マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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死の秘宝とマリア
1ー1


 

 不死鳥の騎士団員からの迎えを待つ四週間のあいだ、ハリーは自身の痕跡を消すように荷物をまとめていた。ハリーは僕になにも言わない。だから僕もハリーに言わない。ハリーが黙々とリュックに手を入れる傍ら、僕はここ数日ため込んでおいた日刊予言者新聞をひらいた。

 ──チャリティ・バーベッジ教授の辞職。辞職とは名ばかりで、おそらくはヴォルデモートによって殺されたのだ。チャリティ・バーベッジ教授はマグル学を教えていた。

 ドラコの『以前』での情報が正しければ、どこかの館で見せしめにされた。問題はどこの館で(・・・・・)行われたか、だ。やはり────

 

 

「……アステリア」

 

 

 マルフォイ邸が使えない今、浮かぶのは彼の妻として死の際まで付き添った彼女のことだった。セオドールだってそこにいるだろう。ヴォルデモート率いる陣営の情報源となっているのは奴だ。僕という例がいたからダンブルドアはセオドールを信じたし、セオドールがいたからヴォルデモートは(マリア)信じた(・・・)

 新聞の次をめくる。リータ・スキーターの胸くそ悪くなるようなゴシップ記事だった。故人たるダンブルドアを食い物にしようと、スキーターの邪悪な野心が紙面を踊っていた。文字をながめるだけでどっと怒りが押し寄せる。これ以上は疲れるだけだ。新聞を放り出してベッドへ腰かければ、ハリーは毛布を見つめて手を止めていた。

 

 

「ハリー」

 

 

 丁寧にたたまれた毛布がリュックの奥へと押し込まれる。──昨日、ペチュニアおばさんより譲られた母さんのただひとつの形見だ。赤ん坊の僕たちをくるんでいた、そしていつかアルバスへと渡るちっぽけな毛布だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ペチュニアおばさんは理不尽な罪で死刑台へと立たされる罪人のような顔で、毛布を持って僕たちの部屋を訪ねた。そしてうなった。

 

 

「この家を離れれば──ぜったいにあたしたちに害はないんだろうね」

 

 

 うんざりだとばかりにハリーが鼻で笑う。

 

 

「何度説明すれば気がすむんだ? 魔法省から役人がわざわざこちらまで足を運んで至極丁寧にお伝えしたはずだけど」

 

 

 いつもならば生意気三昧の僕とハリーに、この時点でペチュニアおばさんのヒステリックな金切り声が部屋をつんざいていたことだろう。──けれど、この日はちがった。

 

 

「──赤ん坊のあんたたちを受け取って、ダンブルドアからの手紙を見たとき、あたしは絶望した」

 

 

 ハリーも僕も口をつぐんだ。

 

 

「『魔法』なんて馬鹿げたものをあたしの家族のもとへ持ち込んだあんたたちは間違いなく悪魔だったし、妹を奪った『魔法』がまた──今度はあたしだけの家族をも奪いに来たんだと思ったわ。あたしのやっと掴んだ幸せをめちゃくちゃにしに来たんだと思った。あんたたちは──あたしにとって恐怖そのものだった」

 

 

 ふと、僕は思った。──おばさんのボガートはきっと、僕たちの形をしている。

 

 

「お前たちにとっては救いだったんでしょう。ええ、ええ、意地悪な伯母夫婦に虐げられるより魔法に囲まれて才能を伸ばして、しあわせで当然だって顔をして──魔法を持たないあたしたちを見下すのよ。知ってるわ──リリーも同じ顔をしてた」

 

「そんなこと」

 

「お前たちは笑った。ダドリーちゃんにあの大男が豚の尻尾を生やしたとき、お前たちは笑ったわね。わけのわからない生き物を持って帰ってはあたしが見たくないと叫んでも大袈裟だって笑ったリリーにそっくりだった。結婚式で馬鹿げた悪戯をして式をめちゃくちゃにしたジェームズ・ポッターにそっくりだった。わかるかい? その時あたしがどれほどお前たちをおそろしく思ったか。お前たちを憎んだか。お前たちにとっては遊びでも────『魔法』はいつだってあたしをおびやかした!」

 

「────」

 

「お前たちは笑っていられるんでしょうよ。魔法使いのお前たちは持たないものの恐怖を知らないんだ。お前たちが笑った『魔法』で──お前たちが杖をひと振りすれば叶う『魔法』で──あたしたちはいつだって怯えていなければならなかった」

 

 

 ペチュニアは子供の頃から抱え続けた恐怖を、ジェームズの瞳とリリーの瞳を見つめながら叩きつけた。

 

 

「あたしは────あんたたちの前に立つときはいつだって死を覚悟した」

 

 

 魔法なんてものに触れたことがない『まとも』なバーノンよりも、丁寧に守られ目をふさがれてきたダドリーよりも、『魔法』を知るペチュニアこそがもっとも僕たちをおそれていた。

 相づちの一つも返せない僕たちに、ペチュニアは深呼吸して続けた。

 

 

「それでもあんたたちを捨てられなかったのは、あんたたちに情が移ったからじゃない。バカな妹の残したものが────これと、あんたたちしかなかったからよ」

 

 

 たたみジワの見られるほこり臭い二枚の毛布がかかげられる。

 

 

「お前の瞳と、お前の顔と──この毛布しかあの妹は遺さなかったのよ」

 

 

 誰の声もなくなる。耳にうるさい金切り声のイメージでしかなかったペチュニアおばさんの張りつめた発露は、これまでのどんな罵倒よりも耳に残った。

 毛布が力尽きたように床へと落とされる。おばさんの性格を表した几帳面な四角形がやわらかに形を崩す。

 

 

「──でも、もういらないわ。こんなものいらないわ。あんたたちだっていらないわ。行ってしまいなさい。魔法のところへ。あたしから妹を奪った場所にあんたたちも行ってしまえばいい。決して帰ってこないで、そこで生きなさい」

 

「…………」

 

 

 ペチュニアおばさんを見上げたまま動けないでいるハリーに代わって毛布を拾い上げる。

 

 

「おばさん」

 

「……なんだい」

 

「覚えてますか? ──覚えてますよね。あなたが僕の腹に火傷を残した日のこと」

 

「────」

 

 

 羞恥なんてものは端から無い。裾をまくり上げれば引きつった皮膚が色とりどりに模様をえがいていた。マリアの肌には数えきれないほどの傷があった。真新しいものはハリーが付けた。

 ハッと息を呑む音が二つ。魔法界で背負った数々の怪我に比べれば、ペチュニアおばさんが与えた火傷なんてものはまったく些細で──そしてそれは。

 

 

「五年前に蛇の化け物と戦ったんです。大きな蛇で、牙なんてこれくらいあって。猛毒を持っていて──まあ、結果的にこうして生き残れたわけだけど、ほんとうに死にそうな目にあって。──ここに、やつの牙が食い込んだ」

 

 

 ヘソを避けて少し下──紫っぽく変色し広がる痕を撫でる。

 

 

「あなたが僕に与えたケロイドはバジリスクが殺してしまいました」

 

 

 思わず笑っていた。毛布と、ケロイドと──僕たちは互いの傷を手放したのだ。

 

 

「……覚えてないよ。そんなこと」

 

 

 ペチュニアおばさんは消え入りそうな声で吐き捨てて部屋を後にした。僕とハリーはそれぞれ色違いの毛布を持って見つめあった。

 

 

「……ふふっ」

 

「うん……ははっ」

 

 

 明確な言葉はなく、寄り添い吐き出すようにして笑う。──ああ、そうだ。そうだった。肩に触れるほどの赤い髪を掴む。

 

 

「そういえばおばさん、ハリーの髪を切ったことはあるけど、僕の髪を短くしたことはなかったね。ホグワーツから切って戻ってもなにも言われなかったから忘れてたけど」

 

 

 決して彼女は善人ではない。彼女が、そしてこの家が僕らへ振るってきた暴力は、たとえそこにどんな理由があろうと認められてはならない。自己弁護でなく──『僕』も曲がりなりにも親であったからこそ、それだけは許さない。

 だから、ここで断ち切ろう。──僕たちを繋いでいた(きずな)は、互いの手元を離れたのだから。

 

 

「ハリー、僕のも持っていて」

 

 

 ハリーのまとめるリュックへと色違いの毛布を押し付ける。ハリーはきょとりとしながらも受け取った。

 

 

「そろそろ来るかな」

 

 

 時計を見上げる。約束の時間まであと一時間もない。ふと、扉の向こうで音がした。

 

 

「なんだこれ」

 

 

 ハリーが薄気味悪そうに廊下に置かれたそれを見た。──紅茶の入ったティーカップだった。二つ、並べられていた。

 

 

「ダドリーのイタズラか? あいつ、この期に及んで──あっ、マリア!」

 

 

 ハリーの横をすり抜けてティーカップを拾い上げる。まだあたたかい。……うん、かなり渋い。

 

 

「そんな不用心なことしちゃダメだろ。なにが入ってるか」

 

「なにも入ってないよ。ただド下手でマズイだけさ」

 

「えー……」

 

 

 ティーカップの持ち手を糞爆弾でも持つみたいにつまみ上げて、ハリーがしかめっ面で水面を見る。僕の視線にうながされるままにおそるおそると口にする。

 

 

「…………マズ」

 

「だろ?」

 

 

 飲み干した二つのティーカップを廊下へ並べ直して、僕は腹を抱えて笑った。

 

 時間だ。ダーズリー一家の保護にやって来たディーダラスとヘスチアに挨拶をして、直前になってやっぱり駄々をこね始めたバーノンおじさんを玄関へと叩き出す。

 

 

「あいつらはどうして一緒に来ないの」

 

 

 立ち止まったのはダドリーも同じだった。玄関から先へ行こうとしない僕らにぶくぶくの指をさして押し黙る。戸惑う両親を見上げている。

 

 

「それは──そりゃ、必要ないからだ。え? そうだろ?」

 

「うん。まったく」

 

「これっぽっちも」

 

 

 声を合わせる僕らにバーノンおじさんは満足するやら憎たらしいやらで忙しなく百面相していた。ダドリーはそれでも動かなかった。

 

 

「そいつらはほうっておけばいいんだ!」

 

「そうよ、ダッダーちゃん。わたしたちの安全が重要なのよ」

 

「それはあまりにも冷たいのではありませんか。あなたがたの甥御さんは『ハリー・ポッター』なのですよ!」

 

 

 ヘスチアが信じられないとばかりに目を剥いて伯母夫妻を見る。

 

 

「いいんだ。僕なんかこの人たちに粗大ゴミだと思われてるから」

 

「おまえ、粗大ゴミじゃないと思う」

 

 

 ヘスチアに続いて、今度はハリーが瞠目した。緑の目が向かう先はダドリーだ。

 

 

「おれがあの──変な──」

 

「吸魂鬼?」

 

「……それに襲われたとき、おれを助けた男が言ってた。マリアがここに自分を向かわせたんだって。ハリーも同じことをしたって。……おまえたちは、ゴミじゃないと思う」

 

 

 腹をくすぐるような沈黙が少年二人のあいだに落ちる。ハリーが横目で僕を見る。それに僕は微笑む。

 

 

「「ありがとう、ダドリー」」

 

 

 ぎこちない握手だった。散々、暴力を見せてきた拳が壊れ物にでも触れるみたいに僕の手を握った。

 

 

「……またな。ハリー、マリア」

 

「「元気でね、ビッグD」」

 

 

 バーノンおじさんとダドリーの背中が車の中へと吸い込まれる。ディーダラスがダドリーの隣へと乗り込み、助手席にはヘスチアが座る。呆けていたペチュニアおばさんはやがて鞄を手に取ると。

 

 

「じゃ──さよなら」

 

 

 エンジン音を吹かせる車に向かって僕はめいっぱいに声を張り上げた。

 

 

「ダドリー! 紅茶、おいしかったよ!」

 

 

 ……ウソばっかり。悪戯っぽく笑うハリーと一緒に、姿くらましで消える車へと手を振り続けた。

 

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