ブラック奇襲事件により、その日は大広間で嬉し恥ずかしな全校生徒お泊まり会となった。嬉し恥ずかしだとか茶化せているのはマリアのみだが。
紫の寝袋に包まれて、三人組はコソコソと話し合う。そのうちに近くのグリフィンドール生も参加して内緒話は大きくなっていく。寝かしつける仕事を任されたパーシーが大張りきりで各々に注意して回っている。
「今夜を奇襲に選ぶなんて、ブラックも間抜けさ。ハロウィンパーティーで寮はもぬけの殻だってのに」
だからこそだよ。生徒がいない今ならスキャバーズを秘密裏に仕留められると思ったのさ。
目を閉じたまま心の中だけで答える。
「どうやって侵入したんだと思う?」
「きっと変装したんだ」
「ディメンターに見付からないでいられる変装があるのなら、ぜひ拝見してみたいものね。秘密の抜け道だってフィルチがぜーんぶ知ってるっていうのに」
ハーマイオニーの反論にさらに心の中で反論する。
変装というのは惜しかったね。変装じゃなくて『変身』だ。そして初代悪戯仕掛人の彼等はフィルチなんかよりもずっとずっと抜け道を知ってるのさ。
口角が上がってしまいそうになるのを堪えていれば、ふと頭を撫でられた。それだけでわかるのだ。──ハリーの手だ。
「みんな、マリアが眠れなさそうだからここまでにしよう」
「マリアなら眠ってるわ?」
「ううん、目を閉じてるだけだよ」
当然のようにハリーが答えるので、おかしくなって目を開いた。
「ハリー、気にしなくてもいいよ」
わあ、ほんとうに起きてた。ロンが目を丸くして言った。
「僕が気にするんだ。パーシーにだって目をつけられるよ」
子供を寝かしつけるみたいに片手は頭を撫でながら、ハリーに寝袋ごと抱きしめられる。
昔は僕の方が大きくて彼を腕の中にすっぽり収められていたというのに、今ではすっかり逆だ。男の子って成長が早い。男だったからわかるとも。来年辺りには成長痛で泣きを見ることになるぞ。
「あなたたちを見てると、性差なんてどうでもよくなっちゃうわね」
「セーサ?」
ロンのとぼけた声と、その後ろから聞こえる、ハーマイオニーいわく問題を起こす方の双子の「これは負けてられないぞ。俺たちも愛を示そうじゃないか、兄弟!」と騒いではパーシーに叱られている声を聞きながら、僕たちは身を寄せ合って笑った。
「楽しいね」
「不謹慎だけどね」
互いの額に唇を落とし合う。
「おやすみ、ハリー」
「おやすみ、マリア」
おやすみ────シリウス。
翌日から強化された見回りとハリー個人への監視体制に、ハリーはずいぶんと悩まされていた。どこへ行くにもパーシーや先生方がついてこようとするのだから。
──当然だ。僕とドラコ以外はシリウス・ブラックの狙いはハリーだと思い込んでいる。今、希望の象徴たるハリーを失うわけにはいかない。
可能性が限りなくゼロだったホグズミードへの許可もさらに遠退いて、鬱憤がたまるハリーの心を表すように天気も崩れていく。そして、最悪の嵐の中グリフィンドールはクィディッチの試合日を迎えた。
対戦相手はスリザリン──だったところに、黄色のユニフォームが見えて、今回もそうなるのか、と脱力する。
「セドリック」
「やあ、マリア。ひどい天気だね。風邪を引かないようにするんだよ」
「それはセドリックの方でしょ」
「じゃあハリーに伝えておいてくれ」
くしゃくしゃと髪を混ぜられる。指が気持ちよくてクスクス笑っていれば、乱れた髪は本人によって整え直された。アフターケアまでバッチリだ。
僕はすっかりセドリックの妹分のような扱いを受けていた。心做しかセドリックの恋人、チョウからの視線が痛い。淡い憧れだったとはいえ、一度は恋した女性から嫉視されるというのはなんとも気まずいものだ。僕が男の子のハリーのままならこんなことはなかっただろうに。……ハリーだったなら、セドリックとこれほど親しくなることもなかったけど。
「どうしてスリザリンと交代したんだい?」
今回はシーカーの腕だって無事だ。魔法薬学で見かけたセオドールはなんともなさげだった。
「突然、みーんなが体調を崩したそうだ」
ちっとも信じてない顔でセドリックは肩をすくめた。それに、僕もまったく同じ顔で呆れてしまった。ちょっと見つめ合って、いつかでイタズラを成功させた時のようにくふくふ笑う。
セドリックは寡黙とされているが、親しくなってみればこんなにもユーモラスな人だ。ハッフルパフらしい。
「僕、応援してるよ。もちろん一番に応援してるのはハリーなんだけど。君のことだって」
「ああ、ありがとう。天気に負けず、全力を尽くしてくるよ」
激励の握手を交わしてグラウンドへと送り出す。ハリーには朝に応援のキスもハグもついでに眼鏡への防水魔法も済ませてある。あとはドラコが取ってくれているだろう客席に向かうだけだ。赤の中に埋もれる緑のローブは、まったくわかりやすい。
ローブの中から隠し持っていた透明マントを取り出して。
「さて、迎えに行こうか」
***
もはやクィディッチのグリフィンドールチームの対戦日に、グリフィンドール席で緑のローブが見えるのは恒例になってしまったのか、彼も周囲も当たり前の顔で席は埋まっていた。だがしかし彼の周りに申し訳程度に距離があけられるそれも恒例化しているらしく、いそいそと隣に収まる。余分な空間が今日ばかりはありがたい。
一人だけグリフィンドールを応援したりして、スリザリンの寮生たちにバッシングを受けたりはしないのだろうか。……仲間内の波を泳ぐのは上手いドラコのことだ。僕が心配することでもないか。
「双眼鏡、まるで役に立たなさそうだね」
「翌日には去年の風邪大流行が再来するだろうさ」
叩き付けてくる雨の弾丸をフードと防水魔法で弾く。防げるのは雨だけなので、体温を奪うような寒さが目立つ。しかし、杖なし魔法で防寒までかけるのは、三年生の身ではコントロールに不安があるので我慢するしかない。
「昨日、ルーピン先生がDADAを休んだんだよ。それで、スネイプ先生が臨時講師になったんだけど」
ピクリ。彼が身じろぐ。──ドラコではない。
「スネイプ先生ってば、ルーピン先生の授業進行を完全に無視して人狼の項目をやり始めてね、ハーマイオニーがカンカンだったよ。人狼と普通の狼の違いについて聞かれたとき、いつも通り手を挙げるんだけど、やっぱり無視されちゃって。だから僕も手を挙げてやれば、観念してハーマイオニーを指したよ。……毛嫌いしてるでしゃばりなハーマイオニーを指名しちゃうくらい、僕と会話するのはお気に召さないらしい」
グルッと小さく唸り声がした気がして、隣の
ダメだよ。約束したよね、吠えない・騒がない・動かない、て。──シリウス。
「ルーピン先生、どんなご病気でいらっしゃるんだろうね」
彼に伝えたかった情報は済んだので、ドラコに向かってニッコリ笑う。僕が置く手の位置に、そこにいる透明のなにかを理解したドラコは、胡乱な目で僕を見ていた。
ここにはリーマス・ルーピンもセブルス・スネイプもいるんだ。だからもっと慎重になってくれよ──シリウス。
ゴロゴロと一際大きく雷鳴がとどろいて稲妻が暗雲を裂いた瞬間、赤と黄色の点が飛び立った。雨が視界をずいぶんと邪魔して、リーの実況がなければなにが起こっているのだかわからなかったにちがいない。その実況も、油断すれば風と雷に遮られるのだから、まったくもって最悪の試合環境だった。
何度かのタイムアウトを挟みつつ、両者とも箒にしがみついていたその時。──天候のものでない冷気がただよった。
ハッと息をついて、身を抱える。杖を握りしめる。誰かの腕が僕の肩を抱いてくれる。いつだって低い彼の体温が、唯一熱に感じられるほど体が冷えきっていく。
パトローナス……パトローナスを喚ばなくては──いいや落ち着け、だめだ、三年生が喚べるようなものではないんだ。僕が使ってはまずい──まずいのだけど──
グラウンドにひしめくおぞましい影が、箒から落ちたハリーへと天からの恵みであるかのように手を伸ばすのを見て、僕はなにかが頭の中で弾けたのを感じた。
──絶望に、ハリーを触らせてなるものか。
「エクスペクト・パトローナム」
イトスギの杖から銀の光がほとばしり、牡鹿を模していく。牡鹿がハリーの元へと駆けていく。その下では、ダンブルドアが同じく銀の光を振りかざしてディメンターを払っていた。
落ちるハリーが減速する。ハリーを背に乗せるようにして牡鹿が寄り添う。それをシリウスは見ていた。──ただただ、見ていた。
ハリーを地面へ届けて、気遣わしげに顔へ鼻を数度すり付けた牡鹿は、そして霧のように消えた。
セドリックがスニッチを捕り、試合終了のホイッスルが雷に負けじと響く。ハリーが、ダンブルドアが出したひとりでに動く担架によって運ばれていく。ダンブルドアは猛烈に怒っていた。そして──僕も。
「マリア」
背を撫でる彼に、魔力をごっそり奪われた身を預ける。
「……これ、君がやったってことにしない?」
「バカ言うな」
「だって、君は優秀と見られているだろう? 呪文学が苦手な僕よりも君の方が説得力があるじゃないか」
正確には苦手と思われている、だけども。
「……だとしても、先生方の目はごまかせないぞ」
「うん。……うん、それでいいや──今は」
ハリーが凍えなかったなら、それで。
そこにあるだろう伏せた姿勢の彼に触れる。彼は伏せてはいなかった。首を大きく伸ばしていた。
だから、首から背までマント越しに撫でた。
「どうか、内緒にしていてね。黒犬さん」
あなたが泣いたことは、秘密にするから。