マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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3ー1

 

 マリアぁ。情けない声が僕を心細げに呼ぶ。

 うん、君の言いたいことはわかるよ。これはハグリッドが悪い。

 

 

「九と四分の三番線って、どこだろうね……」

 

 

 マグル出身者用のプラットホームへの行き方マニュアルくらい用意しておけってんだ。

 

 

 九月一日のこの日、懐かしの母校が待ち遠しくてたまらない僕と未知への期待に胸をふくらませるハリーを乗せて、バーノン伯父さんの自家用車がキングス・クロス駅へと到着した。渋々で嫌々で不承不承でしかないバーノン伯父さんは、当然、僕らを駅に放り出すと早々にトンボ返りしたし、そうなれば、ちょっと──だいぶ──かなり──奇妙な持ち物をカートに積み上げた僕たちポッター兄弟は、行き交うマグルの群衆の中で浮きに浮いていた。

 

 

「大丈夫だよ、ハリー。なんとかなるから」

 

「でも、あと十分だよ。伯父さんたちは帰ってしまったし、僕たち、お金だって魔法使いのものしか持ってないよ。これ、ホテルに使えるかな」

 

「……換金しないと無理かな」

 

「そっか……このままじゃ野宿になっちゃうね。そのまま伯父さんたちが迎えにこなければ、僕たちもはれて駅のホームレスの仲間入りだ。ああ、安心してヘドウィグ。そうなったら君は解放してあげるから、自分で餌を取ってくるんだよ」

 

 

 ホウ。どことなく呆れたような声色で、可笑しな入学準備物の筆頭・ヘドウィグが鳴いた。

 

 そうして力無くヘドウィグとじゃれるハリーを横目に、さて僕はといえば懸命に『僕』の記憶をたどっていた。

 前回は確か、そう、モリー義母さん──ああいや、モリーさんに助けてもらったんだっけ。あれってどのくらいの時間のことだったかな。かなりギリギリだったのは覚えてるけど、もうウィーズリー一家は向こう(・・・)のホームへ行ってしまったかな。

 

 チラリと案内板上の時計を確認する。──五分。残り五分になったら、もう、僕がハリーを連れて行ってしまおう。どうしてただの女の子のマリアが魔法界への道を知ってるんだ、て話になるけれど、ま、今さらじゃないか。嘘と隠し事と秘密に敏感なハーマイオニーじゃあるまいし(そしてこれらは主にロンと職場の不正に対して発揮される。)このハリーは僕が不思議なことをしたり知っていてもきょとんとするだけで然程気にしない。……ちょっと弟の純粋さが心配だ。

 もしくはヘドウィグでも飛ばしてみようか。賢い彼女ならハリーを導いて──その前に周りがパニックになるか。

 ウゥン……ともかく、遅刻には代えられない。すっかりホグワーツ特急を諦めてヘドウィグを籠の隙間から拾った抜け毛でくすぐっている暢気な弟を雑に撫でておく。こういうところ、アルバスっぽいね、お前。遺伝かぁ……。

 

 

「──ハリー!!」

 

 

 祈りは届いた。こたびの救世主は赤毛ではなくプラチナブロンドだった。

 

 

「なにをしてるんだ、君たちは! 荷物もまったく積めてないじゃないか! コンパートメントは取れているのか? マグル側のホームでなにをしていたんだ。忘れ物ならもう諦めろ」

 

「そのマグル側じゃないホームへの行き方がわからなかったんだよ、ドラコ」

 

「ハァ? 何をねぼけてる、君が知らないわけ────アー……ウン。なるほど」

 

 

 諦念のあまりヘドウィグと羽根の引っ張りあいっこに興じるハリーの様を見て、すべてを察したドラコは苦々しく吐き捨てた。

 

 

「うっかりにもほどがあるぞ。ルビウス・ハグリッド」

 

 

 それには全力で同意だ。

 

 

「ドラコ、君──今、どこから出てきたの?」

 

 

 あんぐりと。ハリーはまさに魔法を見たと言わんばかりに目を丸くして、思わぬ再会となった友達を見つめた。なお、ドラコに気を取られた結果ハリーとヘドウィグの綱引きならぬ羽根引き勝負はヘドウィグに軍配が上がったようで、かわいい僕らの梟は自分の羽根を取り戻せて満足そうに胸を膨らませていた。カワイイ。大いに和んだ。

 

 

「説明はあとだ。何も考えずついてこい。いいか、怖がるなよ。マリア、ハリーを挟んでやってくれ。時間がない」

 

「言われなくとも」

 

 

 学校生活のための荷物は多いけれど、僕たちポッター兄弟の私物そのものは少ない。その為、どうにかハリーのカートに僕の荷物を移しきると、ハリーの肩を抱いて進んだ。──九番線と十番線の間の柵へと。

 

 

「え──? えっ──!?」

 

「ハリー、こわかったら目を瞑ってていいから」

 

「マリア? ドラコ? これ──待ってよ、ぶつかっちゃう!」

 

「「ぶつからない!」」

 

 

 ドラコを筆頭に、ハリーの背中を思いっきり押して駆け抜ける。すると──即座にぶわっと空気が膨らんで肺をいっぱいにしたそれは、先ほどまで飲み下していた雑多なコンクリート臭のものとは違っていた。

 

 

「ほら、ハリー、目をあけてごらん」

 

 

 僕の手の先、緑眼をぎゅっと瞑ったままのハリーの背を優しく撫でる。男の子の睫毛がやわらかに震える。

 

 

「──っわ、あ……!」

 

 

 次には、ハリーの瞳は際限なく好奇心と期待の輝きにあふれ返っていた。

 たぶん、僕の知る限り、蒸気機関車自体見るのは初めてだろう。無意識にフラフラとうろつきたがる弟を、しかし心を鬼にして抑える。

 

 

「さあ感動してる暇はない。それは中でやってくれ。空いてるコンパートメントを探すぞ」

 

「君のところは?」

 

「一人でヒト二人分のウスノロが二体もいるものでね」

 

「ああ……」

 

 

 クラッブ(ウス)ゴイル(ノロ)か。ドラコがマルフォイ家である限り、そう易々と切れる関係ではないか。

 ──と、いうことは、ルシウス・マルフォイはあの陣営のまま……。

 

 

「後ろの方が空いていた筈だ。あと五分もない。僕がカートを押すから、二人は先まで見に行ってくれ」

 

「「うん!」」

 

 

 ドラコの指示通りに、ハリーと手を繋いで駆け出す。既にくつろいでいる子供たちのコンパートメントの合間をすり抜け(同じ新入生らしきおチビさん達が何事だと目を丸くしていた。)いつの間にやら最後尾だ。ようやく空いている席を見付けて、確保を知らせるため窓を開けてホームにいるドラコを大きく呼んだ。

 

 

「ハリーはここにいて。僕があいつから荷物を受け取ってくるよ。ドラコだって、そろそろ自分のところに戻らなくちゃ」

 

「それなら僕が」

 

「いいんだ。列車の中にさえ入れちゃえば取り残されることはないんだから。ハリーがここにいてくれないと、僕、せっかく取ったこの席のことを忘れちゃうよ。──ここで、待ってて」

 

「……うん、わかった」

 

 

 いいこ、と弟の頭を撫でてから再び駆け出す。

 なにせ、ドラコとは積もる話が多すぎるのだ。そしてそれは、『この世界の人間』の前ではできないものばかりだった。一人ぼっちで残してきたハリーには悪いが、これがようやっとめぐってきた秘密事のチャンスなのだから。

 

 

「──ドラコ!」

 

「遅いぞ、マリア」

 

 

 荷物のほとんどを車内に運び終えていたドラコは、通路に背を預け、白い肌を健康的に赤らめさせながら、タイと喉元のボタンを外していた。

 ワォ、プライドダイヤモンド級なアイツのあんな気を抜いた姿を見るの、何年ぶりだろう。少なくとも十一年は前だ。

 

 

「君、昔はもっと血色悪くなかった? 吸血鬼みたいだって思ってたもの、僕」

 

「相変わらず失礼なやつだな」

 

 

 しかめ面をするドラコへとクスクス笑ってハンカチを差し出す。

 

 

「お疲れさま。置いておいてくれてもよかったのに」

 

「いくら中身が『君』だろうと、外見は立派なレディなんだ。麗しい女性を荷物持ちにすることを、この僕が許すと思うのかい?」

 

「ウーワ、相変わらずマルフォイ家の教育は完璧みたいだね。糞の樽詰ってかんじ」

 

「お前はその口の悪さを1インチでいいからどうにかしろ。ホグワーツに入学してからどれだけの男の幻想を壊す気だ。お母上似の美貌が台無しだぞ。特にスネイプ教授の前では控えろ。いいか、絶対にだ」

 

 

 遠慮の一つも無くむいむいと僕の頬をつねりながらお小言を浴びせてくるドラコに、仕返しとばかりに目の前の青い額を突く。

 オールバックをやめても僕は覚えてるぞ。その額の突きやすさを。

 

 

「わかってるよ。なぁに、ドラコともあろう人がずいぶん絶賛するじゃないか。もしかしてこの顔、好みだった? 人の母親に懸想するのやめてくれる?」

 

 

 そう、意図してニタァと意地悪く笑ってやれば、ドラコは頭の血管が切れる三秒前の顔をして舌打ちした。

 

 

「……その顔、君の息子にそっくりだ」

 

「そしてその息子は僕の父さんそっくりなのでした」

 

 

 ハリー・ポッターの息子は二人いるけれど、どちらのことかだなんてそんな今さらな確認はしない。僕の息子と聞けば、大抵が悪ガキのトラブルメイカーだった上の子を連想するものだからだ。

 実際は、例の事件も含め案外大きな事をやらかすのは奥手な次男に多かったのだけれど、どうにも長男とその仲間の悪童っぷりが堂に入りすぎて見逃されがちなのであった。……その辺りも、ハリーとアルバスが似ていると感じる要因の一つだろうか。

 

 

「──汽笛だ。そろそろ出発するね」

 

 

 ハリーの待つ席へ向かう間に、誰かの荷物が置かれ人の姿はないコンパートメントを見付けてもぐり込む。窓を全開にして大きく身を乗り出してみる。おい、危ないぞ。そうドラコが腰に腕を回してくるので遠慮なく体重を預ける。

 

 ────いた。

 

 母親から離れ、走り出す列車を小さな影が追っている。顔は泣き笑いで、懸命に兄たちへと手を振っている。

 

 

「ジニー」

 

 

 呟いてみて、その声の弱さに自分で驚いてしまった。

 ああ。やっぱりあの子は、この頃からハリーに興味があったのだろうか。それは──うれしいような、くるしいような。

 

 遠ざかっていくその人の姿をこの眼に焼きつけんと眺めつづける。そして──やがて消えた赤毛に、ふっと身体の力を抜いた。

 

 

「満足か?」

 

「うん。君のアステリアは再来年入学だっけ? 二年もお預けされちゃって、まあ」

 

「ふん。どうせ君に振り回されて、焦がれてる場合じゃなくなるだろうさ」

 

「言えてる」

 

 

 無意識だろうけど、彼の腕が離れないのでそのまま背もたれに利用して一息つく。レディの腰を断りなく抱いた罰だ。

 

 

「思えば、僕らって贅沢だ。妻たちのかわいい姿を、写真でなくまた直に見られるんだぜ? 僕、ジニーに構いっぱなしにならない自信がないよ。君だって、在学中はアステリアとそれほど関わりがなかったんだろ。甘ずっぱい青春を取り戻すチャンスだぜ」

 

「言ってろ」

 

 

 なんて。僕の軽口に乗ったドラコがわざとらしく肩をすくめて見せるけれど、しかし実際のところ、彼の胸の内にうずまくものの輪郭が僕には見透せそうになかった。

 なぜなら、彼の妻には深刻な問題があった。──それに、君はこの世界で再び向き合うのだろうか。

 

 

「で? ハリーを置いて、ここで時間を潰すのが狙いか?」

 

「バレたか」

 

「赤毛君が最後尾に向かっているのをわかりやすく避けたからな。──君だって、あいつと友達になったって構わないだろうに」

 

 

 ドラコの元へ向かう途中、すれ違ったソバカスの男の子を思い出す。

 懐かしのロン。そしてハーマイオニー。生涯の友となる相棒たち。──ハリーの、相棒だ。

 

 

「そのうちにね。今はとにかく、ハリーと仲良くなってほしいんだ。勝手な期待だけど──彼等には『(ハリー)』の親友であってほしい。僕らの友情の中に、マリアなんて人間は存在しなかったんだから」

 

「……本当に勝手だな。どうせこっちのハリーも同じなんだろう。スネイプ先生に傲慢と言われるわけだ」

 

「彼も僕も同じ人間だもの。僕のほうがずっと傲慢で強欲だけど」

 

 

 そううそぶいてみれば、おもむろに伸びた白い手にぐしゃぐしゃと髪をかき回された。

 ……そんなことしたって、もうポッター家特有のくしゃくしゃ頭じゃないんだから僕はノーダメージだぞ。マリアの髪はハリーに比べればちょっとしたクセ毛程度におさまっているので。おそらく母方の遺伝だろう。実にありがたい。

 

 

 ──さて、子供らしくじゃれ合う時間に名状しがたい何かが混ざりかけた頃、ぽつんとドラコがたずねた。

 

 

「強欲といえば────君、未来を変えるのか」

 

 

 あくまでそっぽを向いたまま、しかしどうにも緊張を隠せずにいるドラコに、僕もまた、景色の流れゆく窓へと視線を逃して口を開く。

 これこそが僕と出会ってからこれまで、彼が本当に交わしたかった話題なのだと理解していたし──僕だってそれを君と話しにきたのだから。

 

 

「そもそも『僕ら』の存在が在る時点で僕たちの知ってる歴史とは違うだろ。だから、まずは在るべき歴史に寄せていく。そして────今度こそ、掴み取る。たったひとつだっていいから。守られるべき人の未来を」

 

 

 既に過ぎてしまった事はどうにもできないし、そしてこれから起こる悲劇の何もかもを起きなかった事にも、きっとできない。そうしてはならない理由がある。僕とドラコだけは、それを知っている。

 結局のところ、救えるものは少ない。散々世界を掻き回した上で、なにも得られないかもしれない。なんの見返りも無いのかもしれない。

 それでも──知ってて見殺しになんか、もっとできない。そんなのは、僕の両親の犠牲だけで十分だ。

 元々、英雄ハリー・ポッターは無茶ばかりを要求される人生だったんだ。……それなら、自分から選んで無茶するくらい、いいじゃないか。

 

 

「……やっぱり、君は強欲で傲慢だ」

 

 

 ドラコは、全て知っていたとばかりにあっけらかんと笑って言った。

 

 

「それで? まさか全部一人でするつもりか?」

 

「え?」

 

「ここに、君と同じくとある未来の記憶を持つ人間がもう一人いるのだが? いい加減、他人を巻き込む欲深さも持ってほしいものだな。ポッター」

 

「────」

 

 

 バカみたいに両目を開いて隣に座る彼を見つめる。その人は、やっぱり当たり前で当然みたいな顔をしていた。──僕に協力することを既に決めている。そんな顔を。

 

 

「危険だよ」

 

「だろうな」

 

「誰にもバレちゃいけない」

 

「あのダンブルドアを出し抜くのは骨が折れそうだ」

 

「命の保証はできない」

 

「生きてる限り命の保証なんてものはない」

 

「『あの人』に楯突く行為だ」

 

「……これまでだって十分、楯突いてきた」

 

「君を守りきれるかわからない」

 

「君に守られるだけの存在になり下がる気はない」

 

「ドラコ」

 

「ハリー」

 

「──本気?」

 

「──本気だ」

 

 

 ハッと、息がこぼれた。くしゃりと目の前の景色が水っぽく崩れる。きみの輪郭がにじむ。僕と世界の境界線がとけて混ざる。

 だけど、そんな中でも薄い金と青っぽい灰色は確かにそこにあって、それがどうしようもなく。(くる)おしいほどにどうしようもなく──綺麗だと思った。

 

 

「君って、僕が思ってた以上にバカだ」

 

「妻と、息子と、ついでにハリー限定でな」

 

 

 うそばっかり。君って、案外愛情深いんだ。友達になってみればわかる。

 

 

「面倒見、良すぎだよ。思えばウスノロのクラッブやゴイルのことだって、君、一度も見捨てたことはなかった。身内に甘くなっちゃうのって、マルフォイ家の伝統かなにか?」

 

「ついでに身内以外にはとことん冷徹なのも伝統だな。ところで今、君は僕の身内のうちだと自分で宣言したも同然だけど? いいのか?」

 

 

 ただでさえ意地悪な顔付きをしているくせにそこにふんだんにからかいの色を乗せるドラコに、はて、と大きく瞬きをする。ぱちん。水滴がはじける。

 

 だって。

 

 

「実際にそうでしょ?」

 

「…………これだから傲慢のポッターは」

 

 

 スカした男のニヤニヤ顔がちょっと照れ臭そうな顔にかわった。おや、かわいい。

 

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