マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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3ー1

 

 みんなが授業へ出ているあいだ──それこそがマリア・ポッターの挑戦の時間だ。本ならばいくらでも持ち込んだ。積み上がったガラクタと誰かの宝物(わすれもの)を隅へと押しやって、対象の前に立つ。

 本音を云えば我らが頭脳、ハーマイオニーの手を借りたくて仕方ない。彼女ご自慢の知識を大いに振るってほしいし、当たり前の顔をしてそれに頼りたい。あの得意気にツンとそらした顎で見ててごらんなさいと笑ってほしい。こんなにも簡単なことなのだと軽々と杖を振ってほしい。けれど──僕はマリアだから。これはひとりでやり遂げなければならない。

 

 

「……やっぱり、杖なしじゃ厳しいか」

 

 

 今日もうんともすんともいわない扉と床を眺めて嘆息する。ホグワーツに戻って早三ヶ月──成果はいまだあらわれそうにない。

 それでも、諦めるわけにはいかない。

 

 

「マリアお嬢様」

 

 

 昼食を手に控えていたクリーチャーへと礼と共に笑いかける。

 

 

「今日は鴨のサンドウィッチか。──うん、おいしい。さすがクリーチャーだ」

 

「身にあまるお言葉です。それから、魔法薬材の補給もおこないました」

 

「ああ、そうだった。そろそろ足りなくなると思ってたんだ。いつもありがとう、助かるよ。……スネイプの備蓄も空になる頃なんじゃないかい?」

 

 

 冗談混じりにうかがえば、クリーチャーは真面目くさった顔のままシワだらけの口を引き結んだ。

 

 

「──いいえ。セブルス・スネイプ教授は常に一定の数まですべての材料をそろえていらっしゃいます」

 

「…………」

 

 

 几帳面な彼らしい、と肩をすくめたい気持ちになった。恩恵に与らせてもらってる僕がいえる立場ではないのだけど──もっと肩の力を抜けばいいのに。……なんて、死の前線で主人の目を欺き続ける男には無理な相談か。

 

 

「マリアお嬢様、お時間です」

 

「え? ──あ!」

 

 

 クリーチャーの手によってかかげられた地図の上に、動く点を視認し立ち上がる。ジニー・ウィーズリーが八階への階段を上がるところだった。──彼女がたどり着く前に部屋の変更をおこなわなければ。

 廊下に誰もいないことを確かめてから部屋を出てドアノブへと手をかけ直す。次に開かれるのはDA本部の教室だ。

 

 

「マリア、ちょっと聞きたいんだけど」

 

 

 豊かな赤毛を肩から払ったジニーは、なに食わぬ顔で室内に居座る僕へと挨拶もなあなあに詰め寄った。茶色い瞳がチラリとクリーチャーを見る。

 

 

「ブラックの家にクリーチャー以外の屋敷しもべ妖精がいるの? それを、あなたが誘った?」

 

「え? ……ああ! そうだよ。君もよく知る子だ」

 

「クリーチャーは認めておりません。あんな若造に大切なお屋敷を任せるだなんて」

 

 

 僕の命令だからとどうにか汲んでくれているクリーチャーがぼそりとぼやく。それに苦笑する。確かにドビーはおっちょこちょいでクリーチャーから見ればまだほんの若造だろうけど……ハリーの友達だからね。ハーマイオニーだって彼のことは気に入っている。

 

 

「そう……わかったわ。パパにそう伝えておく」

 

「アーサーおじさんに?」

 

「そうよ。パパがマクゴナガルにたずねたの。だれかマリアに確認を取れる人間はいないかって。それでマクゴナガルからあたしに話が回ってきたってわけ」

 

 

 なるほど、とうなずく。突然なんの話かと思えば──騎士団の誰かがブラックの館へ向かったのだろう。可能性として高いのはルーピン先生だ。職を持つ人たちは四六時中、監視の中で暮らしているようなものだし、ホグワーツ勤務の先生方なんて論外。ある意味で今もっとも身軽なのは無職のリーマス・ルーピンというわけだ。とんだ皮肉である。

 ドビーを見た(おそらく)ルーピン先生がアーサーおじさんへと彼の存在を伝えたのだろう。

 

 

「それから……これは、ちょっとだけ──あたし、マリアに教えたくないわ。でも、それって卑怯だものね」

 

 

 ためらう素振りを咳払いでにごしたジニーは、きれいな茶色の瞳で僕を見上げた。

 

 

「あなたが気にしていたあのひと──アステリア・グリーングラス────ホグワーツにいないわよ」

 

「────」

 

 

 血の気が引いた。

 

 

「姉の……ええと、名前は覚えてないけど、とにかく姉のほうはいるわ。けど、妹のアステリアの姿を見た人がいないらしいの。スリザリン寮の中でも」

 

「……誰が、そう?」

 

「パンジー・パーキンソン。廊下であいつに腕をつかまれたとき、ぜったいに喧嘩を売りにきたんだと思ったわ。このあたしをたかだか伝言役にするだなんて……高くつくんだから」

 

 

 照れ隠しに不遜ぶるジニーをからかうことも忘れて考えにふける。

 ダフネは登校しているのに、アステリアは除外だって──? マグル生まれ以外の魔法族の子は、みなホグワーツへ集うことをヴォルデモート本人が義務化したというのに。配下にした──状況から見るにそう断定していいはずだ──グリーングラスの適齢の子供をそれに従わせないのはなぜだ? そして、どうしてアステリア(・・・・・)なんだ?

 ダフネとアステリアならば、はっきり言って価値が高いのはダフネのほうのはず。だというのに本人すらも欠陥品と卑下するあの子をなぜ──ヴォルデモートの陣営は重要視している?『前回』ではこんな扱いはされていなかった。セオドールだってアステリア本人への情は無いように見えた。

 

 

「……マリア、むずかしい顔だわ」

 

「あっ……ごめん、君といるのにつまらない顔をして」

 

「いいえ、いいの。わかってたもの。わかってて……あなたに伝えなくちゃって思ったんだもの」

 

 

 指先を少女の手に取られる。引きこもって薬品ばかり混ぜている僕の手とはちがう。今このときにだって外で戦っている誇り高い手だ。体温を馴染ませ合う。

 

 

「遠くにいかないでね──────まだ」

 

 

 細い声だった。

 

 

「ああ。いかないよ」

 

 

 ──────まだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 走っていた。森の中だ。霧は深く冷たく肺を内から凍らせるようだった。

 

 

「どうして」

 

 

 ようやく立ち止まったハリーが、逃走の際からがら掴み取ったリュックを足元に落として肩で息をする。

 

 

「どうして────バレたんだ!?」

 

 

 屋敷に現れた彼女はまっすぐにハリーへと向かった。手を伸ばした。散々、修羅場をくぐり抜けてきたハリーでなければそれに反応できなかっただろう。その点に置いては、相手がハリーひとりに狙いを定めていたことを幸運とすべきなのかもしれない。──そして、ドビーがいたことだ。

 あの小さな手に掴まれていたなら──どこかへ共にさらわれていた。

 

 

「裏切りだわ。誰かがグリモールド・プレイスの正確な住所をもらしたのよ。守人のダンブルドアが亡くなった今、住所を知るわたしたち全員が守人なんだから」

 

「一人しかいないよ。マンダンガスの野郎さ」

 

「もしくはスネイプだね」

 

 

 吐き捨てるロンに合わせて、ハーマイオニーと共に周囲へと保護魔法をかけていたハリーが憎々しげに名を呟く。緑の目には憎しみがちらついていた。

 今さらになってなぜ──スネイプならばダンブルドアを殺した時点で情報を売っていてもおかしくないのに。

 

 

「ともかく、これで本拠地を失ったわ。あの子は住所を明かされただけで守人ではないけれど──わたしたちの知らない魔法を知っているかもしれない。会わないにこしたことはないんだから」

「これからは野宿旅よ。分霊箱はぜったいになくさないよう首からかけておくことにしましょう。……ああ、急いでたから保存食しかないわ!」

 

 

 ハーマイオニーがバッグへと肩まで腕を突っ込みながら嘆いた。ロンが保存食ってどんなの? なんてのんきに尋ねていた。

 

 

「いいさ。いい機会だと思おう。はっきり言って僕たち、屋根の下で平和ボケしてぬくぬくしかけてた。ここからは移動しながらカップの情報を集めよう」

 

 

 ハーマイオニーのビーズバッグからテントをこしらえたハリーが、チラリとその人を見上げる。ハーマイオニーも見る。──野宿という言葉がこれほど似合わない顔があろうか。

 

 

「堪えられる? ────ドラコ」

 

 

 薄気味悪そうに禁じられた森に似た森を見回していたドラコは、ハリーからの問いかけにどうにかといつも通りに笑った。

 

 

「──想定内だ」

 

 

 こればっかりは残す三人にも強がりだと悟れた。だって彼って──実は臆病なんだもの。

 

 屋敷しもべ妖精の厚意に頼りきった至れり尽くせりの生活から一変、四人の放浪旅が始まった。分霊箱の心を荒ませる副作用対策に保管役を四人で交代しつつも、若い三人の鬱憤は静かに着実に積み重なっていった。ヴォルデモートが育った孤児院の跡地へおもむいてみたり、逃走中の誰かの噂を盗み聞きしてみたり──それらしく調査してもこれといった成果は得られない。そんな無為な時間は四人を失望させ憔悴させた。

 はじめに限界がきたのはロンだ。ご飯が美味しくない、まともに休めもしないと泣き言をもらし始めた。分霊箱の影響なのだと理解しつつも彼の発言は三人の仲を不穏にした。

 

 

「はっきり言って、ハリー、君がこれほど無計画だなんて思わなかった」

 

「僕ははじめに言ったはずだ。ダンブルドアが残してくれたものはすべて君たちに話したし、この旅は──」

 

「そのダンブルドアは君にこんなにも隠し事をしてたじゃないか。いいか、今、我慢するのはかまわない。けれど人間ってのは、先が見えない我慢はできないものなんだ」

 

「それは君だけだろ。僕はいつだって先の見えない恐怖を我慢してきたし、先が見えずとも戦ってきた」

 

「オゥそうかい、さすがは選ばれしもの様はおっしゃることもご崇高だ。平凡の僕にはとても理解できないね」

 

「いい加減に──」

 

「二人ともやめて! 仲間割れなんて、今、一番あってはならないことだわ!」

 

 

 ヒートアップする親友二人に泣き出しそうなハーマイオニーが決死の仲裁をこころみるが、それは哀れにも火に油を注ぐ形でしかなかった。

 

 

「ハーマイオニーだって思ってるんだろう? ここにいるのが僕のような役立たずで残念だって──あいつなら良かったのにって」

 

「なんのこと……」

 

「──マリアだよ!」

 

 

 ハッと彼女が目を見張る。それを、劣等感と付き合い続けてきた男は肯定と捉えた。

 

 

「マリアならハリーのするめちゃくちゃを笑いながら受け止めただろうさ。なんたって我らがマリアさまだ。僕より度胸があるし、君みたいに繊細でもない。……まったく、なんだって僕がここにいるんだか」

 

「なら、家へ帰れよ。ママの手料理に泣きながら飛び付けばいいだろ」

 

「ああ、そうさせてもらうよ」

 

「ダメ、ロン! 戻って!」

 

 

 首から下げていたロケットをハリーへと投げ付けて、ロンはハーマイオニーの張った障壁の向こうへ歩き出す。ハリーは止めず、あいだであたふたするハーマイオニーだけが藁にもすがる思いでドラコを見た。

 

 

「──今回は、ロンに付くとしよう」

 

「ドラコ?」

 

「あいつが気にするのはあちらだろうからな」

 

 

 最低限の荷物を持ってドラコまでもが障壁を抜けてしまう。そうなれば、目眩ましをかけているハリーとハーマイオニーの姿は向こうからは完璧に見えなくなる。

 ハーマイオニーは茫然とするしかなかった。ただ、二人の背中を言葉なく見送るしかできなかった。決別をうながした分霊箱が嗤うようにハリーの手の中で脈打った。

 

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