マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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蝙蝠の話

 

 

「君がわしを殺すのじゃ」

 

 

 沈黙。沈黙だ。男と老人の間には沈黙だけが許されていた。老人の死に侵食された腕を一度見遣って、男はどうにかと口を開く。

 

 

「余命を伸ばす、努力もされないと?」

 

「わしがこの呪いを背負うことは誰に弁解しても認められぬ失敗であったが、わしの落命についてはこの上なく素晴らしいタイミングじゃ」

 

「あなたはこの先だって必要な人だ。あなたが前線でなければ、」

 

「いいや、わしの後を継ぐ者がおる。老いぼれはここで君の地位を固定させる土産を残して退場する。──どうせ死ぬのならば、甘美なる死の美酒すらも利用してみせようぞ」

 

 

 己の死を目前にしても、それすらも計画に含んで遂げると豪語する老人に男は叫び出したい衝動をこらえて喘いだ。

 

 

「──ポッターですか。あの子供を、あなたと同じように戦わせるのですか」

 

「ハリーはわしの手の及ばぬところで常に戦ってきた。あの子は生きることこそが抵抗であり悪への反逆なのじゃ。ゆえに、君に守らせてきた。この件はとっくに承諾済みであったはずじゃのう、セブルス?」

 

「ええ、ええ! そうですとも、私はこの為に見たくもない子供を見続けてきた」

 

「──それは君が、あの子の瞳から逃れられぬからじゃ」

 

「────」

 

 

 感情を永久に等しい時間をもって煮詰め染み着かせてきた瞳が揺らぐ。愛に凍り付いた彼の魂は腐敗すら叶わず愛に焼かれ続ける。緑の炎が彼を焼く。

 ダンブルドアは善人であり、悪に冷酷であった。善のため──男の贖罪を利用することを彼は正義とした。老人の罪悪感と男への憐憫は正義に正当に塗り潰された。

 

 さて、セブルス。ダンブルドアは男の葛藤を何でもないことのように受け止めて自分勝手に続ける。男の非難の眼差しに、老人とは人の話を聞かないものだ──なんて茶目っ気を見せながら死んだ腕を振る。

 

 

「ヴォルデモートはルシウスの一件から非常に周囲へも疑り深くなっておる。自分の召し使いとてその心には一歩足りとも踏み込ませぬ。それがトム・リドルという男じゃ。──ここいらで、忠実なる下僕セブルス・スネイプとしての信頼を取り戻さねばならん」

 

 

 冷酷な青の視線は老いなど微塵も感じさせずに男を射抜いた。ダンブルドアは繰り返す。男に突き付け続ける。──悪を演じきれと。

 

 

「……あなたが、そうせよと命ずるならば」

 

「そうじゃ、命令じゃ。──そして君の意思じゃ」

 

 

 ハッと暗い瞳は開いた。セブルス・スネイプに伸ばされた救いの手はその指先すら見えないほどに遠かった。

 

 

「君の意思で、わしを殺すのじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──セブルス、頼む。

 

 ダンブルドアの懇願に微かにスネイプは瞠目する。あまりにその声が悲痛だったからだ。スネイプは知ってしまったのだ。はじめて──この人の心に触れたと。

 

 

「ハリーが見ておる。……頼む」

 

 

 スネイプとダンブルドアが身内として会話を交わす前に件のハリー・ポッターは天文台へと辿り着いてしまった。躊躇いは許されない。──騙すべき子供が見ているのだから。ダンブルドアに残された手段は互いにのみ通じる言葉での懇願だった。

 透明マントを放り捨てて、威嚇のため振り上げた杖と腕ごと見えない拘束に縛られたハリーは混乱のままにダンブルドアとスネイプとを見た。ハリーはスネイプを疑っていた。けれども、ダンブルドアはスネイプを信じていた。それをハリーは知っている。

 残酷な大人たちの思惑通り────愛すべき子供は舞台へと祭り上げられた。

 

 申し訳程度の武装解除によってダンブルドアがニワトコの杖を手放す。脆い体が天文台のふちへと転がる。ハリーが奪われた声で叫ぶ。

 

 セブルス・スネイプは焦がれる緑の怒りを背に受けながら唱えた。

 

 

 

「アバダ・ケダブラ」

 

 

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