マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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 さて、ダンブルドアの帰りを待つ以外にやる事もなく、しかし気持ちばかりが逸ってしまうので手慰みに眠るネビルの頭を撫でていると、いつの間にやら柱時計の針は零時を回っていた。

 

 

「マリアや」

 

 

 声がする。呼ばれるままに伏せていた顔を上げる。期待し待ち望んだとおりの人が、初夏の到来によって役割を終えた暖炉の前に立っている。

 彼の悠々と微笑むその様は、いかにもな好々爺で──狸爺だ。

 

 

「ネビルはわしが運んでおこう」

 

 

 そう歌うように告げたその人がひとたび特別な杖を振るえば、あっという間にネビルの体は浮き上がり、寝室の扉は独りでに開き、毛布は自主的にたたまれて、そして眠る男の子が扉の向こうへと吸い込まれていく。きっとベッドの上掛けは勝手に捲れ上がるし、枕は優しくネビルを受け入れてくれる。

 それ等を黙したまま見守り、男子寮の寝室が閉じ直されたところで、魔法使いの老人──ダンブルドアは改めて僕と向き合うと、朗らかに笑んで己の腕を差し出した。

 

 

「それでは、共にハリーを迎えに行くとしようかのう」

 

 

 

 ***

 

 

 

「──ハリーッ!!」

 

 

 みぞの鏡を中心に、神にあたいする誰かがこの為だけに誂えたかのような異様な地下空間にて、賢者の石を求め狂乱するクィレルと揉み合いになりながら額の痛みから絶叫を上げるハリーの元へと、同じく絶叫して駆け出す。ハリーと対峙するクィレルは既に全身火傷だらけで満身創痍のさまをしていたが、しかしハリーもまた脂汗を滝のように流し、ついには賢者の石を手にしたまま意識を失いかけていた。

 無我夢中で、もがき合う二人の間へとこの身をねじ込む。倒れ伏すハリーを背にして、主に代わってユニコーンの呪いをその身に一心に受ける男を牽制のつもりで見上げる。

 だがしかし、男にもとうに立ち上がるだけの力は残っていなかったのだろう──ぐしゃりと土人形(ゴーレム)が崩れるみたいな無惨さで地に伏した彼のターバンの中身から、元凶たるヴォルデモートの瘡は跡形もなく無くなっていた。すなわち、この男は主人に呆気なく切り捨てられたのだった。

 

 

「っハリー! ハリー……」

 

 

 クィレルは最早脅威ではない──そう判断して、結局気絶してしまった小さな男の子へと向き直る。そっとその身を胸に抱えれば、力の入ってない子供の身体はマリアの十一歳の手にはひどく重いものだった。けれど──なんて軽いのだろうと、僕は切なさに泣きたくなってしまった。

 同年代であるロンやネビルよりもずっと華奢なハリー。こんなにも、『(ぼく)』は脆くちっぽけだったのに。

 

 

「マリア、ハリーなら大丈夫じゃよ。命に別状はないとも」

 

「ええ、そうでしょうね。間に合わない(・・・・・・)一歩手前を選ぶのが、貴方はいつだって上手だった」

 

「マリア……」

 

 

 ダンブルドアはその後にはもう、なにも言わなかった。僕だって、それ以上はなにも言えなかった。

 

 わかっているとも。どの口が──そう言いたいんだろう? (マリア)

 

 僕とダンブルドアは同じだ。知っていること、気付いていることを自分の中だけに秘して、留めて、あまつさえ試すように周囲を動かす。時に、必要とあらば見捨てる。それがいつだって選択肢の中にある。目的に近付く為に躊躇いなく他を切り捨てる残酷さを持っている。

 かつてハリーであった僕が組分け帽子からスリザリンを勧められたように──知れば知るほど、アルバス・ダンブルドアという人はグリフィンドールの正義を持ちスリザリンの覚悟を内に秘めるひとだった。レイブンクローの怜悧さとハッフルパフの鷹揚さもまた、同時に。

 嗚呼、そんなダンブルドアを僕は──なんて人間らしいひとなのだと、愛しく思う。

 彼の狡猾さに、彼の駒として心すらも動かされていたハリー・ポッターの人生には当然思うものがあるけれど、彼は神に定められた機械ではなかった。心があった。苦悩した。彼だって間違えた。後悔に苛まれていた。──それだけで、僕は許せてしまった。

 彼はすべてを見通す魔法のような神様なんかじゃなく、この人もまた、僕と同じただ魔法を使うだけの人間なのだと知ったから。

 

 僕には、あなたは恨めない。

 

 

「ハリーをお願いします」

 

 

 くったりと生き人形のようになってしまったハリーを一際強く抱いて、痛々しく発熱する額の傷に慰めのキスを落として、心做しか安堵したような顔付きになったハリーをダンブルドアへと預ける。

 宝物を託せる、あなたの手を────信頼します。

 

 

「──クィリナス、クィレル」

 

 

 ようやっと、本来の目的であった人に意識を向けた。息も絶え絶えで、この先には死しかないその人に己の指先を触れさせる。──触れられる(・・・・・)。やはり、マリアに母の愛の呪いはない。

 これが、ハリーとの冒険を放り出してでも僕がこの手で確かめたい事の一つだった。そして、もうひとつ。どうしてもこの場に居合わせたかった理由、それは。

 

 

「エピスキー」

 

「マリア……」

 

 

 せいぜいが瀕死にある男の火傷の炎症を治める程度のものだ。一年生の身で振るう魔法なのだから。それでも──この人だけは、安らかであってほしかった。

 ダンブルドアの何かを訴えかけるような視線も無視して、クィレルの息がなくなるまで、僕はひたすらに死にゆく人の手を握り続けた。

 

 あなたは『僕』がはじめてころした人。母の愛の呪いを受けた人。

 どうか、死にむかう光のその先が、暗闇でありませんように。

 

 

「マリア……君は、憐れむのか。闇すらも」

 

「いいえ」

 

 

 冷たくなった手をそっと放す。クィレルはいなくなった。

 

 

「僕は、僕の為にこうしたまでです。すべて僕のためです。クィレルは最後まで、僕に利用されたんです。かわいそうなひと──あなたという罪を、ハリーだけに背負わせはしない」

 

 

 だって、そうだろう。

『僕』はクィレルを忘れなかった。それは、彼をこの手で殺めたのかもしれないという罪の意識からだ。

 とても苦しいものだった。ロンやハーマイオニーにすら、そう簡単には打ち明けられなかった。

 だから──今度こそ、(ハリー)から取り除いてしまいたかっただけなんだ。奪った命の重み──それを、ひとりぼっちで背負う孤独の苦しみを。

 

 僕がほんとうに憐れんでいるのは、僕自身だ。

 

 

「……マリア、ここから離れるとしよう。ずいぶん、冷えてしもうたじゃろう」

 

 

 意識のないハリーを抱え、僕の肩を抱いてダンブルドアが立ち上がる。

 ささやくみたいな小さな声だった。傷付いた子供をいたわる、心ある人の声だった。

 

 

「君は優しい子じゃよ──マリア」

 

 

 

 ***

 

 

 

 廊下でハグリッドに捕獲された。捕獲という表現が的確な、なんとも間抜けな姿を一年目終わりのホグワーツ中に僕は晒して回っていた。ハリーの回復を聞いて早くも泣きべそをかくハグリッドの脇に、彼の大きな片手で丸太でも運ぶみたいに抱え上げられているのだから。

 もちろん不本意である。後ろから大男にぐわしッと腰をわし掴まれて、慢性型栄養失調気味のマリアに魔法抜きで抵抗ができると思うかい? これがハグリッドじゃなきゃ無言呪文での対抗も辞さなかったとも。あとは突然走り出す暴走ケンタウルスなんかも、例外で。

 

 さて、そんな僕らを見る教師や生徒の眼差しは妙に生ぬるく微笑ましげで、ハグリッドの奇行に関してはある程度(慣れと諦めから……)穏やかに受け流せるようになった僕だけれど、ギャラリーのキレイな手のひら返しについてはちょっとだけ心がくさくさしていた。……どいつもこいつも、三日と少し前とは大違いじゃないか。

 

 

 ──ハリーがクィレルとその裏にあるヴォルデモートの企みを阻止し地下空間からの生還を果たして、今日で四日目になる。ハリーの意識そのものが戻ったのは三日目、つまり昨日だ。当然、僕を含む、ハリー・ポッターと懇意にある友人のほとんどがこぞってハリーを見舞おうと癒務室へ殺到したが、これまたお約束のように怒れるマダム・ポンフリーに追い返され、結果、ハリーの兄弟である僕が代表して翌日にリベンジを果たすこととなった。

 と、まあ、ハリーを疲れさせないため……なによりマダムを刺激しない為に、本来なら僕一人で癒務室に突撃する予定だったんだけど……はてさてどこから聞き付けたのやら。こうなっては、大きな体のくせに泣き上戸なところがチャーミングな彼も、一緒に癒務室へと連れて行くしかなさそうだ。

 

 身内とはいえ少し前まで意識不明だった患者への面会に相変わらず難色を示すマダム・ポンフリーをどうにか説き伏せて、ハグリッドを引き連れてベッドの住人と化したハリーを見舞う。実際のところ、彼に力技で運ばれてきたのは僕の方だけども。

 擦り傷だらけのハリーを前にして自分のせいだとおんおん泣くハグリッドの隣で、ハリーと困ったねえ、なんてのんびり笑い合う。しかして、次に胸をつまらせる事になるのは僕たちだった。

 

 

「お前さんらのご両親の学友に梟を送って、二人の昔の写真を集めたんだ。──やっぱり、よう似とる」

 

 

 ハグリッドから手渡された、つたなくてあたたかい、そして懐かしいハグリッド作の皮表紙のアルバムを二人で一枚一枚とめくっていく。時間をかけてゆっくりと、写真の中だけになってしまった人達を指でなぞる。

 ハリーによく似たくしゃくしゃ頭の男の人が、楽しくてたまらないと手を振ってくる。マリアによく似た美しいかんばせの女の人が、嬉しくてたまらないと目尻をほころばせて微笑む。

 ああ──少しだけズルをして徒人より長い人生の記憶を持つ僕は、両親についてはハリーの頃にすでに気持ちの整理をつけていた。けれど、この小さなハリーにはまだまだ必要なものだろう。僕だってもちろん──また会えてうれしいよ。父さん、母さん。

 

 アルバムを囲んだままなにも語ることのできない僕たちに、ハグリッドは片手ずつで僕らの頭を掴むように撫でると、癒務室を後にした。残された僕たちは、改めて会話することもなく父さんと母さんの姿を眺め続けた。そして、ページを最後までめくり終えると、ハリーが代表して優しく丁寧にアルバムを閉じた。

 ほう、と、彼のやわらかな吐息がアルバムの上に降り落ちる。続けて、ころんと無垢な声が告げる。

 

 

「僕たち、家族だね。マリア」

 

「そうだね。ハリー」

 

 

 アルバムを中心に、僕の兄弟と額を突き合わせクスクス笑う。ここはホグワーツの癒務室だっていうのに、まるでプリベット通りの階段下の物置部屋にいるような心地だった。──ハリーとずっと、二人きりでいられた場所だ。

 

 

「……ねえ、マリア」

 

「うん」

 

「マリアにだけは、言っておきたいんだ」

 

「なぁに、ハリー」

 

 

 額から肩へ移動した彼の頭を撫でる。……やっぱり、ネビルよりもずっと軽いや。

 

 

「あの時──クィレルに抵抗しているとき、マリアの声がしたんだ」

 

「そう」

 

「それで、僕、安心した。気を失っちゃった。……だから、僕は知らないんだけど」

 

「うん」

 

「……僕、クィレルをころしてしまったのかもしれない」

 

「…………」

 

 

 優しい子だ。この子は。このハリーは。僕よりも、ずっと。

『僕』はそれを口にするのに──それを理解し、己のはじめの罪として呑み砕くまでに、気が遠くなるような時間を要したというのに。

 兄弟がいる君って、すごいよ。もう辿り着けちゃうんだ。

 

 

「ハリー」

 

「うん」

 

「ちっとも慰めにならない、ほんとうの話をしてあげる」

 

 

 相変わらず肩に押し付けられたままのくしゃくしゃの頭を手慰みに撫で続ける。この数日でこれまで重ねがけしてきたブラッシングの魔法は残念にも解けてしまったようで、ハリーの毛質はよくよく覚えのある憎らしいごわごわ頭に戻っていた。……また、僕直々にブラッシングしてやらなくちゃ。

 

 

「ユニコーンの血を飲んだのはクィレルだ」

 

「……うん」

 

「たとえばヴォルデモートの意志がそこにあったのだとしても、血を受けた肉体はまちがいなくクィレルなんだよ」

 

「……うん」

 

「ユニコーンの血を飲んだものがどうなるか、フィレンツェが教えてくれたね?」

 

「──呪われる」

 

「君は、永遠に呪われるくらいなら死んだ方がマシだ──て、フィレンツェにそう言った」

 

「…………」

 

「クィレルは最早どうにもならなかったんだ」

 

 

 ハリーがゆっくりと顔を上げた。

 

 

「ほんとうに、ちっとも慰めにならないや」

 

 

 鼻頭も眼鏡のない目元もくしゃくしゃにして、英雄への茨道を歩み始めたちっぽけな男の子は鼻声になりながら笑った。

 

 

「僕が、殺したんだね」

 

 

 ──そう。僕が、ころしたんだ。

 

 

 それから、マダム・ポンフリーにハリーの学年度末パーティーへの出席許可を懇願し退院させてもらえるまで、僕らはベッドの上で寄り添い続けた。

 

 

 

 どうにかこうにかマダムの城を抜け出し大広間についた頃には中はすっかり生徒や教師で埋まっていて、ハリーとマリアがさりげなさを装いながら入室したところで途端に奇妙な沈黙が降りたけども、ロンとハーマイオニーがあらかじめグリフィンドール席に二つ分空きを作っていてくれたおかげで席取りに不自由はしなかった。

 ハリーと並んで席に着いて、無事に包帯の取れたハリーの頭がぐるりと広間内を見回すのを見留める。──テーブルクロスや垂れ幕を彩る映えあるカラーはシルバーとグリーン。いくらハリーの冒険が『秘密』として周知の身にあるとしても、僕たちの違反によってスリザリンと大きく寮点差が開いた事実を突き付けるような光景に気まずさが拭えない。こればかりは、ハリーのみならずハーマイオニーやロンまでもがグリフィンドール席にて小さく縮こまっているのが見えた。

 ……まあ、彼等よりも『これから起こる事』を思って、もっと複雑そうな表情の生徒がスリザリンの席にいるのだけども。こればっかりは……グリフィンドール贔屓だよなぁ、ダンブルドアって。

 

 

「また一年が過ぎた!」

 

 

 僕にとってはお馴染みの校長演説が始まる。一年を通したこれまでの振り返りや、これから経験する夏休みでの諸注意。進級するにあたっての心構えと、ホグワーツ生として求められる姿勢の話──それらの過程を経て発表された各最終寮点数は、グリフィンドールが二九二点、ハッフルパフが三八九点、レイブンクローが四〇五点、スリザリンが四二二点だった。トップとブービーの圧倒的差に、スリザリン席から盛大な歓声が上がる。

 だがしかし──ダンブルドアから続いた「最近の出来事も勘定せねばならない」の言葉に、不本意に騒ぎは静まった。

 

 

「かけ込み点を与えよう。まずは、ロナルド・ウィーズリー君」

 

 

 ダンブルドアから名指しされたロンがパチパチとブルーの目を驚かせる。チェスの腕前から五十点──そばかすもわからなくなるくらいロンの顔が真っ赤になった。

 次に、ハーマイオニーの冷静さと論理への完璧な対処に五十点が与えられた。ハーマイオニーは机に伏して喜びの涙を流していた。──そして。

 

 

「ドラコ・マルフォイ君」

 

 

 それは誰にとってもまったくの不意打ちで、咄嗟にスリザリンの席をうかがい見てみれば、ドラコははじめて演技もなしに年相応の顔をしていた。十一歳の、幼くて可愛いただの男の子の顔を。

 いつもわざとらしく貼り付けている紳士面すら忘れてあんぐりとしている彼の姿に、こらえきれず小さく笑う。

 

 

「寮の垣根を越え、友のため、真の友情を示してくれたことを称え──スリザリンに五十点を与える」

 

 

 再びスリザリン席から惜しみない喜びの声が上がった。これでグリフィンドールの点数が三九二点、スリザリンが四七二点だ。すっかり結果が見えなくなって、ハッフルパフもレイブンクローも巻き込んで生徒たちは興奮状態にあった。

 着々とハリーに五十点が与えられる。──グリフィンドール四四二点。ネビルの勇気が称えられる。四六二点。

 ふいに、ダンブルドアが口を閉じた。ああ──視界の端でグリフィンドール生の誰かが肩を落としたのが見えた。残り十点、まるでジョークのような追い込み劇は、しかしブービーの逆転下剋上で幕を閉じるには僅かに運が足りなかったようだ。

 ──けれど。どうしてだろう。驚くほど、不満も悔しさも湧いてはこなかった。いっそ清々しいくらいなのだ。このままスリザリンに勝ち抜けされたとして、あのスリザリンに対しておめでとうと、僕は心から笑って言ってやれる気がした。

 君の、あんな顔を見ちゃったからかな。あんな──生まれてはじめて大人に褒められた、子供みたいな顔をさ。

 

 ──コホン。夏の夜だというのにすっかり冷えてしまった大広間内の空気を、老人の咳払いがコミカルに割ってしまう。宙を漂うキャンドルをもとに青い瞳は一際キラキラ輝いて、不安気だったり得意気だったりする子供たちの顔を鷹揚に見回す。そして。

 ダンブルドアは最後に────僕を見て微笑んだ。

 

 

「正義を持って巨悪に立ち向かう勇気。友と共にたたかう勇気。そして友を止める勇気。どれを取っても素晴らしく得難いものじゃ。だが、そうなるとこの勇気も間違いなく称えねばならんのう。──マリア・ポッター嬢。不安を一身に抱え、友を信じて待ち続けたその精神力を称え、グリフィンドールに十点を与える!」

 

 

 ワァ──! ありとあらゆる声が爆発した。真っ先に隣のハリーが僕に抱きついてきて、負けじとハーマイオニーが後ろから飛び付いてきた。ロンが机の上まで飛び上がり、ネビルは目をまん丸にしてほろほろ泣いていた。

 つまるところ、寮杯はグリフィンドールとスリザリンの引き分けだ。だがしかし、ダンブルドアのこの采配にどこからも文句の声は上がらなかった。ハッフルパフからも、レイブンクローからもだ。

 前代未聞の赤と緑で分けられた室内装飾は華やかで美しく、まるで、気前良くもう一度やってきたクリスマスパーティーのようだと思った。

 

 寮杯にしろ賢者の石の件にしろ、ハリー・ポッターであった僕がマリアという何の変哲もないただの女の子として過ごすホグワーツに不安がなかったかといえば勿論それは嘘だ。だけど────うん。こんなウソみたいなハッピーエンドも、わるくないや。

 

 

 

 ***

 

 

 

 キングス・クロス駅行きのホグワーツ特急にて。行きの乗車時より倍近く増えた荷物を思い出と共に車内へ押し込み、当たり前に僕の席まで取ってくれていたハリーだが、それはロンとハーマイオニーに譲って──頼れる親友たちに弟の世話を任せた、ともいう──ハリーに断りを入れた僕は、かさばるからとクラッブとゴイルを荷物と一緒に置いてきたドラコと改めて二人きりのコンパートメントを取っていた。即席、秘密の会議室の完成だ。

 

 

「お疲れさま、ドラコ。本当に助かったよ。ハリーとの冒険はとーっても、大変だっただろう?」

 

「まったくだ」

 

 

 労りが二割、からかいが八割を占める僕の声色を受けて、心底嫌そうにドラコが頭を振る。パラパラと揺れる彼の金髪は、心做しか収穫遅れのくたびれた小麦のようにも見えた。もしくはうっかり洗濯してしまった絹のハンカチとか。──つまり、ちょっぴり不憫ってこと。

 

 

「君から事前に先生方が仕掛けた罠の話は聞いていたが……君、いや、君たち、あんなものを当時ノーヒントで切り抜けたのか」

 

「そうそう。十一歳で、右も左も魔法もわからない状態でね。いつだって命懸けさ」

 

「……英雄殿はずいぶんと、荒々しい神に愛されているようで」

 

 

 睨み合うようにして男のブルーグレーの瞳と見つめ合う。そして、次には同時に吹き出していた。

 だって。同じマルフォイからの皮肉だっていうのに、こんなにも優しく聞こえるだなんて──おかしくってたまらないや。あんなに嫌な奴だったのに。今でもおおよそ嫌な奴には変わりないけれど。

 そうして一頻り声に出して子供っぽい感情を吐き出せば、やがて大人ぶった沈黙がしんみりと僕等を包んだ。

 

 

「──ダンブルドアは知っていたのか」

 

「もちろん」

 

「でも、ハリーたちを助けなかった」

 

「あの人の掌の上で転がされてるくらいがちょうどいいんだよ」

 

 

 答える。密やかに。決して、マリアの声がさびしい子供の声になってしまわないように。

 そんな僕になにを思ったのか、ドラコは何度か指先で宙を掻いたのち、迷いを振り切ったようにそうっと僕のこめかみの辺りへと青い指を伸ばした。

 少年の指が少女の赤髪を割いて、滑って、撫ぜる。何度も。ゆっくりと。

 

 

「お疲れさま、マリア」

 

「……うん」

 

 

 未知と魔法と冒険が詰まった古城は今や遥か遠く──終着キングス・クロス駅に到着するまで、僕らは言葉を必要としなかった。ただ、やさしい時間を過ごした。

 

 来年も彼の手が隣にあればいいと祈りながら。

 

 

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