マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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アズカバンの囚人とマリア
1ー1


 

 ポッター兄弟は、車も通らない夜中のマグノリア・クレセント通りにて、大荷物──ほとんどが学用品だ──を手に座り込んでいた。つい先程の騒ぎがうそのようだ。

 

 今回も僕たちは家出をしたのだ。

 

 

 子供にとって夏休みとは世間一般的に心踊るものだそうだが──現に(ハリー)の我が子たちはそうだった──僕たちポッター兄弟には当てはまらない。ドビーの件で不信感を持たれ、挙げ句窓を破って逃走してしまった僕たちは、これまたひもじく惨めな軟禁生活を送っていた。ロンがやらかした電話の件もある。ハリーが番号をロンに渡していただなんて知らなかったんだ。

 去年の衝撃が強すぎたダーズリーー家は、学用品をすべて物置へ放り込み『まとも』でないものに触れることを僕ら二人へと禁じた。すなわち、宿題をする手段を奪われたのだ。

 これはゆゆしき問題であった。世間一般的な夏休みの歓楽は与えられないというのに、世間一般的夏休み同様に宿題はたんまり課されている。地道に処理しなければ新学期早々待ち受けているのは罰則生活だ。

 困り果てた僕はピンを取り出した。──フレッドとジョージより直々に仕込まれたピッキング技術が唸った瞬間であった。

 さいわいなことに、前回窓を台無しにされたことがよほど堪えたのか、今回はヘドウィグも解放され窓も通常通り。家からは出られなかったが部屋にまで外鍵を取り付けられることはなかった。ハリーは辟易としていたが、それ以上の拘束生活を知る僕としては上々の出来だった。

 食料対策に両親の遺産で保存の利くお菓子や食品も買い込んでいたし、バースデーカードやプレゼントもヘドウィグが運んできてくれた。中々素晴らしい出だしだ。

 

 そして──今回も嵐の到来を予告された。

 

 その日、僕はロンのエジプト旅行の切り抜きを、ハリーはホグズミードへの許可証を眺めていた。

 

 

「おい、ガキ共」

 

 

 バーノン伯父さんが忌々しそうに目を部屋の隅へと逃がしながら告げる。マージおばさんの来訪を。ハリーは真っ青だった。ハリーはダーズリー一家よりもさらにマージおばさんが苦手なのだ。マージおばさんがやってくるたび酷い目に遭わされていた。……もちろん、僕も。

 ペチュニア伯母さんは多少なりとも実妹リリーへの感情を持っていたが、バーノン伯父さんの妹のマージおばさんには関係ない。僕を見るたびダッダーちゃんに色目を使うんじゃないよ! と喚いていた。意味がわからない。本当にわからない。

 

 僕はこの時、マージおばさん風船事件回避のためにさっさと家出してしまおうと考えていた。けれども──ハリーが、あんまりにもホグズミードの許可証を見つめるものだから、考えを改めた。

 ……たぶん、ダメだと思うけど──ハリーの気のすむまで、やるだけやってみようか。

 マージおばさんがいる間『まとも』なフリを徹底することで許可証へのサインの約束を取り付ける。

 

 結果──今回もマージおばさんは見事な風船に変身した。

 ぶくぶく膨らんでいくさまはマクゴナガル先生も十点をくれるだろう出来だった。罰則とセットで。

 

 怒れるハリーと共にひそかにまとめていた荷物を持って夜の街へと飛び出す。こうなる予想と準備はしていたが、唯一の誤算があった。ハリーが癇癪を起こした原因が、両親への侮辱ではなく僕への罵倒だったのだ。

 やはり女同士、目につくものは多いらしい。僕としてはどんな卑劣な言葉をかけられようが女心というものがないのでどうとも思わないのだが、ハリーはちがった。家族のために怒れるハリーはやっぱり父さんと母さんの子だ、なんて他人事に思った。なお、僕だってあの豚風船が使った言葉をジニーやリリーに向けられたなら、容赦なく杖を振り回していただろうけどね。

 非常にくすぐったい気持ちのまま、いまだ爛々と猫のように瞳を怒らせている弟を抱き寄せる。

 

 

「許せない、マリアにあんな──あんな言葉を──」

 

「男を誘ういやらしい雌ハイエナだっけ? あと、ファック・カ──」

 

「マリア!」

 

 

 小声ながらもしっかり叱られて、反省のポーズを取る。いつだってハリーが僕の分も傷つくから、自分で怒ることを忘れちゃうんだよ。ハリーへの攻撃は僕が怒るけど。

 

 

「……これから、どうしようか」

 

「どうしようね」

 

 

 夜風に当たり頭が冷えたらしいハリーが心細げに囁く。僕としては最終的にナイトバス一択なわけだが、その前にやりたいことがあった。

 

 ──いるだろうか。

 

 

「マリア?」

 

 

 手持ちぶさたにハリーを抱きしめながら、周囲を見渡す。闇に向かって特に目を凝らす。

 ……見つからないなら、それでいい。会いたいけど、今すぐにだって抱きしめたいけど、緊張もあって心臓がいたい。会いたいけど、会いたくない。

 焦がれているくせに見付からなければいいなんて同時に思っている自分に、情けなくて笑えてくる。

 

 

「マリア……?」

 

 

 ハリーが不安げに僕の顔を覗き込んだその時。──クゥン。

 窺うような鳴き声で、闇が分裂した。それは大きな犬の形をしていた。

 

 ああ────シリウス。

 

 

「マ、マリア、野良犬だ! 立って」

 

「大丈夫だよ、ハリー。急に動き出した方が警戒される。……お腹がすいてるんだ、きっと」

 

 

 ほんとうに、空いているんだ。こんな、骨と皮になってしまうくらいに。

 

 威嚇どころか怯えているようにすら見える黒犬は、のそりのそりと時間をかけて近寄ってきた。むしろ、僕たちに逃げる時間を与えてくれているかのようだった。……きっと、そうなんだろうな。

 

 

「こんばんは。あなたも迷子ですか?」

 

「マリア……犬に話しかけてもしかたないよ」

 

「ハリーがヘビと話せるなら、僕だって犬と話せてもおかしくないでしょう?」

 

「もしそうなら、まずはマージおばさんのリッパーに噛み付けと命令するだろう? 君なら」

 

「それもそうだ」

 

 

 クスクス笑い合う。ハリーも、見た目に反しておとなしい犬に気を許したようだ。……ほんとうに野良犬だった時はそんな簡単に油断しちゃダメだぞ、弟よ。

 

 

「ねえ、こっちにおいでよ。チキンがあるんだ。君にあげる」

 

「え、それってもしかしてペチュニアおばさんの夕食の? いつのまに?」

 

「ダドリーの皿から騒ぎにまぎれてこっそり。ダイエットの手伝いさ」

 

「マリアってほんと……」

 

 

 呆れたハリーが続ける言葉は抜け目ない、だろう。

 ずっとあげたかったんだもの。それこそ、生まれる前から──なんて。

 

 

「ここ、置いておくね。……ねえ、撫でていい?」

 

 

 三本ほど地面に置いたチキンを勢いよく貪る犬に、そっと伺ってみる。ピタリと動きを止めた黒犬は、ずいぶん人間くさい動きと表情で僕を見上げた。

 ……正気か? て顔だね。

 そしてパチパチとまばたきをすると、再び頭を下げた。

 

 

「撫でていいって! ハリー」

 

「僕には食べるのに集中し直したように見えるけど……やめなよ、マリア。ヘドウィグもそうだけど、動物って食事の邪魔されたら怒る──こら、マリア!」

 

 

 ハリーの制止もなんのそのと犬の毛をかき混ぜ始めた僕に、ハリーがメッと叱る。そんなハリーに黒犬はビビッと耳を立てて驚いていた。……シリウス、今、自分が犬だって自覚ある? 感情がわかりやすすぎないかい?

 

 

「ハリーが大声出すからびっくりしちゃってるじゃないか」

 

 

 反射で顔を上げてくれたシリウスの首へと抱きつきながらからかってみれば、黒犬はどことなくオロオロしているように見えた。わかりやすすぎる。

 

 

「マリア……噛まれたってしらないからね。……魔法界に狂犬病の理解はあるのかな」

 

「ドラゴンに噛まれた手をどうにかできるくらいなんだから、犬くらいなんともないんじゃない?」

 

「そうかなあ」

 

 

 ハリーもおずおずと手を伸ばす。ごわごわで泥がこびりついた毛を指でかき分けて、地肌に触れてハッと息をのむ。

 

 

「マリア、この子……」

 

「……ね? お腹がすいてるんだ」

 

「うん……」

 

 

 獣の皮膚から肉を挟まず骨へ行き着いてしまったことに驚いたのだろう。美しい緑の瞳は痛ましげに歪められていた。

 大きな体格と伸び放題の毛に誤魔化されてはいるけれど──ほんとうに、酷い。

 

 ハリーと僕にもみくちゃにされて、戸惑いつつもおとなしく身を任せている黒犬をもう一度抱きしめる。

 シリウスが犬の姿でよかった。もしも人の状態だったら、脇目も振らず泣きわめいていたにちがいない。今ですら──ただ触れているだけでこんなにも苦しいのに。

 

 ごめんね、シリウス。もっとはやく、あなたを地獄から連れ出せていればよかった。

 

 僕は──ずっと逃げていた。

 

 気の済むまで体温を分けて、夏休み期間用に買い込んでいた非常食を袋ごとすべて彼の側へと置く。

 

 

「君のご飯にするんだよ。僕らなら大丈夫。……両親がびっくりするくらいお金を残してくれたんだ。二人でも使いきれるかわからないよ」

 

 

 ハリーもうなずいて、動揺しきりの犬を撫でる。牙を覗かせまいとする優しい彼の頬を包んで、瞳を合わせて鼻先にキスを送った。

 

 

「また、ね」

 

 

 また会えるよ。──(ハリー)の名付け親。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ナイトバスのえげつない運転で夜を越え、漏れ鍋前へと降りた。やはりコーネリウス・ファッジが待ちかまえていた。ファッジは、ハリーの肩を撫で背を撫で労ると、漏れ鍋の宿泊室へと案内した。僕のことはついでだ。ほんとうに、変わらない人だ。

 簡単な紹介を終え、ハリーが怖々とマージおばさんのことを告白する前に僕から切り出す。

 

 

「実は私が(・・)親戚のおばさんを膨らませてしまったんですが、処分はどうなるのでしょう」

 

「マリア!?」

 

「ハリー、やっぱり正直に言わないと。私のことを庇おうとしなくていいのよ」

 

「なに言って……」

 

「ハリー! 君はなんて優しい子なんだ! だがしかし、家族のためといえど事実を隠すのはよくない。そうか、そうか、君なのか。ハリー・ポッターでなく君が……」

 

 

 ファッジがひと安心とばかりに目を細めてうなずく。腹芸のできない人だ。

 

 事実を隠すのはよくない────どの口が。

 

 

「マリア、確かに君はやってはならないことをした。だが、法律というのは案外抜け穴があってね。一回目なら警告ですむ。処分はないんだよ、ハリー。安心なさい」

 

 

 こわい顔で唇を噛んでいるハリーへとファッジが軽快に笑う。彼としてはハリー・ポッターというブランドに傷がつかなくてなによりだろう。

 機嫌よさげに紅茶を飲み干したファッジは、行動範囲をダイアゴン横丁内だけにと僕らに約束させて出ていった。

 

 さて、厄介事はすべて払われたし──

 

 

「……マ、リ、ア?」

 

 

 まずはぶすくれる兄弟のご機嫌取りから始めようか。

 

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