少女の話
「ドラコお兄様。もしよろしければわたくしとコンパートメントを共になさいませんか」
心から慈しむ少女に誘われ、ドラコは一二もなく頷いた。アステリアはたおやかに笑んでいた。
「だがしかし──ダフネは?」
ドラコは記憶している。目の前の少女はホグワーツ特急の旅を姉のダフネ・グリーングラスと共にしていることを。
「お姉様にだってお姉様だけのお友だちがいらっしゃいます。いつまでも姉のおんぶに預かるわたくしではありませんのよ」
アステリアはおしゃまに返した。十四歳になった彼女の美しさは際限なく増すばかりで、ドラコは眩しいように思えて瞳を細めた。アステリアもまた、愛しいものを見る目でドラコを見つめた。
「やはり、マリアとの旅のほうがドラコお兄様はお気に召すのかしら」
「まさか。軽蔑されることを覚悟で言うが──僕に君たちは比べられない」
「まあ……ひどいお方」
アステリアは怒ってはいないように見えた。
「でも、今回はわたくしにひとりじめさせてくださいましね。……きっと、これが最後でしょうから」
そっと加えられた囁きはドラコへは届かない。届くことを少女は望まない。
彼の手を取って乗車するアステリアは小さく唇を噛んだ。
「ドラコお兄様、わたくしね──わたくし──」
ドラコとて伊達にかつての妻を慈しんできたわけではない。様子がおかしいことくらいは容易にわかる。彼女と繋がる手に力を込める。
「いいえ。なんでもありません」
「アステリア、困ったことがあるのなら言いなさい。私はなんだって力になる。君のためなら──」
「あら、大きなお言葉。確証のない言葉はむやみに使うべきではありませんわ」
「アステリア」
ほんの少し語気が乱れるドラコに、アステリアは軽やかに笑った。──軽やかだ。愛する人と敵対すると決まって、少女の心はいっそ晴れやかだった。
完璧に、置き去りにしようと決めた。
「さぁさ、ドラコお兄様。お口を開いてくださいませ。アーン、ですわ。アーン。わたくし、メイドの手を借りてパイを焼いてまいりましたの。何度も味を確認しましたから、きっと下手物にはなっていないと思います」
「アステリア……話を、」
「隙有り」
取っておいたコンパートメントに着いてすぐ、十四歳の少女らしい無邪気な顔で自作のパイを取り出したアステリアは、敬愛する兄の口に一切れを放り込んでみせた。なんだかんだと食してしまうのだからドラコもまったく彼女に弱い。……それをアステリアは知っている。
「……いかがです?」
「おいしいよ。……君のパイが不味いわけがないんだ」
息子だって大好きな──愛する人の手料理だ。
「ふふふ、おかしな言い方。たくさんご用意した甲斐がありました」
仕方なく詰問を切り上げて、ドラコも均等に分けられたパイへと手を伸ばす。爪まで揃えた男らしくも美しい指先が躊躇いなく生地をつかむ様をアステリアは見ていた。ずっと見ていた。──仕込んだ薬により緩やかに眠りにつくドラコを膝で受け止めるまで、あますことなく見ていた。
このまま汽車に乗って、遠く──遠く──わたしの手の届かないところまで行ってしまえばいい。
髪を撫でて、鼻を触ってみて。細やかなイタズラを堪能すれば、指は少年の薄い唇をなぞる。
「……ごめんなさい、ドラコお兄様」
眠る少年を天蓋で覆い隠すように少女の髪が膝へと落ちる。あと少し。あと少しで触れ合える。愛らしくすら感じる寝息をこぼす唇を見つめる。
「あなたを、愛しています」
降り落ちた滴を受け止めた金色の睫毛は、ほんの少し振れて滴を頬へと伝えていった。