マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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 ほんとうにいいの? そうしきりに振り返るハリーにマリアは勿論と微笑んだ。

 ここはイーロップふくろう百貨店。ハグリッドが二人への誕生日プレゼントに、使い魔として使役できる特別な梟を一羽贈ろうというのだ。その決定権をハリーが与り、命名権をマリアが預かった。

 

 しかして、やがてハリーは雪のように白くて美しい、気高い梟と共に店を出てきた。

 

 ああ────

 咄嗟に唇を噛み締める。

 

 やっぱり『僕』は彼女を選ぶのだ。どんな世界でも、どんな性格でも、ハリー・ポッターの人ならざる相棒は彼女だけ。

 

 

「ヘドウィグ──!」

 

 

 ハリーの手から提がる新品の鳥籠を無遠慮に開き、白いふわふわを腕に抱えて彼女の柔らかな羽に鼻を埋める。

 

 会いたかった。あの日、『僕』を庇って墜ちてしまった彼女。翔べなくなった君。

 こんなにもあたたかかったのだと、今さらになって気付く。

 

 

「……いい名前だね、マリア。君が気に入ってくれてよかった。僕も気に入ったよ。ヘドウィグ──なんだかはじめましてとは思えない響きだ」

 

 

 そう微笑んで、ハリーがヘドウィグごと僕を抱き締める。手の中も背中も泣きたくなるような体温につつまれて、こういう時だけ、兄姉論争の決着はハリーが兄さんでもいいかな、なんて調子の良いことを思ってしまう。

 

 

「ありがとう、ハリー。……僕、ずっとこの子に会いたいと思ってたんだ」

 

「そう。ならきっと、ヘドウィグも君に会いたかったんだね。僕、一目でこの子だ! て思ったんだ。それってもう、ヘドウィグが僕を呼んだとしか思えないでしょう?」

 

「アハハ、そうかも。ヘドウィグはとっても賢いから」

 

 

 秘め事と同等の声色でハリーと戯言を交わす、その間、僕らの腕の中のヘドウィグは逃げようともせず静かな瞳で僕たちを見つめていた。そして笑うようにホウ、と一言鳴くのだ。

 

 

「そ、そんなに喜んでくれるたぁ……うん……うん……ヘドウィグも嬉しかろうよ」

 

「なんでハグリッドが泣くのさ……」

 

「いや、いや、なんて幸せな梟だって、なあ」

 

 

 呆れたようなハリーの眼差しの先で毛むくじゃらがオイオイ涙で濡れていくのに、思わず感傷も涙も引っ込んでしまった。ウーン、これぞまさしくハグリッドマジックである。

 

 

「さあ気を取り直して、次は杖だ。魔法使いの杖といったら、オリバンダーじいさんのところと決まっとるんだ。お前さんたちに最高の杖を持たせてやらにゃ」

 

 

 泣き上戸のおわりに風呂敷みたいなサイズのハンカチでチーンッと鼻を噛んだハグリッドが、ついでとばかりにヘドウィグの籠を持って次の目的地に向かって歩き出す。籠に戻らずにいたことですっかり開放されたヘドウィグがクルクル首を回す。そして少し迷った末に僕の耳を甘噛みすると、彼女はやがてハリーの肩へとお淑やかに留まった。

 そうか──少し寂しいけれど、嬉しい気持ちの方が大きい。

 ハリーがヘドウィグを選んだように、ヘドウィグもまたハリーを選んでくれるのだ。

 

 

「さぁここだ」

 

 

 到着早々ハグリッドが指差した店は、随分とみすぼらしかった。扉なんてハグリッドが押しただけで外れてしまいそうだし、看板文字の金塗りが剥がれて情けないことになっているし。

 だがしかし、そんなことは気にもならないとばかりに大男の手が扉を押し開ける。ギィ──ガコン。あ、ほんとに傾いちゃった。気の利く誰かが後でレパロしてくれたならいいんだけど。

 

 

「まもなくお目にかかれると思っておりましたよ、ハリー・ポッターさん。それから……」

 

「マリア・ポッターです」

 

「ええ、そうでしょうとも。双子のマリア・ポッターさん。瞳でわかりますよ。あなた方のご両親が杖を買われた日が昨日のことのようじゃ」

 

 

 中から霧みたいに現れた老人──オリバンダーが、僕とハリーとをひとりずつじっくり眺めていく。そしてある一点に目を留めると、一際その部分──『ハリーの傷跡』を熱っぽく見つめた。

 

 

「──その傷をつけた杖も、わしの店のものじゃった。さて、お二人はもちろん、杖を買いに来られたんだろうね? であればさっそく、ハリー・ポッターさんから。杖腕はどちらかね?」

 

「えっと、あの、僕、右利きです。マリアも」

 

「ふむ。腕を伸ばして。そう」

 

 

 立ち呆けるハリーの周りを、老人にしては俊敏な動きで回りながらあらゆる箇所にメジャーを当てていくオリバンダー。やっぱり鼻の穴も測っていた。その情報はほんとうに必要なのだろうか。

 

 

「ではポッターさん、こちらをお試しください。ブナの木にドラゴンの心臓の琴線、二十七センチ、良質でしなりがよい。さぁ手に取って。──ちがう。ではこれを。楓に不死鳥の羽根、十八センチ、振り応えがある。──これもちがう。黒檀とユニコーンのたてがみ────ちがう、ちがう」

 

 

 あの杖を──次はこの杖を──そうして、苛立ちから次々に杖を渡しては引ったくっているかのように見えたオリバンダーは、しかし実際のところその表情は恍惚と興奮に震えていた。……うーん、やっぱり僕、ちょっとだけこの人苦手だ。ルーナのお気に入りなだけはある。

 

 はてさて。束の間の喧騒を経たのち、振り回されるハリーの元へとついに『あの杖』が届けられる。

 

 

「柊と不死鳥の羽根、二十八センチ、良質でしなやか。────ブラボー!!」

 

 

 バチバチと杖先から弾けた花火に老人の歓声と拍手が乗った。僕の隣でハリーの杖選びを見届けたハグリッドも、目一杯手を叩いて喜びを表した。その姿に(手のひらが誰よりも大きいものだから)シンバルを狂ったように叩く猿のオモチャを思い出した。

 

 

「素晴らしい……なんと不思議な……ああ、まったくもって……」

 

「なにが不思議なんですか?」

 

「わしは自分が売った杖はすべて覚えている。そしてその杖は珍しい兄弟杖じゃった。同じ不死鳥の尾羽根を使った──そう、あなたを傷付けた杖の」

 

 

 ハッとハリーが息をのむ。そしてまじまじと手元の杖を見つめた。

 

 

「魔法使いが杖を選ぶのではない──杖が、持ち主を選ぶのじゃ。さて、お次はマリア・ポッターさん、あなたです。腕を伸ばして」

 

 

 呆然とするハリーと場を代わり、鼻の穴を測られるのは回避しつつ一通りメジャーに巻かれた後、ハリー同様に試しの杖を取っ替え引っ替えさせられる。幾度も──幾度も──幾々────

 

 

「……あの、オリバンダーさん……?」

 

「ふむ、ふむ、ふむ。おかしい。これは奇妙な。まさかそんなことが? いや、いや、しかし。ふぅむ」

 

 

 オリバンダー老人が唸る間も、手の中で入れ替わる杖のスピードは緩まない。最早、握るというよりオリバンダーが差し出す杖へと手のひらを貸してるだけのような状態になっていた。ハリーにかかった時間なんてとっくに越えていた。

 

 

「まさか。まさか? そんなことがあるのか? なんとも……兄弟揃ってなんて難しい客じゃ」

 

「あのう……」

 

 

 困惑するマリアの声なぞまるで届かない。

 そのうちに、椅子に積み上げられていく試し済みの杖が百を越えると思われた、その時。

 

 

「お手上げじゃ」

 

「えっ」

 

 

 諦められてしまった。

 

 うそでしょ。まさか僕、杖なしでホグワーツに入学するの? そりゃ、闇払いもやってたハリー・ポッター現役時代なら杖なしで無言呪文だとかもやってみせてはいたけれど。

 杖を持たない新入生だなんて、悪目立ちどころの話じゃない。

 

 

「どれも合わないのですか……?」

 

 

 さすがにショックが過ぎて声を震わせる僕に、ハリーがそっと手を握ってくれた。

 ああ、どうしよう、ハリー。僕、入学が叶うかすら危ういよ。

 

 

「いいえ」

 

 

 僕の問いに、オリバンダーは一気に老け込んで見える顔で頭を振った。

 

 

「どれも合ってしまうのです。だから、選べぬのです」

 

「──?」

 

 

 どれも合ってしまう──?

 

 

「つまり?」

 

「魔法使いは、ある程度はどの杖を使っても使えないということはない。しかし自分の杖程の力は出せぬわけです。故に、自分だけの杖を手に入れる。けれども、あなたは──きっと、出せてしまう(・・・・・・)。だから、選べない。何故ならすべてが同じだから!」

 

「そんなバカな話があるか!」

 

 

 ごうごうとハグリッドの声が室内に響いた。音の暴力を受けて、箱の壁から数個、杖のしまわれた箱が落ちた。

 

 

「そんな──そんなの、俺ぁ聞いたことがない──ダンブルドアだってそんなことは────」

 

「おお、おお、そうだとも! だからわしは頭を抱えておる! ほれ、こうして! こんなことははじめてじゃ」

 

 

 突如勃発した魔法界の住人二人の口論を前に、当のハリーとマリアはひたすら混乱するしかなかった。

 それでも。

 決して彼等は殴り合いをしているわけでもないのに、一歩進み出て小さな背中でマリアを庇おうとするハリーを見て、マリアは──杖を得られなかった少女は、空っぽの手を拳に握り締めた。

 

 

「ヘドウィグ」

 

 

 教科書などの大荷物と共に椅子の番をしていたヘドウィグが、少女の声に応じて翼を広げる。

 腕に忠義の梟を留まらせた少女・マリアが、人ならざる友に向かって泰然と微笑む。

 

 

「ヘドウィグ、君に任せるよ」

 

 

 ホウ。梟が高らかに鳴いた。

 

 

「──これにします」

 

 

「は?」

 

「へ?」

 

 

 あんぐりと口を開ける大人たちの前で、しかしてマリアは杖を振った。ハグリッドの咆哮によって徒らに降り落ちた杖箱のひとつ──そして、無名の少女ただ一人の為に森の賢者が選んだ、その杖を。

 

 ぱちん。杖先から赤と薄い銀と緑の光が弾ける。部屋の真ん中で円を作りながら振り落ちる。

 ────それを、見ていた。

 少年が。少女が。魔法という不思議を知る人々が。

 間違いなく、今このとき彼女は世界に祝福されたのだと。

 

 

「杖が選べないなら、私が選べばいいんです。それだけのことでしょう」

 

 

 ──だから、醜い争いなんてやめてほしい。

 これ以上、ハリーに哀れな勇気など奮わせないで。

 

 

「これ、どういう杖ですか?」

 

「あ、ああ……それは、イトスギにセストラルの尾毛、二十八センチ。しなりにくいが力強い。──しかし、なぜそれが……それは……」

 

「なるほど。うんうん、確かに。握り心地もいいしデザインも好きです。気に入りました。だから、これにします」

 

「いや、いや、マリア、そういう問題じゃあ……」

 

「そういう問題だよ。その程度の問題だ」

 

 

 再び杖を振って、マリアは慈しむように我が物となった杖を杖先まで撫でた。

 少女のハシバミ色の瞳が、強い意思にきらめきながら二人を見ていた。

 

 

「────」

 

 

 その瞳に、ハグリッドは命を懸けるジェームズを見た気がした。

 

 

「……そうか。あなたは選ぶのか。あなたが自ら選ぶのか。その杖を」

 

「はい」

 

「そうか……」

 

 

 すべてに疲れたとばかりにオリバンダーが唯一面積の残っていた椅子へと座り込む。

 

 

「ええと、お代は」

 

「いいや、いりませんよ。ハリーさんのだけでよろしい。その杖の代金はいただかない。元々売る気のなかった杖じゃ。それは売り物じゃあなかった」

 

「でも、それじゃあ」

 

「だから、譲ると。そういう形にしましょう。セストラルの尾毛を杖芯にするのは、ずいぶん前にやめたのです」

 

「はあ……それは……どうも、ありがとう」

 

 

 ぐったりした様子のオリバンダーに戸惑いつつも七ガリオンを握らせ、ようやく一行は店を後にする。それを背中だけで送ったオリバンダーは、余命幾ばくかの床の老人のような声で囁いた。

 

 

「どうして……あの杖は隠していたのに、どうして……彼女がどうして……どうして…………」

 

 

 

 ***

 

 

 

 杖を手に入れてそれからの時間は、子供達にとってどうにも居心地の悪いものとなった。特に、ハグリッドが良くなかった。

 マダム・マルキンから制服を受け取って、電車で帰る準備をしながらハグリッドとハリーと三人でハンバーガーを食べる。

 

 

「……あー、マリア?」

 

 

 ハグリッドの手に乗せただけでおままごとのようなサイズになるハンバーガーは、やはりぺろりと平らげられてしまって(一番大きなサイズだったのに!)ハグリッドは手持ちぶさたに紙にくっついたケチャップまで指で掬っていた。

 

 

「まぁ、その、なんだ。……気にしなさんな」

 

「してないよ」

 

「そ、そうか。なら、ええが。……お前さんも特別だったっちゅうことだ。な? そうだろう?」

 

「だから気にしてないって」

 

「ん、ん」

 

 

 特別は特別でも劣等生の特別? なんて言葉をハンバーガーの最後の一口と共に飲み込む。

 相変わらずこの人は余計なことにばかり気を回して、人をイラつかせて──ろくに落ち込むこともできないじゃないか。まったく。

 

 

「──ハグリッド!」

 

「お、おお」

 

 

 大きな体のくせに縮こまるのが上手なハグリッドに向かって、電車の到着を知らせるベルの音にかき消されぬよう声を張り上げる。

 

 

「今日は楽しかった! 友達と、はじめて外で遊んだみたいだった!」

 

「マリア……」

 

 

 当たり前に繋がれる片手の体温に勇気をもらう。緑色の瞳が背中を押してくれる。

 

 

「だから、ありがとう。……僕が言いたいのは、それだけ」

 

「あ、ああ……ああ! んなもん、お安いこった! あっ、これ、チケット──ホグワーツ行きのチケットだ。九月一日のキングス・クロス駅。二人で、遅れずに来とくれ。──ホグワーツで待ってる」

 

 

 彼の手から二枚のチケットを受け取り確かに頷くと、無理矢理にでも大荷物を電車の中へと押し入れコンパートメントの窓を開く。

 

 

「「また、ホグワーツで!」」

 

 

 とおく──とおく────期待と、少しの不安と、ほんの少しの寂しさを胸に、大きなハグリッドの姿がやがて粒になっても、僕らは窓から魔法使いの友達へと手を振り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ見て、ハリー。このチケット、裏にケチャップの指紋がついてる」

「ハグリッドらしいや」

「ね。ふふふ」

「くふふっ」

「「あははははっ」」

 

 

 

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