マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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3ー1

 

 今年もクィディッチシーズンがやって来た。七年生のオリバーが悲壮感ただよわせながら優勝杯への決意を固めるものだから、チームメンバーも必死に練習に明け暮れていた。当然、花形シーカーであるハリーも雨風に当たりながら奮闘していた。我ながら……端から見ればめちゃくちゃなペースだ。

 だがしかし、今年はディメンター乱入事件がある。こればっかりは強烈すぎて、ハリー・ポッタークィディッチトラブル史上一番に覚えていた。なんたって相棒を粉砕されたのだから。

 

 今日も朝からせっせと励むハリーへの見送りに頬へとキスをする。隣で「姫、俺たちには?」とユニゾンしてきたビーターツインズは無視──したら、ブッチュと両頬に唇を押し付けて逃げられた。……今のは防御のしようがないよ、ハーマイオニー。だから睨まないでおくれ。

 

 

「ハリー、風邪、引かないでよ? 元気爆発薬でけむり出してるハリーもかわいいだろうけど」

 

「マリアってさあ……」

 

 

 ロンにどこまでも突き抜けた変人を見るような目で見られた。だって『僕』とちがってこっちのハリーは素直でいいこなんだもの。弟をかわいがりたい兄心、君ならわかってくれると思ったのに。え? 程度の問題?

 

 ふにゃふにゃ笑ってキスを返してくれたハリーを送り出せば、土曜日の本日の予定は終了だ。とりあえず、勉強してから勉強をし、仕上げに勉強しているハーマイオニーを刺激しない程度にソファにだらける。足元でブラシみたいな尻尾がふさふさ揺れた。

 

 

「おはよう、クルックシャンクス。ごきげんいかが?」

 

 

 かなり貫禄のある胴を持ち上げて膝の上へと乗せる。レンガに顔をぶつけたみたいな、実に特徴的な顔立ちをした賢い猫は、僕を見つめるとゴロゴロ喉を鳴らした。慣れると味のある顔も愛嬌へと変わる。中々かわいいじゃないか、お前。

 

 

「マリア、そのケダモノを放すなよ。スキャバーズが僕の鞄で休んでるんだから」

 

 

 ロンが今にもクルックシャンクスを引っぱたきそうな顔で迷惑がるものだから、ハーマイオニーはぶすくれた。いつの時代でもロンは口から失敗するのだ。

 そんな一番の親友に苦笑いしていれば、ギラリとクルックシャンクスの瞳が光った。咄嗟に太ももまで使って抱き止める。気持ちよさげな喉音は警戒の音に変わっていた。

 

 

「クルックシャンクス。わかってる、わかってるから落ち着いて」

 

 

 ふさふさの耳へと囁く。至近距離にある髭がピクピク動いた。

 うーん、さて、どうしようか。クルックシャンクスはちゃんと意味があってスキャバーズを狙ってるわけで……あれ、そういえばもうこの頃にはシリウスと接触してるんだっけ?

 

 

「ねえ、クルックシャンクス。僕とお話ししない?」

 

「マリア……」

 

「ハーマイオニー、クルックシャンクスを借りてもいいかい? 彼と話がしたいんだ」

 

「ええ、どうぞ、お好きに。わたしの猫が人の言葉をしゃべるだなんて、わたしは知りませんでしたけど」

 

 

 投げやりに手を振られる。わかりやすく呆れられている。ちなみにロンは「ハリーがヘビと話せるなら、マリアが猫と話せてもおかしくはない……?」なんてどこかで聞いたようなことを呟いていた。

 

 女子寮の寝室は休日の朝だというのに空っぽだった。同室者のパーパディとラベンダーが、すっかり信奉者となってトレローニーの自室へと入り浸っているからだ。大変都合がいい。

 腕の中ででろーんと後ろ足をぶら下げていたクルックシャンクスをベッドへと下ろす。そして隣に腰かけた。

 

 

「ねえ、クルックシャンクス。僕は君がご主人さまと同じくらいかしこいことを知ってるよ。だからどうか教えてほしいんだ。──ここ最近で、黒犬と会ってるかい?」

 

 

 ブラシみたいな尻尾が揺れた。僕はそれを肯定と受け取った。

 

 

「彼からなにか頼まれてる? 君は、彼に協力してるよね」

 

 

 チロリ。慣れれば愛嬌があるが、初対面ではお世辞にも愛らしいとはいえない、瞼に半分隠された目が僕を覗いた。

 

 

「その犬も、あの鼠も──『アニメーガス』だってことに、君は気付いてる。僕だって理解してる。そして君が、黒犬からなにを頼まれているかも予想はついてる」

 

 

 体を起こしたクルックシャンクスは、タシリと僕の手の甲を肉球で叩いた。なら、なぜ捕まえないんだ──そう抗議しているように見えた。元々、不満を常に抱えているみたいな顔立ちではあるんだけど。

 

 

「時期があるんだ。今、シリウス──彼の元へ連れていくと、彼はきっと鼠を殺してしまう。それは困るんだ。──ああ、僕がじゃない。これは、シリウスを解放するために必要なことなんだよ」

 

 

 利発な目──彼の賢さを知らなければ、やっぱりただ睨んでるだけにしか見えない──でクルックシャンクスは僕を見上げていた。ふわりふわりと吟味するように尻尾が揺れた。

 

 

「きっと悪いようにはしないから──僕にも協力してくれないかい? クルックシャンクス」

 

 

 再び、胴を両手で掴み目線と同じ高さまで彼の顔を持ち上げる。フンスッと猫は鼻をヒクつかせた。

 

 

「ひとまずはスキャバーズを狙うのをやめてくれると嬉しいんだけど。僕がちゃんと見てるからさ。君のご主人さまとロン──そう、赤毛の彼ね──彼との仲がこのままだとこじれにこじれちゃうんだ。そんなの僕の胃がもたないよ。ね?」

 

 

 猫は言葉を発しないが、フンスフンスと鳴らされる鼻と世のすべてに不満を持っていそうな半目は、しかたないな、なんて言っているようにも見えた。

 シリウスは元が人間だから当然だけど──この子も中々に目が饒舌だ。

 

 

「ありがとう、クルックシャンクス」

 

 

 都合のいいようにばかり捉えて、物言わぬ猫の肉球をぷにぷにしながら笑う。クルックシャンクスは、やっぱりしかたないな、とでも言いたげな顔でなすがままだった。

 

 

「あ、それからね、もうひとつ──お願いがあるんだけど」

 

 

 そして僕の膝から降りた聡明な猫は、尻尾をピンと張ってナーォと鳴いた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 わかりやすいなあ──どうにも、表情が豊かすぎる犬を前に苦笑する。

 相変わらず泥の中を駆けずり回ったみたいなごわごわの毛は今や驚愕に逆立っていて、尻尾をビィンッと張って彼は困惑していた。

 

 

「こんにちは、迷子の黒犬さん。──チキン、持ってきたんだけど、食べるよね?」

 

 

 厨房から拝借した皿ごと、人間用のメニューを地面へと置く。玉ねぎとか入ってるけど、シリウスは人間なんだから大丈夫だよね? ……まあ、大丈夫じゃなくとも本人が判断するだろう。

 マグノリア・クレセント通りで会った頃よりも腹に余裕があったのか、シリウスは皿へ飛び付くことなく僕を窺っていた。警戒というより、ほんとうにどうしていいかわからないようだった。

 そんなシリウスの隣に座り込む。膝にクルックシャンクスを乗せて、サンドウィッチへとかぶりつく。禁じられた森付近のためにろくに舗装されてない地面は、ちょっぴりお尻がいたかった。

 

 

「大丈夫だよ、君のことは誰も知らない。……僕とクルックシャンクス以外はね。あ、クルックシャンクスってこの子のことだよ。かしこくてすばらしい猫でしょう? 僕の親友なんだけど、飼い主もとんでもなく頭のいい魔女なんだ。……食べないの?」

 

 

 シリウスは、グゥ、と鳴いて皿へ鼻を寄せた。チラリチラリと僕を覗き見ながら。

 

 

「ああ、この子のことを怒らないでね。僕が無理に聞き出したんだ。最近会ってるお友だちを紹介して、て。ねえ、これからも会いに来ていいかな? ……僕、君のことが大好きなんだ」

 

 

 耳をくすぐる。ピルピル振るったシリウスは、困ったような目をしていた。

 

 

「ハリーはここのところクィディッチの練習に忙しくてね。あ、知ってる? ハリーってば、一年生で最年少シーカーに選ばれたんだよ。百年ぶりだって。父さんの才能さまさまだよね」

 

 

 嘘のつけない尻尾がブオンッと振れた。歓喜のさまが全身から表れているシリウスを背中まで大きく撫でる。ほんと……何年経とうが父さんが大好きなんだもんな、シリウス。僕の周りの大人たちは愛情深すぎるよ。スネイプ先生だって──

 

 ──ああ、そうか。シリウスは僕の顔じゃなくて──『目』を見てるのか。

 

 

「だから、ええと、なんだったかな。……ああ、そう。話し相手がいなくてさびしいんだ。ロンはハリーに付き添ってるし、ハーマイオニーは勉強に忙しいし、セドリックは他寮で狙ったようには会えないし、ドラコは──」

 

 

 続きを飲み込んだ僕に、なんだかんだと食事を始めていたシリウスが僕の手のひらへと鼻を押し付けた。マッシュポテトが鼻の横を汚していて、おそろしげな獣の抜けた姿にクスクス笑った。

 

 

「君に、会いたいんだ」

 

 

 杖を振るフリだけしてスコージファイを唱える。拭われるマッシュポテトはもちろんのこと、毛並みに艶が戻った。

 さすがにふわふわにまでするのは、今の僕じゃ無理か。ほんとうならこの手でシャンプーしたいところなんだけど。

 

 

「……ねえ、抱きしめていい?」

 

 

 シリウスは、ジィ、と僕の目を見つめると、当たり前みたいに脇の間へと体を滑り込ませて、膝へ頭を置いた。その横にクルックシャンクスが体を丸めて、ほかほかと優しい温もりを一匹と一人から分けられた。一匹と一人を両手を使って撫でる。

 

 この日一番、やさしくてしあわせな日だまりだった。

 

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