アステリアは紅茶をいれるのが上手い。そして──実はかなりのお菓子好きである。たぶん、ルーピン先生に負けず劣らず。
「マリアの好みを把握しておりませんので、一通りはと」
一通り、と示されたテーブルには本当に一通りの種類のケーキが置かれていた。生クリームにいちごのケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキ、シフォンケーキ、魔女鍋ケーキ……アフタヌーンティーにしては片寄りすぎているし豪華だ。
「……前回はお茶だけだったよね?」
「これから敵対する予定でしたので」
「ああ、ウン」
「それは変わりませんが……マリアとわたくしは、お友達ですから」
彼女なりに僕との付き合い方を考えてくれたのだろう。アステリアは、失敗しただろうかと不安げにケーキの上へ視線をさ迷わせていた。
ひとまず、近くにあったチョコレートのケーキを取る。
「僕、基本的に好き嫌いはないよ。飢えを防ぐ方が重要だし。でも、うん、そうだな。チョコレートは好きだよ」
「チョコレートには栄養がたっぷりあります。軽い治癒にも最適です。飢えをしのぐにはぴったりでしょう。実に合理的です」
「……詳しいね?」
フォークを入れて口に運ぶ。しっとりした生地とチョコのコーティングがまろやかに溶けて美味だ。まさしくお貴族さまのお菓子ってかんじだ。
「うん、おいしい。──それで、なんでケーキ?」
アステリアは数秒あぐねていたが、小さな声で答えた。
「……ドラコお兄様が、昔、アステリアにおっしゃってくださいました。『スイーツがあれば友達になれる』──と」
──それって。
愛息子のちょっと変わった親友と、さらに変わった剽軽な歌を思い出した。彼が時たま歌ったのだ。調子外れに、アルバスを巻き込みながら。
スイーツがあればきっと友達になれる──
彼は、母から教わったと言っていた。ああ──これが──
「もちろん、ドラコお兄様からマリアの好みをうかがうことも考えました。けれど、それってなんだか悔しくて。だから、自分で調べることにいたしました。……友達として、正しいでしょうか」
スコーピウスは見た目はミニチュアドラコ──奇しくもまさに今のドラコだ──だったが、性格は疑いようもなく母似なのだと確信した。つまりは──かなり、変わってる。
「友達に不正解はないんだよ、アステリア」
あんまりにもかわいい質問をするので、笑いがたえられなかった。
「……それは、むずかしいですね」
「今まで友達、いなかったの?」
「はい」
そこは胸を張って答えるところじゃないぞ、アステリア。僕だって人のことは言えないけど。
「いずれにせよ、わたくしが生きる時間は短いので必要性を感じておりませんでした」
「……今は?」
「……ちょっと、たのしい」
堅苦しい言葉の壁が崩される。その瞬間がこんなにも愛しい。……これは、ドラコだって放っておけなくなる。
「ドラコは友達じゃなかったんだ?」
「おそれ多いことです。ドラコお兄様は──」
ちょっと考えて、落ち着かない指でティーカップを撫ぞりながらアステリアは告げる。
「ドラコお兄様は、わたくしにとって光です。彼は孤独な人でしたが──その孤独の中にわたくしのようなはじかれものを入れてくださる、ずるい人です」
「……うん、わかるよ」
僕らって、どうしようもなく惹かれるところがある。たとえば孤独とか、闇とか──
ジニーだってそうだったんだ。ロンは、ジニーはスリザリンに入るものだと思ってたって、そう言った。
「……わかってしまうのは、悔しいです。わたくしだけのドラコお兄様でしたのに。やっぱり、マリアはずるいです」
「アステリア……まだそんな誤解を」
「マリア」
アステリアはきっぱりした声で僕の言葉を切った。
「マリアは、ずるい。……憎ませてもくれない。──あなたたちって、とってもずるい。それって、ちょっとお似合いみたい」
僕は立ち上がっていた。少しずつ表れる彼女の少女の姿がたまらなかった。十一歳の──こんなにも普通の、女の子なのに。
間を挟んでいたテーブルを抜けて、座る彼女の側に立つ。抱きしめたい気持ちでいっぱいだったけれど、それはドラコに申し訳ないのでそっと頭を撫でるにとどめる。柔らかい髪だ。外見だけ見れば、どれほど大切にされているかと思うのに。
「君だってずるくなればいいよ。望んだっていいんだよ、アステリア──命を理由に、諦めないでよ。彼の孤独を癒せるのは君だけだ」
「わたくしは、あなたを責めることもできないのね」
「責めていいさ」
「できないわ。あなたって──ひどい人だもの。いい人なんだもの。ひどいわ。憎ませてほしかった」
「アステリア……」
「でも、いいの。マリアがわたくしをこれ以上いやな子にさせてくれない人でよかった。……どれだけほだされてもわたくしはあなたの敵ですけれど、わたくしがドラコお兄様を想う限りそれは変わりませんけれど──ドラコお兄様以外になら……一番の味方になって差し上げても、かまいませんわ。お友達ですもの。わたくし、お友達ってはじめてなんですもの。贔屓いたします」
精一杯不遜ぶるアステリアに、顔を合わせられる位置までかがんでニッコリ笑う。きれいに笑ったつもりだけれど、やっぱり頬が緩んでしまう。
「君って──かわいいなあ」
「外見には気を遣っております」
「もちろん、外見も含めてさ。僕、話せば話すほど君が好きになるよ。君は?」
「…………次は、美味しいチョコレートのお菓子を用意しておきます」
そっぽを向いたアステリアに、とうとう僕は腹を抱えて笑った。
「──ということが、つい先ほどあったんだけど」
「待ってくれ、思わぬ伏兵に混乱している」
いつもの湖付近でドラコは頭を抱えていた。ハリーはさっそくお忍びでホグズミードだろうし、きっと三年生でホグワーツに残っているのは僕たちくらいだ。
もしかしてだけど、僕とハリーのことを気遣って残ってくれてるだとか……それはないか。
「君とアステリアを会わせることが不安になってきた……」
「突然なんだい」
「……君、ジニーが好きなんだよな?」
「当然だろ?」
ドラコは沈黙すると、次には言葉もなく頭を振った。
「──いいや、信用ならない」
「ハァ?」
「君ってそういうところがある。アステリアのことをどう思ってるんだ。吐け」
「は──き、君、まさか『そういうこと』を疑ってるのか!? バカか!? 彼女は確かに、君なんかにはもったいないくらいいい子だけど──」
「そうだ。彼女は素晴らしい人なんだ。だからおかしくないだろう!?」
「おかしいことしかないよ!」
叫び合って、ゼーゼーと息をつく。喉が冷たい空気に痛んだ。ドラコはまったく納得していない顔だった。
「わかった。よくわかった。君はアステリアのこととなると途端にバカになる。よーく理解したとも。わかるよ、僕だって家族のことになると頭が回らなくなったものさ」
「ああそうだ。愛する人にはとことん愚かになるのがマルフォイ家なんだ」
「安心してくれ。僕はジニーひとすじだ。何度だって言ってやる」
「それはそれで癪に障るからやめろ」
「君、言ってることがめちゃくちゃだぞ……」
次は僕が頭を抱える番だった。まさかそんなすっとんきょうな勘違いをされるだなんて──いや、わかるとも。最愛の人のこととなると人は狭量になる。気持ちはわかる。
「彼女は素晴らしい人だ。僕はずっと救われてきた。ただ隣に存在してくれるだけでよかった。……それだけで、よかったんだ」
「……そうだろうね」
「僕がこの世界で誰よりも彼女の美しさを知っている。そんなの──敵わないじゃないか」
まるで弱気なドラコに、背中がむずむずしてしまって思わず彼の背を叩いた。
「君らしくないぞ! どんな手段を使っても目的遂げる狡猾さがスリザリンだろう? そうして、正念場でもくじける気かい? だからドラコのプライドは外側だけなんてハーマイオニーに言われるんだ」
「その言葉は耳に痛いからやめてくれ」
「ならまず君がその顔をやめるんだな。意気地なしめ」
白い頬を思いっきり引っ張る。その手をドラコにつねられる。叩き落とせば、すぐさま手首を取られる。この調子でいけば互いに杖を取り出すのも時間の問題だろう。
「君はすぐに手が出る。はしたないとグレンジャーに教わらなかったか?」
「マルフォイとは殴る蹴るの仲だったものでね」
手を繋ぎあったまま睨み合って──ぶっ! どちらともなく吹き出した。
「まったくその通りだ」
「おかしいったら」
笑って腹を抱えて、そうすれば足がもつれて共に冷たい地面の上へと転がった。雪がなくて助かった。
「……君はアステリアのこと、どう思ってるんだい?」
ドラコに迷いはなかった。
「愛してるよ。彼女は僕に──光を見出ださせてくれた」
冬の澄んだ空のまぶしさに、僕は瞳を細めた。
「僕が保証するよ。──君たちって、とっても似た者同士だ」