イースター休暇を挟んだ最初の土曜日。とうとうスリザリンとのクィディッチ決勝戦がやってきた。シーカーのハリーだけでなくグリフィンドールチーム全体が緊張に包まれ、朝食もまともに喉を通らない様子だった。
今回ばかりはドラコもグリフィンドール席に座るわけにはいかず、無愛想に緑ローブたちの中へと紛れていた。かなりはしっこだったが。
目ざとく発見したパンジーがぴったりと腕に引っ付き、なんとその逆隣にはアステリアの姿があった。アステリアとパンジーという両手の花(片方はハーマイオニーいわく品のないパグだが。)に、もっと嬉しそうな顔をすればいいのに、と思わずドラコを見つめてしまう。そのドラコはといえば、アステリアをかいがいしく世話していた。ドラコの世話はパンジーがしていた。相関図がわかりやすい。
「隣、いい? マリア」
「ジニー!」
かけられた声にパァッと顔が輝いてしまう。太陽の光に照らされる赤毛のなんと美しいことか。ロンが「アイツはいつもマリアに一番に話しかけに行くんだ。兄をないがしろにしてる」なんてハーマイオニーへと不平をたらしていることなど気にも留まらなかった。
「もちろんだよ、さあ座って。日射しは強くない? その位置からグラウンドはしっかり見えてるかい?」
ご機嫌なジニーに僕まで頬が緩んでしまう。次はドラコが僕を呆れた風に見ていた。……僕らって、どこまでいっても妻に甘いよね。
ジニーとハーマイオニーを隣に、ドラコに負けず劣らず両手に花を揃えて、グラウンドに並ぶ十四人を見下ろす。キャプテン同士が握手を交わす。(手を握りつぶさんばかりだ。ここからすでに戦いは始まっていた。)フーチ先生がホイッスルをかまえる。
音が晴天を割いた。──試合開始だ。
八年ぶりに優勝杯がスリザリン以外に渡る可能性に、会場の生徒たちは大いに湧き上がっていた。リーの実況にも熱が入る。入りすぎている。その都度マクゴナガル先生に叱咤されている。
しかし無理もないのだ。なぜって──
「ああっ! またフリントの野郎がウッドに体当たりをかましやがった! やれ、アンジェリーナ! 叩き落とせ!」
スリザリンの違反行為が多すぎるのだ。そのうえ露骨だ。なんでこいつらは出場停止にならないんだ。
隣のジニーやハーマイオニーの応援も白熱している。
「卑怯ものー! ファウルに頼らなきゃ勝てないならさっさと負けちまえ、この、腰抜けー!」
「そこよ! やってやりなさいフレッド! 目には目、歯には歯よ!」
もはや立ち上がる勢いの二人の隙間から、そっとロンと顔を見合せた。ロンの頬は引きつっていた。たぶん、僕も。僕らの愛しい人たちはたくましいね……。
試合はおそれていた泥仕合へと突入した。──五十点。五十点の差をつけてからスニッチを取らねばグリフィンドールに優勝はない。
ハリーにも焦りが見られる。ジニーも手汗を握ってハリーを追っている。
「ああ……ハリー」
「……大丈夫だよ」
握りしめられたジニーの手を開いて代わりに握る。そんなに力を入れたら爪が食い込んでしまう。傷付けるならせめて僕の手にしてくれ。
スニッチを発見したセオドールへとハリーが迫る。ニンバスでは届かなかった距離だ。けれど、彼のファイアボルトなら──!
セオドールと揉み合い飛び跳ねるようにして転がったハリーは、空へ真っ直ぐに腕を伸ばした。手の中で金色の命運が輝いていた。
「「ハリーっ!!」」
割れるような歓声が響いて、彼へと赤いローブが詰め寄る。中には黄色や青もある。皆の胸元には真紅の薔薇が挿されていた。
「ハリー、ハリー、ハリー! 彼ってほんとうに素晴らしいわ!」
ジニーが半泣きで僕を力いっぱいに抱きしめた。ハーマイオニーは泣いていた。
先日の勝ち抜けなんて比でないくらい祝福の声をあびて、トロフィーをかかげたハリーに、僕とロンもちょっとだけ泣いた。
ブラック侵入事件の鬱々としたムードを一気に晴らした昼下がりだった。
***
優勝杯の余韻は心だけに残り、迫りくる地獄にホグワーツの時間は無慈悲に流れていった。──試験である。
ハリーやロンは勿論のこと、パーシーやあの双子のウィーズリーですらピリピリと勉強に勤しんでいて、だがしかし誰よりも導火線のギリギリをたもっているのはハーマイオニーであった。
目の下にくまを作り、元からまとまることを知らなかった髪は常に寝起きかのようにボサボサだった。実際のところ、時間がおしくてブラシを入れていないのかもしれない。
「アレ、見たかよ。マリア」
「アレ?」
「ハーマイオニーの試験予定表だよ。なんだって同じ時間に別教科の試験があるんだ? どうやって受けるっていうのさ。君、聞いてないかい? ハーマイオニーが分身する魔法を覚えたとか」
「ウーン、分身する魔法は聞いてないね」
「じゃあハーマイオニーは二人いるわけだ。グリフィンドールには双子が六人と一人いるんだな」
ロンの小粋なジョークに声を出して笑えば、ハーマイオニーに、よそでして! と癇癪を起こされた。ウゥ、オソロシイ。
試験当日、すでに三年生を一度経験している僕はおおむね問題なくこなしていた。けれども──闇の魔術に対する防衛術の試験だけは、クリアできなかった。
グリンデローのプールを渡り、レッドキャップの穴を抜け、ヒンキーパンクをかわして沼地を通り──最後、あの『赤子』と化したボガートを前に、僕は頭が真っ白になった。震えて、杖を向けることさえできなかった。
どうにかボガートと対決するトランクから抜け出して、先で満点を取って待っていたハリーに抱かれてようやく呼吸を思い出せた。ルーピン先生はよくがんばったと肩を叩いてくれた。
僕は、どうしてこんなにも『彼』を────
「やあ、ハリー。試験かね? 調子はどうかね? ──ああ、マリアも」
野外で行われた闇の魔術に対する防衛術の試験から城へ戻る途中、コーネリウス・ファッジに会った。ファッジは相変わらず下心満々にハリーへと笑いかけ、僕に対する挨拶はなんともぞんざいなものだった。
そのハリーはといえば、ファッジの僕への対応が気に入らないようで、胡散臭げに相槌のみを返していたが。
「大臣はなぜホグワーツに?」
窺えば、ファッジはチラチラと周囲を目だけで見回して声をひそめた。
「その──ブラックが城内に侵入したというだろう? それも、ハリー! 君を襲った」
「ハリーでなく僕です!」
「ウム──エー、ミスターウィーズリー? その通りだ。しかし、ブラックが狙ったのはハリーなんだ。つまりは──誰が一番危険なのか、わかるね?」
「ロンなら間違いで襲われてもよいとおっしゃるんですか!?」
「いや、いや、君──アー、」
「ハーマイオニー・グレンジャーです」
「ウム、グレンジャー君。それはちがう。当然ちがう。だけども──」
話があらぬ方向へとそれてしまいそうになったので、憤慨するハーマイオニーを抑えてファッジへと問い直す。
「ああ、うん。なぜここにいるかだね。そのブラックの件で、まあ、なんだ。ダンブルドアと話さねばならないのだ。ハリーの安全を守るために」
再びハーマイオニーが、気にするのはハリーだけなのかと噛み付きかけたので、さっさと会話を切り上げる。
「今夜のみですか?」
「いや、数日滞在することになるだろう。大人の会議というのは、得てして時間を取るものだ」
ファッジがハーマイオニーの目から逃げるようにして去る。それを見届けてから、ロンがハーマイオニーに、どうして君がそんなふうになるんだよ、なんて野暮なことを聞いていた。
「大臣なら、ロン、あなたのお父さまの最高の上司よ。そんな人にあなたが歯向かうのは、かしこいとは言えないわ。ハリーは身柄を監視されてる身。マリアはハリーの身内。なら、マグル出身の私が怒るのが適任じゃない! あんな贔屓、許しちゃならないのよ!」
ロンはハーマイオニーに感銘を受けていた。ハーマイオニーはいつだって真っ直ぐなのだ。……ことさら、ロナルド・ウィーズリーに関しては。
「ほらね? ハーマイオニーが怒る時って、こんなにも誰かのためなんだ」
ハリーもロンも、くしゃくしゃに笑ってうなずいた。
試験最終日だ。先に受けた占い学の教室の下で、僕はハリーを待っていた。
きっと予言はある。前回、ペティグリューに関する予言はここでされた。──内容を、ハリーから聞き出さねば。
ハリーが茫然自失の様子で梯子を下りてきた。僕はすぐに駆け寄った。
「ハリー、どうだった?」
「どうだったんだろう……」
ハリーはすっかり腑抜けていた。どうにか意識を引いて、やはり試験後にされた予言の内容を聞き出す。
──闇の帝王が召使いの手を借り、再び立ち上がるだろう。
──真夜中に召使いが馳せ参ずるだろう。
前回同様、寸分も変わらない予言だった。つまりは──今夜、動き出すのだ。
「スキャバーズを見付けなくちゃ」
「え?」
ハリーの手を取ってグリフィンドール塔へと駆け出す。
予言通りになど進ませるものか。
ペティグリューは捕まらなければならない。闇の帝王の復活なんてどうでもいい。
シリウスを、今度こそ解放するんだ。
デルフィーニの予言を壊したあの日のように──ペティグリューの予言を、僕が防いでみせる。