マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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3ー2

 

 同情かよ。ただひとつだけ追ってきた足音へロンは振り向きもせずこぼした。素知らぬ顔で隣へと並んだドラコは、少し見上げる位置にあるそばかすに堪えきれず嫌味に笑っていた。

 

 

「まさか。はっきり言って、君の癇癪なんて程度が知れてる。──僕のほうがずっとひどい」

 

「ハァ?」

 

 

 いつだってクールぶってマリアと一緒に一歩引いた顔をして、マリアの悪巧み仲間であることを隠さず牽制してくる嫌なやつ。ロンにとってのドラコ・マルフォイとはそんな男だ。マリアと同じで、ハリーとはベクトルのちがうなんだかちょっぴり特別な男だった。平凡な自分とはまるでちがう──ロンがドラコを仲間だと認めつつも素直になれずにいたのは、ただ単純な僻みからだった。

 それを──なんだって?

 

 

「僕はとある人間にもっと最低な言葉をぶつけてきたし、我ながら情けなくなるような嫌がらせばかりを繰り返した。それ自体を後悔するような殊勝な性格はしていないが──今ならもっと上手くやれる」

 

「悪い顔だ」

 

「悪い男だからな」

 

 

 思いの外、軽口が通じてしまい、ロンは面食らった。おかしな話だが、この人形じみた綺麗な顔の男が、実は自分と同じ赤い血の通う人間なのだと今さらになって気付いた。

 ロンの視線を感じながらも、ドラコは前方を見据えたまま続ける。

 

 

「せっかく手を差し伸べてやったというのに、無視をしたんだ、あいつは。この僕が心を砕いてやったのに、格下の二人を取った。ムカつくだろう?」

 

「それで……その誰かへの嫌がらせに繋がるのか?」

 

「ああ。たっぷり苛めてやった。……やり返されたがな」

 

 

 不思議と、ロンにはドラコの表情が今までにないほど穏やかなものに見えた。──たぶん、マリアの前ではこの顔をするんだ。

 

 

「今ならこう言えるし、あの時どうすべきだったかもわかる。──僕の手を取らないバカには、僕からその手を掴みに行けばいいんだ」

 

「…………」

 

 

 先には霧深い木々しかないというのに、そこにいない人を見つめるドラコの瞳に、ロンはどことなく居心地の悪さを感じて目をそらした。けれどもそれは、分霊箱に荒らされた心の延長ではなかった。もっと青くさい──子供っぽい感情だ。

 

 

「……ドラコって、案外変なやつだ。僕のこと好きじゃないくせに、なんでこっちを選ぶんだよ」

 

 

 ロンの葛藤なんて知るよしもないドラコは、なんでもないことのように答えるのだ。

 

 

「ただの嫌がらせさ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 完成しない術とアステリアについて悩む日々の中、思わぬ事態が僕を待ち構えていた。

 

 

「ドビー?」

 

 

 ブラック邸と四人のある程度の世話を任せていた小さな友人が、命からがらといった様子で目の前に現れたのだ。もはや敵中となったホグワーツにひそむ、僕の前に。

 

 

「どうしてここに? なにかあったのかい? さあ、落ち着いて──」

 

「マリア・ポッター、ドビーめはマリア・ポッターとの約束を果たせませんでした。しかしドビーは自由なしもべ妖精なので自分を罰さないのです!」

 

「ああ、もちろんだ。僕は命令でなく友達に『お願い』をしたんだもの。うなずくのも拒否をするのも君の自由なんだよ」

 

 

 ゼィゼィと息をつくドビーをクッションの上へと座らせる。目線を投げれば、それだけでクリーチャーは心得たとばかりに簡易キッチンへと飛んだ。気に入らずとも水の一杯くらいは与えてやってほしいと、次には僕がお願いすることをわかっていたからだ。そこには仕えるものとしてのプライドが見えた。

 彼がいなければ僕の敵陣籠城は形を成さなかっただろう。小さな友人たちの協力があるから、今の僕が在る。

 

 

「それで、ドビー、いったいなにが」

 

「ドビーはお屋敷を守れませんでした。ハリー・ポッターたちは行ってしまった……ですからドビーは追いかけました。そして突き止めました。ウィンキーは──」

 

 

 待って。まくし立てるドビーに、意図せず声はひそめられた。

 

 

 

ウィンキー(・・・・・)?」

 

 

 

 ──正直にいって、僕はその名を忘れきっていた。

 だって、そうだ。あれから厨房へ向かおうとも彼女の姿を見ることはなくて──用があればなんだってクリーチャーに任せたし、ドビーだって彼女の名を出すことは──────つまり、それは。

 

 

「……ウィンキーは、ホグワーツにいない?」

 

「? ええ、とっくに。ウィンキーは新しいご主人様を得てホグワーツを去りました。そしてドビーはそれが誰かを判明させ、マリア・ポッターにお教えしようと」

 

「待って、待ってくれ────どうして()、ウィンキーなんだ?」

 

 

 そしてドビーは告げる。僕は知ることになる。とんでもない間違いとすれ違いが惨事を引き起こしたことに。

 

 

「ウィンキーがブラックのお屋敷に侵入したのです。ウィンキーのご主人様の命を受けて、ハリー・ポッターを捕らえようとしたのです。ウィンキーのご主人様は────ダフネ・グリーングラスです」

 

 

 三年前のあの日から────僕は決定的に間違えた。

 

 

「誰が──いや、そうか────ドビーじゃなかったんだ」

 

 

 急速に不可解だった線が繋がっていく。アーサーおじさんが確かめたクリーチャー以外のブラック家の屋敷しもべ妖精とは、ドビーではなくウィンキーのことだったのだ。思えば、アーサーおじさんはドビーと面識がない。無関係のドビーがブラック邸を預かるよりも、名前を知っていてホグワーツに雇われるまでの不幸な経歴も見届けているウィンキーが僕を頼ったとするほうがずっとずっと自然だったのだ。

 そしてウィンキーはホグワーツに居場所を見出だせていなかった。自由を謳歌しお給金を正当な権利としていただこうとするドビーの在り方を、クリーチャー同様、屋敷しもべ妖精として恥ずべき精神であると軽蔑していた。彼女の幸せは『仕える』ことだった。

 かつて心身から奉仕した一家の全員を喪い、傷心中の彼女にダフネ・グリーングラス──否、セオドール・ノットが目をつけたのだとしたら? 屋敷しもべ妖精は人間の倫理では動かない──己にやさしいものの言葉・思想を受け入れる。それはクリーチャーが証明しているじゃないか。

 

 話を聞くべきだった。そうするはずだった。僕はそう、彼女と約束をした。話をしよう──と。

 それなのに、目先の問題にとらわれて完璧に後回しにして────そして、忘れた。今このとき、ドビーから名を聞くまで存在すら思い出しはしなかった!

 

 僕の薄情が生んだ結果だった。

 

 

「ああ、クソッ──」

 

 

 頭を抱える。深呼吸をする。ハーマイオニーならこんな失敗は犯さなかっただろうに。ハーマイオニーほどの博愛の精神が僕には根っからなかった。

 だから、しかたない。今さら贖罪のしようもない。グリーングラスがなにをたくらんでいるのか──それが今、僕がもっとも意識を向けるべき問題なのだから。

 僕には責任がある。ドラコの大切な人を守る責任があるのだ。

 

 

「……ドビー」

 

 

 クリーチャーから熱々のマグカップを受け取っていたドビーは、テニスボールみたいな目をクルリと僕へ向けた。

 

 

「助けてほしい」

 

 

 ドビーはニッコリと笑った。

 

 

「ドビーは自由なしもべ妖精です。ですから、自分の意思でおともだちを助けます!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 友人ではあるものの、距離感をはかり損ねた男二人のなんともしょっぱい放浪旅が始まった。否応なしに共にいる結果、自然と心の距離が縮まるだとかそんな都合のいい青春作用が起こるはずもなく、あくまでもロンとドラコの旅は気まずいものだった。このままクリスマスを迎えるだなんて、ロンは心の底から願い下げだった。ただただ、彼は後悔でいっぱいだった。

 

 

「あのさ」

 

 

 ハーマイオニーほどでないにしろ、ハーマイオニーの次に魔法が得意に見えるドラコへと保護術を任せながら呟く。

 

 

「クリスマスくらいはあたたかい場所で過ごしたいと思わないか」

 

 

 ハーマイオニーの真似事をして周囲に最低限の障壁を張り終えたドラコは、まったく気のない声で答えた。

 

 

「マッチでも擦るのか」

 

「マッチ?」

 

「いや──これはマグルの童話だった」

 

 

 ロンは知れば知るほどドラコ・マルフォイという男を意外に思った。

 

 

「お前──マグルのこととかわかるんだ。興味ないと思ってた。ほら──純血だし」

 

「お言葉をそのまま返そうか。血を裏切る純血のウィーズリー」

 

「そういうところだ。僕たちみたいな人間を完全にバカにしてる」

 

 

 否定せずクツクツ笑う嫌味っぽい男に、ロンは以前ほどのムカつきを覚えない自分に妙に失望した気持ちになりながら肩をすくめた。手放しに友情を育んでバタービールで乾杯する夜を過ごすだなんて、よりによってこの男とそんな関係は今さら不可能だけど──慣れってやつはいつのまにか忍び寄っては、心の緊張を勝手にほぐしてしまうお節介ものなのだ。ハーマイオニーぐらいお節介だ。

 

 

「──事実、マグルそのものに興味はない」

 

 

 続いたドラコの言葉に、フーン、とそばかすの散る鼻が動く。

 

 

「ただ、贔屓にしてる人間がそれを贔屓にしていれば──目につくだろう?」

 

 

 彼がなにを言いたいのか。ロンにはわかる気がした。ハーマイオニーを愛する純血のロンだからこそ、理解できる含みがあった。

 

 

「それで、話は戻るんだけど」

 

 

 これ以上、このいけすかない男を相手に気恥ずかしい思いをするのはゴメンだ。ロンが強引に話題を戻すのに、ドラコは知った顔でうなずいてやる。

 

 

「クリスマスディナーをご馳走してくれそうな家にアテがあったりするんだけど──パーティーに引っ張りだこなお坊っちゃんとしてはいらない招待かな?」

 

 

 ドラコに負けず劣らず、親しい友へ見せる顔とは別の笑みがそばかすだらけの顔に浮かぶ。なつかしいやり取りだ──本来ならば取り合えるはずもなかった彼の手を掴みながら、ドラコは一歩を踏み出した。

 

 さて、ロンいわくの『アテ』には豪華なクリスマスディナーを楽しむ先客がいた。

 

 

「ルーナ?」

 

 

 ビルの新妻フラーの振る舞うフランス料理に舌鼓を打ちながら、ルーナ・ラブグッドがコテリと首をかしげる。飛び出した形の目はとろりと夢心地に旅装束の二人を眺めている。

 波乱万丈の中、新生活を送る若き夫婦に似合わない少女が当たり前の顔で夕食の席へとついていた。

 

 

「こんばんは、ロン、ドラコ。ロンはこっちに里帰りに来たんだ。ジニーがさびしがるもン」

 

「いや──ええ? これってどういうことなのさ、ビル」

 

「マリアからの依頼だよ。ちょーっと、ルーナのパパが発行する雑誌はやつらには刺激的すぎたのさ。クリスマス帰省を狙ってルーナを人質に取られる可能性があると、だから我が家で保護してほしいと連絡があったんだ」

 

「なんだそれ……そのマリアはどこに?」

 

「さあ。そこまでは。ただ、間違いなく彼女の声で、牡鹿の守護霊だったからね」

 

 

 すっかり汚れきったローブのままルーナの正面へと座ったロンに、フラーはムッと顔をしかめた。杖が振られ、問答無用で男二人からローブが剥ぎ取られる。しかし中身も似たり寄ったりの有り様だったために、フラーは大きく嘆息した。そんなフラーの姿に母モリーを思い出して、ロンはぐっと胸を締め付けられる想いでいた。

 

 

「パパの雑誌は素晴らしいんだもン。パパはいつだって真実を伝えているのよ」

 

「まったくその通りだ。こと、ハリー・ポッターについてはね────それで、お前はどうしてここにいるんだい? ハリーとハーマイオニーが透明マントに隠れて後ろで盗み聞きしてる、てわけでもなさそうだ」

 

 

 バツが悪そうに縮こまる歳の離れた弟の姿を、兄は笑いだしたい気持ちで見守っていた。それは不意に悪戯がバレてしまった時の小さなロンそのものだった。とっくに母から叱られ終わり、しょぼくれているときの姿だ。いくつになっても、大人になっても、兄姉にとって弟は弟で妹は妹でしかないのだ。そして父母にとっては子供だ。

 

 

「……ま、いいさ。この家の守人は僕だ。気がすむまでくつろいでいきなさい。ロン、ドラコ──メリークリスマス」

 

 

 この様子では口を割りそうもないと早々に判断したビルは、フラーへと目配せをして共に席を立った。その場には、追加された二人分のチキンとクリスマスプディングをつつくルーナ、肩身のせまそうなロンと手持ちぶさたなドラコだけが残された。

 

 

「元気そうだな、ラブグッド」

 

「うん。ドラコも。ロンは──ちょっと元気ではないみたい」

 

 

 場の空気を読むなんて俗っぽい世渡り術とまるで無縁の少女は微笑む。それにドラコは感慨深い気持ちでいた。かつては自身の館で拉致監禁の憂き目に遭った少女だ。マリアは──否、ハリーは覚えていたのだ。

 

 

「僕──」

 

 

 たっぷりの時間を使ってロンは食卓へと吐き出した。逃げてきたんだ──と。不思議とルーナにならばかまわない気がした。

 彼女の、常に意識が宙を浮いていそうな独特の空気感がそうさせたのかもしれない。ルーナならば慰めも同情もしないと思えたからかもしれない。自分よりもナーグルによっぽど興味を持っていそうな宙ぶらりんの距離感が、今のロンには程好かった。

 

 

「そんなつもりじゃなかった。ハリーが……ほら、覚えてるだろ? ハリーとマリアが喧嘩をして、中々の騒動になった。あのときハリーを狂わせたのはロケットで──同じなんだ。僕もあんなことを本心から言うつもりは──」

 

 

 ルーナにはまるでわからない話だろう。現にルーナはロンの懺悔よりもスープの残りがあるかどうかのほうが気になるらしかった。

 

 

「言い訳だ。あれが僕の本音だった」

 

 

 シン、と。沈黙が満ちた。永遠にこの静寂が自分を責め立てるのだとロンには思えた。そんなわけはない──そんなわけはないのだ。

 

 

「あたしはあんたたちの旅のことは知らないから、あたしが知ってることしか言えないけど────ロンが大好きってだけなんだと思うよ」

 

 

 ルーナ・ラブグッドにはロンの葛藤なんてものは関係ないのだ。

 

 

「ロンが大好きだから側にいてほしいんだよ。あたしは、ジニーにもパパにもずっと側にいてほしいって思うもの」

 

 

 ハッ──と、うつむく男から息が吐き出される。嘲笑になり損ねた声だ。

 

 

「……て、マリアが言ってたって? あいつ、妙に僕を買い被ってるんだ。変なやつ」

 

 

 劣等感を植え付けてくるのはソッチのくせに、誰よりもロンを好きだと明け透けに伝えてくる。ロンを信じている。いっそ双子の兄弟であるハリーよりも──ロンとハーマイオニーを信じてる。

 そういうところがずるいんだ、マリア・ポッターは。

 

 

「うん。マリアはロンが大好きだよね。でも、マリアじゃないよ。──ハリーが言ったんだよ。ハリーもマリアも、おんなじだけロンが大好きなんだよ」

 

「────」

 

 

 青色の目が開かれ、先にあるくすんだ色合いの瞳を見つめた。今度こそルーナの目はロンをとらえていた。

 

 

「それだけじゃダメなのかな? それでは足りない? それって──贅沢だと思うけど」

 

 

 ルーナだからこそ重みを持った真綿のような言葉だった。はじめから逃げ道なんて求めてはいないロンの目を覚まさせるには十分だった。

 

 

「──足りなくなんかない。最高だ」

 

 

 くしゃっと顔をしかめたロンは、父の大好きなゼンマイに油でも注したかのように、猛烈な勢いでチキンを掻き込み始めた。フラーが見ていたならば自身の料理を雑に扱われて憤慨しただろうし、ビルならば父親代わりに行儀が悪いと弟をたしなめただろう。ドラコも小言を言いたげに口元を歪めていたが、ルーナはケラケラと大口を開けて笑った。

 

 だって────食べなくては二人に追い付くための力が出ないじゃないか!

 

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