マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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ドラコのおもりの話【賢者の石編】

 

 

 勇気を持って立ちはだかった友人・ネビルを力業で押し退け、大層後ろ髪を引かれながらも透明マントでの移動を開始したハリーとロンとハーマイオニーの三人は、はたして、グリフィンドール塔の階段をくだりきったところで思わぬものに激突した。

 

 

「諸君、前方不注意だぞ」

 

「「マルフォイ!」」「──ドラコ!」

 

 

 サンザシの杖を手に大仰に腕を組んだつめたい相貌の少年が、月夜を舞台に優雅に佇んでいた。──ドラコ・マルフォイだ。

 その人は、嫌味っぽく口角を上げながらも、心底呆れたふうにハリーたちを見ていた。現在、透明人間であるはずのハリーたち三人を、うつくしいアイスグレーの表面に映し、はっきりと。

 はてさて──なんということはない。塔から降りてくる三つの足音に耳を澄ませ待ちかまえていたドラコが、わざと己の身をぶつけたのだ。その衝撃で、三人を覆っていた透明マントが捲れてしまったのだった。

 

 

「そこを退けよ、マルフォイ」

 

「お願い、通して。どうしても必要なことなの」

 

「ドラコ……」

 

 

 ネビルに続き、その優秀さからネビルよりも遥かに厄介だろう障害の登場に、焦る気持ちのまま子供たちは三者三様と男へ威嚇し訴え懇願する。

 ドラコは悪いやつじゃない──そう、ハリーは信じている。けれど、彼は時と場合によって我関せず顔をするところがあるのも、また事実だった。このままもしも、先生のところへ駆け込みでもされたら──

 

 

「ここを通すのはやぶさかじゃない」

 

「ドラコ……!」

 

「ただ、僕もついていくぞ」

 

 

 飄々とした様子のドラコから飛び出した思わぬ提案に、誰よりも早く声を上げたのはロンだった。

 

 

「なんだってお前がついて来るんだよ、僕らがなにしようとしてるか知らないくせに!」

 

「──賢者の石、だろう?」

 

 

 ついにその人から決定的な単語を持ち出され、それにハッと同時に黙りこんだ三人は、やがて誰ともなく困惑に満ちた視線を重ね合わせた。

 

 

「なに、足手まといにはならないさ。さぁ時間がない。マントのスペースを開けろ、ウィーズリー」

 

 

 子供たちの戸惑いなどまるで意に介さず、押し切る勢いで透明マントの中へと侵入したドラコに──ロンが物凄く、非常に、極めて、嫌そうな顔をした──ハリーがポツリと呟く。

 

 

「……マリアだね?」

 

 

 ドラコは答えなかった。代わりにかの白皙に浮かぶのは、彼が時折マリアに見せていた嫌味っぽいシニカルな笑み──それこそがハリーに対する答えであったので。

 

 

 

 ***

 

 

 

 途中エンカウントしたピーブズを、奴が苦手とする血みどろ男爵の声真似で撃退した事により、ハリーの思わぬ特技が知られたところで、待ちかまえる三頭犬を前に仲間たちへとハリーは小声で囁いた。

 ──怪物の足元に秘された仕掛け扉は、すでに何者かによって開かれていた。

 

 

「ロン、ハーマイオニー、ドラコ──戻りたかったら、戻っていい。君たちを恨んだりはしないから。マントも持っていってくれ。ここからは──」

 

「四人で行くんだものね。もう誰にも見られないから、確かにマントは必要ないわ。……あなたにも、わたしたちにも」

 

 

 ハーマイオニーが、そうでしょう? と残す二人へと微笑みかける。それに、彼らもまた一様に笑んで、迷いなくうなずいた。

 

 

「行こう、ハリー」

 

「……うん」

 

 

 ハリーを繋いだロンの手は、いつだって一緒の兄弟・マリアのものとはまるで違ったけれど、それでもハリーにとっては同じくらい心強かった。

 ハーマイオニーの勝ち気な宣言も、ドラコの涼やかな眼差しも──仲間たちのすべてが、今この時、ハリーの一歩を支えてくれているように感じた。

 

 

「あのハープで罠を突破したんだな」

 

 

 ハリー・ロン・ハーマイオニーの隣に並んで、六つ目でばっちりハリー達を捉えている三頭犬の足元に転がるハープを見て、ドラコが推測する。

 ハグリッドが不届者から賢者の石を護る為に仕掛けた第一の罠──三つ頭の番犬フラッフィーは、音楽を耳にすると眠ってしまう弱点を持っているのだ。

 すなわち、ハリー達がやってくる前に扉を開いた何者かは、その弱点を利用し、そこに転がるハープ(おそらくは魔法の──)を犬への子守唄に使ったにちがいなかった。

 

 

「どうしよう……アレをもう一度使うとなると、だれかがフラッフィーのところに近付かなくちゃいけないわ」

 

「冗談だろ? あんなのにノコノコ近付いたりなんかしたら、頭からバクッ! そんでもって、両脇からもバクッ! だぜ?」

 

「落ち着いて、二人とも。大丈夫、アレは使わないよ。僕、このために笛を持ってきたんだ。──見ていて」

 

 

 小声ながらも騒々しくわめく親友二人を制して(ちなみに、もう一人のかなり性格が悪いほうの友人は、半巨人が飼い放す躾のなってないバケモノに近付くなんて二度とゴメンだ、という面持ちで沈黙を選んでいた。)ハリーがパジャマのポケットから取り出したのは、質素で簡素な横笛だ。ロンはそれに見覚えがあった。クリスマスプレゼントにハグリッドがハリーへと贈った、大きな友人お手製の横笛だった。

 それに、ハリーが薄く唇を当てる。メロディーというより梟の鳴き声みたいな、不思議な音が犬の唸り声と混じる。しばらくして──とうとう、秘宝の番犬フラッフィーは、三頭共がスコンと眠りに落ちてしまった。

 

 

「よし、ハリー、そのまま吹いていてくれ」

 

「マルフォイ?」

 

 

 ハリーの知恵により一時的に脅威が去ったことで、見た目ばかり冷静に振る舞っていた男が今度こそためらいのない足取りで仕掛け扉の中を覗き込む。

 ところが、穴のようになっているソコはずいぶんと深いようで、全貌はおろか底すらろくに目視できない有様だった。

 

 

「…………」

 

 

 こんこんと暗闇を見つめるドラコを子供たちが見つめる。沈黙──否、犬の唸り声っぽいイビキとハリーが適当に奏でる妙ちきりんな笛の音だけがその場にあった。ちょっとだけ迷う素振りを見せてから、ハリーとロンを置いてそうっとハーマイオニーがドラコの傍に立つ。ロンはハリーの横で、笛を手放せない彼に代わるようにして杖を握りしめていた。

 そうして、骨ばった華奢な背に不安混じりの幼い三つ分の視線を受け止めるドラコは、しかし彼の頭の中にあったのはこの場にいないマリアの言葉だった。

 一番目の罠は番犬ケルベルス。そして、二番目の罠は──

 

 

「……よし、ここは僕が先に降りる。問題なければ下から光を打ち上げるから、君たちもついてきてくれ。ハリー、悪いが君は最後だ。笛を吹き続けて」

 

 

 求められずとも懸命に笛に息を吹き込み続けていたハリーが、目を白黒とさせながらもドラコの指示にうなずく。フォーンと笛の音が間抜けに揺れた。

 

 

「そんな、ひとりでだなんて。危険よ、マルフォイ」

 

「今さら危険じゃないことなんてないさ」

 

 

 ハーマイオニーのいじらしい制止の声を振り切り、マルフォイお得意の──ロンいわくの“キザでスカした”笑みを浮かべたドラコは、そして穴の中へと落ちていった。落下最中に杖を取り出し、自身に速度緩和の魔法をかける。ふわり。無事、軟着陸に成功だ。踏みしめた穴の底の感触から、二番目の罠もマリアの情報通りであると悟る。

 フム──まるで光の差さない上空を見上げて、ドラコは再度杖を振った。

 マリアからは、子供たちに対して過保護にする必要はないと言われていた。ようは、彼等がどうにもならなくなるまで、あくまで付き添いである大人(ドラコ)は手出し無用だと。ならば──

 

 杖先から直上に光が飛んでいく。程無くして、次に穴に落ちてきたのはロンだった。彼にも激突直前に魔法をかけて減速させる。それでも、なぜだかノッポの男の子は尻をしたたかに打ち付けていたが。

 ロンとドラコの無事をうかがってからハーマイオニーが続き、最後にハリーが落ちてくる。ハリーのことはお馴染みの減速魔法を使用、かつ、さりげなく自身の手で受け止めたドラコである。贔屓がわかりやすい。

 

 

「あ、ありがとう、ドラコ。これ、植物かな…………ハーマイオニー?」

 

「あなたたち、なにぼさっとしてるのよ! あぁほら遅かった!」

 

 

 穴底に四人仲良く合流したところで、いつの間にか壁に貼り付いていたハーマイオニーをハリーが不思議そうに見ていると、そのハーマイオニーはとんだ間抜けを見る眼差しで指さした。──ツルが巻き付く彼らの足元を。

 

 

「う、うわ、なんだこれ!」

 

「動かないで!」

 

 

 混乱した状況にありながらもハーマイオニーが続けた叱責じみた一言により、ハリーは従順に停止したが、殊更大きく身をよじってしまったロンはとっくに胴までツルに締め上げられていた。ドラコははじめから動いていなかった。

 

 

「これ……そう、そうよ──『悪魔の罠』だわ」

 

「名前がわかって大いに結構! そのまま対処法まで出てきたら完璧なんだけどね!」

 

「あなたは黙ってて! 今、思い出してるのよ!」

 

 

 お調子者だけれど気になる女の子にはちょっぴり意地っ張りな男の子・ロンの、相も変わらずこどもっぽい減らず口が暗闇に炸裂する。それを一歩引いた場所から見守るドラコは、少年少女の困った様子に未来でも痴話喧嘩の絶えない騒々しい夫婦の姿を重ねて、ひっそり苦笑いするのだった。

 ……まったく、あの赤毛はいくつであっても変わらないんだな。

 

 

「スプラウト先生はなんて言ったかしら……ええと、そう、『悪魔の罠』は、暗闇と湿気を好み……」

 

「──だったら火だ! ハーマイオニー!」

 

 

 ロンに絡むツルよりは低速だが、しかし着実にツルの先が腹まで上がっていたハリーが閃きを叫ぶ。ところがそれに対してハーマイオニーは、この場にあって最も信じられない言葉をハリーへと打ち返した。

 

 

「でも、薪がないわ!!」

 

「君はそれでも魔女か!!」

 

 

 こればっかりは、ドラコもプフッと失笑せずにはいられなかった。

 ……そうだな。魔法を知らないマグルが火を起こそうと思うと、薪とライターが必要なんだものな。

 ロンとドラコと、同じマグル出身な為に少しばかりハーマイオニーの失敗に対して共感しているハリーの反応を受けて、恥ずかしそうに咳払いで誤魔化しながらもハーマイオニーが杖の先へと火を灯す。ドラコも同じようにしてハリーのほうから救出する。やっぱり贔屓がわかりやすいドラコ・マルフォイであった。

 

 

 さて、火でツタを退治しながら一列に進んだ次の部屋では、扉を開いた瞬間におびただしい数の影が飛んでいるのが四人の目に見えた。それがあまりに多いものだから、一見は小鳥の群れが飛んでいるようにも見えたが、どうやら大小あらゆる形の鍵に羽が生えて、それ等が縦横無尽に宙を飛び回っているらしかった。その先、奥には、これ見よがしに錠のかかった扉と付近に何本かの箒が立て掛けてあった。これだけで、罠が何を要求しているかは明白だ。

 四人は順々に箒にまたがり、ハリーの指示のもと空飛ぶ鍵を追いかけた。──錠と同じ銀製で、だれかが掴んだ痕が羽に残る鍵を。

 

 ところでこのハリーは知らない話だが──そしてこの世界には存在しない真実だが──ドラコだってクィディッチ・シーカーを何年かやっていた経験がある。

 知識と経験則が良くも悪くも年若い外見に見合っていない少年は、はてさてスポーツに縁がないただの一年生にしては余裕綽々と箒を操りながらも、(少なくとも箒音痴のハーマイオニーよりは操縦が達者だと、あのロンですら認めている。)実のところ少しだけ、シーカーのハリーと勝負しているような気持ちになれて気分が上がっていた。

 ──『なつかしい』と。決して口にはできないその旧懐を、何かを見つけて急降下し遠ざかるハリーの背に感じながらも、男はそっと己の胸だけに秘めた。

 程無くして、結局は現役最年少(天才!)シーカーたるハリーが正解の鍵を掴み取るのだが、ドラコは三人から見えないところで、ほんのちょっぴり、子供みたいな満足の笑みを浮かべるのだった。

 

 

 次の部屋には大きなチェス盤があった。大人の人間が立つのと同じくらい大きな駒と共に、チェス盤だけが部屋の中央にあった。

 異質な光景に絶句する子供たちのあとに続きそれを確かめたドラコは、この場に至るまで幾度も思い返してきた“彼”の少女じみた声と表情を、またしても脳裏に浮かべた。──唯一、怪我人を出してしまった試練なのだと、深く悔やんだその顔を。

 

 チェスには一家言あるらしいロンの指揮に従って、立ちはだかる白陣営を打ち倒すべく、ハリー・ロン・ハーマイオニー、そしてドラコを含めた黒兵が動き出す。ゲームの戦況は奇しくも接戦し、マリアの知る『歴史』以上の人数──余計ものたるドラコが黒陣営の駒として加わったところで、やはり誰かが犠牲に取られなければ相手のキングを取れない状況にまで、ハリー等含む黒陣営は追い詰められていた。

 そうなれば、駒の立ち位置上もっとも有意義な捨て駒になれるのは──

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 ドラコのアイスグレーとロンのスカイブルーが、同じ意味合いを持って組み交わされる。

 皮肉にも、ロンもドラコもわかっていたのだ。魔法のチェスに慣れていないマグル出身の二人には想像すらできないこの後の展開が、同じ世界を生きてきたコイツにならば読めると。──今ばかりは、ロンの最大の理解者は親友のハリーでも賢いハーマイオニーでもなく、天敵のマルフォイなのだと。

 

 しかしドラコは、ロンの青褪めきったソバカス顔を見つめて、彼の覚悟の先まで見据えて、その上で勇敢な指揮官の思惑とは裏腹に懐の杖を握ろうとしていた。

 ──はてさて、この場合、防御しても判定上は取られたことに変わりはないのだろうか。ならば、ウィーズリーに『プロテゴ』をかけるのは間に合うか──

 とうとう、ロンが自分が囮となって敵に取られることを宣言する。ハリーとハーマイオニーがようやく事を察して、悲痛に仲間の無茶を止めようとした。

 けれども、ロンの意志は固かった。彼の青い瞳は、自身の負傷ではなくその先の仲間たちの勝利だけを見つめていた。それを見留めて、ドラコは少しばかり本心からロンを見直した。

 ──彼は赤い髪のグリフィンドールらしく向こう見ずの考えなしなことが多いけれど、しかしそこには最もグリフィンドールらしい高潔な騎士道の精神が存在するのだと。

 

 

「いいかい。僕が前進してクイーンに取られたら、ハリー、君がキングにチェックをかけるんだ」

 

「ロン……」

 

「ゲームに勝ったら、ここでぐずぐずしてちゃダメだぞ」

 

 

 避けようのない暴力が自身の身に降り掛かるとわかっていながら、恐怖に今にも倒れそうな顔色をしているくせに強がりで笑った彼に、無慈悲な白いクイーンの腕が振り落ちる。ハーマイオニーが声にならない悲鳴を上げる。ハリーが泣きそうな顔で歯を食いしばる。

 

 

「──プロテゴ!」

 

 

 石膏の腕が小さな頭を吹き飛ばす寸前──盾は張られた。だがしかし、一年生の身でかけた魔法では衝撃までもを庇うことはできず、呆気なくロンはチェス盤に叩き付けられて気絶した。

 すかさずハリーが白のキングを取りゲームにチェックをかける。そのまま、敵兵に引きずられていく親友を追って、ハーマイオニーと共に無我夢中で駆け出そうとした。そこに。

 

 

「──ウィーズリーの言葉を聞いてなかったのか!!」

 

 

 ドラコの怒声に、二人は立ち止まった。

 

 

「ウィーズリーなら僕が看る。君たちは先を急げ」

 

「でも……」

 

「僕の魔法の腕前を知ってるだろう? 足手まといにはならないと、はじめにそう言ったはずだ。……気になる女の子の前でがんばった男に恥をかかせてやるな、グレンジャー」

 

 

 ハーマイオニーはぐっと目に力を込めて、涙が落ちるのを堪えた。そしてハリーの手を引っ掴むと、扉を蹴破る勢いで先へと進んだ。

 それらを背だけで見送ったドラコは、念のためロンに治癒魔法を施しながらも、ほころんでしまう頬をおさえられずに呟いた。

 

 

「……まったく君は、いい男だな、ウィーズリー」

 

 

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