マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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3ー3

 

「──出発は夜明けか?」

 

 

 二人のためにと急遽空けられた客間にて、リュックに荷物を詰め直すロンへと静かな声が問う。

 

 

「ん。二人を探すところから始めないといけないし」

 

 

 今さら、お前もついてくるのか──なんて問答は必要ない。その程度には、楽しい旅でなくとも、かなり微妙な距離感だろうとも、互いの存在は当たり前になっていた。

 ふと、ロンが手を止めた。呆然とした顔で周囲を見回す。呟く。──ハーマイオニーの声がした、と。

 

 

「ロン、気持ちはわかるが──」

 

「ほんとうだって! ほんとうなんだ、ほら、また──」

 

 

 耳をすませる。次はドラコにも聞こえた。ハリーの声だった。

 

 

「どこから────これか?」

 

 

 ロンがポケットをまさぐれば、すっかり使い道をなくしていた灯消しライターが転がり出た。カチリ。部屋の灯りが吸い込まれる。カチリ。灯りがともる────窓の外へと。

 

 

「エッ?」

 

 

 カチリ。もう一度外の灯りを吸い込めば、なんとそれはライターではなくロンの胸の中へと消えた。唖然と男二人が見つめ合う。胸の熱を感じながら、ロンは唐突に自身のやるべきことを理解した。

 

 

「僕──わかった。この灯りが僕らを導いてくれる。だからダンブルドアは僕に灯消しライターを遺したんだ。僕が逃げ出すって──あのひとにはお見通しだった。僕──僕──これで二人に追い付ける!」

 

 

 夜明けなんて待てるものか。制止するドラコを振り切って廊下へ飛び出したロンを受け止めたのはビルだった。ロンのことがお見通しなのはダンブルドアだけではなかった。

 

 

「二人とも、クリスマスプレゼントも貰わずに行ってしまうのかい? それは、兄としてはさびしい限りだ」

 

「ビル……」

 

 

 夜も遅いからね。そっと声をひそめて、彼はとある物を手に室内へとロンを押し戻した。──ラジオだ。

 

 

「次の合言葉は『我らが希望』だ。君たちの旅の彩りになるといいけど」

 

 

 フェンリール・グレイバックにより甘いマスクに危険なものが混じるようになったビルだが、それでも彼の人好きのする茶目っ気は失われない。ロンの知るままの長男は、長男の知るままの弟をたっぷり抱き締めてから魅惑の笑顔と共に解放した。──二人の出立は夜明けだった。

 

 合言葉の意味をロンは再開した旅の夜に知った。独自の通信網をジャックし放送される『ポッターウォッチ』──それはロンの心を大いに躍らせた。ドラコもまた、なんて命知らずがいるものだと笑った。

 道標の灯りと、心折れずに戦い続けている誰かの存在、追い付かねばと勇気をふるわせてくれる仲間たち。今ならば分霊箱に負けやしないとロンは強く思えた。

 ──そして、親友たちの再会の時はやってくる。

 雌鹿の守護霊が、手助けとほんのちょっぴりの悪意を込めてロンとドラコを湖へと導く。凍てつく湖に溺れるハリーをなりふりかまわずロンが救出する。グリフィンドールの剣と、分霊箱と、剣を持つ資格を得た者──舞台は整った。

 

 

「できない」

 

「できる。君だからできる」

 

 

 弱腰のロンを押し切り、ハリーの蛇語によってロケットが開かれる。中をめがけて剣先が天を差す。当然、分霊箱──リドルの魂は抵抗を始める。ハリーとハーマイオニーの姿を模してロンの心を切り刻もうとする。それでも、ロンは剣を振り下ろした。

 

 

「ロン……」

 

 

 ぱっくり割れたロケットを前にロンは泣いていた。絶望ではなかった。悲しみでもなかった。けれども、それは喜びの涙でもなかった。ハリーはただ彼の肩を撫でるしかできなかった。

 

 

「ハーマイオニーは姉のような人だ。マリアも、そう言うよ」

 

 

 眠っていたハーマイオニーを起こし彼女の激怒を受け止めて、『彼』の愛する友たちはようやっとひとつに戻る。

 一件落着──とは、そうは時代が許さない。三人ともひどい姿だ。ハーマイオニーなんて世の女性が絶句するスバラシイ身だしなみでいたし、ハリーもドラコが黒歴史と称する頃に散々からかい倒した鳥の巣具合へと戻っていた。マリアの苦労が水の泡だ。ロンはいわずもがな。

 それでも、ドラコには三人がどこまでも眩しく見えるのだ。積もる雪よりもずっと真っ白に見えるのだ。──やっぱり、あの二人にはかなわない。

 

 

「ドラコ」

 

 

『彼』が手を差し伸べてくれるだなんて──────都合のいい奇跡だ。

 

 四人旅に戻った夜、各自の情報交換により新事実が続々と発覚した。灯消しライターの導き、ハリーのものではない雌鹿の守護霊とその術者について、ヴォルデモートが追っていたグリンデルバルドの存在──

 それから、これを見て。ハリーがバチルダの家から拝借したスキーター著書の『アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘』を開いた。彼の指がとある箇所を滑る。ダンブルドアがグリンデルバルドへと向けた手紙の一部だ。

『たしかに、その力は我々に支配する権利を与えている。しかし、同時にそのことは、被支配者に対する責任をも我々に与えているという点を、我々は強調しなければならない──』

 

 

「これ──聞き覚えはない?」

 

「どういうこと?」

 

 

 きょとりと目をまたたかせるロンとハーマイオニーに、ハリーは思った。二人とも、覚えていなくとも不思議ではない。何年も前で、その上ちょっとした日常の中での言葉だ。記憶にとどめるには細やかすぎる思い出だ。

 けれども、ハリーだけは忘れない。なぜならハリーは──彼女の兄なのだから。

 

 

「マリアが言ったんだ。サラザール・スリザリンについて調べていたときに──『ノブレス・オブリージュ』」

 

 

 あっ! さすがと呼ぶべきか。ハーマイオニーの記憶がただその一言だけでほどかれた。

 

 

「確かに似たようなことを言ってたわ……サラザール・スリザリンの純血主義は、元々は弱きを導くためにあったんじゃないかって──それはあくまでも考えの一つだけど」

 

 

 うなずく。ロンはいまだ思い当たるものがないようで、テキトウにハーマイオニーに合わせて肯首していた。しかしロンを見るハーマイオニーの目は、件の騒動もあって非常に冷たかった。

 

 

「ここから推測するに────やっぱりマリアはダンブルドアを『識って』いるんだと思う」

 

 

 結局のところ、ソレに帰結するのだ。ずんと空気が重くなる。あえて考えずにいた少女の存在が否が応にも三人の頭をかき乱す。彼女の異常性を浮き彫りにする。──そんなときに緩和材となるのは、やはりロンなのだ。

 

 

「ねえ、ハーマイオニー。どうして僕の名前を呼んだんだい?」

 

 

 灯消しライターから聞こえた愛しいひとの声が、どれほどロンへ勇気を与えたか。思い出して、うっとりした目でハーマイオニーを見るロンに、ハーマイオニーは顔を赤くして、それから青くして、最後に白くして目を泳がせた。

 

 

「あの……ロンが──ほら、あなたって元々はチャーリーの杖をお下がりに使っていたじゃない? もしもそれを持っていたなら──つまりは、あなたが杖を今、二本所持しているならってことなんだけど────ハリーに、渡せたかもしれない──て」

 

「どういうこと? ハリーにはハリーの杖があるじゃないか。サイコーにありがたいいわくつきの」

 

「……ないの」

 

「ん?」

 

「だめに、なっちゃったの。ナギニから逃げるときに」

 

 

 どうにか慎重に言葉を選ぼうとするハーマイオニーとロンのあいだに、ハリーの拳が突き出される。ヴォルデモートとの繋がりの一つであった不死鳥の兄弟杖は、ハリーの手の中で無惨にも真っ二つとなっていた。

 

 

「……ワーォ、さすがのハーマイオニーもスペロテープの準備はなかったわけだ」

 

 

 今度こそ、ロンの茶化しでも払拭しきれない重苦しい空気が流れた。──中で、ただひとり肩を揺らして笑う存在があった。ドラコだ。

 

 このためだったのか。憎たらしくも愛らしいニンマリ笑いの少女がドラコの頭の中から「さあ、それを渡せ」と急かす。誰かの手がなければまともに整えもしない赤毛をかたむけて、すべてお見通しだと高笑いしている。

 結局のところ──己の杖は皮肉にも主人より英雄の手助けをする運命にあるらしい。

 

 

「これを使え、ハリー」

 

 

 ドラコのサンザシの杖を押し付けられたハリーは、丸い目をさらに丸くして杖とドラコとを見比べた。

 

 

「君────魔法使いだろ?」

 

「ああ。魔法使いが杖を手放すなんてことは──まあ、一部を除いてありえない」

 

「それじゃあ、」

 

「そして僕は『一部の例外』からこんなものを預かっている」

 

 

 ドラコの懐から取り出された二本目の杖(・・・・・)に、ハリーはカッと緑の双眸を開いた。

 見間違えるはずがない。自身と同じ二十八センチに、イトスギの素材────マリアの杖だった。

 

 

「どうして」

 

「僕も押し付けられたんだ。文句はやつに言ってくれ」

 

 

 この杖は僕の守りたいものを守ってくれるから────そう、祈りたくなるような瞳で告げたあいつに。

 

 

「マリアって、やっぱりめちゃくちゃだ」

 

 

 ハリーのしみじみと落ちた呟きに、その場にいた全員がイエスと答えた。

 

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