マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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5ー1

 

 翌日からホグワーツはクリスマス休暇に入った。さっそく休みを存分に活かして昼までの寝坊を決め込んでいた僕は、ハッと目を覚ました。

 

 

「──ハリー?」

 

 

 螺旋階段を降りて談話室へと飛び込む。

 

 

「──父さんと母さんが何を望んだかなんて、一生知ることはないんだ! 一度も話したことだってないのに!」

 

 

 ハリーの声だった。ハーマイオニーは目に涙をためていた。ロンが蒼褪めていた。──ハリーが(いか)っていた。

 

 

「ハリー? ねえ、ハリー」

 

「君たちにはわかりやしない。だって君たちは聞こえないんだろう? 母親が死ぬときの悲鳴なんて。子供の命乞いをする声なんて。記憶だけで気絶するほど恐ろしい目になんて、遭ったことないだろう」

 

「ハリー、落ち着いて」

 

「もうたくさんだ。憎しみすら持つなって? 復讐を父さんと母さんは望まないって? 君たちは僕を聖人だとでも思ってるのかい? ヴォルデモートを破ったスーパーヒーローだって? つまり──人間じゃないって?」

 

「ハリー!!」

 

 

 とうとうハーマイオニーが泣き出してしまったので、ハリーの顔を掴んで無理に僕へと向けた。

 

 

「ハリー、ちゃんと話をしよう。二人きりで──」

 

「シリウス・ブラックの話を聞いた」

 

 

 ハリーは低く唸った。

 

 

「マリアは知っていたんだ。そうでしょう? シリウス・ブラックがどんなやつか──僕らの両親に、どんな仕打ちをしたのか」

 

「ハリー……」

 

「君っていつもそうだ。僕と一緒にいるのに、僕が知らないことを知ってる。いつも黙ってる。知らんぷりばかりだ。──ねえ、君はなにがしたいの」

 

「────」

 

 

 君はなにがしたいの。──その言葉は、僕の心に深く深く刺さった。

 

 

「ブラックの話をすればマリアは悲しい顔をする。でも、それって変だ。悲しいだけ(・・・・・)なんだ。僕はこんなにも──こんなに──」

 

「ハリー、ちがうんだ。僕だって昔は、」

 

「──ッ昔っていつの話!?」

 

 

 初めて見る剣幕に、ヒュッと喉が鳴った。僕の後ろにはロンとハーマイオニーがいるっていうのに、崖かなにかにでも追い詰められた気分だった。

 

 

「ずっと一緒にいただろう!? 僕たちは! 生まれてから、ずっと──ずっとずっと手を繋いできた! 互いが一番の理解者だった! それなのに君は──ドラコに会ってから、君の一番は僕じゃなくなったんだ。僕のマリアじゃないんだ。秘密ばっかりだ。ブラックのことだって、本当はもっと知ってるくせに! どうせ秘密だ! だって──聞いたって君は話しやしないだろう!?」

 

「あ……」

 

 

 緑の瞳が憎悪に燃えていた。

 僕は、こんな目をしていたのか。こんな目で──シリウスを──スネイプを──睨んできたのか。

 

 

「ずっと一緒にいたのに……どうして君ばかり大人になってしまうの。僕は今、苦しくてしかたないのに──なんでとっくに乗り越えた顔をしてるの。……もう、おなじではないの?」

 

「ハリー」

 

「僕──僕、今──マリアを傷付けたくてしかたない。マリアに泣いてほしい。マリアにだって苦しんでほしい。──僕と同じでいてくれよ」

 

「お、おい、ハリー、落ち着けよ。君──マリアだぞ? 君の大好きなマリアになに言ってるんだよ」

 

 

 僕を庇うようにしてロンが前へと出るが、ハリーの目にはまるで入っていなかった。ハリーはひたすらに僕だけを見ていた。

 

 

「いいかい、マリア、よく聞くんだ。僕はブラックを知らない。会ったこともないのに、こわいかどうかなんてわからない。でもね、これだけはわかった。────シリウス・ブラックは、狂ってるんだ」

 

 

 心底から軽蔑する目で吐き捨てて、ハリーは談話室を去った。誰も動けない──そう思っていたのに、ノッポの赤毛は呪縛を振りほどくみたいに大きな身ぶりで振り返った。

 

 

「ほら、こういうのってさ、男同士の方が単純っていうか。ウン。つまりは──ハリーはブラックが嫌いで、マリアが好きってだけの話なんだよ。ちょっと、アイツ寝不足なんだ。だから余計な情報が入っちゃっただけで。そういうのって、あるだろ? 僕はしょっちゅうある」

 

「ロン」

 

「そんなわけでここは僕に任せてよ。僕、何度もジニーと喧嘩してきたからね。兄弟喧嘩に関してはプロさ。わかるんだ、複雑な兄心っていうの?」

 

「……僕が姉だよ」

 

 

 ロンがピエロ役を買って出てくれたおかげで、ようやく僕は笑えた。覇気なんてまったくない情けない声だけれど。

 コートを着込んで、ハリーの分の防寒具を手にロンが走り出す。談話室に残されたのは、薪のはぜる音と、ぼんやりする僕と、鼻をすするハーマイオニーだけだった。

 

 

「マ、マリア──わたし──」

 

 

 ハーマイオニーが僕の肩にすがってクスンと鼻を鳴らす。

 

 

「わ、わたしが──わたしが、悪いの──わたし──余計なことを、言ってしまったの」

 

「ハーマイオニー」

 

「ご、ご両親は──復讐なんて、お──お望みにはならないわ──だなんて。ハリーの気持ちを、考えてなかったわ。マリアが──気を付けろと、言ってくれたのに。はじめて会ったときに、叱ってくれたのに。わたし──ちっともだめだわ」

 

 

 しゃっくりをあげるハーマイオニーの背を撫でる。

 

 

「わかってる。君に悪気がないのはわかってるよ。僕の言葉を覚えていてくれてありがとう、ハーマイオニー。それに──間違ってないよ。……父さんと母さんは、望まなかったよ」

 

 

 言葉は交わせなくても、僕は確かに、二人を見たのだから。ハリー・ポッターとして──その目で。

 もしも『僕』の子供たちが──ジェームズが、アルバスが、リリーが、僕とジニーのために復讐に身を費やすなんてことがあれば、僕らは地獄からだって這い戻って叱るだろう。食い止めるだろう。やめてくれと泣きつくかもしれない。

 子を愛したなら、親が望むのは──そのしあわせだけなのだから。

 

 

「さあ座って、ハーマイオニー。なにか飲もう。ミルクたっぷりの紅茶? それともココア?」

 

「いらないわ。わたし、図書室で頭を冷やしてくる」

 

 

 微笑んで、ハーマイオニーは僕の頬にキスをした。

 ──あなたも、あなたが泣ける人のもとに。

 ハーマイオニーは広げていた宿題をまとめて、さびしそうに談話室を降りた。

 

 残されたのは、とうとう、僕ひとりとなってしまった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 すっかり雪景色だ。ホグワーツは石の古城なので、雪が積もればいっそう美しく映える。そんな冷たさが心地好かった。

 積雪を払ったベンチの上で膝を抱える。

 シリウスは大丈夫だろうか。ご飯を運び続けたのでなんとか身に肉は戻ってきていたけれど、あの毛皮はしっかり寒さから守ってくれているだろうか。寒くなってから何枚かの毛布を失敬して彼に渡したけれど……あれだけで足りたとは思えない。

 様子を見に行きたいけど──こんな顔じゃ、だめだ。

 

 

「さむい」

 

 

 鼻を鳴らして、いっそう身を丸めた。

 

 

「当然であろう。貴様は防寒という言葉を知らんのか。ミスポッター」

 

 

 常に不愉快そうで苦々しげな声が返ってきて、全身金縛りの術でもかけられたみたいに固まった。

 

 

「スネイプ、先生……」

 

「いかにも」

 

 

 のっそり立っていたスネイプ先生こそ、いつもの蝙蝠みたいなローブ姿だけで、だというのにまるで寒さを感じさせない顔色だった。元がとてつもなく不健康そうだからか。

 

 

「……四六時中張り付いている番犬はどうした」

 

「だれのことですか?」

 

 

 悲しいことに候補が数名いる。言葉通りならばシリウスなのだが。

 

 

「親離れのできぬ弟のことだ」

 

「ハリーの親はジェームズ父さんとリリー母さんだけですよ」

 

 

 刺々しく返して、そっぽを向く。そのうちに名付け親や義理の両親ができるけれど、やっぱり僕の親はこの二人だけだ。……よくもまあ、親のことに口を出せるものだ。自分を罰するのに僕らを使わないでほしい。この人の自虐はまったく厄介だ。

 

 

「喧嘩、したんです」

 

 

 ふと、口をついていた。

 少し頭を冷やして、それからドラコの元にでも向かおうと思っていたのに。結局、こんなところで動けずにいたのは、なにをしてもハリーへの当て付けになってしまう気がしたからだ。

 けれど、この人になら──

 だって彼は、(マリア)を見ていない。僕を通して母だけを見ている。それって──残酷で、でも、今の僕にはちょうどいい。

 

 

「ちょっとした言い合いなんですけど。……目が、怒っていて」

 

 

 スネイプ先生はその場から動かなかった。彼に存在を無視されるようになって以来の視線を感じた。

 

 

「ハリーの目、綺麗ですよね。僕、好きです。……好きでした」

 

 

 ずっと誇りだった。唯一譲り受けた母さんの瞳。アルバスへだって渡って嬉しかった。父の所業を知ってしまってからは、特に。

『僕』の中の母さんの部分が、僕に愛を思い出させてくれる気がした。

 

 

「……我輩は、子供が嫌いだ」

 

 

 子供を前にして言い切るスネイプ先生に、らしくて笑ってしまう。

 

 

「喧しい。小賢しい。大人の苦労の上に胡座をかき、それに気付く努力もしない。無邪気を笠に踏みつける。薬もない暴力の天才だ。できることなら永遠に関わりたくない存在よ」

 

「教師の言葉とは思えませんね」

 

「さて、このホグワーツでどれだけの生徒が我輩を心から師と呼んでいるでしょうな」

 

「僕は呼びます」

 

 

 スネイプ先生が目を見開いた気がした。あなたって、案外視線がわかりやすいというか。態度も目もまるで感情を見せないのに、変なところからサインを出すんだ。

 

 

「僕と、それから、ドラコと──いつか、ハリーも、ロンも、ハーマイオニーも、みんなが、あなたを先生と心から呼ぶ時がくるでしょう」

 

「……予言の真似事か?」

 

「まさか。予言って、馬鹿げてると思いませんか?」

 

「…………」

 

 

 顔を向ければ、先生は目線こそ逃がせど、顔を背けはしなかった。

 

 

「我輩は、子供が嫌いだ」

 

「はい」

 

「突然にわけのわからないことを言い出す。思考がまったく明瞭でない。我輩に理解を諦めさせる。不快この上ない」

 

「ふふっ……はい」

 

 

 ひどい言い様だ。僕のせいかな。それとも──この瞳のせいか。

 

 

「だがしかし、今この場においては──貴様の情けない背を見ることの方が、不愉快だ」

 

「…………」

 

「さっさと顔を洗うなりしろ。それとも減点がお望みかね? マダム・ポンフリーと実に楽しいクリスマスとなるでしょうな」

 

 

 今度こそ、スネイプ先生は体ごと僕に背を向けた。

 

 

「せんせいって」

 

「なんだ」

 

「慰めるのが下手くそですね」

 

 

 心も顔もふにゃふにゃになってしまった。

 背を向けた。なのに、動き出さない──だなんて。不器用にもほどがある。今は休暇中だっていうのに。言うに事欠いて減点だなんて。……それしか、思い付かないなんて。

 

 

「ならば教師らしく教えてしんぜよう。泣きつく相手を間違えているぞ、ポッター」

 

「たとえば?」

 

「……ドラコ・マルフォイがいるだろう」

 

 

 きょとんと、間抜けに呆けてしまった。だって、なんて、声をして────ああ、そうか。僕とドラコが──グリフィンドールとスリザリンが仲良くする姿も、彼の『思い出』に触れてしまうのか。

 歩き出した背中に声をかける。

 

 

「母さんのことも、こんな風に慰めたんですか?」

 

 

 彼はもう、立ち止まることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼女は、誰かの胸で泣ける人だった」

 

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