マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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マリア・ポッターと胡蝶の夢


 

 マリアと幼い声が僕を呼ぶ。既視感。ずいぶん前にもこの声に呼ばれた気がする。ほのかに甘くて、焼きたての白パンみたいにやわらかいやつだ。──君の声だ。

 

 

「ハリー」

 

 

 目を開ければ、光を目一杯取り込んだ緑が僕を見下ろしていた。

 

 

「マリア……! ああ、よかった──どこか打ったりとかはしてない? 頭が痛かったりはしない?」

 

「ウーン、そうだね────ねぇ、ハリー。……君、いくつだっけ」

 

「どうしたの、マリア。ぼくたちいま五才じゃないか。──なんて、言ってほしい?」

 

「中身は僕の知るハリーのようだ」

 

「君も僕の知るマリアで安心した」

 

 

 ハリーの、小さくて杖を持たせることすら不安になる幼い手に掴まる。身体を起こす。このくらいの年齢になってくると、寝起きには首やら腰やらがパキパキ音を立てるものだけど、僕の身体は記憶のそれよりもずっと軟らかかった。ちなみに声は──そろそろ、この展開にも慣れたと言わざるを得ないのかもしれない。

 

 外だ。周囲には迷路のごとく暗い木々が繁っていて、その様子は僕に苦杯を思い出させた。

 たとえば宿敵の君と相見えた場所だし、人喰い蜘蛛に追いかけ回された場所だし、ケンタウロスの予見に惑わされた場所だし──そして君と今生の別れを交わした場所だ。

 ハリーにとってもマリアにとっても思い出深い────禁じられた森。

 

 

「ハリー、縮んだね。ざっと新入生くらいの頃と見ていいかな」

 

「僕が縮んだなら君だって縮んでるんだよ、マリア。たぶん、そのくらいだ。だって君──」

 

 

 座り込む僕に合わせるようにしてハリーが片膝を着く。黒いローブが地面を覆う。首もとには赤いネクタイだ。ローブの裾から指を出すので精一杯なくせにネクタイをキッチリと締めるさまは、子供の背伸びを見ているようでいじらしくて微笑みを誘う。

 ローブを供にハリーの指が触れたのは、僕の赤い髪だった。──肩を越すくらいにまで伸びていた。なつかしい。

 

 

「一年生で切っちゃってから、君、髪をこのくらいまで伸ばすことはなかったもの」

 

「寝てるあいだに同じ長さに戻ろうとしていてビックリしたよ。だれか切っておいてくれればよかったのに」

 

「寝てたんじゃない。────君は、死んでたんだ」

 

 

 赤毛に触れたまま、ハリーはまったく子供に似つかわしくない冷え冷えとした声で僕を詰った。

 

 

「マリア」

 

「わかってるよ。君に──いや、マリアを愛してくれた人たちみんなに傷を負わせたことはちゃんと理解してる。だから、ほら、君の毎朝の生命チェックだって文句一つなく受け入れてるだろ?」

 

「マリア」

 

「わかってるったら────生きてるよ」

 

 

 子供の顔なのに子供が持つには相応しくない苦渋で瞳をいたませた彼へと、腕を広げて迎え入れる。加減なく抱き締めてくる子供に、これが本来の彼であれば男女の筋力の差を思い出せと叱咤しているところだが、子供の姿でいられるとどうにも甘やかしたい気持ちにさせられた。

 僕の中には、ハリー──しいては、自分(ぼく)を愛するものとして作られたマリアはもういないので、この気持ちはまだ見ぬ息子のアルバスへと向けるものに近い気がする。今では甥だが。

 はてさて、あの子はスコーピウスを探して一体どこまで旅に出ているのだろうか。それほどに、生命(いのち)を待つ魂たちの海原は広いのか。

 

 

「さ、ハリー。生命確認が終わったなら切り替えないといけないよ。僕たちは僕たちだけど本来の僕たちではないし、ここも僕たちが知るホグワーツではなさそう──」

 

 

「────ハリー?」

 

 

 木漏れ日の中できっと彼女は同じように名を呼んでくれた。ふと、そう思った。僕が腹の中で眠っていた頃に、あの優しい声で、優しい眼差しで、ゆるりと腹を撫でて、歌うように呼んでくれたのだ。僕の名前を。

 

 

「ハリーなの──?」

 

「リリー、どうしたんだ、急に…………ハリーだって?」

 

 

 遠く小さなホグワーツ城を背に、男女が草木を分けて姿を現す。マリアそっくりの赤い髪だ。ハリーそっくりの暴れた髪だ。マリアそっくりの勝ち気なハシバミだ。ハリーそっくりの丸い緑だ。

 

 若きジェームズ・ポッターとリリー・エヴァンズが、ホグワーツの制服を着込んで立っていた。

 

 

「……どういう、こと」

 

「まあ、ハリー! ハリーでしょう? ああ、また会えるなんて思いもしなかった──嬉しいわ!」

 

「ハリー! 次に会えるのは赤ん坊の君だと思ってたのに! さあ、立って──またあの日みたいに君を抱き締めさせてくれ──────君は?」

 

 

 困惑するハリーの側へと寄った二人の目が、次に僕を捉える。ハシバミと緑が生きた輝きを放ちながら僕を見る。写真では伝わらないほんとうの色がそこにある。──僕たちの証しであった色が生きている。

 

 

「まさか、君も──? けど、ハリー、君……兄弟がいるとは言わなかっただろう?」

 

「ジェームズ、よく見て。このハリーはわたしたちが出会ったハリーよりもずっと小さいわ。……たぶん、わたしたちが少しだけ一緒にこのホグワーツで過ごしたあのハリーではないのだと思うわ」

 

「けれど、リリー……それじゃあ──?」

 

 

ジェームズ(・・・・・)と、リリー(・・・)?」

 

 

 ハリーが声を震わせながら二人を呼んだ。名を噛み締めて、自身の手を取る男女をおそるおそると見上げる。ああ、わかるとも────もういないそのひと(・・・・・・・・・)に会える奇跡がどれほど心を震わせるか──どれほど、おそろしいか。僕はよく知っている。

 

 

「そうだよ、僕はジェームズ・ポッター。君のお父さん……だと、僕は信じてるんだけど」

 

「そしてわたしはリリー・エヴァンズ。あなたのお母さんよ。……そう、呼んでくれるかしら? かわいいハリー」

 

 

 両親の目が僕へと笑い掛ける。ハリーが僕を呼ぶ。だから、愛する人たちの前へと僕はマリアとして再び立った。

 

 

「はじめまして。──父さん、母さん」

 

 

 ハリーと手を繋いで、なにも言えずにいるハリーに任せてくれと瞳を細める。大丈夫、今度こそ──今度は、僕が導き手となる番だ。なんたって、君の『マリア』なのだから。

 

 

「僕はマリア・ポッター、そしてこっちはハリー・ポッター。あなたたちの──息子と娘です」

 

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