マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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1ー2

 

 七人のハリー・ポッター空を飛ぶ────否、八人のハリー・ポッター空の旅作戦を前に、ハリーは激怒した。

 

 

「できるわけない! 僕のために──僕のせいでみんなを囮にするなんて!」

 

「できるできないの話ではない。やるのだ」

 

 

 ハリーの反論をピシャリと跳ね返したマッドアイが懐からポリジュース薬を取り出す。百戦錬磨の戦士マッドアイからすれば、成人にもなっていないハリーの癇癪なんかは魔力暴走を起こした子供よりも取るに足らないものだった。

 なおも納得できず言い募ろうとするハリーの背後へとこっそり回る。

 

 

「ハリー」

 

「マリアは黙っ──イタァッ!?」

 

 

 ブチブチと嫌な音がしたと同時に正面にいたアーサーおじさんが自分の頭皮を押さえた。真っ青だった。よく見たら隣のロンも試験前のハーマイオニーを見るような目で僕を見ていた。心外だ。

 指に絡みついた黒髪をマッドアイへと突き出す。ハリーは僕の足元でうずくまっていた。

 

 

「これで足りますよね、ムーディ先生」

 

「む……君たちに教師として教える機会はついぞなかったが、それはまあいい。姉のほうが肝が据わっているということがよくわかった」

 

「僕が兄です……」

 

 

 頭を押さえたままちょっぴり泣いているハリーに肩を貸す。ハリーの髪入りポリジュース薬がハリー・ポッター役の七人へと配られる。ロンに、ハーマイオニーに、フラー、フレッドにジョージ、マンダンガス、そして最後は────僕だ。

 

 

「マリア……」

 

 

 十七年ぶりにハリーの姿を取り戻した(ハリー)は、ハリーの顔でハリーへとニッコリ笑った。

 

 

「はっきり言って、この中で一番ハリーになれるのは僕だよ。杖を振るときの癖も、発音の仕方も、君の笑い方も、gの字をちょっと跳ねて書くところも、気まずくなると眼鏡のツルを触ってごまかそうとするのも──僕はすべて知ってるんだから」

 

 

 だって僕は君なのだから。

 

 ハリーの服に着替えて、懐かしいぼやける視界にこれまた懐かしい眼鏡を鼻の頭へと乗せて、くしゃくしゃの髪をかき上げ久々の感覚に心を躍らせる。股に下がるものをズボンのどちらにしまおうか悩む。このサイズ感──ウン、僕だ。

 結局、納得できないままでいるハリーに、同じ目線になった身長を利用して抱きしめた。

 

 

「大丈夫だよ、ハリー。ただ……そうだな、二つほど僕のお願いをきいてほしい」

 

 

 背におそるおそると腕が回った。きっと、彼は今ものすごく変な気分なんだ。自分自身に抱きしめられるだなんて。……よく、わかるとも。

 

 

「まず、ハリー、君のファイアボルトを僕に貸してほしい。僕はそれで飛ぼう」

 

「まさか! マリア、君、箒は──?」

 

「僕はジェームズ・ポッターの子供でハリー・ポッターの姉さんだよ? 下手なわけがないよ」

 

 

 後ろからクッと殺しきれていない失笑が聞こえた。……あとで軽くなぐっておこう。

 

 

「それから────ヘドウィグとは、ここでお別れをしよう」

 

 

 ハリーの目に動揺が走った。気遣うように周囲も静まり、すべての視線がヘドウィグの鳥籠へと流れていった。

 

 

「ヘドウィグ……」

 

「みんながダミーのかごを持つとはいえ、真っ白の雪フクロウはこの先どうあっても目立つ。ヘドウィグ自身がハリー・ポッターの目印になるんだ。……手放そう。やつらに殺されてしまう前に。君の旅路に彼女は連れていけない」

 

「…………」

 

 

 ハリーの目はヘドウィグに注がれたままだった。腕の中からハリーが抜けて、ヘドウィグのかごの錠へと指をかける。

 

 

「ヘドウィグ」

 

 

 鳥籠から抜け出したふくろうは当たり前の顔をしてハリーの腕へと留まった。

 

 

「ヘドウィグ……」

 

 

 そこにいるのが当たり前だと──ここが自分の居場所なのだとすまし顔でハリーの腕にしがみついている。彼女は賢い。──理解している。

 

 

「……頼むよ、ヘドウィグ」

 

 

 ヘドウィグの前にひざまずいて、やわらかくてすべらかな毛並みを指でなでる。あたたかい。この子は生きている。

 気高い彼女に懇願する。どうか、この先も生き伸びてくれ──と。たとえ、僕のヘドウィグでなくなったとしても。

 

 

「フクロウを逃がすのなら先がよかろう。わしが目眩まし呪文をかける。それでいいな?」

 

「お願いします」

 

 

 マッドアイの呪文によってハリーの腕の先から雪フクロウの体が透明になる。それを僕とハリーは見ていた。消えゆく彼女の姿をこれから先も決して忘れないよう、目に焼き付けた。

 (くう)から彼女のはばたく音がする。聞きなれた音だ。ハリーの腕が一瞬下がる。重さを失って再び持ち上がる。

 

 

「イタッ」

 

 

 咄嗟に指を押さえて、ホロリと涙をこぼした。ハリーがそれを見て笑った。

 

 

「マリア、泣き虫に戻っちゃった?」

 

「ちがうよ。あいつが本気で噛んでいったんだ」

 

 

 ……血なんて、出やしないけど。

 愛しいはばたきは窓の向こうへと遠ざかっていく。見えないそれを目だけで追って、ハリーの手を取る。

 

 ──よい旅を。僕らの空飛ぶともだち。

 

 

「──話はすんだな? ほら、いつまで泣いてる。さっさと鼻をかめ、ハグリッド。今一度ペアの確認をする。フレッドはアーサーと、ジョージはリーマスだ。ミスデラクールは、」

 

 

 マッドアイの点呼にすかさずビルが答える。

 

 

「僕がセストラルで連れていく」

 

「うむ、任せよう。ミスグレンジャーもキングズリーと一緒にセストラルだ。ロンはトンクス──」

 

「任せて、ロン!」

 

「ウ、ウン……」

 

 

 ロンがまったく信用ならないといった目で本物のハリーを見た。僕たちは苦笑するしかなかった。トンクスはたしかに信じられないドジばかりする人だけど、なんだかんだとここまで生きてこられたから……。

 

 

「ハリーはハグリッドとだ。そしてマンダンガスは──」

 

「それだけど、マッドアイ。あなたと一緒に行くのは僕のほうがいいと思うんだ」

 

 

 マッドアイの魔法の目がギョロリと僕へ向いた。そのまま彼は口をつぐむ。途中の口出しに怒っているわけではなさそうだ。

 

 

「さっきも言ったとおり、この中で一番囮として仕事ができるのは僕だよ。断言する。ハリーをのぞいて、一番の危険どころは僕が担当する。だから、その代わりといってはなんだけど──」

 

 

 ふり返る。あと少しで十七才のハリーが何人も並ぶ異質な光景の中で、彼のブロンドはかなり目立っていた。会話に参加せずクールぶりながらも、彼はじっと僕を見ていた。

 

 

「──ドラコ、君に頼みたい」

 

 

 小憎らしいアイスグレーが涼やかに笑んだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「マリア、ほんとうに大丈夫か? ……えーと、マリアだよな?」

 

 

 各々の得物を手に護衛と七人のハリーが夜空を見上げていた。うちの一人のハリー──隣にいたハリーだ──がそっと僕へうかがってきた。彼のさらに隣に立つ人がトンクスなのでこれはロンだ。ビルにしなだれかかってるハリーはフラーだし、キングズリーとむずかしい話をしているハリーはハーマイオニーだ。アーサーおじさんのお尻に火を点けようとしてるハリーがフレッドで、ルーピン先生の背広を燕尾服に変えようと企むハリーがジョージ。一夜でパラレルワールドハリーがたくさんだ。

 ハリー(ロン)がおずおずと僕の持つファイアボルトを見る。

 

 

「だって、つまりは──ファイアボルトはプロ用の箒なわけだし、たしかに君は飛行訓練だってオールクリアの優等生だけどクィディッチをしてたわけじゃない。ハリーのように飛ぼうと思ってるなら、」

 

「ロン」

 

 

 ロンの言葉をさえぎったのは、僕でも本物のハリーでもなく、いまだ彼への呼び名にぎこちなさが残るドラコだった。

 

 

「それ以上は余計な世話だ。それの実力はそれが一番知っている」

 

 

 思わず逆隣の顔を見上げた。(ドラコはハリーよりも背が高いのだとこのとき気付いた。)ロンは納得できずに口ごもっていたが、ドラコは話は終わりだとばかりにすましていた。そんな簡単に──だってそれはファイアボルトなんだぞ──僕がはじめて乗った時だってうまくいかなかったのに──

 マッドアイの合図と共に八組の影が飛び上がる。ぐっと柄を掴む。加速する。君にとってははじめましてかもしれないけど────僕は君をよく知ってるんだ。頼むよ、ファイアボルト!

 予想の通り、上空では異様な数の死喰い人が待ち伏せていた。予定通りに散り散りになって何人かを撒く。マッドアイを背にあえて前方の死喰い人へと大袈裟なそぶりで武装解除を当てる。

 

 

「あれだ──あの動き──あれがハリー・ポッターだ!」

 

「ポッター!」

 

「ほうら──間抜けが引っかかった」

 

 

 死の呪文や許されざる呪文の嵐の中を、箒の操縦術一つで切り抜ける。僕の周りで壁役をこなそうと奮闘していたマッドアイも、やがて放っていてもどうにかなると判断したらしい。囲うように飛ぶのはやめて死喰い人への反撃に専念していた。

 

 ──さあ、こっちへこい────ヴォルデモート!!

 

 

 

 ***

 

 

 

 いくつかの術に被弾しながらも飛び続ければ、ふと、死喰い人たちの姿が消えた。騎士団員の人間があらかじめ張っておいた防御壁の中へと入れたのだ。ハリーを保護するため用意された十二の家のひとつにたどり着いた。──そして、それまでにヴォルデモートが僕らの前に現れることはなかった。死喰い人はおそらく最大人数──目算でも十人はこえていた──を引き付けられた自信があるが、目的の大元は引きずり出せなかった。結局──魂で繋がるハリーの元へ行ってしまったのだろうか。

 

 

「マッドアイ」

 

「裏切りがあった。そして────生きている。お前は生きているし、わしも生きている」

 

「……ええ、そうですね」

 

 

 激戦によって義足を折ってしまったマッドアイに肩を貸しながら家を目指す。僕の片目は血で前が見えなくなっていたし、おそらくどこかの骨を折った。けれども、ほとんど墜落同然に箒を手放したマッドアイをこのまま地面に放っておけるはずもなかった。──生きて、いるのだから。

 ご老人の散歩よりもゆっくりした足並みで民家の前へと立つ。互いに安堵の息をつく。いったんマッドアイを扉の側へともたれさせれば、扉を叩く前にマッドアイが咳き込んだ。

 

 

「僕が話します。ムーディ先生は無理せず休んでいてください。……先生?」

 

「────プロ志望か?」

 

 

 満身創痍の状態だというのにこぼれ出た場違いな単語に、はた、と固まった。マッドアイの魔法の目は僕とファイアボルトを見比べていた。

 

 

「……それも、いいですね」

 

 

 マッドアイの冗談なんだか真剣なんだかわからない呟きを受け取って、僕は遅れて笑った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ポートキーで約束の隠れ穴へと飛べば、ハリーの組とジョージにフレッド、ハーマイオニーの組はすでに到着していた。そして────ドラコだ。

 

 

「マリア!」

 

 

 たいした怪我はないらしいドラコの姿を見た瞬間、どっと力が抜けた。駆け寄ってきたドラコに抱き留められる。まだ治療をしていないので折れてるどこかの骨がきしんでかなり痛かったが、気力だけでどうにか彼の背を叩いた。

 

 

「マンダンガスは?」

 

「逃げたよ。そして僕は追わなかった。自分の命が惜しかったのでね。……それを、期待していたんだろう?」

 

「相棒っぽいセリフだ」

 

 

 声に出して笑おうとして、結局それはうめき声にしかならなかった。ドラコの手を借りながら家の中へと入れば、迎え役のモリー母さんは泣きながらジョージをなでていた。

 

 

「ジョージ……」

 

「ワオ。君、もしかして目ん玉をどこかへ落としてきた? それはマッドアイの十八番だと思ってたのに。ちなみに俺は耳を落としてきた」

 

「思いの外、元気そうだね。……口だけが」

 

 

 血だらけの僕を見て狂乱しながら救急治療セットを取りに戻ったモリー母さんに代わって、ソファに横になるジョージの側へと膝をつく。血に染まった耳から首にかけての包帯を見つめる。

 ──死ぬよりはましだ、なんて。そんなことを言ってはいけない。思ってはいけない。それでも。

 

 

「生きててよかった」

 

 

 ポタポタと包帯に滴が落ちた。ドラコがなにも言わずに僕を引き寄せた。ハリーが「やっぱりマリア、泣き虫に戻ったみたいだ」なんて冗談めいた声色で言った。

 

 

「若いお二人には悪いけど、治療が先ですよ」

 

「そしてモリーには悪いが、治療の前に確認をさせてくれ」

 

 

 杖と魔法薬と諸々の小道具を持って戻ってきたモリー母さんの隣にルーピン先生が並ぶ。外見はとっくにマリアに戻っている。それでもルーピン先生が警戒を解かないのは──僕が一度、服従の呪文にかけられたとされているからだ。……最低の大嘘つきめ。

 

 

「──君の守護霊の形は?」

 

 

 ルーピン先生の静かな問いかけに、奥でハーマイオニーの肩が跳ねた。

 

 

「ハリーは雌鹿で────僕は牡鹿です」

 

 

 ハーマイオニーとルーピン先生、ドラコ以外の目が驚愕に開いた。ルーピン先生はなんだか奇妙な微笑みを浮かべていた。ハリーがじっとりとした目で僕を見ていた。……あとでうるさいことになりそうだ。

 

 僕の治療が終わった頃にロンとトンクス、ビルとフラーも到着して、モリー母さんもハーマイオニーも安堵に涙が止まらなくなっていた。それを僕はぼんやりと眺めていた。

 

 だれも死ななかった。

 ハリーも、ドラコも、ロンも、ハーマイオニーも。ハグリッド、ルーピン先生、ジョージにフレッド、アーサーおじさん。ビルにフラーにトンクス、キングズリー。────マッドアイ。

 

 誰の追悼もする必要はないのだ。ここにいるみんなで結ばれる二人を祝福できるのだ。

 ドラコが僕の手を握る。握り返してみる。なんだか、この光景に勝る幸福はないように思えた。

 

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