夏休み中の話(主にドビーとその妨害のこと)をしていれば、なつかしい愉快な家が見えてきた。
オッタリー・セント・キャッチポール村の隠れ穴──何十年ぶりだろうか。思わず目頭だって熱くなる。
……それは、ウィーズリー夫人の剣幕による涙と誤解されたが。
「ベッドは空っぽ! メモも置いてない! 車は消えてる! 母さんがどんなに心配したか……」
母より背の大きい息子たちが揃いも揃って縮こまっている。ハリーはたじろいでいる。
ああ、ほんとうになつかしいや。このかんじ。そのうち『僕』もこんな風に叱られるようになるんだ──息子として。
ひとしきり怒鳴り散らすと、モリーさんはふくよかな頬に愛想よくえくぼを浮かべて僕らを見た。
「よく来てくださったわねえ。ハリー、それから……あなたがマリアね? そこの問題児たちから聞いてるわ」
「僕のこと話してくれてたの?」
「「「モチのロンさ」」」
三人息ぴったりの返答にクスクス笑ってしまう。
ハリーだけでなくマリアのことまで……ああ、これはうれしい。
ダイニングへと案内されて、朝食をご馳走になる。僕らの細すぎる腕を見てモリーさんが次々とソーセージや目玉焼きを皿へ入れてくれるので、僕らは久々に満腹というものを味わった。大好きなモリー義母さんのご飯をまた食べられた事実に、またまた涙腺が緩みかける。
「ああ、あなたたちのことは怒っていませんよ。マリア、怖がらせてしまったかしら」
「いえ、いえ、こんな食事、久しぶりで……とってもおいしくて、嬉しかったんです」
「まあ……」
瞳を潤ませたモリーさんは、ひしっと僕らをやわらかな腕に包んでくれる。
「こんなに……ロンと同じ歳だっていうのにこんなになるまでひどい目にあって……ここでは自由にしていいのよ。ご飯もたくさん食べて。私のことは……ええ、そう、あなたたちさえよければだけど──もう一人の母と思ってちょうだい」
ハリーははじめての母性に触れて困惑していたけれど、僕はたまらず呼んでいた。モリー義母さんと。
「そう、そうよ、モリー母さんよ。かわいい子たち」
母を取られてしまったというのに、ロンもジョージもフレッドも、嬉しそうに瞳を細めていた。あたたかい場所だ──この、隠れ穴は。
そこに小さな女の子が現れたことで、空気はガラリと変わった。顔を真っ赤にして飛び上がってしまったネグリジェの女の子──ジニーだ。
すぐさま消えてしまったジニーに、ロンが君のファンなんだ、とハリーへ付け加える。
ジニー……やっぱりハリーが、好きなんだろうね。とても嬉しい、嬉しいけれど──
その場のみんなに断って、お利口に外で羽休めしていたヘドウィグの元へと向かう。ヘドウィグは、たらふく餌を食べ満足そうに胸を膨らませていた。
休んでいたところに邪魔してしまった僕へ、ホーと鳴く。
「……君がハリーを選んでくれた時は、さびしいけど、嬉しい気持ちの方が大きかったのにね」
僕は、わがままだ。
ヘドウィグの羽に鼻を埋めれば、ヘドウィグはもう一度ホーと鳴いた。
***
ウィーズリー三兄弟とハリーが庭小人を投げ回しているのをぼんやり眺めていると、目の前に立つ足があった。かわいらしい小さな女の子の足だ。
「あの、あなた──マリア・ポッター? ハリーの……」
「姉だよ」
「そう、姉の」
小さなジニーがもじもじしながらも、はっきりした声で、隣、いいかしら、と伺う。先ほどハリーを見て、顔を真っ赤にして逃げ出してしまった女の子とは大違いだ。
僕はといえば、幼い──かつての妻の姿に、抱きしめて頬にキスしてしまいたくてたまらなかった。
いくつであってもジニーへの愛情はなくならない。少女だって、老婆だって、ジニーならば僕は愛し続けられるだろう。
「あたし、ジニーよ。ジネブラ・ウィーズリー。あなたの一つ下で、だから今年ホグワーツなの。もう入学許可証が届いたわ。飛び上がるくらい嬉しかった。去年、兄たちがみんな汽車に乗っちゃって──一番上と二番目の兄はちがうけど──あたし、とっても悔しかったわ。あたし、ホームにいたの」
知ってるよ。君を見るために、見送りもないのに皆みたいに窓から身を乗り出したんだ──とは、言えなかった。言えないから、そっと頭を撫でてみた。
「おめでとう、ジニー。これからよろしくね。ホグワーツでも仲良くしてくれる?」
「もちろんよ! あたし、あなたのこと、ロンから聞いてるわ。しっかりもので、みんなの憧れで、ハリーと仲良しで──そしてとってもかわいい! でも、女の子らしくないの」
ふふふっと細められた明るい茶色の瞳に、きゅうっと胸が締め付けられる。
勝ち気だけど、ハーマイオニーとはちがってイタズラっぽいあなたのその笑い方が好きなんだ。
「ママが喜んでたわ。うち、男兄弟ばっかりで女の子はあたし一人なんだけど、兄さんたちの中で誰か一人くらい女の子でもよかったのにって、ずっと思ってたんですって。だから娘が増えて嬉しいのよ。ママったら、どれだけ子供を増やすつもりなのかしら」
楽しそうに話しながらクスクス笑うジニーに相槌を打つ。
表情のひとつひとつがかわいくてたまらない。そしてこの時間が愛しくてならない。
「でも、ほんと──あなたも赤毛だから──あなたの方が赤みがつよいけど──でも、だから──つまり──」
「お姉さんみたい?」
「……そう」
照れくさそうなジニーに、今度こそやわらかく抱きしめた。
「君が──君がそう思ってくれるなら、僕は君の姉さんになりたいよ」
「ほんとに?」
「うん。ハリーとジニーが、僕のかわいい弟と妹」
一瞬不思議そうにして、それから意味を理解したジニーは、再び顔を真っ赤にして、そんなんじゃないのよ! と叫んだ。それにロンとハリーが庭小人を投げながらきょとんと振り向くものだから、ジニーはもうたまらなくなって僕の背に隠れてしまった。
そこでからかった本人を頼ってしまうところが、ジニーのかわいいところだ。そしてそれは愛娘リリーにまで受け継がれるのだ。
「ジニー」
林檎みたいな頬を膨らませているジニーに謝りながら腕を広げてみれば、ジニーはしかたないわね、なんて顔で飛び込んできてくれる。
かわいいジニー。『僕』の愛した人。今だって愛してる、『僕』だけのジニー。
ハリー・ポッターの妻の、ジニー・ポッター。
そして僕は──マリア・ポッターだ。
きっとハリーはジニーに恋をするだろう。ジニーを愛するだろう。僕のことなんだもの、わかるよ。
そしてジニーも、ハリーを一途に見つめ続けてくれるだろう。
わかっていた。わかってるはずのことだった。
僕が女の子だからじゃない。──僕は、『ハリー』じゃないから。ハリーじゃない僕に、ハリーを想ってくれているジニーとの未来はない。
ならば、愛そう。ハリーを愛してくれるジニーを。
ハリーとジニーを見守ろう。二人から生まれてくるだろう子供たちを我が子のように慈しもう。たとえば彼──シリウスのように。
誰かを想うのに──立場なんて関係ないんだ。
あなたの『夫』でなくても、あなたたちの『父』でなくても──僕は僕の守りたいものを、愛したいものを見つめるから。
「一生独り身か」
「え?」
「ううん、ジニーはかわいいなって」
「ロンからあなたの話を聞いていなかったら、嫌味かと思うところだったわ」
「ええ?」
アーサー氏の帰宅を知らせるモリー母さんの声に二人とも立ち上がる。手を繋いで、ふふふっと笑い合う。
この小さな手が悲しみに濡れないように──僕はこの世界を愛そう。