マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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 思えば、ヒントははじめからあった。ルシウス・マルフォイの趣味であったとされる、蒐集された呪具の数々。私はそれを闇祓いの一人として何度か押収したことがあるし、直接触れて確かめもした。とても白日のもとへ晒すにははばかられる品ばかりがマルフォイ邸の地下には眠っていた。

 なお、これらはマルフォイに限った話ではない。大抵の純血の家には代々継がれてきた秘密が隠されているものだし──たとえばノットなら時を戻すための研究、マールヴォロなら蛇舌やぺベレルの指輪といった類だ──マルフォイとは特に接する機会と秘密が多かったというだけのこと。

 

 マルフォイ本邸の地下には、いにしえから築かれてきた彼等のみが識り得る魔法が秘されている。──その様子はまさしく。

 

 

「禁術」

 

 

 ドラコの手からイトスギの杖を受け取る。ドラコは青白い肌でゆるりと笑むと、呆気なく杖を手放した。間近から見上げるその人は処刑台へ向かう罪人のような顔をしていた。

 

 

「君は言った。クリスマスの朝に──僕が(マリア)であることに怯えたあの日、僕に向かってこう言ったんだ。どうしても受け入れられないのなら、その時は────禁術でも使ってどうにかしてやる(・・・・・・・・・・・・・・・)、て」

 

 

 大袈裟だと思った。臆病者がずいぶんなうそぶきっぷりだと笑った。──彼は『本気』だった。

 

 

「あれは冗談なんかじゃなかった。その言葉の通り、君はとっくに触れていたんだ。──『禁術』に」

 

 

 今さらになって迷い、ためらいを見せる手を僕から掴む。冷たく緊張した手だ。浅ましく震え、行き場をなくしてしまった手だ。

 逃がさない────僕も、もう逃げない。

 

 

「この世界を作り上げたのは君だろう? マルフォイ」

 

 

 ぼろぼろだって美しい僕の死神は、ようやく握り返して、観念したようにうつくしく笑った。

 

 

「アステリアに、会いたかったんだ」

 

 

 血の気を失った唇がうたう。

 

 

「もう、ここで死んでしまうのだとしたら──どうせ死ぬのなら、もう一度だけ、生きる彼女の笑顔が見たかった。思い付く未練はそれだけだった。──すべてを、やり直したかった。私はその方法を識っていた」

 

 

 マルフォイが秘める禁術──並大抵でない対価を支払って、それでも成功するかわからない命を懸けた古代魔法。

 ハリー・ポッターの魂は、それに懸けるに十分足り得た。

 

 

「この世界は奇跡だ。君の骨と肉、そして僕の血と欲で作り上げた脆い奇跡だ。君の遺体を踏みつけにして重ねた希望なんだ」

 

 

 あんまりにも彼が細く握りしめるものだから、杖を持っていた片手で迎えて、両手の中へと彼の手を包んだ。

 

 

「少しでも彼女の生命を延ばしたかった。彼女との日々を延命したかった。そのためならば君を利用しつくしてやろうと考えた。どうせなくなる命なら、僕が貰ってしまおうと思ったんだ。すべては彼女と僕のためだった。──そのはずだった」

 

 

 告解にいっぱいいっぱいで、もう手を伸ばす勇気はないらしい彼に代わって僕から男の背へと腕を回してみる。成人したって薄い背中だ。儚い人だ。こんな薄っぺらな身の中に、なんてものを隠し持っていたのだろう。

 

 

「こんなはずじゃなかった。君を──君が、こんなにも近くにいるだなんて。君に触れられるだなんて。それを、君が──ハリー・ポッターがドラコ・マルフォイを許すなんて」

 

 

 ぐしゃりと背の服を取られる。すがられる。知っている。ドラコ・マルフォイは脆い。

 彼を生かすのはいつだって虚勢だ。ハリボテの希望だけで彼はここまで堪えてきたのだ。

 

 

「計算が狂った。──手放せなくなるなんて、思わなかった」

 

 

 弱虫で、意気地無しで、臆病者で、卑怯もののマルフォイ。私を殺した君。──かわいいひと。

 

 

「そして、先のない私と心中したのか、君は。────バカだなあ」

 

 

 ドラコを抱いたまま崩れ落ちる。とっくに服なんて互いにボロきれ同然だというのに、のんきに頭の片隅でズボンが汚れるな、なんて呟いていた。それから、シャツには君の涙と鼻水も追加だ。

 

 

「君のことばかり考えていた。生き残った男の子──ハリー・ポッターの名を聞いた日から」

「なぜなら、目的を遂げるまで僕は君をうしなうわけにはいかないし、君には魔法界の命運がかかっている。なにがなんでも『ハリー』を手に入れたかった。アステリアのために。僕のために」

 

 

 地面に座り込んで、駄々をこねる子供みたいな君の背を撫ぜる。

 

 

「アステリアと同じくらい、君がほしくて、君が必要で、そればかりが僕を支配していて、頭をめちゃくちゃにされた」

 

 

 なんて、どうしようもない。どうしようもなく欠陥だらけだ。なんて────愛しい。

 

 

「君への執着に、とうとう愛なんて名前がついてしまった」

 

 

 ドラコ・マルフォイは愚かだった。なまじ、さかしらに振る舞うことを覚えてしまった彼は、感情が生き物であることに死の間際を越えても気付けなかったのだ。閉心術に長ける男は、自身の理性なんて丸呑みして膨れ上がる化け物じみた本心から目をそらし続けた。……そのうちに、手遅れになってしまった。

 

 

「君と友であれることが、しあわせだった」

 

「うん」

 

 

 ひんやりとした体温とハリー同様平均より高めの僕の体温がなじむ。死者を悼む学舎は静かで、森の中は暗くて、夜明けはまだ空の向こうにあって──今このとき、大地で呼吸をしている人類は僕ら二人だけのような心地になっていた。

 

 夢のようだった────魔法のようだった。

 

 

「──いつ、思い出したんだ」

 

 

 かすれた声で彼がささやく。

 

 

「わからない。今もまだ、はっきりとはしてないんだ。ほんとうはずっとずっと前から理解していたような気もするし、ついさっき、君を見てそこへ至ったようにも思う。──そんな君は、いつ、『君』であることを思い出したんだい?」

 

 

 土に混じって彼のにおいがした。毛先が残バラになったって頬をくすぐるそれはやわらかくて優しくて綺麗だ。

 落ち着くにおいだ。落ち着く温度だ。

 

 

「思い出してなどない。最初から──ドラコ・マルフォイとしてこの世界で生を繋げたその時から、僕は僕だった」

 

 

 いっそうつよく身を抱かれる。隙間なんて存在しなくなるように。そうしなければ形を保てないのだと云うように、ドラコは僕を捕らえ続ける。

 

 

「ずっと僕を待っていたの? マダム・マルキンの洋装店で出逢うまで?」

 

「ああ。ただ『生き残った男の子』の噂を聞くだけでは、この世界の君がどう記憶を継いでいるかわからなかったから。……けれど、君は覚えていなかった。どころか、ハリー・ポッターですらなかった。──『君』が本当の願い(・・・・・)を思い出した時、それがリミットだと僕はマリアを見て理解したんだ」

 

 

『僕』とも僕ともちがう真っ直ぐな髪をすいて、穏やかに笑い声をあげる。つかの間を噛み締める。世界が息を潜める中、ただそこに身を寄せ合うだけのハリー・ポッターとドラコ・マルフォイがいる。

 

 

「ああ、なるほど。あれは鎌かけだったのか。……ほら、君、僕に確認を取ったじゃないか。僕の記憶がどこまであるのか。──僕を真相から遠ざけるために、君はなにも知らないふりをしたんだ。僕の代わりにこの世界について調べておこう、だなんて────うそつき」

 

 

 頬と頬を擦り合わせて、手と手を絡めて、目と目を合わせて──笑う。

 

 

「いくのか、ハリー」

 

「ああ」

 

「とどまってはくれないのか」

 

「君の云う『リミット』だからね」

 

「僕の言葉は届かないか──愛してると今ここで泣いてわめいても、君は受け取ってはくれないのか」

 

「受け取らないよ。すべて、置いていく」

 

 

 アンソニーの恋も、君の愛も、ジニーへの誓いも、ロンとハーマイオニーへの悔いも、スネイプとの復讐も、チョウからの怒りも、喪った人たちとの思い出も、マリアを愛してくれた人たちの懇願も。

 この世界で受け取ったものすべてすべて置き去りにして、痛みだけを抱えてこの身一つで向かおう────ハリーのもとへと。

 

 (ハリー)が背負うものはいつだって大きすぎるから、(マリア)は空っぽであるくらいがちょうどいい。

 

 

 だから。

 

 

 

「ドラコ──────君が好きだ」

 

 

 

 この感情も、君に刻んで僕は手放そう。

 

 

「マリア・ポッターとして生きたハリー・ポッターは、ドラコ・マルフォイを愛している」

 

「──待ってくれ」

 

「君が好きだよ、ドラコ。ジニーに負けないくらい。ジニーと同じくらい。君に殺されたって──笑えるくらいに」

 

「やめてくれ」

 

「愛してる。友として愛してる。たった一人の共犯者を愛してる。卑怯な君を愛してる。うそつきな君を愛してる。『僕』を見て泣いた君を愛してる」

 

「いやだ、ハリー。それは酷すぎる。むごすぎる」

 

「恨めばいい。憎めばいい。そうして君は永遠に僕のことを忘れられなくなるんだ。感情ごと僕に縛られてしまえ、ドラコ・マルフォイ。──『僕』を、君に背負わせてあげる。僕の愛したひと」

 

「────ッ」

 

 

 声もなく絶叫するドラコを突き放す。立ち上がって、振り向かない。もう、振り向かない。マリアとドラコの物語は────ここで終わる。

 

 

「それが、私を殺した君へ僕から贈る愛情(しかえし)だ。英雄を愛してしまった悪党(マルフォイ)

 

 

 歩いた。歩いた。視界がゆがんだ。それでも歩いた。

 つまずいたって構わない。光なんてないから、目だって見えなくていい。声だってなくていい。耳だって────

 

 

「う──ぅ、あ、あ、ああ、ああああぁ……ッ」

 

 

 愛する人の声が届かなくなるまで、僕は歩いた。

 

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