ホグワーツ城付近までスネイプ先生の付き添い姿現しでやってきたポッターツインズを、グリフィンドール生は勇者の生還とばかりに持てはやした。本人の意志に関わらず、また嬉しくもないヒーローになってしまったのだ。ハリーは辟易としていたし、マリアはこれ以上バカげたあだ名を広めてくれるなとハーマイオニーに泣きついていた。
なにより────
「やぁやぁやぁ! ポッター君、ポッターさん!」
「「ウッゲェ……」」
新学期早々話題をかっさらっていった二人に能無しナルシストが黙っているわけはなかった。
「いけない子たちだ。君たちは度胸試しをしたつもりなのかもしれない。だがしかし、しかしだ。この私がある限り──」
「ロックハート教授? 先ほど、向こうの通りで先生とお話ししたいという生徒が先生を探していましたよ。先生の本を抱えてうぅっとりしてましたから、きっと貴著についてなにか感想を伝えたかったのかもしれませんね。お優しい先生のことですから、もちろん探し出して聞いて差し上げるのでしょう?」
「ええ、もちろんですとも! さあ、どの女子生徒かな」
「ええと……黒髪の…………スリザリン寮生の方でしたわ」
「そうですか、そうですか。黒髪の、スリザリンの女の子!」
ウキウキと歩き出したロックハートに、ハリーとハーマイオニーの手を取って競歩で距離を取る。うっとうしいターコイズ色のローブが見えなくなるところまで歩いて、手を離した僕はハリーと深く深くため息をついた。
「君の女の子のフリ、完璧だったよ。マリア」
「ありがとう、ロン。僕も、実は僕って女の子なんじゃないかと思ってたところなんだ」
「バカなこと言ってないで! マリア、さっきの態度、あれはよくなかったわ。先生がせっかく話しかけてくださったのに失礼よ。ロックハート先生……気を悪くされてないかしら……」
「失礼されたのは僕らだよ」
「気を悪くされたのも僕らだね」
「今頃存在してるかもわからないブルネットのマドンナを追いかけて鼻の下を伸ばしてるさ」
「伸びきっちまえ」
「まあ!」
存分に悪態をつく僕らにハーマイオニーは憤慨していたが、ロンは、フレッドとジョージを見てるみたいだ……君たちって双子だったんだ……とすっとぼけていた。君のそういうところが好きだよ、ロン。
「あの──」
ふと声をかけてきたのは、薄茶色の髪の小柄な少年──次は君か! コリン・クリービー!
コリンは顔くらいあるいかついカメラを両手で抱えて、目をキラキラさせて、頬は真っ赤に塗りたくってハリーを見上げていた。……ロックハートを見るハーマイオニーと同じ顔だ。
コリンの控え目に見えて物凄く押しの強い写真の催促に、ハリーがたじたじする。どうにかして恥ずかしい要求から逃げようとして────なぜ厄介ごとというのは得てして重なるのか。
「あぁら、目立ちたがりのポッターにおこぼれのポッター姉じゃない」
お呼びじゃないぞ──スリザリンのブルネットめ!
「ご機嫌いかが、パンジー?」
「ええ、おかげさまで最高よ。ドラコと朝から崇高ですばらしい会話をしてきたの、わたし。いつだってお祭り騒ぎしてるグリフィンドールのあなたとちがって優雅な朝だったわ。でも、今この瞬間から最悪に変わったわ。顔だけの尻軽姫がこぉーんなところでサイン会を開いてるんですもの。おいくら? 暖炉の火付け用紙程度の価値はあるのかしら?」
「顔は認めてるのよね」
「いつの間にマリアがサインすることになったんだよ」
シィ! さりげなく火種を投下しようとするんじゃない、ハーマイオニー、ロン。
「そうね、あなたが写っていた方がきっとより燃えると思うわよ。ご一緒にいかが?」
「なっ……どういう意味──」
「おや、おや? なんの騒ぎかな? サイン入り写真を配っているというのは誰かな?」
「「…………」」
途端に僕とハリーの目が死ぬ。ついでにロンも死ぬ。対比してハーマイオニーは輝く。ちょっと僕らにはその輝きは眩しいや。
わかっていたとも、騒ぎあらば湧くのが野次馬とこの男だ。せっかく見ず知らずのマドンナに足止めしていただいていたというのに────あ。
「まあ先生、よくお気付きになられましたね。実はこちらが先ほど言っていた先生の、大ファンの、先生の著書をこよなく愛する、勉強熱心な、ミスパンジー・パーキンソンです。すれ違いにならなくて安心しました。それでは」
「は? ちょ、ちょっと、あんた、え?」
「やあパンジー! 聞いたよ、君はずいぶんと私のことを……」
パーキンソンの困惑と能無しの間抜けを置いて再びハーマイオニーとハリーを掴んで走る。ロンは勝手についてくるのだからうっかり留まってしまいそうなハーマイオニー優先だ。注意されようが減点されようがかまわない。それ以上僕の視界にうるさすぎるターコイズブルーを映してくれるな!
「逃げきったか、今度こそ逃げきったよね。ねえ、ハリー」
「マリア、お忘れのようだから教えておいてあげるよ」
ロンが肩をすくめる。ハリーにそっと肩を抱かれる。ハーマイオニーはやっぱりぷんぷん怒っていた。
「次の授業は『闇の魔術に対する防衛術』さ」
──バジリスクに呑まれちまえ!
***
「それでグリフィンドールのお姫さまはご機嫌ななめなわけだ」
「今なら僕、君の口だって縫うよ」
最悪のDADA授業を乗り越えて現在、いつもの湖付近にて僕はふてくされていた。
ほんとうに、ほんとうに、無能が背伸びをするなっていうんだ。ピクシーすら扱えないくせに。収拾もつけられないくせに。無言呪文で、そのうえ杖を振るフリだけの杖なし魔法で! ハリーを守るのに手一杯だった。
腹いせにテストのQ32、ギルデロイ・ロックハートの得意な呪文は何? には『忘却術』と書いておいた。
「わるかった。ほら、存分に寝転べ」
憤懣やるかたない僕にドラコが自身の膝を叩く。言葉通りに寝転べば、散らばった前髪を払って額に手を置かれた。
ひんやりしていて気持ちいい。ハリーはあんなにも子供体温なのに。それはそれで気持ちよかった。どちらの体温も僕は好きだ。
「ドラコ…………君って、白いね」
「なんだ、突然」
色白を通り越して蒼白い彼の頬へと手を添える。やっぱりひんやりとしている。そしてスベスベだ。確かドラコの両親も不健康に見えるくらい白い人たちだったから、もしかして純血特有だったりするのだろうか。シリウスは……やつれてたからよくわかんないな。
「吸血鬼のようだろう?」
「根に持ってたか」
くすぐるような軽さで頬をつままれクスクスと笑う。そのまま、金糸の髪をヴェールのようにして見下ろしながら、ドラコは僕の赤毛を撫でた。時々指に巻き付けて遊んでいる。
「……ハーマイオニーに見られたらうるさそうだ」
「ああ、グレンジャー嬢の淑女教育か」
「君がチクったからだぞ。おかげさまで毎日ガミガミ小言さ」
「お前が軽々と男の部屋に泊まろうとするからだ」
「君だからなのに」
「…………」
無言でむにっと唇を指で押された。ハイハイ、『黙れ』、ね。
「……思えば、変だよね。僕たちって」
「なんだ、藪から棒に。今日の君は唐突だな」
「そういう気分。ミスター無能のせいで頭が回ってないのさ」
「そういうことにしておこう」
笑いながら目元をくすぐられた。そしてやっぱり指は髪と肌の間に戻るのだ。
「僕たち、いつからこんな風に触るようになったんだっけ?」
「…………」
「考えてもごらんよ。僕、君と握手すらしなかったんだぜ」
スコーピウスとアルバスのことがなければ、口だってろくに利いたかどうかもわからない。
ドラコをここまで変えたのはスコーピウスだし、アルバスがいなければ僕のスリザリンへの偏見はしこりになったままだったかもしれない。つくづく、親ってのは子供に振り回されるものだ。
「まずは挨拶から始めて……食事に行ったんだっけ?」
「子供の付き添いとしてな」
「そうしたら次は二人で会うようになった」
「そのうち家族ぐるみだ」
「ジニーは君のこと苦手だったみたいだけどね」
「学生時代に散々いじめてしまったからな」
「軽く死にかけるくらいいじめた僕とはこんなにも仲良しなのに」
「君のタフさに負けたのさ」
額をコツンと合わせて笑う。どこまで近付いても綺麗な顔だ。
──ああ、いつから。この距離の君が当たり前になったのだろう。
「僕たち──いつからこんな風に触れ合うようになったんだろう」
「……さあ、覚えてないな」
「そうだよね。…………僕も、覚えてないや」
君に最後にさよならを言ったのは────