「僕たちは一緒に生まれてきた。二人で人生を始めた。それなら──最期だって、二人で終わるのが道理だとは思わない?」
始まりと終わりのスニッチへ口付けようとしていたハリーは、そしてゆっくりと瞳を開いた。きれいな緑が木々の陰をすべて払ってまっすぐに僕を射抜いた。
「マリア」
「あれ、驚かないんだ」
「君はそうだと思ったから」
歩先を進めてハリーの隣へと並ぶ。彼の持つスニッチを片手ずつ取る。ハリーの手にマリアの手が重なる。
「ハリー」
「なぁに、マリア」
「こわくはないの」
「こわいよ」
「くやしくない?」
「くやしいよ。とっても」
「さびしいだろ」
「さびしいね」
「ひとりはいや?」
「うん────いやだ」
ハリーと額を預け合って、プリベット通りの物置部屋で二人きり、毛布をかぶってナイショの遊びをしていた頃のように、ひっそりと笑い合う。そこに英雄のハリーはいなかったし、みんなのマリアはいなかった。ただのちっぽけなハリーとマリアだけだった。
二人だけで始まった旅は、いつの間にか三人になっていた。五人になった。十人に増えた。大勢へと変わった。抱えきれなくなった。僕たちが繋ぐ手の先は互いではなくなった。それでも────僕らの始まりはふたりぼっちだった。
「言ってよ」
「マリア」
「僕に望んで」
「マリア」
「ハリーはマリアにどうしてほしい?」
「マリア」
「僕に、どんなふうに共にあってほしい?」
「マリア」
「僕を望んで。ハリー」
「マリア────僕は」
ぐしゃりと。緑が歪む。二人分の指を絡めて、繋いだ手の中へとスニッチを落とす。
ハリーからその言葉を受け取れるのは、きっと世界中を探したって僕だけだ。空っぽのマリアだけだ。──僕だけのものなんだ。
「マリア、一緒に死んでくれる?」
喜んで。──そう答える代わりに、ハリーと同時にスニッチへとキスをした。
──────思い出した。
「ハリー」
私が死の際に願ったこと。ようやく思い出せた。いいや、初めから知っていた。私とマルフォイは同じだった。──だから、私は、『子供』であろうとした。
目を背けて、なにも知らないように振る舞い、ついには自分すらも騙しきった。我が儘にわめいて、子供の無謀さと有り余る未来に身勝手に懸けようとした。
「よくがんばったね、ハリー」
私はあなたたちを救いたかったわけじゃない。あなたたちは間違いなく死者なのだから。それはあなたたちの勇気と生き様への冒涜なのだから。ドラコの言う通りだ。守れなかっただなんて──力のない僕の後悔は、思い上がりとあなたたちへの侮辱でしかなかった。
「父さんは誇らしいよ」
「もちろん、母さんもよ」
「さすが私の名付け子だ」
「そして私の教え子だね」
ハリーと呼んで、微笑んでくれる人たち。家族すら知らない、ドラコだけが呼べた名前で僕を呼んでくれる人たち。
「ハリーってやっぱりすごいよ」
「だろう? なんたって魔法界の希望だからな。はじめて穴熊の優等生さんと意見が合ったもんだ。ジョージが嫉妬しちまうぜ」
「フン、ただの無謀な愚か者だ。そうして英雄かぶりを持ち上げるのはいっそ罪深い行為であろうよ」
「なんだって? 私の息子に何が言いたいのかな、スネイプ?」
「ジェームズ! セブをにらまない!」
「シリウス、君も唸るんじゃないよ」
「ポッターの皆さんは仲良し! ドビーはそう思います」
「ホッホ、ホーゥ」
「おおい、見ろよ、あれ。ヘドウィグのあのバカを見る眼差し。人間様を完全に見下していやがるぜ、アイツ……」
ああ。ああ。ああ。耳をふさいでしまいそうになる。
知っていた。知っているとも。誰よりも、私こそが。
死者を蘇らせたって幸福には程遠い。ぺベレルの物語がそれを示していたのに────僕は、記憶を拒んで足掻こうとした。
私は死者に手を差し伸べるのでなく、可哀想なあの子を置き去りにしたくなかっただけなのに。
「ハリー」
言葉なく、うなずく。誰の声にも答えずに、ただ見つめる。きっとハリーが見るあなたたちと僕にとってのあなたたちはちがうから。
ハリーと手を繋いで、消え入るように問う。
「「一緒にいてくれる?」」
「最後の最後まで」
答えたのは父さんだった。僕と──ハリーの父さんだ。
緑と見つめ合う。歩き出す。「そばにいて」ハリーがマリアへとささやく。マリアがハリーへとささやく。
「ねえ、ハリー。どうして君が兄さんなの」
母さんがそっくりの目をパチリとまたたかせた。
「マリアが僕に泣いたからだよ。──死にたくないって、君、泣いたんだよ。きっとおそろしい夢を見た後に」
「そうか」
「そうだよ」
「覚えてないや」
「そうだろうね」
父さんが僕ら二人を抱きしめようとして腕を広げた。あっさりとすり抜けてしまった。まだ、触れられやしないとわかっているくせに。困ったひとだ。
「マリア、傷はいたむ?」
シリウスが忌々しいとばかりにスネイプをにらむ。もしかすると、あんな呪文をお前が創作したばかりに! なんて思っているのかもしれない。こちらもまったく、困ったひとだ。
「いたいよ。……なんだか、嬉しそうだね?」
「そう見える?」
「うん」
「バレたか」
「嬉しいんだ?」
「きっとね」
フレッドが気が触れてるぜ! と下品なポーズして、セドリックからたしなめられていた。ルーピンからもしっかりと叱られていた。ヘドウィグがベシリと羽でフレッドをビンタした。
「僕──きっと、君に僕の傷が残ってしまったこと、ほんとうは嬉しかったんだ。だからこそ、後悔した」
「むずかしい話だ」
「君がわざとケロイドを癒さなかったことと同じだよ」
「そうかな」
「そうだよ」
しだれた木々が空けて、見えた。かつてはアラゴグの住処であった洞穴前にて、ヴォルデモートと何人かの下僕たちが『生き残った男の子』を待っていた。側には恍惚と主を見上げるベラトリックスと冷たい眼差しのダフネ・グリーングラスがいた。父親であるグリーングラス氏の姿はなかった。おそらくアステリアを逃がした責任を取らされ殺されたのだ。父と妹をうしなった女は、変わらず凛と顔を上げていた。
ハリーと繋いでいた手をほどく。中にあった蘇りの石が地へと落ちる。死者たちが消える。生者だけの世界へと戻る。
恐怖の象徴であった男を前にして、僕はすっかり穏やかな心地でいた。もうどこも痛くなかった。苦しくなかった。彼への恐怖は打ち消された。──ただ、傲慢な憐憫の感情だけが胸を締め付けていた。
ハリーと隣り合って並び、真っ直ぐに男を見る。男がニワトコの杖を振り上げる。禍々しくて美しい緑が緑をつらぬく。
「──なぜ、逃げない」
力を失ったハリーを抱き留めて、静かに横たえた。そのまま、丸腰のまま立ち上がる。ヴォルデモートの前へと立ち続ける。
「お前の弟は死んだ。お前たちの英雄は死んだのだ。俺様に慈悲を乞え。命乞いをしろ。無様に泣いて逃げ回れ。────なぜ、お前はここにいる」
同じ、死を抱く杖をあなたへと指して。
「あなたを憐れむためだよ。──かわいそうなトム・リドル」
ハリーの目の色をした光がマリアを焼いた。