マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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6ー3

 

 ハリーと手を繋いで闇深いホグワーツの廊下を駆ける。一拍置いて、後ろから『奴』の憎たらしい声が冷たい廊下にこだました。

 

 

「生徒が廊下にいるぞーう! こぉーんな時間に! 生徒が! 廊下に! 透明だァ!!」

 

 

『奴』──最悪の混沌・ピーブズであった。最悪だ。そしてさらに最悪なのは、僕たちが透明マントをかぶっているにも関わらず、そいつは慣れてるみたいにマントを掴もうと邪魔してくることだった。

 いいや、みなまで言わずともわかる。かつて父さんたちも透明マントをかぶったまま散々ピーブズと遭遇してきたにちがいない。だからアイツは透明人間に慣れてるんだ!

 

 

「ハリー! ここ、入れそう」

 

 

 走りざま、チラと横目に見えた扉の隙間にハリーを導く。小声で囁いて、己の背中で扉を押して二つ分の小さな身体を滑り込ませる。ピーブズの、フィルチをからかいながらも呼び出す声が遥か向こうに遠ざかっていく。

 息を、つく。

 そこは空き教室だった。ずいぶんと使われていない様子で、机や椅子は隅に積み上がっていて、光もないのに埃が(くう)を舞うさまが見られて────中央に、場違いな鏡がひとつだけ立っていた。

 

 あ、これ。は。

 

 

「すつうを、みぞの、のろここ……?」

 

 

 ハリーが鏡の前へと立つ。鏡枠に指をなぞらせ唱える。──『すつう、をみぞの、のろここ──のたなあ、くなはで、おか、のたなあ、はしたわ』

 そんな小さな男の子に、僕は呼吸を抑えるようにして寄り添った。

 

 

「──お父さん? ──お母さん?」

 

 

 やはり、ハリーはポッター家の人々の姿を鏡の中にのぞみ見たようだった。

 緑の目をパチパチとまたたかせて、自分の肩を触ってみて、振り返って、そこにはなにもないことを確認してからもう一度鏡を覗き込んで。そして僕を見た。

 

 

「ほんとうに、そっくりだ」

 

「……そうだね」

 

「ハグリッドも、マクゴナガル先生も、僕たちは両親の生き写しだってよく言ってた。その通りだ。僕たち、こんなに似てる」

 

 

 ハリーの手が鏡面に触れる。同じように、その手に自分の手を重ねた。

 

 

 ああ────アルバス。ジェームズ。リリー。

 

 

『僕』に抱かれたアルバスが頬へとすり寄る。ジェームズは真ん中で『僕』とリリーと手を繋ぎ、リリーはジェームズとジニーと手を繋いでいた。ジニーが幸せそうに『僕』を見つめて微笑む。

『僕』の後ろには大きなロンとハーマイオニーがいて、ヒューゴとローズがその手に繋がれていた。ジニーの後ろにはどれだけ歳を食っても悪ガキ顔のままのジョージと──二十歳のフレッド。『あの日』のフレッドだ。

 フレッドを囲むような形でビルやチャーリー、パーシーが立ち、そんな息子たちを嬉しそうにウィーズリー夫妻が見ている。時おり『僕』へ視線を向けては、あなたも息子よと今にも語りそうな顔で笑う。側にはフラーやアンジェリーナも揃い、その子供たちが和気あいあいとじゃれている。

 親友夫妻の後ろにはシリウスとルーピン先生だ。ルーピン先生はテディと手を繋いで、テディはトンクスへと繋がっていた。そしてトンクスの隣にはマッドアイが義足で器用に立ち、さらに後ろに機嫌が悪くてたまらないスネイプ先生とほけほけと笑うダンブルドアが仲良く話していた。

 スネイプ先生の隣のセドリックはあの日のユニホーム姿で誇らしげに笑ってみせて、ルーナやネビル、いつまでも友情の色褪せない仲間たちが肩を寄せ合いニッコリした。ドビーやクリーチャーの上にはヘドウィグが小さな彼等を見守るようにして飛んでいた。

 

 ──そして、その先。

 なにか障害でもあるかのように間をあけて、父さんと母さん、あいだにハリーが両親と手を繋いで無邪気に笑っていた。

 ハリーの後ろには大きなドラコが、小さなハリーを守るようにして立っていた。

 

 

「たくさん、いるね」

 

「うん」

 

 

 鏡の中ではないハリーの声に、心ここにあらずと虚ろっぽくうなずく。

 

 ハリーと僕が見ているものはまるで違う。わかっている。──それでも、このとき共にした想いは同じだ。

 愛しくて、くるしい。────あなたたちに、会いたい。

 

 

「……帰ろうか、マリア」

 

「……うん」

 

 

 すっかり冷えてしまった子供の手を握り返して、マントをかぶる。先導するのはハリーで、ふと誰かに呼ばれた気がして振り返った。

 

 鏡の中から、黒くて憎たらしくて愛を知らない寂しい君が、誰の手も握れずにいるひとりぼっちの君が、今にも消え入りそうに『僕』を見ていた。──気がした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 少女は地下へと続く大口の開いた道の前でぼんやりと月を見ていた。手に不思議なマントを握り締めて。夜の透度に融けて消えてしまう前の雪のように。

 少女はひとりだった。

 そこにたった一つだけ、カンテラの光が灯る。

 

 

「──マリア」

 

「こんばんは、ドラコ」

 

 

 赤い髪を微かに揺らせて振り返った少女は、月に照らされ青く光るように見えた。

 ──まるで作り物めいた美しさだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ドラコが起きてるなんて、思わなかったんだ」

 

「お目付け役のいない休暇に夜更かししないで、いつするんだ? ああ、夜の散歩が趣味だったポッターには理解できない話か」

 

「……きみ、なんかちょっと怒ってる?」

 

 

 カンテラ灯を頼りにずいずい進むドラコについて、底冷えにひんやりとしたスリザリン寮の談話室を抜ける。そしてドラコの自室へと滑り込む。

 どうやらドラコは運良く一人部屋を与えられたようで、室内は彼の好きそうな悪趣味な内装にすっかり染まっていた。いや、運ではないかな──マルフォイだからかも。

 

 

「君な……スリザリン寮に残っているのは僕だけなんだぞ。他の、誰一人だっていないんだ。この意味がわかってるのか?」

 

「勿論。だからこそじゃないか。こんなところ、他のスリザリン生に見付かったら大騒ぎだよ。グリフィンドールの生徒がスリザリン寮に侵入してるだなんて」

 

 

 黒を基調としたやたら滑りの良いベッドに腰掛け、無遠慮に自寮のベッドとの違いを確かめている僕にドラコのため息は一向に尽きない。なんならわざとらしいくらいだ。というか、絶対わざとだ。なので、ムッとくちびるを尖らせてベッドから奴を睨み上げた。

 

 

「なんだよ」

 

「いいえ、姫君にご理解いただこうとした我々が間違いだったと反省したまでです」

 

「それやめろってば」

 

 

 ただでさえ寒いのにさらに鳥肌を立たせてくれるな。

 

 

「それで? なんなんだ、これは?」

 

 

 僕の前に仁王立ちし、やたら芝居がかった仕草で彼が懐から取り出したのは古びた羊皮紙──僕の持つ通信紙の片割れだ。その紙面には僕の字で一言、『会いたい』と浮かんでいた。

 

 

「……そのままだよ。別に、朝とかに会えればそれでよかったのに」

 

「嘘だな。おやすみと交わした後にこれが来たんだ。それも、こんな時間に。──なにがあった?」

 

 

 隣にドラコが腰掛ける。余裕たっぷりに人間二人分の重さを受け止めたベッドに、やっぱりお貴族様が集う寮の家具は質から違うのかと頭の片隅で呟く。

 

 

「……分霊箱の、確認をしようかと」

 

「…………」

 

 

 我ながらなんとも情けない、歯切れの悪い主張だった。十分に言い訳じみていた。それに対し、彼は無言のままキャビネットの三段目の鍵を開けると、奥から大きな飾り箱を取り出した。杖を振って幾つかの呪文を解き、さらに三つの鍵を開けた。

 厳重な封印解除の末ひらかれた中には、見覚えしかないノートとティアラが収まっていた。──リドルの日記とレイブンクローの髪飾りだ。必要の部屋から回収した髪飾りは、ドラコの希望により彼預かりとなっていたのだ。

 というのも、僕は当然、日記も含め僕が保管するつもりでいたのだけど、どうにもドラコが譲らなかったもので。

 事実、呪いや呪具の類いに関しては僕よりドラコの方が詳しいし、扱いにも長けている。封じるのだって得意で、今解いた魔法の殆どが空間ごと干渉を遮断するものだった。彼に対する分霊箱の精神的な影響を心配する必要は然程ないだろう。確実ではないけれど。なんたってあのヴォルデモートの魂がこびりついているのだから。

 横繋がりを大切にするスリザリンの生徒に、マルフォイの一人息子の私物を漁るような輩もまずいないと考えられるし──実のところ、いわくものを任せるには最適の人物だったのだ、ドラコは。

 ……それでも、僕としてはドラコに万が一があっては嫌だから、引き取れるものならさっさと引き取ってしまいたいのだけど。

 

 

「満足か?」

 

 

 彼の嫌味っぽい確認に渋々うなずく。逆さの手順で再び分霊箱が封じられていく。そうなると。

 

 

「さて、君の目的は済んでしまったが?」

 

「…………」

 

 

 その通りだ。だから、僕はここを出なくてはいけない。早急に。立ち上がって、ドラコにおやすみの挨拶をもう一度して。

 わかってる。わかっているのに────動けない。彼のそばを、離れたくなかった。

 

 

「いい加減、白状してしまえ。──ハリー」

 

「────」

 

 

 あんまりなタイミングで『僕』を呼ばれて、くっ──と喉から悲鳴じみた声が漏れた。

 白状か。ああ、もう、ほんとう──まったくもって、そのとおりだ。

 

 

「みぞの鏡を、見たんだ」

 

「ああ……君から聞いたことがあるな。望みを写す鏡、だったか」

 

「みんなが、うつってた」

 

「……そうか」

 

「シリウスが笑ってた──ルーピン先生が息子と手を繋いでた。フレッドがジョージの弟のようになっていた。セドリックが手を振った。ダンブルドアがスネイプ先生の肩を抱いて、スネイプ先生は睨んでた。みんながそこにいた」

 

「…………」

 

「こんなに、重い」

 

 

 彼のベッドの上で、膝を丸めて小さくなる。今この時だけでいいから、世界から僕を消してほしかった。

 

 

「こわくなったんだ。絶対に取り戻せない父さんと母さんもいて、僕、ほんとうにみんなを──」

 

「ハリー」

 

 

 ゆるりと、低い体温の指が耳をくすぐりながら項へと流れていく。ハリーと呼ぶ彼の声が麻薬のように心地よい。

 

 

「みぞの鏡は、取り戻せないものを写す鏡じゃない。望みを写す鏡だ。そうだろう?」

 

「うん」

 

「君は自分の望みを確認した。ただそれだけのことじゃないか。──こわいのなんか当たり前だ。僕らは未来を知ったつもりで、その実なに一つだってわかっちゃいない。周りと同じだ。なにも変わらない。ちょっと特殊な記憶と悲劇を覚えているだけだ」

 

「……ドラコ」

 

「こわくていいんだ、ハリー。怯えていいんだ。……こうして、僕が手を繋ぐから」

 

 

 上から重なるドラコの手は小さい。『僕』が覚えているより、ずっと。小さくてやわい手だ。子供の手だ。

 けれど、僕にとってはなによりも大きなものに感じた。この世界でただひとりの──『僕』の仲間の手なのだ。

 

 

「ドラコ、僕の名前を呼んでみて」

 

「マリア」

 

「うん」

 

「そして、僕だけのハリー」

 

「……うん」

 

 

 隣にある肩にそっと頭を置いてみる。僕をハリーと呼ぶドラコの声は、寂しい彼が呼んだものとはまるでちがうように聞こえた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……さあ、落ち着いたならそろそろ戻れ、マリア」

 

「え、泊まっちゃダメなの?」

 

「駄、目、だ」

 

「誰もいないのに」

 

「誰もいないからだろうが!」

 

 

 寒さと温もりの塩梅が絶妙な為にすっかりうつらうつらしていた僕の脳を、声変わり前の少年のヒステリックな声が引っぱたく。彼のベッドで眠る気満々でいた僕を、カンテラを引っ掴んだドラコが地上への石階段前まで引っ張り上げていく。

 

 

「君は僕に何度この言葉を言わせるんだ? マリア・ポッター。自分の現在の性別を思い出せ」

 

「君と僕の仲には関係ない話じゃないか。ここにアンブリッジがいるわけでもなし」

 

「…………よろしい。その言葉、明日にでも君の弟君に報告させていただくとしよう」

 

「えっ」

 

「休暇明けにはグレンジャーからの説教も覚悟しておくんだな」

 

「ひえっ」

 

 

 そうこうしてる間に、実は面倒見のいい吸血鬼によって太った婦人画の前までトントン拍子に連行されてしまった。なんてこった。こいつ、やけに手慣れてやがるぞ。

 

 

「まったく……ちゃんと寝ろよ、マリア。姫君が隈なんて作れば、赤い親衛隊たちがうるさいだろうからね」

 

「君こそ。嘘丸わかりな夜更かしなんてやめて自由なクリスマスを謳歌しなよ。ああ、ワインをかぶるのはもうオススメしないけど」

 

 

 挨拶のような軽さで皮肉を言い合って、ほんの少し頬を擦り合わせる。

 

 

「おやすみ、マリア」

 

「おやすみ、ドラコ」

 

 

 くあり、すっかり緩んでしまった気のまま欠伸を噛み締めた。カンテラ一つで階段を降りていくドラコをそのまま見えなくなるまで見送る。そして、ようやく寝間着姿の夫人と向き合うと、彼女に「まったく、いつの間に抜け出したのかしら、悪い子ちゃん。でもいいわ、今日はクリスマスだもの。ああそれにしても、十一歳だって立派なレディなのねえ」だとかしみじみ呟かれた。どういう意味だ。

 

 合言葉を告げ扉をくぐった先、スリザリン寮とは違ってグリフィンドールの談話室の暖炉は未だ緩火に燃えていた。それを黒いくしゃくしゃ頭がぼう、と見ていた。

 

 

「ハリー……?」

 

「おかえり、マリア」

 

 

 眠たげなハリーが瞳に炎の赤を映し揺らめかせながらふにゃりと笑う。

 

 

「どうしたの、ハリー。こんなところで。もしかしてロンのイビキがうるさすぎた?」

 

「それもあるけど、……ンン、せっかくだから、マリアと寝たいなって。それにきみ、さっそく僕らの透明マントを持ってっちゃうし」

 

 

 言葉もおぼつかない程にふにゃふにゃのくにゃくにゃなハリーの隣に座る。すると、いつの間にかいつかのように二人で毛布にくるまってソファへと寝転ぶ形になっていた。おおっと?

 

 

「ずっと待ってたの? ここで、僕を?」

 

「んー……」

 

「……僕のこと、気にしてくれてた?」

 

「いつだって気にしてるよ。妹だもの」

 

「……そっか」

 

 

 よし、よし、とハリーが僕を抱きしめて撫でる。いつもと真逆だ。ハリーは気付いていたのだ。みぞの鏡に狂わされた僕に。

 ……やっぱり、この世界のハリーは『僕』なんかより、ずっと、ずっと、すごいや。

 

 

「……ありがとう、ハリー。おやすみなさい」

 

「おやすみ、かわいいマリア」

 

 

 旋毛にキスが落ちてくる。無条件に安心する。

 ふと、少し前にもこんなことがあったな、なんてどこぞのキザな金髪を思い出したが、今ばかりは僕をあたためてくれる愛しい家族のぬくもりを抱きしめて、彼が生きる音だけにこころを浸して────やさしい聖夜にふたりぼっちが、深々と眠りについた。

 

 

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