マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

52 / 184
4ー2

 

 医務室は今や冷えきっていた。ニンバスの残骸を握ってうつむくハリーを抱きしめる。ハリーが気絶してからのことを語っていたロンとハーマイオニーは、僕らに気を遣って退室した。医務室には、控え室のマダム・ポンフリーと僕たちだけが残された。

 結局、牡鹿のパトローナスはダンブルドアが出したものと生徒たちは認識したらしい。みな、落ちゆくハリーとグラウンドに注目していたのが幸いした。ハーマイオニーのような鋭い生徒なんかは、観客席から走ってきたように見えたのだけど……と怪訝そうにしていたが。

 

 

「マリア」

 

「なぁに、ハリー」

 

 

 背を撫でながら耳をかたむける。

 

 

「母さんの、声が、聞こえるんだ」

 

「……うん」

 

「子供たちだけは、て──自分じゃなくて、僕らの命乞いをするんだ」

 

「うん」

 

「僕…………いやだ」

 

 

 肩に擦り付けられる重みを甘受して、いっそう強く抱いた。

 

 僕は、その声を直接聞いたことがある。

 父が逃げろと叫ぶ。母がくり返す。──ハリーだけは……ハリーだけは……。

 きっと、あの瞬間にアルバスが手を繋いでいてくれなければ──側にロンとハーマイオニー、そしてジニーがいてくれなければ、僕はたえられなかった。

 大人になったって、あんな気持ちにさせられるのだ。子供のハリーにとって、どれほど恐ろしいか。

 

 どれほど──悔しかったか。

 

 

「ハリー。──大人を頼ろうか」

 

「え?」

 

 

 目元を赤くしたハリーの両頬を包んで額に額を当てる。

 

 

「聞いたでしょう? ホグワーツ特急で、ルーピン先生がダンブルドアと同じ光を出したって」

 

「あ……うん。そうだった」

 

「頼んでみようよ、僕たちにもできるか。君の恐怖に立ち向かおう」

 

 

 呆気に取られていたハリーは、やがて強くうなずいた。──母さんの瞳がとても綺麗だった。

 

 それから丸一週間療養したハリーは闇の魔術に対する防衛術の授業に出ていた。先日スネイプ先生が人狼について先走って講義したのを非難されたルーピン先生が課題を取り消したり、それにハーマイオニーが残念そうに声を上げたり、ガラスの中のヒンキーパンクと見つめあったりと、今日も笑いに溢れた授業だった。終業のベルが鳴り、僕たちは自主的に教室に居残った。

 

 

「やあ、ハリーにマリア。今日の授業はわかりにくかったかな?」

 

「いえ、今日も最高でした」

 

「わかりやすかったし、楽しかったです。ルーピン先生」

 

「嬉しい言葉だ。それじゃあ──授業の質問以外のご用かな?」

 

 

 ハリーと僕は顔を見合わせうなずいた。

 

 

「「ディメンターの払い方を教えてほしいんです」」

 

 

 ルーピン先生は、はた、と教材をしまっていた腕を止めた。

 

 

「それを──私に(・・)聞くのかい?」

 

 

 ルーピン先生ははっきりと僕を見ていた。……やっぱり、教師の間ではバレてるか。そのうちマクゴナガル先生から呼び出しがあるかもしれない。

 

 

「先生は、汽車の中でディメンターを払われたと聞きました。……この間のクィディッチの試合の件は、ご存知で?」

 

「ああ……箒のこと、気の毒だった。暴れ柳に当たったんだってね。あれは──」

 

 

 整理の手を完全に止めて、ルーピン先生は語る姿勢へと入った。僕らは課外授業に挑むように聞き入った。

 

 

「──先生、ディメンターのおそろしさはわかりました。そんなやつらから逃げきったブラックが、まったくの気狂いだってことも。……でも、僕はやつらと戦えるようにならなければいけない。気絶ばかりしていては、」

 

「しかし、ハリー、それは──それは、とても、三年生にできる術では──」

 

 

 そこで、ルーピン先生はハッと僕を──僕の瞳を見つめた。

 思い出しているのかもしれない。ありえないことを、ありえない年齢でやり遂げたかつての親友たちを。

 自分のために──アニメーガスを取得した天才と秀才と努力家を。────この瞳に。

 

 

「……わかった。ただし、来学期からだ。休暇に入る前にやらなければならないことが山ほどあってね。待てるかい?」

 

 

 ハリーは瞳を輝かせてうなずいた。そんなハリーに、僕まで嬉しくなって頭を撫でた。

 

 

「マリア」

 

 

 退室の際に、以前の再現のように声をかけられた。ハリーは、ちょっとだけ眉を寄せて拗ねた顔で振り向いた。

 

 

「また、マリアですか? 僕をのけ者にするんですか?」

 

「いや、いや、ハリー。そんなつもりはないんだ。君から妹御を取り上げたりはしないよ。……ただ、ひとつだけ、聞かせてほしい」

 

 

 ルーピン先生は切なげに瞳を細めて僕へ尋ねた。

 

 

「それは……誰から──?」

 

 

 瞳を閉じる。──あなたは、僕の記憶の中にしか存在しないのだから。

 

 

「臆病で、ふわふわした小さな問題を抱えていた──恐怖との闘い方を誰よりも知る勇敢な人でした。……それから、チョコレートが大好きでした」

 

「────」

 

 

 ルーピン先生は困惑に目を見開いていた。通じただろうか──通じて、しまっただろう。この報告はまちがいなくダンブルドアへと伝えられる。

 それでもいい。……永遠に礼を言えなくなってしまうより、ずっといい。

 

 今度こそハリーと共に退室する。

 ハリーはなにもきかない。僕だったなら、どうして話してくれないのかと癇癪を起こしていただろうに。──僕が、この小さな男の子を、こうしてしまったのか。

 

 

「ねえ、ハリー」

 

 

 僕らの歩みは自然とゆっくりになっていた。

 

 

「君は……シリウス・ブラックが、こわいかい?」

 

 

 頭の中の冷静な部分が、今すぐに黙れと僕を睨んでいた。けれど、それは頭のすみっこにまで追いやられて、とてもじゃないが熱くなった思考を止める力にはならなかった。

 

 

「こわい……こわいのか、よくわからないよ。だって、会ったこともない人だもの」

 

「でも、気狂いって言った」

 

「……もう言わないよ」

 

 

 ハリーは立ち止まった。手を繋いでいた僕も必然と立ち止まった。

 

 

「君が傷付くなら、もう言わない」

 

 

 決断をする時の彼の瞳って──ほんとうに、綺麗だ。

 

 

「……僕、傷付いてる?」

 

「僕にはそう見えるよ」

 

「ハリーに見えるなら、そうなんだろうね」

 

 

 再び歩き出す。絶対に隣を歩いてくれる彼の足取りは、僕とまったく同じなんだ。──僕らは、同じだった。

 

 

「もう、わからないや」

 

 

 僕はいったい、なにがしたいんだろう。

 

 

 

 ***

 

 

 

 クリスマス休暇前に、二度目のホグズミード解放日がやってきた。ハリーはすっかり諦めて『賢い箒の選び方』の本を読んでいた。そんなハリーをロンとハーマイオニーは気の毒そうにしていて、幼い親友二人がハリーをどうにか構おうとする姿に、今の彼にはよくないと察した僕は二人の肩を取ってさっさと談話室を出た。

 

 

「マリア、ねえ、ハリーにわたし、なんて声をかけたらいいか」

 

「かけなくていいんだよ、ハーマイオニー。今はそっとしておいて」

 

「でも、かわいそうだわ。だからとって、城を抜け出していいわけではないけど──でも、悪いのはシリウス・ブラックであって、ハリーじゃないのよ。なのに、彼が罰を受けてるみたいな顔をするの」

 

「オー、我らが親愛なるハーマイオニー、わからないかい? マリアはお節介だって言いたいのさ。かわいそうより、これで抜け出せるわよって君お得意の作戦で話しかけてやった方が百倍は喜ぶだろうね」

 

「的確な助言をどうも、親愛なるロン・ウィーズリー。お礼にわたしからも助言を差し上げるわ。そのハーマイオニー・グレンジャーからはきっとポリジュース薬の臭いがするでしょうね」

 

 

 僕を挟んで痴話喧嘩が始まってしまったので、ホグズミードへ向かう生徒たちの中にそっと置き去りにする。仲良く喧嘩してくれ。

 さて、ハリーの機嫌はいかほどになっただろうかと踵を返したところで──なんだかデジャヴな腕に捕らわれた。

 

 

「「俺たちの弟は時々いいことを言うと思わないかい?」」

 

 

 双子のシンパシーを強烈に感じさせる二代目悪戯仕掛人たちだ。そのまま、宇宙人の捕獲スタイルでズルズルと連行される。

 

 

「マリア、君を次代の悪戯仕掛人と見込んで、我々二代目悪戯仕掛人からとある品を贈呈しよう」

 

「すこーし早めのクリスマスプレゼントさ」

 

「見込まないでおくれよ……」

 

 

 ずいぶん久しくずいぶん見慣れた羊皮紙がフレッドだかジョージだかのローブから取り出される。

 

 

「見てろよ、こう使うんだ」

 

 

『われ、ここに誓う。われ、よからぬことをたくらむ者なり』

 

 四つの名前が浮かび上がる。ムーニー──ワームテール──パッドフット──プロングズ。

 彼らの友情の証だった名だ。ひとつを指でなぞってみる。──プロングズ。もう、決して足跡が浮かび上がることのない人。

 

 そんな僕の様子を、驚きのあまり声が出ないのだと受け取った双子のイタズラっ子たちは、嬉々と入手口や使用法について説明した。

 

 

「さぁこれでおいてけぼりはなしだ」

 

「素敵なクリスマスを、マリア」

 

「もちろん、ハリーへのクリスマスプレゼントでもあるわけだよね?」

 

「「モチのロンさ!」」

 

 

 ハイタッチを交わして、今まさに地図が示している隻眼の魔女像の抜け穴からホグズミードへ向かう二人を見送ってから、グリフィンドール塔へと直行する。そして太った婦人の肖像画が見えたところで、ふと立ち止まった。

 

 ──これをハリーに渡して、どうなる?

 きっとハリーはシリウスのひどい冤罪について聞いてしまうだろう。──ひどく、憎むだろう。僕がそうだった。

 僕とハリーは確かに性格に違いはあるが──ハリーの方がずっとずっと穏やかだ──根本は一緒だ。どれほど、心のうちに荒れ狂った憎悪を飼うことになるか。

 

 ……あの子が知らなくったって、支障はないんじゃないか?

 

 たたまれた地図を見る。

 

 だって、そうだ。ルーピン先生に渡して、生きているワームテールを見つけてもらって、シリウスの真実に確信を持たせて──

 

 

「……だめだ」

 

 

 くしゃりと、手の中で地図が歪んだ。

 

 だめだ、それは、エゴだ。勝手をしちゃ駄目だ。目的をひとつに絞って──そのひとつのために、余分なものは切り捨てなきゃ。

 思い出せ、マリア・ポッター。去年の惨事を。死人の顔をしたドラコを。引き金が誰だったかを。

 

 

「お前は、英雄じゃないんだぞ」

 

 

 深呼吸する。

 

 声の震えは、合言葉を叫ぶ裏に隠した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。