マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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 スラグホーンに遭遇した。お気に入りを囲って己の好物だけで固めた昼食会を存分に堪能したおじいさんは、満足げに艶々のセイウチ髭を撫でていた。その前に現れたのが僕らだ。もちろん互いに意図してではないため、あいだには意表を突かれたがゆえの奇妙な空気が流れた。

 

 

「こんにちは。さっきぶりだね、今をときめく噂のリトルツインズ君」

 

「「こんにちは。スラグホーン先生」」

 

 

 でっぷりした腹を揺らして柔和に笑む男へと淡々と返す。スラグホーンは鷹揚にうなずく。

 

 

「今日はすまなかったね、リリーを君たちから借りてしまった。彼女はとても聡明で、彼女との食事はいつだって有意義なものだからつい年甲斐もなく甘えてしまうのだよ。ああ、せめて彼女が私の寮の──すなわちスリザリンだが──生徒であったならと常々思うよ。彼女の赤毛にも瞳にも、緑がよく似合うとは思わないかい?」

 

「リリーは何色だって似合いますよ。美人ですから」

 

「ああ、それはそうだ!」

 

 

 ハッハとセイウチが快活に笑う。スネイプに比べればずっと話しやすくて理性的な人だけれど、やはりスリザリンだと頭の片隅で吐き捨てる。

 

 

「まったく惜しいね。惜しい子ばかりだ。リリー・エヴァンズにシリウス・ブラック……ブラックの子は代々スリザリンに入るのが伝統だというのに、シリウスはとんだ型破りだ! 下のほうはいつも通りに獲得できたが──やはりどちらもセットでそろえたいところだった。なんだってよりによってグリフィンドール……ああいや、ともかくだ。シリウスは非常に優秀だ。レギュラスだってもちろん優秀だが、やはり兄のシリウスには敵わない。ジェームズだって才能あふれる青年で──なによりあの辣腕事業家フリーモント氏の愛息子だからね! 親しくしておいて損はない────まぁでも、彼は当然グリフィンドールなのではなから期待はしていなかったが」

 

 

 ──いったいなんの話だ。そう、怪訝に眉をひそめているハリーへとご機嫌よろしいスラグホーンの目がくるりと下がる。獲物をとらえる蛇の目だ。

 

 

「君はどうだろうか、ハリー。私と仲良くする気はないかね?」

 

 

 とどのつまり、つらつら並べられた御託の本題はこれであった。スリーク・イージー直毛薬によって一財産を築いたフリーモント・ポッターとの間違いのないパイプ。それがほしいのだ、スラグホーンは。

 その点、フリーモント氏のもう一人の子供とされるハリーは好物件だった。グリフィンドールだが兄ほどのカリスマ性も気性も持たず、そして幼くまだ自己を確立しきっていない──ように見えるハリーは実に傀儡にぴったりだった。

 スラグホーンは悪人でないが狡猾で人脈の強みをなによりも知る人だ。そこに容赦は存在しない。

 

 

「見たところ、君はお兄さんよりも落ち着いて物事を考えられるようだ。きっと手土産にはこの老体を気遣って歯に優しいものを差し入れてくれるだろう?」

 

 

 リリーとジェームズからスラグ・クラブについて聞かされているだろうことを前提に微笑むスラグホーンは老獪で実に大人だった。もしもハリーが見た目どおりの年齢であったなら、今頃彼の手のひらと舌の上でクルクルと転がされていたかもしれない。

 だがしかしそうではない。そうではないのだから──ハリーが冷静に口を開いたところで。

 

 

「さて、ところで私は不思議に思っていることがあってね。私の知るところではポッター氏に子供は一人のはずなのだが──それもハリー(・・・)だ。兄がジェームズで次男の君が跡継ぎ(ハリー)とは……もしくは『英雄(ハリー)』かな」

 

 

 ハリーは口をつぐまざるを得なかった。スラグホーンの含みを持たせた「ところで」をどう咀嚼したものかと肝を冷やしているようだった。

 隣の背を軽くたたく。ハリーがこちらを見るのに、わざとらしく子供っぽく笑ってやる。大丈夫。だってこれ────

 

 

「……まあ、この件についてはこれ以上はむやみに触れないこととしよう。いわゆる、やぶへび(・・・・)だろうからね」

 

 

 さて、いかがかな? 再び大人らしく圧力的に子供へとお伺い(・・・)を立てるスラグホーンに、今度こそハリーが笑顔を作る。我ながら──そして我が兄ながら愛嬌があると思う。この顔に油断した大人は大抵がろくなことにならなかった。この人もそのうちの一人だ。

 

 

「お断りします。もう十分、お腹いっぱい(・・・・・・)ですから」

 

 

 ──未来でね。そう、ハリーの声が聞こえた気がして、悪戯に成功した子供の気持ちに戻って走り出した。もちろんハリーの手を取って。チラリと振り返った先、スラグホーンは狐にでもつままれたみたいな顔をして立ち呆けていた。

 

 

「アハハ、見たかい? あの顔」

 

「フレッドとジョージならついでにパンチ望遠鏡も食らわせてるところだね」

 

「二人が僕らと同じように過去をさかのぼってない限り、この時代にアザ消し軟膏は存在しないから──ゥウワ、大惨事だ」

 

「ちがいない。パンダ目のセイウチなんて、ニュート・スキャマンダーも大喜びの新種が生まれる!」

 

 

 キャラキャラ笑いながら走った先の芝生に片割れを巻き込んで転がる。子供の身体は柔軟なので、弾むみたいにしてローブを汚す。寝転び空を見上げたハリーがころんと首を回して僕を見る。

 

 

「スラグホーンのあれ、バレたってことかな」

 

「フリーモントお祖父さんに隠し子がいた、くらいにしか思ってないと思うよ。これ以上探られたくなくば……てことさ。ま、探られたところで僕たちは、」

 

 

「────存在しない幻、なのにね」

 

 

 ハッと。呼吸がつまった。ハリーの目は見慣れた緑色をしていた。──決意を込めたきれいな緑だ。

 

 

「もう決めたのかい」

 

「うん」

 

「さびしくない?」

 

「さびしいよ。だからそろそろ──会いたいんだ。みんなに」

 

「そうか」

 

 

 どちらともなく空を見直す。晴天。なんて晴れやかで平和で自然なのだろう。父さんともう一人の父さん、恩師、そしてきっと苦手だろうけれど母さん──優しい人たちが笑顔で飛べる空。僕たちの時代にはないものだ。

 ドラコもロンもハーマイオニーもジニーも──誰もいない空だ。

 

 

「それじゃあ、もうひとりだけ──会いに行ってもいいかな」

 

「ひとりで?」

 

「ひとりで。その人にはマリアとして会いたいんだ」

 

 

 ハリーを連れて立ち上がる。スラグ・クラブの昼食会は済んだのだから、探せばホグワーツのどこかにいるはずだ。もしかするととっくに寮へと戻っているかもしれないけど──ならばその時は忍び込むまでだ。『僕』はその方法を知っているからね。

 

 

「誰だ」

 

 

 ──しかして、透明マントと忍びの地図を頼りに探し人はあっけなく見付かった。大好きな人によく似た容姿のグリーンローブの彼と湖の組み合わせは、皮肉なくらい似合っていた。

 

 

「ハロー、ブラック」

 

「……ハロー、ジンジャー」

 

 

 彼がツンと顎をそらせて鼻を鳴らす。兄によく似た顔を持ちながらも、純血特有の蒼白い肌に日を当てた彼は兄にはない繊細さがあるように見えた。

 

 

「僕たちのこと知ってるんだ」

 

「グリフィンドールは有名でないと気が済まないんだろう?」

 

 

 隣に腰掛けようかと迷って、あからさまに身をよじった彼に肩をすくめてから一人分離れた場所へと座り込む。逃げられなかっただけマシだ。だってたぶん──その人、レギュラス・ブラックは兄に関わるすべてが嫌いだから。

 

 

「君のお兄さんもふくめて?」

 

「僕の兄だとかいう人もふくめて」

 

「シリウスのこと、きらい?」

 

「おどろいた。このホグワーツに今さらそんな常識を聞いてくるひとがいるだなんて」

 

 

 家族のことを口にするにしては厳しすぎる声色に、苦い気持ちが喉元までせり上がる。

 彼の言葉はその通り──本心だろう。あの憎しみの目はたかだか成人を前にした程度の子供が照れ隠しに作れるようなものじゃない。だからなおさら、修復不可能な兄弟の溝を目の当たりにして切なくなってしまう。

 

 

「常識なんだ」

 

「箒を使えば空を飛べるくらい常識だよ。──ああ、穢れた血の君にはわからないかもしれないけど」

 

「…………」

 

 

 思わず面食らっていた。そしてわかりやすい挑発がかえって彼を子供っぽく見せてくれた気がして不思議と安堵した。そんな僕に、レギュラスは不快げに刻んでいた眉間のシワをさらに怪訝そうに深めた。

 

 

「……怒らないのか」

 

「これが僕の最高に賢い親友に向けての言葉だったなら杖を抜いてたけど、自分に対してなら今は許してあげるよ。ああ、いや、それともマグル式にグーのひとつでもお見舞いしましょうか。僕の親友ならそうした」

 

「魔女もどきの野蛮人(マグル)らしいな」

 

 

 差別の対象にされようともたくましく魔法界を正す親友の姿を浮かべて堪えず笑えば、蛇の彼に嫌悪たっぷりに吐き捨てられてふと懐かしい感覚を思い起こした。──そうだ。ドラコだ。これは、互いにいがみ合い憎み合っていた頃の彼との距離感だ。

 

 

「──あの人のこと、どうして許せる? あの人の我が儘で──あの人の無鉄砲な『勇気』とやらのせいで、ブラック家はバラバラになったんだ」

 

「────」

 

 

 たぶん、それは。(マリア)に心を開いたとかではなくて。

 行き場なくレギュラスの中で死んでいた感情がほんのすこし転がり落ちただけ。

 

 

「母さんはヒステリーが収まらないし、クリーチャーはブラック家への忠誠と板挟みで憂鬱だし、父さんは──」

 

 

 そこでレギュラスは正気を取り戻したとばかりにハッとすると目を閉じた。

 

 

「君にこんなこと話したって、どうしようもないな」

 

「うん、どうしようもないよ。僕は君の理解者にはなれないし、ましてやブラック家の事情なんて手出ししようもない」

 

「……わきまえてるやつは嫌いじゃない」

 

 

 ポツリ。こぼれていく。

 知り合いでもない。もしかすると名前だって知らない。そんな少女だったからこそ、レギュラスは棄て場のなかった感情の残りかすを置き捨てられたのかもしれない。

 脱殻(マリア)だからこそ────彼は預けたのかもしれない。

 

 

「レギュラス。あなたにとって、家族は重荷だった?」

 

 

 レギュラスは答えなかった。

 

 

「あなたは──シリウスが嫌いだった?」

 

 

 レギュラスは──────応えなかった。

 

 

「嫌いだよ。今も、昔も、これから先も。アイツだってそれは同じだ。アイツさえいなければ、」

 

「あなたが一等星(シリウス)だった?」

 

 

 たたみかける。逃したくない。今しかないんだ。あなたの心は、このままたった一人の友にすらも届くことなく湖に沈んでしまうのだから。

 

 

「あなたはどうやらその名前(レギュラス)が好きではないみたいだ。──気持ちがわかるといったら、不快に思うかい?」

 

「わかるものか」

 

 

 苛立たしげに整った顔をぐしゃりと歪めた彼に、それはそうだろうと肩の力を抜く。彼の葛藤のすべてを僕が理解できる日は来ない。なぜなら僕はレギュラス・ブラックではないのだから。けれど。

 (マリア)はどうあってもハリーにはなれない。この悔しさと虚しさだけは、きっとあなたに共感できる。

 

 

「でもね、僕は好きだよ。君の名前。レギュラス──熱い獅子の心臓を持つひと」

 

 

 レギュラスが僕を見る。僕と彼のあいだにある心の距離は一人分。シリウスの分だ。──それで十分だ。

 

 

「今日あなたに声をかけたのは、頼み事がしたかったからなんだ」

 

 

 ようやくマリアを正面から見据えてくれた少年を前にして、改めて思う。

 大人の顔じゃない。だって子供みたいなシリウスよりも彼は年下なんだ。それなのに──一番の勇気をもって一番に命をとしてしまう一等星に祈る。

 

 

「あなたの名前をもらいたい。レギュラス」

 

 

 そのとき、はじめてレギュラスが笑った。

 

 

「シリウスじゃなくて?」

 

「シリウスはとっくに予約済み。あなたがいいんだ──レギュラス・アークタルス・ブラック」

 

 

 ふはっ。と。向かい合う薄い唇から息が吐き出される。くたっと眉が下がる。シリウスにそっくりのくせに、シリウスにはない針めいた繊細さで瞳が細まる。

 

 

「勝手にすればいい。ありきたりな名前だもの」

 

「そのありきたりな名前がなにより尊いと、世界が知るときが来るんだ」

 

 

 そろそろ時間だろうかと立ち上がる。だってほら、一等明るい星が夜を前に主張を始めてしまったのだから。

 

 

「ああ、そうだ。最後にさ、正直に答えてくれるかい。レギュラス」

 

 

 まだ湖から立ち退く様子のないレギュラスへと何気なさを装いながら踏み込む。ともすれば、好奇心。彼からの返事ははなから期待していなかった。

 

 

「もしもクリーチャーが、あなたのお父さんが、お母さんが──お兄さんが明日に死んでしまうとしたら。それをあなただけが止められるとしたら──あなたはその身を犠牲にできるかい?」

 

 

 はたして、レギュラス拍子抜けなくらい呆気なく応えた。

 

 

「まさか」

 

 

 ──嗚呼、そうだろうとも。彼の結論に心から納得して、いっそ晴れやかな気持ちで時代を越えてなお蛇たちが集う湖を後にする。

 

 スリザリンってほんと。

 

 

「なに食わぬ顔で嘘つくんだから。ねえ、ドラコ」

 

 

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