ハリーやダーズリーのやつらが寝付いた夜更けも夜更けの頃──玄関で行儀よく待機していた特別な梟に、ハリー・マリア共にホグワーツに入学する意思はあるが、自力での事前準備が叶いそうにない旨の返信をこっそり預けた。結果、前回のような追いかける手紙の狂気は回避され、迎えのハグリッドが小島までオートバイを飛ばすこともなかった。ダドリーは相変わらず豚の尾を生やされてしまったけれど。
最終決戦後にしてようやくそれなりに友好な関係をたもてるようになった僕と従兄弟だけれど、やっぱりこの頃のダドリーはいけすかない。日頃の恨みもあって、何度だって彼の情けない悲鳴に笑ってしまう。これには、僕より穏やかに育ったハリーも忍び笑いを堪えられずにいるようだった。ウーン、やっぱりこの子も根元は『僕』だ。
ハグリッドに連れられ、入学準備を整える為マリアとしては初めてのダイアゴン横丁へと赴く。なつかしいような、新鮮なような。
僕と手を繋いでいるハリーはやっぱり生き残った男の子として有名で、初めての世界に目を輝かせつつも行く先々での好奇の視線や扱いにはうんざりした様子だった。
なお、共にいる僕のことは知られていなかった。有名なのは生き残った『男の子』。生き残った女の子の話はどこにもなかった。僕の額に傷はない。
ハグリッドいわく、僕らは運命の夜も双子らしく大きなベビーベッドに並べて寝かされていたはずで、僕だけ呪いを受けることなく何故生き延びられたのか、誰も知らないらしい。……ダンブルドアならこっそり知っていそうな気もするけれど。
ハグリッドが事ある毎に沁々と、ジェームズに、リリーによく似ていると懐かしむ声を聞きながら(ちなみに中身は逆だと笑われた。つまり僕ってば、あの父さん似の性格と言われたのかしら。なんだか納得いかない!)グリンゴッツの辺りへかかったその時、やはり『奴』は『僕』へと声をかけた。
「ポ、ポ、ポッター君!」
「「はい」」
ターバンから異臭のかおる『奴』に近付けまいとハリーの手を強く握り締める。ハリーがきょとりと大きな瞳を僕へ向けてくる。
それでいい。あんなの、見なくていいんだ。
「お、お会いできて、ど、どんなに、う、うれしいか」
「ハリー、マリア。クィレル先生だ。ホグワーツで闇の魔術に対する防衛術を教えてくださる」
ハグリッドからの紹介を受け、ハリーに握手を求めるクィレルへ先手とばかりにその手を掴む。
「こんにちは、ミスタークィレル。私はマリア・ポッター。ハリーの双子の姉です」
「妹だよ!」
「ハ、ハ、ハ、ハリー・ポッターに、ふ、双子が、い、い、いたのですか」
「ええ。弟共々……よろしくお願いします」
「兄だってば」
隣からの可愛らしい横やりに和みながらも、依然として奴
「……アー。ぁーんと、だ。マリア。クィレル先生がちぃと、その、あれだ。匂うのにはちゃんと
僕の頑なな態度から見当外れを気にしたらしいハグリッドが丸聞こえの小声で囁くポーズをするのに、対するクィレルは蒼い顔をさらに蒼くして実に哀れっぽく震えた。
「ああ、いけません。ほ、本を……吸血鬼避けの、あ、あたらしい本を……か、か、買いに、行かねば」
そううそぶいて慌ただしく去っていくクィレルのニンニク臭いターバンをきつくきつく睨む。だって、そこには────そんな僕の意識を引き戻したのは、ハリーの体温と僕を引く腕だった。
「マリア」
きっと、この子にはわけがわからなかっただろう。初対面でなんだってこの片割れは男に向かって刺々しい反応をしたのか。ハグリッドは臭いに不快感を表したのだと思い込んだが(それも事実ではあるのだが。)ハリーには通用しない。
ハリーの緑の瞳は、いつだってマリアのハシバミ色を見抜くのだ。
「行こう、マリア」
しかし何を問うでもなく、ただ先を促すハリーの目は優しかった。──ああ、母さんの目だ。そして、僕の愛する兄弟の目だ。
どうしたと少し先で立ち止まって僕らを呼ぶハグリッドの元へと、二人同時に駆ける。隣……僕より身長の低いハリーが、なんだか今だけはちょっぴり大きく見えた。
***
グリンゴッツにて両親からの思わぬ遺産に驚く一幕を終え、
学生時代の制服から闇祓い制服まで、幾度と世話になった場所だ。この世界では僕しか知らないけれど、とても馴染みが深い。
だというのに入店に尻込みをしているのは────僕のほうだった。
「ほら、マリア。入ろうよ」
「うう……」
ずうっと繋いだままの男の子の手を引いて、心の準備ができるまで待ってくれと首を振る。
だって。だって。この先に待ち受けているのは。
────スカートだ!!
僕が! スカートを!
このハリー・ポッターが! スカートだなんて!
ダーズリー家にて僕らへ与えられる衣服は一人息子のダドリー坊やのお下がりばかりだったので、必然的にマリアだってズボンになる。
そう、僕はマリアとして生まれてから初めてスカートを穿こうとしているのだ!
「……ズボンじゃだめなのかな」
「心配しなくてもマリアならスカートだって似合うに決まってるよ」
「そうじゃないんだよ、ハリー。でも、ありがとう」
そりゃ似合うだろうさ。目以外は母さんソックリの顔だもの!
そんな、ハリーのトンチンカンで涙が出るほどありがたいフォローをそっと横に流しつつ、はぁぁぁと一際大きく深いため息をつく。ちょっと頬を叩いてみる。────ン、よし。
意を決してドアの取っ手を掴む。
どうあっても避けられないんだ、男らしく覚悟を決めろ、僕!
ガチャン。
「「「うわっ!?」」」
視界を儚げな白金とブルーグレーがかすめた。
声は三つ。僕と。ハリーと。そして。
「ド………………マルフォイ」
「……ハリー・ポッター?」
あまりに懐かしい姿の彼が怪訝に僕を見て、それから隣のハリーへと視線を移す。
ああ、そうだ、そうだった──ドラコとの初対面って、ここ、マダム・マルキンの洋装店だったんだ!
彼とどんな会話をしたのかまでは覚えてないけれど、すごく鬱陶しかったような……見た目が綺麗なダドリーみたいな奴だなって……ああいや、それはホグワーツ特急に乗ってる時の感想だっけ? それともホグワーツの廊下で遭遇した時? 魔法薬学の授業は──毎回嫌だったな。うん。
なにぶん僕にとっては何十年も前の出来事なので、とても記憶から掘り起こせそうにない。
「……失礼、リトルレディ。意図せず君の道をふさいでしまったようだ」
子供であろうと嫌味な奴であろうと、彼も立派な英国紳士。数歩下がってうやうやしく女性に道を譲るその姿は、キザだと笑うには完璧すぎた。
なんだ、ドラコのやつ。女の子相手ならこんなにも優しいのか。その礼だけ見れば、嫌がらせを生き甲斐にこの先の青春を使い潰す子供にはとても見えない。
とはいっても、互いの子供が親友という関係から自分自身が友人になるまで、時間に時間をかけた僕らだ。(ジニーは初恋同士だってそこまでもどかしくないわよと苦笑していた。ハーマイオニーとロンは呆れ返っていた。)
僕が彼の含みなく笑う顔や穏やかな顔を見られるようになったのは随分後になってからで、つまりは子供の頃の彼──延いてはその姿があるだけで、当時の嫌な感情がありありとよみがえってくるのだった。
「こちらこそ不躾に眺めてごめんなさい。扉、抑えてくれてありがとう。ハリー、行くわよ」
僕に従いコクッと頷いたハリーが彼の側を通りすぎようとした、その時。
「スコーピウス」
「────」
「……という星が、僕は好きなのだけど、知ってるかい? 夏の星座なんだ」
ドラコは、一見は涼やかに見えるグレーとブルーの狭間の瞳に熱いものを乗せて、ハリーを見ていた。一心に。どこかすがるように。
それは、いつかで見た彼が祈る瞳だった。
「……えっと、ごめん、僕、星はくわしくなくて。けれど、君がそんなふうに言うのなら、きっと素敵な星なんだろうね。機会があったら調べてみるよ」
当然というか、なんというか。案の定ハリーから返された無難でありきたりな回答とぎこちない微笑みに、ドラコはそっと柳眉を下げると、いや。と首を振った。
「いいんだ。たとえばシリウスだとか、有名で、だれもが知っている名ではないから。急におかしな質問をしてすまなかった。僕はドラコ・マルフォイ。君も今年ホグワーツだろう? よかったら、友達にならないか? その……寮が、離れたとしても」
「もちろん! 寮ってなんのこと? あっ、僕はハリー……って、もう知ってるんだよね? さっき、僕の名前を呼んでくれたもの」
「ああ、その……君は、有名だから」
「知ってる。ここまで、ずうっと変な気分なんだ。僕、ダーズリー……今住んでる家や周りからはいらないもの扱いされてるのに。知らないところで英雄なんて呼ばれてるんだ。笑っちゃうでしょ?」
「そんなことは……いや、そう、だな。身に覚えのないことで周囲からもてはやされるのは、さぞ気味が悪かったことだろう」
「そう! そうなんだ! 君ってばすっごくいい人だね! こんなに僕の気持ちをわかってくれたひと、マリア以外にいないよ」
「────マリア?」
そこで漸く、彼の目は僕を映した。
彼等がほのぼのと会話するあいだ、僕は胸がいっぱいでとてもじゃないけれど声なんてかけられなかった。
だって。ドラコ。君は。
「そう。マリア・ポッター、僕の双子の妹なんだ」
「姉だよ」
ハリーに咄嗟にお約束の言葉を返して、ドラコを見つめたまま吐き出すようにして笑う。
「よろしく、ドラコ。ねえ、この後の予定は? よかったら僕らと話さない? ハリーに、寮のこととかホグワーツの話をしてやってほしいんだ」
突然、口調が軽やかでがさつなものに変わった少女に、ドラコ・マルフォイの瞳が大きく開かれていく。
なんて幼くてかわいい顔だろう。うっかりキスでもしてしまいそうだ。
絶妙なタイミングでハリーがマダム・マルキンへと捕まる。
ほらね。父親そっくりのイタズラ気な顔をして、少女は美しい少年の手を取る。
「ハリーが戻ってくるまで、僕と話そう」
待合用の椅子へと隣同士に腰かけて。
「──夏の、蠍座の話なんか、どうかな」
僕らは出会い直した。