マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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 ドレスローブを着込み、いざグリーングラス邸へ乗り込もうと意気込む僕らの前に立ちはだかったのは、小さな友人だった。

 

 

「ドビー、君はお留守番だ。必ず戻るから、どうか聞き分けておくれよ」

 

「いいえ、いいえ! ドビーはマリア・ポッターのお手伝いがしたい! ドビーはお役に立てます!」

 

「もちろんだとも。君は十分に役に立っているよ。けれど──この先には連れていけない。お願いだ──いいや、これは『命令』だ」

 

「マリア・ポッター……」

 

 

 しょんぼりするドビーの肩を撫でてそっと屋敷へ押し戻す。閉まる戸を見つめる大きな瞳に心が痛む。けれど、背に腹はかえられない。

 

 

「いいのか?」

 

「いいんだ。……彼が死んでしまうより、ずっといい」

 

 

 グリーングラス邸に例の悪女がいる確証はないが、できる限り危険は犯したくない。なにより──誰かが待っていてくれる事実は、僕に勇気を与えてくれる。ぜったいに生きて帰ろうと思わせてくれる。

 

 

「さあ、行こうか。────レディ」

 

 

 後ろ髪を引かれる思いでかかとを鳴らして、僕は純白のドレスを着る少女へと(・・・・・・・・・・・・・)手を差し出した。

 

 

 

 ***

 

 

 

「君は時々──いいや、大抵においてとんでもなく愚かしい思い付きをする」

 

「その言い回し、スネイプ先生にそっくりだよ。さすがはスリザリンの姫君だ」

 

「口を縫うぞ。君の杖が現在、僕の手にあることをお忘れか?」

 

 

 小声でありながらも憤懣やるかたない様子の少女をエスコートしながら、緩む口元を抑えようと頬を噛んだ。それを見て、少女──性転換したドラコは、人形のように整った顔を極限までしかめた。

 そう、僕らは再び互いの性を取り替えたのだ。ポリジュース薬はハーマイオニーの所持品として管理されているし、ドラコのことだから以前作った性転換薬をなんだかんだと数本ストックしているだろうと踏んでみれば、案の定だ。手っ取り早い変装がこれだったのだ。

 つまりは、僕は現在フローレンスだし、ドラコのことはそのままレディと呼んでいる。

 

 

「ありえない……あの流れでどうして僕がこれを着るはめになるんだ? 草葉の陰で伯従父上が泣いてるぞ」

 

「ついでに化けて出てくれたならいいのに」

 

「僕の悪夢にしか出てこないだろうよ」

 

 

 ごもっともだと吹き出した。近くの婦人から怪訝そうに睨まれた。ドラコの手を取って愛想笑いを浮かべながら壁側へと移動する。不機嫌にしていてもなお愛らしい顔立ちのレディは、繋いだ手に爪を立てながらもおとなしく従ってくれた。猫みたいなやつだ。ああ、それともイタチか。

 会場はすでにきらびやかな衣装の人々で満杯で、誰もがとある人物の言動に注目していた。──アステリアとダフネの父、グリーングラス氏だ。グリーングラス氏はフロアを見渡し人好きのする顔でニッコリ笑うと、純血の人々を自邸へまとめた理由を話し始めた。

 

 

「ようこそおいでくださいました。純血の正しい魔法使い、魔女である皆さん。どうぞ左右に目を向けてみてください。さあ、隣人の顔をみて。なんと誠実で凛々しい面立ちか! ここへ集うのはすべて正しき血と歴史を守ってきた同胞です。我々こそが、次代を導き担う『人間』であるのです」

 

 

 よく通る声が室内中に響き渡る。──なるほど。

 

 

「限定的なプロパガンダといったところか」

 

「まるで純血以外はヒトでないような物言いをしてくれるね」

 

 

 マフリアートの裏でひっそりと毒づき合う。ヴォルデモート卿の目指す未来がいかに素晴らしいか、それを支えることこそが魔法族の使命であるとグリーングラス氏は拳を振るって熱弁する。つまりは、この絢爛豪華なパーティーの正体は死喰い人への勧誘会だったのだ。

 

 

「……フロウ、あれを」

 

「──ッ! そんな……」

 

 

 ドラコがドレスの裾に隠れて指差した先には見知った顔があった。ホラス・スラグホーンだ。なんてことだ、彼は闇の陣営側に付いてしまったのか。

 

 

「尊敬すべき『あの方』──いいえ、敢えてこうお呼びしましょう。近い未来、魔法大臣となられる偉大な人は、魔法族にとってよりよい未来を選び掴み取ろうと奮闘されています。今、この時にも! それは我々の目の前にあるのです!『あの方』が世界を統べる支配者となられたあかつきには、研究者諸君にも十分な恩恵が──」

 

「──この会に参加したのはあくまでも研究者として、か」

 

 

 ドラコの冷静な分析にほんの少し安堵の息をつく。事実、グリーングラス氏を見るスラグホーンの目には過度な賛同の色はないように思えた。……どうか、そうであってほしい。

 だがしかし、なにがこれほどに彼の興味を引いたのか。

 

 

「失礼、ミスター」

 

 

 軽やかに肩を叩かれた。跳びはねる心臓をおさえておそるおそると振り返る。彼女と色違いの髪に、彼女と同じ色の瞳。穏やかな微笑の裏に冷酷さを秘めた不気味な少女──ダフネ・グリーングラスがそこに立っていた。

 

 

「あ……」

 

「そちらのレディがこちらを落とされましたよ」

 

「えっ?」

 

 

 ダフネが差し出した手のひらには、愛らしい銀作りの口紅が転がっていた。

 

 

「えっと、それは彼女のものでは……」

 

「あら、気の利かない人ね。いくら素材が良くともルージュのひとつも付けずに社交の場へ出るのは、マナーに反すると言っているのよ。父が演説してるあいだに彼女を連れてそちらから出なさいな。パウダールームは出てすぐ左ですから。パートナーが恥をかかないよう気遣うのも紳士の務めですわ」

 

 

 微笑みと共に痛烈に返されて思わずたじろいだ。笑顔のまま迫るダフネに無理やり口紅を握り込まされる。隣のドラコは唖然としていて、そんなドラコにもダフネは白々しい笑みを向ける。

 

 

「そのドレス、とってもよくお似合いですわ、ミス。こちらの口紅の色がよく映えることでしょう」

 

「……お気遣い、痛み入ります、ミスグリーングラス。せっかくですからご厚意に甘えるとしましょう、フロウ」

 

「あ、う、うん」

 

 

 ドラコに腕を取られて、微笑みのひとを背にギクシャクとフロアを後にする。廊下にはひと一人となく、どことなく薄暗い回廊が続くばかりだった。

 

 

「…………つまり、これってチャンスってこと?」

 

「やつの罠でなければな」

 

 

 パウダールームを素通りして先へと進む。ヒールに慣れないドラコを気遣いながら屋敷の間取りを確認していく。会場にアステリアの姿はなかった。アステリアはいったいどこに隠されているのか。

 

 

「フロウ──いや、マリア。まずい。時間切れだ」

 

 

 彼の少女の声にハスキーなものが混じり始めたのを感じて、ああ、と自身の喉を押さえた。

 

 

「……年齢の近いグリーングラスさんからテキトーに服を拝借する、なんてのは」

 

「ここにおあつらえ向きのドレスコードが男女共に揃っているというのに? そしてグリーングラス家には当主以外に男はいない」

 

「悪あがきくらいさせてくれよ」

 

 

 少女の指だったのに力強さを取り戻した手にすぐそばの部屋へと引き込まれる。さっそくウエスト辺りが緩くなってきた気がする。暗黙の了解で互いに目をそらしながら服を交換する。

 

 

「それにしても上手くいくものだね。君の嘘八百には度肝を抜かれた」

 

 

 今回、潜入するにあたって、どこから忍び込んでやろうかと企む僕をよそに現実はまさかの正面突破だった。ドラコが門番へと聖28一族のマイナーな家名を当たり前のようにそらんじたからだ。あまりにどうどうとしていたために欠片も疑われなかった。なんて面の皮の厚さだ。

 

 

「怖いもの知らずのマルフォイは嘘が上手いのさ」

 

 

 僕が先程まで着られていたドレスローブを見事に着こなして、ドラコは嫌味っぽく笑った。

 

 

「よく知ってるよ。……クソ、やっぱりヒールなんてろくなもんじゃない。なんだって女性はこんな拷問じみた靴を履いて移動できるんだ?」

 

「移動しないのさ。荷物だって持たない。それが一流のレディだ」

 

「僕は一流でもレディでもないから裸足で歩いていいかな」

 

「おや、君に野生回帰願望があるとは知らなかった」

 

 

 ああ言えばこう言う憎たらしい男の手を借りながら立ち上がる。股ぐらの風通りが良すぎる。なんて心許ないんだ。せめてこう……このヒラヒラが重みを持って足を隠してくれたならいいのに。──なんて、ドレスの裾を詰まみながら愚痴っていると、ふと、彼の(正確にはハリーの)上着を肩にかけられた。ドラコはじっと僕を言葉なく見下ろしていた。

 

 

「なに……ああ、この胸の傷は目立つものね。君の時とちがって僕はスネイプ先生から直接治療を受けられたわけではないし────なんだよ。見慣れたもんだろう? まだどこかフローレンスに変化したままだったりする?」

 

「いや……ああ、うん。その通りだ。見慣れたんだ。こちらのほうが落ち着く」

 

「それは……ええと、どうも?」

 

「ああ」

 

 

 ドラコの視線は外れない。ここで僕が目をそらすのは負けのような気がして、根比べでもするようにアイスグレーを見つめてみた。──ら、すっかり男に戻った手のひらで視界をふさがれた。

 

 

「……あのさ、坊っちゃん。君、さっきからなにがしたいんだい?」

 

「少し黙ってろ。いや、少し口を開けろ」

 

「ハァ?」

 

「うるさい。動くな」

 

 

 唇になにかが触れる。しっとりと移動して、濡らしていく。内にもほんの少し侵入して塗り込む。

 

 

「…………ドラコ?」

 

「鏡がないんだ。レディでない君に鏡を見ずにこれを扱う技量はないだろう?」

 

 

 目をおおっていた手のひらが離れれば、チカチカと点滅する先にこれまたチカチカとまぶしいブロンドの髪と銀の口紅が映った。

 

 

「最低限のマナーだと先ほど親切なレディからご指導いただいたばかりだからな」

 

「…………変な味がする」

 

 

 ドラコに塗られた唇の艶をかすかに舐めて、結局僕から目をそらした。根比べは僕の負けだ。

 乱暴にルージュを拭いたい衝動をおさえながら部屋を出る。ずいぶん遠くまで歩いてきた。おそらくこの階は制覇したと見ていいだろう。と、なれば。

 

 

「上か、下か」

 

「定番は下だろうな。貴族の屋敷に地下牢や倉庫は付き物だ」

 

「ところでなつかしいものを思い出さないかい、マルフォイ?」

 

「どこぞの間抜けが人攫いに捕まった話だとかか? ポッター」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 睨み合って、どちらともなく吹き出して。

 地下への入り口を探すため、僕らは再び歩き出した。

 

 

 

 ***

 

 

 

「「なんだってそんなことになるんだ」」

 

 

 同じ調子、同じ表情、同じトーンで檻の向こうの片割れへと詰め寄る。片割れも格子を引っ掴むようにしてこちらを凝視している。ハシバミ色と翡翠の視線が結ばれる。実に実に八ヶ月ぶりの親友たちと弟との再会だった。

 

 

「あなた、マリア? まあ、なんてこと──とってもかわいいわ! ……ああ、ええと、そうじゃないわよね。わかってる。わかってるからそんな目で見るのはやめてちょうだい、ロン。──マリアはどうしてここに? 今までなにをしていたの? その格好はなに?」

 

「どうしてはこっちのセリフだよ、ハーマイオニー。どうして揃いも揃って……さてはハリー、君、不用意に『ヤツ』の名前を呼んだな?」

 

「まさか! ウィンキーに追い詰められたんだ。それで、三人がバラバラになるくらいなら──て、まとめて姿眩ましに引きずられて」

 

「彼女、すごく切羽詰まってたの。だから、話を訊こうと思って──」

 

 

 矢継ぎ早に寄越される情報に、ウーン、と唸る。彼等は彼等で『僕』の知らない死闘の末にあるらしい。牢の中にはない土やら葉やら泥やらで仕上げられた斬新なコーディネートがそれを物語っていた。奥には衰弱したオリバンダーと苦い思い出の小鬼、グリップフックが見えた。ディーンはいない。こたびは人攫いの魔の手から逃げ延びたのだと希望的に思うしかない。

 

 

「ともかく、ここから君たちを出さなくちゃね」

 

「それが、どうしてもダメなの。わたしたち、散々手を尽くしたけれどすべて無効化の魔法にはじかれたわ」

 

「それは内側からの話だろう?」

 

「え?」

 

 

 鉄格子の間に手を差し入れる。──やっぱり。こんなにも簡単に侵入を許してしまう。魔法族の人間はもっと魔法以外の部分にも目を向けるべきだ。そしてそれは少なくともヴォルデモートが統治する世界では叶わない。

 

 

「ハリー、シリウスのナイフを持ってるだろう? 貸してくれ」

 

「マリア、だからダメなのよ。鍵開けナイフだってもちろん試してみたけれど、」

 

「いいから」

 

 

 ロンがハリーの首から下げられている巾着へと手を差し入れて、探し当てたナイフを手渡してくれる。無言呪文でナイフへと強化をかける。

 

 

「離れていて」

 

 

 大きく腕を振り上げて、かまえる。見定めろ。術式として脆い部分ではない。単純に──ナイフで叩き潰せる場所を!

 

 

「──エイッ!」

 

 

 ナイフの柄を使って錠の隙間を叩いた。小細工なしの力業だ。筋力以外に使ったものなんて申し訳程度のナイフ強化くらいだ。『魔法』を無効化するアイテムには力こそが最適解となる。

 案の定、物理的な負荷には弱かったらしい錠はあっさりと壊れた。

 

 

「……マリアって、なんというか……」

 

「どうせハリーもこうなるよ」

 

 

 闇祓いをしてると物理で解決したくなる問題がわんさか押し寄せてくるんだから。

 

 負傷しているご老人と小鬼に肩を貸して牢の外へと連れ出す。話し合いの結果、『前回』同様に貝殻の家へと一時保護を求める形に決まった。あれやこれやと事ある毎に巻き込んで、ビルとフラーにはまったく頭が上がらない。

 

 

「それじゃ、用が終わり次第貝殻の家で落ち合うとしよう。僕たちはまだやることがあるから──」

 

「僕も残るよ」

 

「ハリー、気持ちは嬉しいけどこれは僕たちの問題で、」

 

「そうじゃない。僕らもここに問題を残してる。──グリフィンドールの剣を取り返さなくちゃ」

 

 

 ああ──うなだれる。確かにそれは決して奪われてはならないものだ。

 

 

「わかった。グリフィンドールの剣も一緒に捜索するから、」

 

「──僕に考えがある。信じてくれ、マリア」

 

 

 そう、強い意志を感じさせる声色で返したのはロンだった。ハッとする。そうだ──彼等には僕の手なんてはじめから必要ないのだ。

 大好きなブルーアイの輝きを真正面から受けとめて、思わず満面の笑みを浮かべた。

 

 

「わかった。信じるよ。君って時々、天才的になるんだもの」

 

「……時々なのは間抜けのほうだよ」

 

 

 オリバンダー老人と小鬼を抱えて姿眩ましをするロンの耳は、彼の明るい赤毛よりも真っ赤だった。……これだから僕の親友は最高なんだ。

 

 

「よし、それじゃあここで別れよう。君たちはロンを待つ、僕らは先へと進む」

 

「マリア」

 

 

 ハリーの手が僕の手首を掴む。そのまま、手の甲を返され掌へとシリウスの鍵開けナイフを置かれた。

 

 

「ハリー?」

 

「君が持っていて。きっと入り用になるから。そして──君の手で返して」

 

「……かならず」

 

 

 複雑なものを含みながらも柔らかさを失わない緑の瞳に見送られて、ドラコと共に目的へ向かって駆け上がった。シリウスの心もハリーの想いも、このナイフにすべて込められているような気がした。

 

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