マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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マリア・ポッターと死の秘宝【完】

 

 少女が立っていた。深くて赤い髪だ。栄養の足りていない細い身体だ。ホグワーツの男子制服を着て、佇まいが男性風な女の子だ。ハシバミの瞳を持った──そのひと。

 

 少女が立っていた。

 

 

「少し歩こうか。ハリー」

 

 

 トムを抱きながら、マリアは笑う。僕の顔──いいや、彼女の顔で。腕の中にあるトムは依然と光を厭がりながら、哀れっぽく、浅ましくうめいていた。それだけで僕は生理的嫌悪から顔をしかめてしまった。しかし彼女は何食わぬ顔でトムを抱え続けた。

 

 

「君は──マリア・ポッター?」

 

「そうだよ、ハリー・ポッター」

 

「どうして……それじゃあ、僕は────」

 

 

 ──ゾッと。おそろしい真実に行き着いてしまった気がした。

 

 マリア・ポッターは存在した。僕でないマリア・ポッターが確固たる自己を持ってマリアであると答える。十七歳の少女こそがマリアなのだと突き付ける。

 ならば、僕は────(ハリー)は。ずっと。彼女を。

 

 

「僕が、君を────殺していた?」

 

 

 ゆるりとマリアは首を振った。

 

 

「いいや、それはちがうよ、ハリー。僕はずっと、君と共にいた」

 

 

 談話室を出る。グリフィンドール塔を支える螺旋階段の先は、煌々としていてなにも見えなかった。真っ白だ。

 

 

「君と共にあったんだ。君と一緒に成長していた。そうだね……不本意だけど、僕たちも『ハリー』と同じように互いの分霊箱のような状態だったんだ。それをケンタウロスは呪いと呼んだ」

 

「ちがう!」

 

 

 咄嗟に。叫ぶ。光を受けるマリアの目は優しかった。

 

 

「呪われているのは君だ! そして君を苦しめる呪いは僕だ! その話がほんとうなら、僕こそが君にとってのヴォルデモートだった──」

 

 

 受け入れられるはずもなかった。女としての僕なんて。だって、女の子のマリアはいるのだから。──僕は、マリアに巣食った『よけいもの』でしかなかったのだから。

 考えるべきだった。マリア・ポッターなどと呼ばれたその日から。僕は疑いようもなくハリーで、ならばマリアとはなんなのか──ハリーに上書きされたマリアはどうなってしまったのか、と。

 

 

「どうして、僕が『マリア』だったんだ──?」

 

 

 ひとつ、ひとつと彼女が階段を下りる。光が強くなっていく。ぐずるトムは彼女の腕の中で怯えるみたいに息をつめた。

 

 

「元々、僕たちはたったひとつの身体に二つの魂を持ついびつな状態で生まれた。身体はひとつなのにどちらもが意志を持って生きるわけにはいかなかった。だから、いずれマリア・ポッターとしての主導権がどちらであるかは決められなければならなかった──」

 

「そして僕が君から主導権を奪った! 正統な持ち主である君から!」

 

「ちがうんだ。ちがうんだよ、ハリー。ハリーであるか、マリアであるか────決めたのは、ドラコだ」

 

「────」

 

 

 マリアは光の中に立ち止まる。トムがいっそうヒンヒンと泣く。あわれに泣く。乞うている。──そんなものは、もう、どうでもいい。

 

 たったひとり、すべてを知り、なにも知らなかったその人が。

 

 

「『僕』をこう呼んだ。────ハリーと」

 

 

 はじめて逢った再会の日に、姿形、性別、名前、存在、人生、そのすべてが別人であるマリア・ポッターを指して、創造の大罪人は呼んだ。定めた。──お前はハリー・ポッターであると。

 マリアを得たハリー・ポッターのもうひとつの物語が、彼の言葉によって始まった。

 

 

「そんな、ことって────」

 

 

 マリアと共に立ち止まって、しかしどこまでも優しい眼差しの彼女を見ることができなくて、なんだかもっと汚いものでないと赦されない気がして、自然と目の先は醜い赤子へと落ちていた。彼女を前にしたトムと僕は、たぶん、そっくりだ。

 

 

「そんな顔しないでよ、ハリー。むしろ僕は君に謝りたいくらいなんだ。僕が不安定だったせいで、君はそこにいない僕に振り回されるかたちになってしまった」

 

「どういうこと?」

 

「言っただろう。君と共に成長していた──て。君が──いや、その肉体が十一歳であったとき、僕もまさしく十一歳だったし、十五歳の頃には僕だって十五歳だった。君はとっくに大人なのに、君の精神を子供のように揺さぶり続けたのは僕だ。僕の悲しみが、僕の不満が、僕の怒りが、いつだって君を道連れにした。──僕の代わりに、君が泣いてくれた」

 

 

 大人のまま比較的冷静であったドラコに比べ、マリアが不安定で感情的で年相応であり続けた理由。それは、マリアだからこそ(・・・・・・・・)だ。ハリー・ポッターでなく、マリア・ポッターだったからだ。

 

 

「ああ、でも、これだけは弁解させてくれよ。──シリウスに泣いたのは君だ、ハリー」

 

 

 慈しんで。不平等を知らない顔で。呪いとも云える子供を背負って。

 なにものにも侵されずまっさらであり続けるマリアに、ぐずぐずと心が悲鳴を上げる。

 

 

「──結局」

 

 

 ふと、ダンブルドアはいってしまったと気付いた。談話室にはもうだれもいない。真っ白な世界をさ迷うのは僕とマリアとトムだけになっていた。

 

 

「結局、僕が君の人生を奪ってきたのには変わりないじゃないか。君は怒るべきだ。憎むべきだ。君を奪った僕を──」

 

「おかしなことを言うね。どうして自分(・・)を憎めるっていうの?」

 

「え──?」

 

 

 カツン。革靴が歩みを再開する。先はまだ見えない。

 

 

僕は君だよ(・・・・・)、ハリー。僕はマリアという名前を得た()だ。ハリー・ポッターでも英雄でもない()だ。この子を連れてゆくために君によって作られた()だ。ハリー・ポッターはマリアの創造主なんだ」

 

 

 だから。マリアはうつくしく(ハリー)を責め立てた。

 

 

「ハリーでなくマリアが死を抱き締めるのは当然なんだ。──そうあれと、君が創ったのだから」

 

 

 分かつ男女の子供。元はひとつの子供。少女は寄り添うだろう。闇の帝王を打ち破る力を持った者に、少女は死するときまで付き添うだろう。彼女は死を抱き締めるだろう──

 

 

「ああ……」

 

 

 一方が生きるかぎり、他方は生きられぬ。分かつ子供たちは、同時には生きられぬ。

 

 

「トレローニーの予言は、僕と君のことだった」

 

「その通り。ハリーとマリアのことだ。──君と、僕だ」

 

 

 トムを大事そうに抱き直して、マリアは僕へと詰め寄る。

 

 

「僕から存在意義を奪わないでくれ。マリアを生み出した(ハリー)から否定されることは、マリアにとって完全なる死を意味する。ほんとうの死だ。──僕を無いものにしないで、ハリー」

 

「マリア」

 

「かわいいハリー。愛されたがりの僕。僕をマリアとして作った君なのだから、最期まで、君のためにあらせて」

 

「そんなの、ひどい」

 

「そうだよ。君ってひどい。それでも、僕は君を愛するよ。マリアはハリーをなによりも愛する」

 

「──そう、僕が創ったから?」

 

「そう、君が望んだから」

 

 

 なんて自分勝手だ。残酷だ。傲慢だ。我が儘だ。なんて────僕らしい。

 

 

「マリアはそういう存在だ。そうだな──ハーマイオニー風に言うなら、君がそうプログラミングして僕を作ったんだ。マリアはなにがあろうと(ハリー)の味方だし、君を肯定するんだ」

 

 

 僕が僕を嫌いながらも『ハリー』を心から愛せたのは、たったひとりの兄弟だからではない。──マリアが、僕の感情すらも呑み込んでハリーを愛してくれたからだ。それが僕まで伝わっていたんだ。

 兄弟(マリア)がいるハリーが羨ましいだなんて、滑稽な嫉妬だった。僕にだってずっとずっと──マリアがそばにいてくれたのに。

 

 

「ずるいな、僕は」

 

「まったくだ。けれど、ハリー、どうか後悔はしないで。(マリア)を認めて。受け止めて。その上で────僕を悔やんでくれ」

 

 

 そしてマリアははじめて瞳に彼女だけの感情を乗せて告げた。

 

 

「僕のハリー。僕は、君の永遠の傷になりたかった」

 

「マリア……」

 

「僕に愛せと乞いながら君ではないものを救うために僕を創った君。この子のために死ぬ君を作り上げた君。──すべては君の祈りと偽善のためにあった(マリア)の、唯一の願いがこれだ。君だけが僕を知っているし、君だけは僕を忘れられないんだ」

 

 

 光の先が見えた。開かれた扉があった。命の階段は残り十一段になっていた。

 

 

「どうしても、代われないんだね」

 

「君がハリーである限りね。この子は君にとって恐怖の象徴だ。君に『不可能』を突き付けた存在だ。君に敗北を教えた──これから先もハリーには救えないものだ」

 

 

 残り五段。足を止めたマリアと額を預け合って、プリベット通りの物置部屋で二人きり、毛布をかぶってナイショの遊びをしていた頃のように、ひっそりと笑い合う。そこに英雄のハリーはいなかったし、みんなのマリアはいなかった。ただのちっぽけなハリーとマリアだけだった。

 

 

「ほんとうに──ほんとうに、それでいいのか。君は。こんな人生で──誰にもマリアと呼ばれないで」

 

「君が呼んでくれる」

 

「僕しか君を知らない!」

 

「君だけの傷だもの」

 

 

 あいだでトムが悶える。トムごと、マリアが僕を抱き締める。

 

 

「全部あげるよ。僕の名前も。その身も。心も。マリアというしがらみすべてを君へ返そう。すべてすべて──マリアが得たものはそこに置いてきたから。ここから先は空っぽの僕とこの子だけで進むから、君が受け取って」

 

 

 残り一段。

 

 

「──それでも、僕はマリアをうしないたくない」

 

「ハリー」

 

 

 マリアの腕を引き留める。

 

 

「君が絶対的にハリーを愛してくれる存在であるように、僕だってマリアを愛してるんだ。このまま家族と別れるなんて、認められない」

 

 

 トムとマリアと二人ともを抱いて、開かれた扉の前へと立つ。

 

 

「だから、帰っておいで。僕のかわいいマリア。今度こそ、ひとりの君として。そのためなら──僕は女性としての僕を受け止めよう。君から譲られたこの性を利用しきってやる」

 

「……ハリー」

 

「君の名前はもらわない。それは預かるだけにしよう。いずれ君へ返すために──大切に抱え続けよう。君が帰ってくるその時まで、君のために君のマリアであろう」

 

 

 扉を背にする。一歩だ。一歩で僕は──マリアとトムは、いなくなる。

 

 

「バカだなあ、僕の弟は」

 

「君の兄さんだからね」

 

 

 慣れた軽口を交わして額へと祈りのキスを贈り合う。自分にキスしてるみたいだ、なんて──自然と思ってしまうくらい、僕はマリアであることをとっくに受け入れていた。

 

 

「いいよ、愛するハリーの頼みだもの。マリアはなーんだってハリーのお願いなら聞くのさ。君のために生きるマリアだからね。──素晴らしい手土産と一緒に、帰ってきてあげる」

 

「手土産?」

 

「──スコーピウスを、探し出してきてあげるよ。なんたって僕はマリアだ。膨大な海を泳ぐ魂たちの導き手になろう。燦然と命を燃やす道標の星になろう」

 

 

 マリアの手が向かい合う僕の胸を叩く。力を抜けば、次には僕は光の中へと真っ逆さまに落ちてゆくだろう。

 

 

「だから、あいつへのプロポーズなら早めに済ませるといいよ、ハリー」

 

 

 ハシバミがいたずらっぽく細まった。父さんそっくりだ。──僕、そっくりだ。

 

 

 それじゃあ。

 

 

 

「いってきます、(ハリー)

 

「いってらっしゃい、(マリア)

 

 

 

 長い長い旅の果てに、君にただいまを言えるように──おかえりを言えるように。

 

 

 さようなら、僕。

 

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