何かを企んでいることくらいは、三人の顔つきからわかった。そもそもこの三人に──悪戯好きのウィーズリー双子とはちがった意味で──企んでいない時なんてなかっただろう。そうして散々スネイプ先生に迷惑をかけたのだから。身に覚えがありすぎる。(この身ではないけれど。)
だがしかし。しかしだ。だからといって────
「さあ、よーく見ちょれ────孵るぞ!」
「「「わあ……!」」」
まさか『これ』に巻き込んでくれようとは。
進級試験に向けたハーマイオニー女史による地獄の勉強漬けinイースター休暇も過ぎた頃、初夏の足音を感じさせる青草の小道を越え三人に連れられるままに向かった先は、ハグリッドの小屋であった。
はたして、入室して直ぐ目にした段階でとうに亀裂が入っていた黒くて大きな岩っぽい卵が、パキパキと軽い音を立てながら割れる。中から、骨っぽい──コウモリっぽい──いや、トカゲっぽい──とにかく、ハグリットいわくの「かわいくてすばらしく美しい」とはお世辞にも表現できない生き物が顔を出す。ノルウェー・リッジバック種の仔ドラゴンだ。
卵の孵化を促すため部屋の中は狂ったように暑くて、小屋の外から窓も扉も何もかもが閉めきられた状態を見たその時からどことなく嫌な予感はしていたが────そうか、『これ』があったかぁ。
熱気のせいか、はたまた別の要因か、ゆだる頭で遠く遠くへと意識を飛ばす。
これって、『前回』は確か……ちょっと理由は忘れたけど、ともかくマルフォイがこのドラゴンの存在をどうにかして知って、あのマルフォイがそれを黙ってるわけも無いし、最早ホグワーツにこの子を置いてはおけないと急ぎドラゴン学者であるロンの二番目の兄貴・チャーリーの元まで赤ん坊ドラゴンを届ける為にお馴染みの深夜徘徊を決行した──ところを、マクゴナガル先生へとチクられたんだっけ。そしてあのトラウマ第一号の罰則へと繋がるのだ。
ああ……わかってはいたけど、この様子だとフラッフィーの宥め方だとかも酒の席でクィレルに話してきちゃってるんだろうな、ハグリッド。こうしてドラゴンの卵を違法入手している現状がその証拠だ。グリンゴッツから賢者の石を持ち出すところまでは上手くいってたのに……うーん、頭がいたい。
しかしいつまでも目の前の現実から逃避していては始まるものも始まらない。
生まれたばかりでご立派な
魔法動物の事となるとニュート・スキャマンダーもびっくりの頑固さを見せるハグリッドだ。さて、彼は子供たちの説得に応じてくれるだろうか。──ドラゴンの飼育は違法だから手放せという説得に。
一先ずこの日はメロメロのママちゃん節を炸裂させる気味の悪いハグリッドに戦略的撤退を選択し、後日、気を取り直して何度か小屋へ足を運んではみたものの案の定ハグリッドがうなずく気配はなかった。途中から僕はなるようにしかならないと諦めてしまったけども、友情に厚い三人はその後も懸命にハグリッドの説得を続けているようだった。都度、小屋の熱に蒸され汗でびっしょりになって帰ってくるのだからわかりやすい。
そして、幾日か過ぎた頃にとうとうやってきた。──危機一髪、深夜のドラゴン運搬案件が。
チャーリーから届いた手紙を見せながら、土曜日の深夜に天文台へと仔ドラゴンを連れていきチャーリーの仲間に引き渡すのだと語る三人に、無理矢理記憶を絞り出す。
はてさて、なんで失敗したんだったかなぁこの作戦……マルフォイはその身で先生に告げ口しに行ったことでそのまましょっぴかれて、僕らは聞いてる限りしっかり透明マントを使ったはずだし……あ、どこかでマントが剥がれたのかしら。
ま、ともかくだ。
子供ながらに事態の重さを受け止め、慎重に動こうと頭を働かせている三人(主にハーマイオニー)を見守りつつ、通信紙を取り出す。……裏の協力者殿への報告は、早めに済ませておきましょうか。
作戦決行当日、ドラゴン運送に当たるのはいつもの三人組──だったところにトラブルが起きた。ロンがノーバートに噛まれてしまったのだ。当然、癒務室行きになったロンを見舞えば、さらに事態が深刻化する発言が待っていた。
「チャーリーの手紙……置いてきちゃった……図書館に……」
ノーバートに噛まれた手をなんとか癒務室へ行かずに済ませられないか(「だってどこからドラゴンのことがバレるか!」)ドラゴンについて図書館で本を探していたのだという。結果、ノーバートことノルウェー・リッジバック種の牙に毒があることが判明して速やかに治療行きとなったのだが。
その際に、気が動転してチャーリーからの手紙を手に取った本に挟んだままにしてきてしまったというのだ。実にロンらしい致命的なミスだった。
そこで、ロンの告白を聞き付けたハーマイオニーが大慌てで図書館へと向かったが、残念ながら手紙は綺麗さっぱりなくなっていた。図書館にほんの少しでも変化があれば途端に杖を唸らせる神経質な司書のマダム・ピンスはなにも言わなかった。ならば──誰か、他の生徒が手紙を拾って持ち出してしまったに違いなかった。
絶望に打ちひしがれる子供たちをなだめ、癒務室のロンからどうにか付近にいた人のローブの色を聞き出す。──緑色だった。ああ、どこまでも相性が悪すぎるぞ! スリザリン!
めちゃくちゃな無茶振りだとは理解しつつも、通信紙を使ってドラコにそれらしい手紙を持っていた者がスリザリンの中にいないか捜索を任せる。
はっきりいって、期待はしていなかった。スリザリンの何年生かわからないし、そもそも近くにいたというだけで持ち去り犯がスリザリン生に決まったわけでもない。ロンの見間違いの可能性だってある。正直、無駄な足掻きだろうと高をくくっていた、そこに──見つかってしまった。
恋文でも持つかのように秘密の手紙を抱きしめ、意地悪くニッタリ笑うパンジー・パーキンソンが。
前回といい今回といい、此度の噛ませ犬キーパーソンは君なのかい!? パーキンソン!
何故だかドラコにはよく情報を落としてくれるパーキンソンは、今回もご機嫌に『計画』についてドラコへと素直に内容を話してくれた。
深夜にドラゴンを運ぶだろうグリフィンドールの目障り三人組の存在はフィルチへと密告済み。手紙は今後も脅しに使えそうなのでフィルチには知らせず自分だけで保管する、とのこと。そしてその手紙はドラコが彼女の手からあっさり盗み出し暖炉に焚べてしまったというオチ付きだ。出来る男すぎる……ドラコ・マルフォイ……過去のとんだヘタレ空回りっぷりはどうしてしまったんだ。
さて、ずさんな真相が明かされたところでこれからやる事は変わらない。ドラコができる限りのバックアップをしてくれたのだ。行先にフィルチが待ち構えていようと──今日、ノーバートを天文台へと運び出さなければ。
時間がやってきた。ノーバートとの感動の別れを演出している毛むくじゃらのママちゃんからしらっとノーバートを取り上げ、ハリーとハーマイオニーとロンに代わって僕、そして箱に入った一匹を覆うようにして透明マントをかぶせる。かなりギリギリだ。だが、隠れられなくはない。みんながまだまだ一年生のチビッ子で良かった。
そこからは会話なんてなかった。とにかくこの怪物を手放して平穏を取り戻したい一心で僕達は足を動かした。
螺旋階段を上がる──上がる──上がる────ついに天文台の頂上に到達した。その場で待つこと幾数分……四本の箒と乗り手が上空に現れた。チャーリーの仲間たちだ。四方向に陣取った箒からドラゴン捕獲用の特別なロープが下りてきて、ノーバートの肢体へと巻き付く。安全にノーバートが魔法使い達の手に渡る。そしてついに、ノーバートを連れた魔法使い達は夜空の向こうへと消えていった。その光景は、僕等の心を際限なく晴らした。
ようやくつらい任務を終えたと声なく三人で喜びを上げる。ハリーとハーマイオニーの肩を噛み締めた笑みと共に叩いて、互いの奮闘と健闘を労い合う。
そうして、勝利の凱旋とばかりに意気揚々にノーバート分の余裕ができた透明マントで寮へ帰ろうとした、そこに──────混沌。
「探しているのはこれかぁい? かーわいーぃイチ年生ちゃぁぁん?」
「………………ピー、ブズ」
ピーブズが、プカプカ逆さに浮きながら僕の透明マントを掴んでいた。
「ピーブズ! それを返せ!」
「んんー? そいつはものを頼む態度じゃないぞう、ポッターちゃぁん? あおーいお顔の二人のポッティ!」
「ピーブズ、頼むから、それを返して。この通りだよ」
「お願いよ、ピーブズ」
三人揃ってはた迷惑なポルターガイストへと懇願する。必死だった。今ならピーブズの間抜け面を世界一の宝石のように褒め散らせそうだ。現に、ハーマイオニーは懸命にピーブズをよいしょした。
あなたって、とっても、ほら、そう──知的なゴーストだし(「ちがうよハーマイオニー! そいつはポルターガイストだ!」)ああ、エーッと、つまりは──あなたって完璧で──そう、だから──思いやりのこころだって、あるはずよね……?
ニッコリ。小憎たらしいピエロ顔が笑う。そしてハーマイオニーのおべんちゃらに満足そうに三度うなずいたピーブズは────透明マントを投げ捨てた。窓から。一切の躊躇いなく。まったくもってクソッタレだった。
ハーマイオニーから悲鳴が上がる。それを慌てて二人で抑えたところで──遅かった。
「おや、おや、これは困ったことですねえ……」
フィルチが、落ち窪んだ目を爛々と輝かせて下り階段の先に立っていた。
***
一晩でグリフィンドール寮点がマイナス150点。これがどれほどの事件か、ハリーとハーマイオニーは思い知らされた。
特にハリー……そしてマリアはひどかった。なまじ有名だったばかりに、完璧な針のむしろであった。
同じ寮生には責め立てる目で見られ──レイブンクロー生には今世紀最大のバカを見る目で見られ──ハッフルパフ生からは関わってはならないものとして見られ──
スリザリンなんかは最悪の中の最悪だった。特にパンジー・パーキンソンが、マリアに、すべてあなたのおかげよと鼻穴をめいっぱい膨らませて微笑むのだ。あのハーマイオニーですら、これに反論することはできなかった。
もう、ロンとその兄弟たち、そしてドラコ以外に話しかけてくる者はいないだろう──そう思われた。
だが意外なことに、『彼』もハリーたちをいまだ仲間と思ってくれるうちの一人だったのだ。
「気を落とさないで。ハリー、マリア」
ネビルだ。ネビルは、遥か遠くを見る眼差しの僕と特に落ち込むハリーの肩をやわらかく叩くと、型から取り出したばかりのホワイトローフを思わせるふくふくとした頬を不器用に笑ませた。
「みんな、こんなのはすぐに忘れちゃうよ。むしろ僕は許せない。みんなハリーを持ち上げてマリアに頼ってばかりしていたのに、いざ失敗すればこんな手のひら返しだなんて」
「「ネビル……」」
双子らしく同時にくすんと鼻を鳴らす。
君ってやつは……なんていい子なんだ、ネビル。正直、僕としては、『前回』で散々期待やら失望やらを押し付けられてきた身な訳だから、この程度ははっきりいって今さらだと思ってるところもあるけれど──むしろこれから……たとえば三校対抗試合だとかに待ち構えているものを思って、それが憂鬱だったりするところもあるけれど──彼の優しさはほんとうに沁みる。君はすばらしい人だ、ネビル。
そして、僕達との友情を捨てずにいてくれたのはネビルだけではなかった。廊下で時たま同伴するレイブンクローの彼やセドリックなんかも、実のところマリアを避けずにいてくれた。それだけで心強かった。なんだかんだ落ち込んでいた僕の心を一人一人が掬い上げてくれた。
そんな嵐の中、マリアとして初めて受ける第一回目の試験が近付いてきていた。ハリーとハーマイオニーの二人は試験勉強に没頭することで周囲の目から消え入ろうとしているようで、僕は、ロンとネビルも入れた四人へと勉強を教えつつも──基本的な先生はハーマイオニー、時々ハーマイオニーが僕に応用を聞いてくる形だ──憂鬱になるばかりだった。
いつあの罰則がやってくるか────答えは試験一週間前に与えられた。
マクゴナガル先生の名のもとに届けられた三通の手紙に、二人の子供の顔は真っ蒼だった。