「……ハ、リィ……?」
「マリア、マリア、無事だったんだね。よかった、ほんとうに……」
「ハリー! 君、どこでなにしてたんだよ!」
「僕、寝坊しちゃって。そうしたらチームのみんなが談話室に戻ってくるし、僕のことを本物かどうか確かめたりしてくるし……次にはこの放送で、マリアもロンもいなくて、もう、なにがなんだか」
まだジニーとハーマイオニーのことを知らないハリーへとロンが詰め入るのを止めて、シェーマスやディーンやネビルなどのハリーの同室者たちに断って寝室を貸し切らせてもらう。マフリアートを唱えてから、ハリー、と騒ぐ心臓を押さえつけて声を絞り出す。
「まず、今回の被害者は二人。ジニーとハーマイオニーだ」
「そんな……」
「そして、ハーマイオニーがこれを握っていた」
ロンからハーマイオニーの命懸けの手がかりがハリーへと渡る。
「バジリスク……だから、雄鶏が殺されて、だから、マートルが……だから、だから──つまり、これって!」
「化物の正体はバジリスクだ」
ハリーの顔が輝く。そして次には、ここ数ヶ月に渡って見せていた怯え顔へと戻ってしまった。
「……マリア。──僕、話すよ」
「……うん、わかった。ロン、席を外してくれる?」
「どうしてさ。今回の被害者は、親友と、僕の妹だぞ? 僕だけ除け者にされるいわれはない」
「まったくその通りだ。後で説明する。誓うよ。だから今はお願い」
「ロン」
僕とハリーとを見比べたロンは、小さく、絶対だぞ、と口にすると渋々部屋を出てくれた。
ありがとう、ロン。ちゃんと話すから。──すべて終わった後に。
「ハリー」
ハリーのベッドへ腰かけて、蒼い顔で睫毛を震わせているハリーの手を取る。冷たい手だ。どれほど緊張しているだろう。
「ちゃんと、信じるから。それで、抱きしめるよ」
「……ありがとう、マリア」
ハリーはポツリポツリと語った。
ロックハートの元で罰則を受けた日から妙な声が聞こえること。それが聞こえると被害者が出ること。他には誰も聞こえていないこと。被害者がことごとく自分の知り合いであること──
「ロンが言ったんだ。誰にも聞こえない声が聞こえるのは、狂気の始まりだって──僕、僕、自分が狂ったんじゃないかと思って」
「ハリー……」
「殺してやる、殺してやる──て。恐ろしい声が僕だけに聞こえるんだ。そのうち、僕がみんなを──僕が、やったような気がして」
「ハリー、それはちがうよ」
恐怖に顔を歪めるハリーを、正面から見つめる。
「ハリー、もうわかったはずだ。君が聞いた声はバジリスクだ。君は声に操られてたんじゃない。パイプで移動するバジリスクの声を聞いていただけなんだ」
「…………どうして?」
目をこぼれ落とさんばかりに開いたハリーから、戸惑いはなくならない。
「どうして、僕にバジリスクの言葉がわかるの?」
「どうしてって……」
それは、君がパーセルタングだから…………ああ!
そこでようやく僕は自身の失態に気付いた。
──ハリー、自分がパーセルタングだって知らないんだ!
そうだ。ハグリッドが現れるまで、ダーズリー家に魔法を欠片も気取らせなかった僕たちは、ダドリーの誕生日だっておとなしく留守番をさせてもらえた。二人で家を自由に使えることは楽しくて、それだけで満足していたから──このハリーは動物園に行ってない! あの愉快なニシキヘビと話してないのだ!
そして決闘クラブでは僕がパーセルタングを知る機会を防いでしまった──ハリーは自分が蛇と話せることを知らないままだ。
「ハリー、ハリー、落ち着いて聞いて。そしてどうか信じて」
「わかった。信じるよ」
あまりにもあっさりとうなずかれて、続ける言葉も忘れて惚けてしまった。
「……僕、まだなにも言ってないよ? これから信じられないことを言うんだよ?」
「うん。『実はお前が闇の帝王だったんだ』って言われても僕は信じるよ。マリアは嘘をつかないもの。……ううん、つくけど、それは僕を傷付けるためのものじゃない。意味のある嘘だ。だから、僕は嘘ごと、マリアの言葉を信じるよ」
「────」
ハリーのどこまでも澄んだ瞳に、僕は声を喉の奥底へと置いてきてしまっていた。
無条件の──無防備な信頼がこんなにも心地いいなんて。……くすぐったいや。
「マリア、こわがらないでいいよ。話して」
僕がしたように、今度はハリーに手を包まれる。
ああ──マリアにハリーがいて、ほんとうによかった。
「ハリー、君は──蛇と話せる」
「うん」
「それは魔法使いでも滅多にある能力じゃない。今までに確認されているのは、サラザール・スリザリン、その子孫、そして──ヴォルデモート」
「ヴォルデモート……」
「蛇と話せるとわかったら、まず、サラザール・スリザリンの子孫と思われる。……もしも君が──蛇語を話せる人をパーセルタングというのだけど──パーセルタングだとみんなが知ったなら、君は一番にスリザリンの継承者だと疑われていたよ」
「……そう、だね」
「ハリー」
瞳を伏せてうつむいてしまった弟を抱きしめる。……こんな気持ちだったのだろうか。彼も。
「今、たくさん考えてるよね。どうして自分がパーセルタングなのか、スリザリンと関係があるのか、……ヴォルデモートと自分はなんなのか。いっぱいいっぱいになってしまうね。……ゆっくりでいいんだ。ゆっくり理解しよう。焦らなくていい、全部受け止めようとしなくていい。君は君のままでいいんだ。──もしも、もしもすべてが嫌になってしまったなら」
トン、トン──背を一定のリズムで叩く。
「その時は、僕がなんとかしてあげる。……禁術でも使ってね」
大好きなハリー。たったひとりのハリー。僕の唯一無二の兄弟。
君のためなら──僕は僕を捨てられる。
「……あ、はは。やっぱり、マリアって過激だ」
くすん、と鼻を鳴らしたハリーは、そして晴れ晴れと笑った。
「ハリー、秘密の部屋を開くには君の『言葉』が必要だ。──力を貸してくれる?」
「──もちろん!」