マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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 美しかった。創立者が残した秘宝はさびれることなく逸品であることを誇っていた。間違いなくそれはねもころごろに守られ飾られ讃えられるべき芸術だった。──世界を手にせんとする男が求めた、おぞましさ。

 金色のカップと銀細工のティアラを前に、千年の刻を生きた蛇の牙がかかげられる。

 

 

「いいわね? 同時よ。ハリー、あなたが合図して」

 

 

 チラリと横目に同じ牙を持つ男を見たハーマイオニーは、震える手をおさえて深呼吸した。男もまた、とっくに渇いた喉へとなけなしの唾を押し込んで牙を握り直した。緊張の面持ちで立ち挑む二人にハリーが厳粛にうなずく。

 

 

「────壊せ!」

 

 

 牙が、その昔だれかの宝であったものへと振り下ろされる。呆気なかった──呆気なく、ヴォルデモートの魂はやぶられた。

 

 

「ハ──ハァァァ……」

 

 

 ハーマイオニーが腰を抜かして座り込んでしまう。そんな彼女へ一番に駆け寄り受け止めるのは、当然、恋人のロンだ。コロリと二人の手から牙が転がり落ちる。

 

 

「こんなものがあっただなんて──グリフィンドールの剣は、つまりはバジリスクの毒が重要だっただなんて──もっと早く教えてくれればよかったのに────ドラコ」

 

「……ほんとうに忘れてたんだ」

 

 

 自身の手を離れた牙を虚ろに眺めながら、ドラコ・マルフォイは力なく答えた。ああ──まさか自らの手であの恐ろしいひとの魂を壊すことになろうとは!

 

 

「これで全員が──ヴォルデモートの敵、だな」

 

「ロン……あなた……」

 

 

 旅の最中も、その前も、決して男の名を呼べなかったロンの言葉に、ハーマイオニーが大きく瞳を開く。ロンは居心地悪そうに鼻をかきながら続けた。

 

 

「もうそこまで来てるんだろ? なら──ほら──今さらだ」

 

「……ああ、今さらだ」

 

 

 ハリーがゆるりと微笑んだ。マリアが望んだとおり──命懸けの旅を経て三人の絆はいっそう強力に結ばれていた。その、マリアは。

 

 

「……大丈夫かしら」

 

「大丈夫だよ。──マリアなら、必ずやり遂げてくれる」

 

 

 四人以外いなくなった必要の部屋の中で、死んだ分霊箱を前にハリーは今この時にも城を駆け回っているだろう兄弟と仲間たちを想った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 暗い廊下を足早に進む。共に透明マントをかぶるシェーマスがささやく。カロー兄妹の兄のほうがこの辺りを見回ってるはずだ──レジスタンス一勢はこれまで奴らと鉢合わせないよう戦ってきたのだ。現在のホグワーツについて、もっとも詳しいのはきっと彼らだ。もしかすると、二代目悪戯仕掛人たちよりも。

 

 

「ほんとうに、君と僕だけで──? マクゴナガルに連絡がいくまで待ってみても、」

 

「そんな猶予はないよ。そちらはパーバティとラベンダーに任せる。他の先生方のところへも騎士団のみんなが向かってる。アレクトのほうはネビルとディーンがどうにかしてくれる。──作戦首謀者の僕が、一番の危険どころを担当しなくちゃ、だろ?」

 

 

 ──見つけた。大柄な背中。荒々しい足取り。僕らの学舎を我が物顔で荒らすチンピラじみた男──アミカス・カロー。

 透明マントをシェーマスに譲って壁に背をつけながら近付く。相手は気付いていない。どころか、千鳥足だ。どこかで一杯引っかけてきた後らしい。 間抜け面でご機嫌に鼻を鳴らしている。それは良い夜だったにちがいない。ならば──夢心地のまま、ここでご退場願おう。ホグワーツは荒くれどもの酒場ではなく、子供のための学舎なのだから。

 

 

「ステューピファイ!」

 

 

 後頭部へと見事な直撃だった。アミカス・カローは簡単に落ちた。シェーマスが拍子抜けだと透明マントから顔だけ出して苦く笑った。

 

 

「我が寮の信条としては、不意打ちってのはどうかと思うけどね」

 

「決闘なんて一々してられないよ。僕ら、命を懸けてるんだから」

 

「君、ほんとにどうしてスリザリンじゃないんだい?」

 

「ハリーがスリザリンじゃないからだよ」

 

 

 ビターなジョークでにごしながらアミカスを縛り上げる。男の懐から杖を取り出し真っ二つに折って投げ捨てる。杖作りの皆さんには悪いけど……これが無力化には手っ取り早いんだ。

 ポケットの中のコインが熱を持った。ネビルからだ。ネビルチームも無事、妹アレクトの捕縛に成功したらしい。さらに、アンソニーやアーニーなど各自寮監の元へ向かっていた面々からも接触完了の旨が届いた。

 

 

「みんな──やってくれたんだ」

 

「伊達にダンブルドア軍団なんて名乗っちゃいないのさ」

 

「言うじゃないか、グリフィンドール」

 

 

 コインをにぎって、アミカスを適当な部屋へ放り込んでから行き先を変える。コインの連絡が届いたなら、ハリーたちも今に向かうはずだ────大広間へと。

 

 

「行こう、シェーマス」

 

「仰せのままに。勝利の女神様」

 

 

 夜はますます深まってゆく。

 

 

 

 ***

 

 

 

 大広間はすっかり人で溢れ返っていた。それもそうだ。全校生徒、全教師が揃っているのだから。──カロー兄妹とスネイプを除いて。

 

 

「ハリー・ポッター! それに──マリア・ポッター、あなたまで!」

 

 

 マクゴナガル先生が歓喜とも悲鳴ともつかない声をあげた。とっくに就寝していただろうに叩き起こされた生徒たちが困惑にざわめく。ハリーの登場に下級生がワアッと沸き立つ。

 静粛に────生徒の興奮を鎮めたのは、不死鳥の騎士団員として一早く駆けつけてくれたルーピン先生だった。

 

 

「ハリー、話があるんだろう?」

 

「──マリアからね」

 

 

 打ち合わせなんてなくとも通じ合った心のまま、ハリーがやわらかに僕を見た。うん──ここからだ。ここからが、僕の戦いだ。

 

 

「これから────ヴォルデモートがホグワーツにやってくる」

 

 

 そこかしこから悲痛な悲鳴があがった。何人かが泣き出した。震えて、へたり込んで家族の名を呼んだ。ひどい光景だ──ひどい有り様だ。こんなものを────僕たちが生み出した。

 

 

「ホグワーツは戦場になる。僕らは戦う。そして──君たちを、必ず逃がす」

 

 

 シン──と、嗚咽を残して広間中が静まり返った。

 

 

「このために準備してきたんだ。今から僕の言う住所を覚えて。僕が忠誠の術の守人だ。意味がわからない子は上級生に聞いてくれ。──これから、ある部屋へとみんなを案内する。その扉を開けば別の屋敷に繋がっている。たぶん、知ってる人は知ってる──姿をくらますキャビネット、てやつだ。拡大の魔法でキャビネットどころか大広間くらい大きな扉になってるけどね」

「屋敷にはアンドロメダ・トンクスという婦人がいて、君たちを迎えてくれる。その後のことはすべて彼女に任せてある。なにか不都合があればその人を頼ってくれ。僕が死ぬまで──その屋敷にいれば安全だ。なぜなら、」

 

 

 ひと呼吸。コリンを見た。コリンの弟デニスが兄へとしがみついていた。ジニーを見た。ルーナと共に杖をにぎっていた。

 

 

「キャビネットを通れるのは──成人未満の子供のみだ」

 

 

 ひとたびキャビネットを越えてしまえば、大人に子供たちを追うことはできない。死喰い人が子供たちを食い物にすることはできない。当然──大人である僕が駆けつけてやることもできない。だから、その先はアンドロメダと他の大人たちへと任せることにした。

 ダンブルドアがかつてハロウィンの夜に選定のゴブレットの周りへと張った年齢線──それがアイデアの元となった。

 

 

「未成年の君たちが渡りきれるまで────僕が必ず、君たちを護り通す」

 

 

 いつの間にか泣きすする声もなくなっていた。嘆きはぬぐい去られた。

 

 

「ただ──」

 

 

 唇を噛んで、不甲斐なさを噛み締める。あとすこし、時間はあると思っていた。そんなわけはないのに。いつだって、僕の思い通りに事が進んだことなんてないのに。希望ってやつはどこまでも甘く染み着いてくる。

 

 

「まだ、完成していない。術式は途中だ。だから、どうか──どうか、時間を。彼らを護りきるための時間を、稼いでほしい。大人のあなたたちに」

 

 

 面々の顔を見回す。ハリー、ロン、ハーマイオニー。ネビルにDAの仲間たち。不死鳥の騎士団員。先生たち。OBの人たち。──ドラコ。

 大人たちはまっすぐ僕を見てうなずいてくれた。

 

 

「成人済みの君たちはホッグズヘッドから姿くらましできるようになっている。そこまで自力で向かってもらわなくちゃいけないんだけど──」

 

「一緒に戦うには、どうすればいい?」

 

 

 次は僕が言葉を失う番だった。目が見ていた。目が──目が──生きようとする数多もの目が。

 

 

「死ぬかもしれないよ」

 

「もちろん」

 

 

 レイブンクローの男の子が当然顔でうなずいた。

 

 

「君たちのことまで、守れない」

 

「ポッターだけにこれ以上は背負わせられないわ」

 

 

 ハッフルパフの女の子がほがらかに笑った。

 

 

「──死ぬ気か?」

 

 

 赤いローブのその人が、胸を張って答えた。

 

 

「まさか! 僕たちは──生きるために戦うんだ」

 

「────」

 

 

 そうだ、そうなんだ──共に七年を過ごした彼らも、ダンブルドアから等しく立ち向かう意志を継いでいた。弱者じゃない。もう──大人だ。自分の未来は、自分の生き様は、自分で決める。

 

 

「死んでしまうかもしれない。その可能性は高い。これは授業でも遊びでも決闘クラブでもなく『戦争』だ。手加減なんてものは存在しないんだ。だから、もしも、この中に死ぬ気で戦おうなんて思ってる人がいるのなら──そう、君たちのことだよ、グリフィンドール。いいかい、それは──ぜったいに、だめだ。残るな。許さない。君が死んだとき、生き残った人間に後悔を、罪を背負わせるんだということを理解した上で、杖を取ってくれ。逃げることは恥じゃないし、誰もそれを責めることはできない。残る人も、去る人も──どちらも尊重されるべきだ」

 

 

 うつむいていた緑のローブの人たちを見る。逃げていいんだ。臆病でいいんだ。君たちにとって譲れないただひとつのためだけに──戦ってくれ。

 

 

「ここから先は、自己責任だ」

 

 

『自己責任』

 ひどい言葉だ。──君の言葉だよ、ドラコ。

 

 承諾を示して、各自がいっせいに動き出す。マクゴナガル先生が杖を振って城全体へと唱える。ピエルトータム・ロコモーター。フリットウィック先生が護りの障壁で城を包む。キングズリーを中心に不死鳥の騎士団メンバーが配置を開始する。二代目悪戯仕掛人の三人組がピーブスを協力につけようと走り出す。ハグリッドがグロウプを呼びつけるため大きな一歩を踏みしめて────

 

 

「ハリー・ポッターを差し出せ」

 

 

 場は、凍り付いた。

 

 

「お前たちが戦う準備をしているのはわかっている。──ハリー・ポッターを俺様へ差し出すのだ。さすれば、お前たちのことは見逃してやろう」

 

 

 声だ。轟音ではない。一人一人の耳へ──脳へ直接ささやくような──声。

 ふと、僕はなつかしい気持ちになった。それは、僕の額に傷があった頃、魂へとささやきかけてきた哀れな男の声だった。

 

 

「俺様とて、魔法族の貴重な血を無為に流させたくはない。お前たちを殺したくないのだ。真夜中まで待ってやる。──ハリー・ポッターを捕まえ、俺様の前へと連れてくるのだ」

 

 

 時が停まってしまったようだった。呼吸すらおさえて誰も微動だにできなかった。だから──

 

 

「──さて、このありがたい提案に賛成の人は?」

 

 

 動こう。僕が動こう。リーダーシップだとかきれいな感情じゃない。その責任が、僕にはあるのだから。

 もう一度、広間にある顔を見回す。怯えている。迷っている。思考を放棄して目を瞑っている。邪魔な僕をにらんでいる。──ハリーを見て、希望を託そうとしている。

 

 

「ポッターを差し出してる暇があるのなら、さっさと避難してしまいたいわ。戦争とかくだらないもの。アンタたちだけで勝手に盛り上がって勝手に犬死すればいいのよ」

 

 

 パンジー・パーキンソンだった。僕とハリーを心底から嘲笑って、名誉よりも保身が重要だとどうどうと述べてみせる。スリザリンの仲間たちへと同意を求めて微笑んでみせる、立ち上がれない彼らへ──自身こそが逃げ道の象徴となろうとしている。

 君って──ほんとう──君たちの戦い方は、実にブレなくて最高だ。

 

 

「六年生までの子たちは僕が責任持って避難させます。七年生の君たちは──スラグホーン先生、あなたに案内と護衛を頼みたい」

 

 

 流汗淋漓の様でいたスラグホーンが信じられないと僕をあおぎ見た。グリーングラス邸での騒ぎにいた彼だ。自身がどちら(・・・)に近いか、当然、僕らが知っていることを知ってるだろう。──だからこそ。

 

 

「『彼女』は生きると決めましたよ」

 

 

 スラグホーンの目に理性が戻った──気がした。

 

 

「……私とて一介の教師、引率くらいはできて当然だとも。ついてきなさい、スリザリンの君たち。その次がレイブンクロー、ハッフルパフ、グリフィンドールだ。──残りたいものは、残るように」

 

 

 スラグホーンが歩き出したことで停まっていた時間が慌ただしく回り出した。どさくさに紛れて大人たちに混ざろうとしている子供の腕を捕まえる。

 

 

「ああ、マリア、お願い」

 

「ダメだ。未成年は例外なく避難だ。ジニー、もちろん君もそうだ」

 

「あたし、残るわ!」

 

「ジニー!」

 

「だって──まだ、アイツのことをボコボコにしてやれてないんだから!」

 

 

 ジニーの癇癪につられそうになる心を落ち着けて、怪訝に眉根を寄せた。ジニーは茶色の瞳を敵意でキラキラさせながら続けた。

 

 

「スネイプよ。マリアをたくさん傷付けたあの男を──ぜったいに許さないって決めたんだから」

 

「ジニー……」

 

 

 少女の愛は強烈で、どこまでもまぶしい。

 

 

「スネイプは、ここにはいないよ」

 

 

 大広間にスネイプの姿はない。それが答えなのだ。──僕は諦めない。

 

 

「ジニー、そしてルーナ。君たちにはアンドロメダさんの手伝いをお願いしたい。死喰い人のほとんどは大人だけど──もしもがあるかもしれない。そのとき、ダンブルドア軍団である君たちに子供たちを守ってほしいんだ。それは、ここにいる大人にはできない仕事だ。とても重要なことなんだ。──任されてくれるかい?」

 

 

 大人のごまかしだと二人には結局見透かされていただろう。それでも、少女たちはうなずいてくれた。しょうがないわね、なんて、それこそ大人顔負けの大人っぽい顔で。

 

 

「すべてが終わったら──君が殴ってやってよ。あの大嘘つきを」

 

 

 僕の代わりに。

 

 

「いいわ、任されてあげる。……ひとつ向こうで、一緒に戦うわ」

 

 

 一年生から六年生まで、四つの寮を束ねての大移動を開始する。護衛にはナギニ打倒のため体力を温存する方向で決めていた三人組がついてくれた。ドラコは。

 

 

「──あのバカどもの姿が見えない」

 

「え?」

 

「この騒ぎだってのにまだ寮で眠りこけているのかもしれない。……あのウスノロどもめ」

 

 

 ウスノロと、手酷く称しながらもその目は如実に相手を案じていた。ああ、そうか、君──

 

 

「だから、一人でいたんだ。ずっと」

 

 

 子分の一人が悪霊の炎へと呑まれゆく様を、彼は忘れずに抱え続けていたのだ。

 

 

「いっておいでよ」

 

「マリア」

 

「君一人抜けた程度で、戦力差なんて今さらだもの。好きにすればいい。……卑怯ものでお人好しのマルフォイ」

 

 

 てきとうに手を振って、八階へ向けて一年生や二年生を支えながら階段を上がる。振り返りはしない。好きにすればいいんだ。臆病者の君は──勇敢に死を選んだりなんてしないと知っているから。

 

 君を信じてる。──僕のドラコ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ハリー・ポッターの天敵はドラコ・マルフォイである。その真実を知るのはこの世界ではただ二人、ドラコとマリアのみだ。──否。イレギュラーは三人いた。

 

 

「まさかここまでしぶとく生き残るだなんて」

 

「まったく同じ言葉を返そう。──ノット」

 

 

 セオドール・ノット──とんでもない反則技で一種の未来を知った狡猾なる蛇。彼が杖を手にドラコの前へと立ちふさがった。かつての子分たちを叩き起こし無理やりホッグズヘッドへと連れ出した帰りのことだった。(ウスノロの元子分たちは親繋がりしかなかったその人が自分を容赦なく殴り付けて起こしたことに大層驚いていた。)

 

 

「アステリアは元気かい?」

 

「気安く彼女の名を呼ぶな。穢れる」

 

「ひどい嫌われようだ。困ったな──君にいつまでも生きていられると計画がくずれる」

 

 

 互いに決闘のスタイルを取る。許せるはずがない──マルフォイの人間は自分のため、保身のため、権力のために媚売りもローブ持ちも犬の真似だってプライドをかなぐり捨ててこなしてみせるが、身内に含んだその人への悪意だけは許さない。

 

 

「──アステリアに、僕の名を使ったな」

 

 

 どこまでも最愛に残酷だったこの男を──憎まずにはいられない。

 

 

「アレはそこまで君に話したのか」

 

「お前はアステリアと僕が懇意の仲であることに目を付けた。彼女の優しさを利用した。──その身を帝王へ捧げれば僕の命だけは保証すると契約を持ちかけたんだ。ゲスが」

 

「オイオイ、君が言えた口か? どうせ同じ穴の狢だろうに。なあ──スリザリンのマルフォイ」

 

 

 スリーカウントも捨てて呪文が飛び交う。セオドールは容赦なく唱えた。──『アバダ・ケダブラ』

 

 

「お前……」

 

「僕は許されざる呪文だってためらいはしないよ。人を殺せる。君を殺す。──さて、死の呪文を覚えた僕の杖に、その真っ白で赤ん坊みたいな杖はどこまで持ちこたえられるかな」

 

 

 打つ──打つ──打つ──『彼』の瞳のような緑が稲妻のごとく飛び乱れる。ドラコは己の脚力だけで避けて回りながら歯軋りした。ああ、まったく、これだから──

 

 

「馬鹿の一つ覚えはタチが悪い!」

 

 

 そして、足元を自ら爆破させて飛び上がった。衝撃を上乗せして彼へと振り下ろす。────拳を。

 

 

「ッハ──!?」

 

 

 セオドールは吹っ飛んだ。ドラコの正拳によって。セオドールは非常に混乱の極みにあった。だって、あいつ、魔法使いなのに!

 そのまま、セオドールの杖を奪いあげたドラコはフルガーリによって男を縛り上げた。この時代ではまだほとんど使われていない魔法だ。こいつに反対呪文はわかりやしないだろう。

 馬乗りにのし掛かり、あの夜と同じくセオドールの喉元へと杖先を差す。もう、ここにドラコの凶行を止める『彼』はいない。

 

 

「いいか、クソガキ。よく覚えておけ──拳は時に、杖より強い」

 

 

 散々、ポッターとグレンジャーの『マグル混じり』にしてやられてきたドラコだからこそ言える言葉だった。それはもう──苦い思い出と共に。

 

 

「戦いが終わるまで寝てろ」

 

「僕を殺さないのか? 臆病者め。どんなに抗ったところでこの戦争は君たちの敗けだ。未来の僕がそう言ったんだ」

 

 

 自信満々にせせら笑うセオドールへと、ドラコはまったく同じ笑みを浮かべた。自分自身に翻弄され狂わされた男へと、めいっぱいに憐れんでやった。

 

 

「いいや、ポッターが勝つ。絶対にな」

 

「…………」

 

「君たちの敗因を教えてやろう。英雄気取りの厄介さを知らなかったこと。未来はただ一つだけだと思い込んだこと。そして、これがもっとも大きな要因だ。──ネビル・ロングボトムをあなどったこと」

 

「なに────」

 

 

 まったく思いもしなかった名に目を見開いたところで、セオドールの意識は落ちた。杖を振って適当な部屋へと男を放り捨てたドラコは、イトスギの杖を撫でながら答えた。

 

 

「殺しはしないさ。この杖にそんなことはさせられない。──『それ』は、僕だけのものだ」

 

 

 

 ドラコ・マルフォイは罪を犯した。置き去りにした場所で──罪を犯した。

 

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