マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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5ー3

 

 新学期が始まっても僕とハリーはギクシャクしたままだった。それは周囲へも伝染して、ハーマイオニーとロンも僕らに付き合って別れてしまった。ロンはハリーに付き添い、ハーマイオニーは僕の面倒を見てくれた。せっかくクルックシャンクスとスキャバーズの問題を上流しできたというのに。

 

 

「ハリーの気持ちがわからないなんてはじめてだ」

 

 

 膝の上に顎を乗せたシリウスを手慰みに撫でる。毛布をさらに足し、シリウスはそれにすっかり包まれている。ハリーが読み終わったクィディッチ雑誌や日刊予言者新聞なども時折彼へ差し入れているので、それなりに暇潰し道具は揃ってきたと思われる。

 犬に与えるべきものじゃないけど、シリウスが喜んでるからいいんだ。クルックシャンクスは相変わらずバカを見るような目で見てくるけど。(元々の顔立ちだ。と言いたげに肉球パンチが飛んできた。)

 

  うつ伏せだった状態から顔だけを僕へ向けて、灰色の瞳が心配そうに見上げてくる。完全に人間の動きだ。シリウスったら。

 けれど、その気遣いが嬉しい。彼としても、名付け子(おそらく名付けたのはハリーだけなんだけど。)たちが仲違いをしているというのは心苦しい状況なのだろう。ただでさえ仲が良すぎると言われた僕たちだ。

 

 

「ハリーは今、ルーピン先生に守護霊の呪文(パトローナス・チャーム)を習ってるんだ。ついていきたかったんだけど……」

 

 

 シリウスが立ち上がった。かぶせていた毛布がもこもこ起き上がって、それがなんだかコミカルで笑ってしまった。そんな僕の頬をペロペロと舐めてくれる。

 

 

「うん。うん。ありがとう…………黒犬さん」

 

 

 比較的やわらかい首回りの毛に顔をうずめる。会うたびスコージファイを唱えて綺麗にしていった毛並みは実に美しい。そしてモフモフだ。冬は彼で暖を取りたいくらいだ。

 

 やさしくて子供っぽくて義理堅い僕らの後見人。僕の目的はあなたの解放だ。もうあなたを閉じ込めたくはない。あんな惨めな生活の末の──かなしい最期を、僕は見たくない。

 だというのに、遠回りばかりで。僕はすっかり臆病になってしまった。ダンブルドアの、確信がなければ動かなかった気持ちが、今になって痛いほどわかった。

 当時はなぜ教えてくれないのか、わかっていたならなぜもっと早く行動に起こしてくれなかったのかとヤキモキしたものだが──こんなおそろしいこと、憶測だけで動かせるわけない。

 ダンブルドアも、僕も、同じ人間なのだから。あの人も、僕に負けないくらい臆病だった。

 

 

「ハリーの守護霊はなんだろうね。やっぱり牡鹿かな」

 

 

 シリウスの尻尾が嬉しげに振れるのを見ながら、僕はさびしさを殺して笑った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 試合が近付くにつれ、ハリーはますますピリピリしていった。そしてこちらでは、ハーマイオニーも。

 ハーマイオニーはタイムターナーを使った重複授業に限界を迎えていた。毎日毎日膨大な量の宿題を談話室の隅で誰とも話さずこなしているのだ。今回はバックビークの件がないにしても、やっぱりあの量は異常だ。

 そうなれば、僕にだって話し相手がいなくなる──とはならず、問題を起こす方の双子やジニーが僕をかまってくれた。ほんとう、赤毛一家は人情にあつい。

 

 そんな胃痛を感じさせる日々の中、冬越えの春のような一筋の風が舞い込んできた。ファイアボルトがハリーの元へと返されたのだ。これには、談話室に集まったグリフィンドール生のほとんどが歓声に湧いた。

 

 

「すごいや、ハリー。ねえ、触らせて。触るだけだから」

 

「ファイアボルトと一緒の写真をちょうだい! ハリー」

 

「これでレイブンクローの勝利はなくなったな。なんたってファイアボルトだもの。けちょんけちょんさ!」

 

「ウワァ、すごいや……僕、僕、パパとママに本物のファイアボルトに触ったって自慢するんだ」

 

 

 ワイワイと箒を囲む面々から抜けて、ハリーが僕の元へとやってくる。毎日顔を見ているというのに、髪だってとかしているのに、ずいぶん久々な気分だった。

 

 

「マリアの言ったとおりだ」

 

「でしょ?」

 

「うん。……あのね、マリア──」

 

 

 ハリーの言葉は続かなかった。ファイアボルトをうやうやしく寝室へ置きに行ったロンが鬼の形相でベッドシーツを持って戻ってきたからだ。ロンは一直線に勉強で忙しいハーマイオニーの元へと向かった。

 

 

「これを見ろ!!」

 

 

 シーツには赤い染みが見えた。ああ、アイツ──とうとう気付いたな。

 

 

「わからないか、これが! ──血だ! スキャバーズが消えて、この血がシーツに残ってた! これがどういうことか、ご自慢の頭で推理してみろよ!」

 

 

 シーツをハーマイオニーが書いていたレポートの上へと叩きつける。ハーマイオニーはそれに憤慨することもできず狼狽えていた。

 

 

「で、でも、クルックシャンクスはずっとお利口にしていたわ」

 

「マリアが止めてたからね! マリアがいたからスキャバーズの寿命が伸びただけなんだ。マリアがかまえなくなったらこれだ! わかるかい!? 君があのケダモノを躾なかったから僕のスキャバーズが犠牲になったんだ!」

 

 

 これにはハーマイオニーも臨戦態勢を取った。ロンの言葉は、彼女にとって彼女がもっとも嫌う偏見とこじつけに等しかった。

 

 

「どうあってもクルックシャンクスを悪者にしたいようね。ではお聞きしますけど、猫が鼠を追いかけるってそんなにおかしいことかしら。それに、圧倒的に証拠が足りてないわ! それがスキャバーズの血だと証明できる? スキャバーズをクルックシャンクスが食べる瞬間を誰が見たの?」

 

「君の屁理屈はうんざりだ!」

 

「わたしだってあなたの偏見はうんざりよ!」

 

 

 ファイアボルトで浮かれていた空気はたちまち冬の極寒へと戻ってしまった。久々に僕らポッター兄弟は、手を繋ぎ合って同じ顔と同じ仕草でため息をついた。

 

 ああ、もう、次から次へと!

 

 

 誰もが寝静まった談話室にて、パチパチと弾ける炎を僕はぼんやり見ていた。寝室でハーマイオニーの逆鱗に触れたくはないし、スキャバーズをどこでどのタイミングで捕らえようか誰もいないところで考えたかったのだ。

 

 

「マリア」

 

 

 トンッと。隣に座った彼は僕の肩へともたれかかるように力を抜いた。ふわふわの黒髪がくすぐったくて気持ちよかった。

 

 

「……ルーピン先生と、パトローナスを喚ぶ呪文の特訓を始めたんだ」

 

「うん」

 

 

 じわりとあたたかさが浸透していく。

 

 

「ボガートを使って、ディメンターになってもらうんだ」

 

「うん」

 

「母さんだけじゃなくて、父さんの声も聞いた。父さん、母さんと僕らを庇ったんだよ」

 

「……うん」

 

「この前には映像も見た。──マリアがバジリスクの牙で死にかけてる時の記憶だった」

 

 

 ハッと隣の彼を見た。ハリーも、僕と同じように暖炉の火をぼんやりした目で見ていた。

 

 

「僕、時々、マリアが──マリアは、生き急いでるように見える。マリアって、死にたがってるみたいだ」

 

「そんなわけ」

 

「ないよ。わかってる。……でも、こわいんだ」

 

 

 声はあまりにか細くて、ハリーを力いっぱいに抱きしめた。

 なんてことだ。ディメンターが見せる絶望のうちに入ってしまうくらい──あの日の僕はこの子を傷つけたのか。

 

 

「マリアは秘密ばっかりだ。僕を不安にさせて──ひどいやつだ」

 

「ほんとうに」

 

「でも、それって、君が大好きだからなんだ」

 

「……うん。僕も大好きだ。愛してる」

 

 

 背にハリーの腕が回って、僕らは子供の頃と同じようにすがり合った。

 

 

「──それは、僕に話せないこと?」

 

「……話せるよ。でも、まだ決心がつかない。……待っていてくれる?」

 

 

 ハリーはやわらかく笑った。雪解けの微笑みだった。

 周囲まで巻き込んだ兄弟喧嘩は、ようやく終わりを迎えた。

 

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