青白い肌の美しい人は、ふと己のガウンを引いた小さな手へと茶色の瞳を上品に開いた。
「まあ、スコーピウス。どうしました? マリアお姉様……あなたのお母様の元へついていなくてよいのですか?」
「おとうさんがアステリアママのところへ行くようにって。ぼくはうるさいから、おかあさんがねむるのにじゃまなんですって」
「あらあら……ドラコお兄様ったら、まったくもう」
息子を相手に相変わらず口下手な義理の兄へと淑女は困ったふうに笑う。尊敬する兄夫婦からいつも通りに頼られたらしいことを汲んで小さな宝物を膝へと抱き上げる。小さな男の子──父親そっくりのマルフォイ家長男・スコーピウスは、まろい真っ白の頬を満面に笑ませて叔母のアステリアへと甘えた。
「マリアの調子はいかがかしら。そろそろ生まれるのでしょう? 今度はあなたの妹かしら、それともまたまた弟かしら。楽しみね、スコーピウス」
「おかあさんは女の子だっていったよ。マリアって呼んでるよ」
「まあ、まあ……やっぱりマリアって変なひと。自分の名前をあげてしまったの? わたくしのお姉様って不思議よね。そうは思わない? スコー」
「だってぼくのおかあさんだからね!」
「うふふ、そうね。あなたのお母様だものね。そしてわたくしのたった一人のお姉様」
キャラキャラ声を上げるかわいい子供を腕へ囲んで、我が子を抱く母の肖像画のようにぴったりと二人は寄り添い合う。
彼女と男の子は親子ではない。彼女らに血の繋がりは一片足りともない。それでも──二人は家族として共に長い時間を過ごした。そこには誰もくつがえせない親子の絆が確かに存在していた。
「わたし──とっても幸せだわ。あなたがいて、ドラコお兄様がいて、マリアがいて──」
「ぼくもしあわせだよ。ママがいて、おとうさんがいて、おかあさんがいて────トムと、マリア。みんなかぞくだもの」
もしかするとどこかの世界、どこかの未来に存在したかもしれない家族の形を愛しながら、今日もマルフォイ家は光の中を生きている。
まどろんでいた。眠る僕の肩を揺さぶったのはいつまで経っても姉気分が抜けない親友の一人だ。彼女の夫の姿は見えないので、兄とまだ店の始末に追われているのかもしれない。
「こんなところでうたた寝しては風邪を引くわ。あなた、ちゃんと体を大切にしないと──そろそろ生まれるんでしょう?」
うっかり木漏れ日と陽気に負けて眠りこけていた僕の手は、膨らみきった己の腹へと置かれていた。ああ、しまった。そろりと撫でて、中の子が気分を害していないかうかがってみる。三人目なので勝手知ったるといった具合だが、それでも違和感は拭えない。……まあ、この子で最後だしね。もうひと踏ん張りだ。
「スコーピウスは? お父様がお相手かしら」
「いいや、アステリアのところ。スコーはアステリアが大好きだから。ドラコはトムのほうを見てるよ」
「……あなた、それでいいの?」
「もちろん。スコーに、君には母親が二人いるんだよって教えてるのは僕だもの。アステリアだってスコーピウスの母さんだ」
「あなたたちって……変な家族ねえ」
「まあね。ついでに最高だろ?」
「ええ、マリアとドラコが納得してるなら最高に最高なんでしょうよ」
呆れて肩をすくめる親友へとクスクス笑う。キッチンの辺りから弟夫婦──いや、兄夫婦の仲睦まじい声が聞こえた。今日の夕食は二人の手料理のようだ。自分の仕事を取られたとウィンキーが拗ねなければいいけど。ああ、それならドラコにおねだりしてガーデンパーティー式にしてしまおうか。せっかく大好きな人達が揃う日なんだもの。……ポッター家にお留守番のクリーチャーには悪いけど。
なんて、まだ夢心地な頭でうつらと思考を飛ばす。ハーマイオニーは苦笑しながらも姉さんの顔で慣れたふうに僕の伸びた赤毛を梳いた。
「名前は決まってるの?」
自分だってローズとヒューゴを生んで、膨らんだ腹なんてとうに見慣れているだろうにおそるおそると指先で触れるハーマイオニーへと、胸を張って答える。
「マリアだよ」
「……女の子だともうわかってるの?」
「いいや。けれど、この子しかいないから」
やっと、やっとだ。やっと君を取り戻した。
スコーピウスとトムを導いて、自分は一番最後だなんて──まったく、マリアらしい。
「あのう、マリア? 確かに男の子が親の名前を継ぐというのはおかしな話ではないけれど──女の子は……」
「うん。そこなんだよね。だから実はファーストネームがまだ決まらないんだ。いっそスネイプ──セブルスおじさんに名付け親になってもらおうかな、なんて考えてる次第だよ。母子揃って」
「まあ!」
「それから──フレッドにも、挨拶をしなくちゃ。きっと、今度こそ飛び起きてくれるよ。マリア、君ってば実は女性だったのかい!? なんてね」
「……ええ、そうね。今度こそ起きてくれるわ。そして自分より年上になったジョージを見て拗ねるの。俺の顔が老け顔になっちまった! てね」
「うわあ、楽しみだ」
冗談を交わして軽やかに笑い声を上げる。腹の中のかわいい子が同調するみたいに僕を蹴った。相変わらずのお転婆だ。
マリア。君に返さなければならないものがたくさんあるんだ。名前と、人生と──そして、杖。すべて、君のために僕が創ったものだから。
「けれど、それじゃあ呼び名に困っちゃうわね。小さいマリアはメアリーだとかではいけないのかしら」
「駄目だよ。マリアは絶対にこの子の名前でなくちゃいけない。僕はなにがあってもマリアをマリアと呼び続けるよ。一番に呼ぶんだ。……だから、そうだな。僕のことは──」
ああ、そうだ──きっと、僕と、彼と、この子だけがわかるイタズラを込めて、ハーマイオニーを見上げる。
「僕のことは、これからはマリーって呼んでよ」
ハリーとマリアでマリー────なんてね。
「フラーがそう呼ぶから?」
「ふふ、そんなかんじ」
子供っぽい感情で、さて君たちはいつこのイタズラに気付いてくれるかな、なんて止まらないニンマリ笑いを腹へと向ける。
はやく出ておいで、マリア。そして、僕は一番にこの言葉を君へと贈ろう。
「────おかえり、僕のマリア」