マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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マリア・ポッターとアズカバンの囚人【完】

 

 透明マントのありがたみを今日ほど思った日はない。

 時間を巻き戻してから真っ先に僕が起こした行動は、寮にある透明マントの確保であった。

 

 

「マリア……マリア……これって──とんでもないことよ」

 

 

 マントの中に二人。ぴったりと寄り添う彼女は状況を理解するにつれ真っ青になった。

 

 

「禁忌なのよ。いい? 校則破りなんてものじゃない、魔法界の規則を破る行為なの。時間を変えるなんて──絶対にやってはならないこと」

 

 

 透明マントをかぶってなお、人に見られている心地で落ち着かない彼女──ハーマイオニーは、僕の腕を抱きながら諭すように言った。いっそ僕にというより自分に忠言しているようだった。

 

 

「わかってる」

 

 

 そんなのは──きっとこの世界で僕とドラコが一番よくわかっている。僕も二番目の息子とその親友にどれだけ説いたことか。

 そして、今────僕は未来の『僕』の決意を破る。

 

 

「もしも……もしも誰かに……ああ、マクゴナガル先生とお約束したのに」

 

「そのときは僕が君を無理に従わせたと証言するよ。うん、それがいい」

 

 

 すると、それまで規則を破るという事実に愕然としていたハーマイオニーの目に勝ち気な光が戻った。

 

 

「見くびらないでちょうだい、マリア。わたし、今まで一人で規則を破ったことはないの。──誰かと一緒に破ってきたのよ。同じことよ。これから──あなたと破るの」

 

 

 すがるために握られていた腕は、今や頼もしいものでしかなかった。やっぱり、三人組の中で一番、度胸があるのは彼女だ。

 

 

「……ありがとう、ハーマイオニー」

 

 

 マントの中で微笑んで、彼女を連れながら移動する。いつの間にか彼女の足取りはしっかりしていた。

 

 

「さて、まずは僕を見つけないと」

 

 

 この時間に、僕はどこで何をしていただろうか。

 寮にはいなかった。となれば、ルーピン先生の部屋へ向かってる途中か? 忍びの地図を目的に────あ。

 

 立ち止まって、懐を探る。動く僕の肘に合わせて、ハーマイオニーがマントを押さえてくれていた。

 ──ああ、やっぱり。あった。

 

 

「マリア? それ……どうして──も、持ってきちゃったの?」

 

 

 横から覗き込んだハーマイオニーが、数名の名前を見つけて呆けた。

 

 そうだ、僕、ゴブレットと一緒に持ち出したじゃないか──『忍びの地図』を。

 目まぐるしく変化する状況に振り回されて、持っていること自体をすっかり忘れていた。

 奇妙なことに、今、この時間枠には忍びの地図が二枚存在することになってしまったのだ。

 

 廊下の端に寄り、ハーマイオニーと地図を眺める。

 どうやら、時間をさかのぼったイレギュラーな存在までは地図も認知できないらしい。それに安堵して、三つ集まるハリーとロンとハーマイオニーの名前、そして中庭付近を歩く僕を見つけた。

 中庭……寮まで通信紙を取りに戻ったその後くらいか? ということは、これはドラコとの待ち合わせに向かっている僕か。

 

 

「このあと、ルーピン先生のところへ行って、君のボウトラックルに助けられるんだ」

 

 

 移動するマリアの名前を追って呟く。あのときはろくに礼も言えなかった。もしも捕まえられそうなら、今度こそ礼がしたいものだ。無理でも、無事にミッションをこなしてくれるかくらいは見届けないと。

 

 

「わたしのボウトラックル?」

 

 

 ハーマイオニーがきょとんとする。

 

 

「そう。君の髪に住んでたボウトラックルだよ。あの子がルーピン先生の部屋の鍵を開ける手伝いをしてくれたんだ」

 

「…………それ、違法よ」

 

 

 ハーマイオニーの目はジトッとしていた。

 

 

「それから、もうひとつ。──それはわたしが一緒にいたボウトラックルではないわ」

 

「え?」

 

 

 歩き始めていた足を止める。ハーマイオニーは確信を持って続けた。

 

 

「言ったでしょう? わたしたち、ずっと一緒にいた(・・・・・・・・)の。あの子が離れたところをわたしは見てないわ。ほら、これ」

 

 

 ハーマイオニーの指が自身の名を指す。

 

 

「この時間のあなたがいる場所と真逆に進んでる。とてもじゃないけど、これじゃ間に合いもしないわね」

 

 

 僕はその場に立ち尽くして黙考した。

 だとすれば、あれは野良ボウトラックルだったと──? そんなことがありえるのか? そんな、都合よく────

 

 

「…………僕だ」

 

 

 ハーマイオニーの手を掴んで踵を返す。

 

 

「マリア? どこへ行くの?」

 

 

 ハーマイオニーは戸惑いつつも僕の歩みを止めることはしなかった。

 都合よくボウトラックルが現れたんじゃない。──僕が、都合を合わせた(・・・・・・・)んだ。

 

 何学年生かの最後の試験を行っている──こちらはサラマンダーが試験対象だった──ハグリッドに、見えないと理解しつつも忍び足で小屋の裏へと潜む。

 

 

「マ、マリア、いいのかしら、ほんとうに」

 

「よくないに決まってる」

 

 

 でも、やらなくちゃ。

 

 ハーマイオニーのアロホモラで鍵を開け、侵入する。この試験の一つか二つ前が僕らの学年の試験だったはずだ。ならば、まだその辺りに潜んでいるかもしれない。森への解放には早いだろう。

 透明マントを使用しているため、二手に分かれることもできず戸棚を漁る。なにか、手がかりになるような──あ。

 

 

「……生きてるのね」

 

 

 ハーマイオニーがいかにも触れたくなさげに瓶を振った。中には新鮮な昆虫が数匹捕らえられていた。……君、リータ・スキーターの正体を知った時、同じことをするからね。

 ハーマイオニーから瓶を受け取って、蓋を開ける。二、三匹をコロコロと棚に転がし出す。

 

 ──キキキーィ!

 

 棚の後ろなんかに隠れていたらしい一匹のボウトラックルが、嬉々と昆虫を掴まえた。……アッ、食事シーンは案外グロテクスだ。

 なんとも微妙な気持ちのまま、彼女だか彼だかの食事が終わるのを待つ。そして、透明マントから顔を出して手のひらを差し出してみれば、ボウトラックルはそっと乗り上げてくれた。

 

 

「協力してほしいことがあるんだ。一緒に来てくれる?」

 

 

 ボウトラックルは頭の二葉部分をふわふわと上下に振った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 地図でこの時間の僕を確認しながら、ルーピン先生の準備室が見える位置にて待機する。──僕が歩いてきた。客観的に自分を見るというのは、何度体験しても慣れないものだ。

 ルーピン先生の不在を確認して、僕が杖を取り出している。──今だ!

 

 

「頼んだよ」

 

 

 そっとボウトラックルを地面へと置く。ボウトラックルは透明マントから身をさらけ出して駆けた。

 

 

「わたし、今日で犯罪を二つ犯したわ」

 

「バレなきゃ犯罪じゃないのさ」

 

「マリアって実はスリザリン向きなんじゃないかしら」

 

「実は組分け帽子は僕をスリザリンに入れようとしてたよ」

 

 

 ボウトラックルがキュルキュル鳴きながら誇らしげに戻ってくる。透明マントから手だけを出して迎え入れる。慣れると実にかわいらしい生き物だ。危険を感じると相手の目玉をくりぬく獰猛性も持ち合わせているけれど。

 この時間の僕が首を傾げながらも入室する。この場での仕事はこれで終わりだ。さて──『彼』に没収されるまでどう過ごそうか。

 

 

「……ねえ、マリア」

 

 

 ハーマイオニーはいまだ僕が中へと消えた扉を見ていた。

 

 

「あなた──ほんとうはちゃんと、魔法が使えるのよね。普段はできないフリをしているの? それとも──できないの?」

 

「…………」

 

「どうしてあの瞬間に叫びの屋敷に入れたの? どこから? シリウス・ブラックとはいつから──友達だったの? クルックシャンクスのことも知っていた? わたしがタイムターナーを使っているといつ気付いたの?」

 

「……ハーマイオニー」

 

「ひとつでも答えられるものはある?」

 

 

 僕はうつむいて首を振った。まだ、まだだめだ。でも──いつかは──

 

 

「……僕を裏切り者と見るかい?」

 

「裏切っていたの?」

 

「……そんな、つもりは」

 

「なら、ちがうんでしょ。あなたって隠し事が多すぎるけど、それに意味があるんだってことくらいはわかるわ。わたしも、ハリーも。ロンは…………わたしがなんとかするわ」

 

 

 やはりロンは僕の秘密が気になっていたらしい。仲間外れだとか、きらいだもんな、あいつ。

 

 

「信じてるわ、マリア」

 

 

 微笑んでくれるハーマイオニーに僕も感謝を込めて笑いを返せば、廊下の先からぬっと現れた黒男に、次には互いに上がりかけた悲鳴を手で押さえ合っていた。ボウトラックルまで自分の口を押さえていた。ちょっと和んだ。

 冷や汗を流すハーマイオニーとアイコンタクトを交わして、そろりそろりと壁に背をつけて移動する。スネイプ先生がノックのためかかげた拳のまま、鍵が開いている様子におそろしく怪訝な顔をしている。

 ──アッ、もしかして、これってルーピン先生が薬をちゃんと飲んでるかの確認のために来てたのか。そうしたら、中に以前から怪しんでた生徒がコソコソ侵入しているのだから……そりゃ、疑いたくもなる。

 

 どうにか部屋が見えない位置まで離れて、生きた心地のしない競歩で現場から離れる。

 

 

「あ、あれ、大丈夫なの? あなた、中にまだ」

 

「まったく大丈夫じゃなかったから罰則なんて受けたんじゃないか」

 

「ああ……わたしたちがボウトラックルを返しにハグリッドのところへ行ってる間のことね」

 

「そうそう」

 

「その時にスキャバーズ……いえ、ペティグリューを襲うクルックシャンクスにあったのよね。ここにマリアがいれば、て思ったからよく覚えてるわ」

 

「えっ」

 

 

 立ち止まる。そうだ、僕が罰則を受けている間のことを──どのようにしてペティグリューを発見したかを、僕は知らない。

 

 

「──詳しく聞かせて」

 

 

 端に寄って、ハーマイオニーからそれからのことを聞き出した。

 ボウトラックルを無事にハグリッドへ届け、小屋から城へ戻る最中に疾走する鼠を見たこと。それを唐突に現れたクルックシャンクスが追ったこと。さらにロンが二匹を追い、ロンをハリーとハーマイオニーが追い、三人と二匹は暴れ柳の元までたどり着いたこと。黒い大犬がスキャバーズを捕まえたロンを襲ったこと。(今となっては、襲ったのではなく鼠を奪おうとしたのだろう、とハーマイオニーは付け足した。)

 

 

「つまり、夕食が終わるまでに透明マントを手放さなくちゃいけないってことか」

 

 

 僕が考え込みながら呟けば、ハーマイオニーは不思議そうに首をかしげた。

 

 

「どうして?」

 

「君たちが透明マントを使うだろう?」

 

「使ってないわ?」

 

「でも、スネイプ先生が──」

 

 

 それに、この警戒網の中、透明マントなしにハリーを外出させるなんて────いや、そうか。思えば、前回より事が動くのは早かった。前回は暗くなってからの外出なんて確実に止められるとわかっていたから透明マントを使ったわけで──今回、三人がハグリッドの小屋へ向かった時間帯はまだ明るかった。警戒の度合いが違ったから、ハリーに余計な目が行くこともなかったのか。

 

 難しい顔で黙り込む僕に、思うところがあったのか、ハーマイオニーはそっと声を落とした。

 

 

「……そうよね、ごめんなさい」

 

「ハーマイオニー?」

 

「まだ明るいからって、透明マントもなしに──もちろん、あるからいいという訳ではないわ──ハリーを連れていくべきではなかったわ。テストが終わって、わたし、浮かれてたのね。実際のシリウス・ブラックは殺人鬼なんかではなかったけど──もしも『そう』だったなら……危うく、ハリーを危険にさらすところだった」

 

「ハーマイオニー……」

 

 

 唇を悔しげに噛んだ彼女に、適切な言葉が浮かばず気まずい沈黙となってしまった。

 

 

「わたし、ちゃんと意識を変えるわ。ハリーだから大丈夫なんて、そんなことを考えないように。──ペティグリューのようになんて、泣きたくないもの。あんなさびしい涙は、いや」

 

 

 どこまでも心の在り方が強く美しい彼女に──決して届かないけれど、『僕』のハーマイオニーへ向けて、感謝を述べた。

 

 

「そうしてあげて。君たちだけは──ハリーをハリーとして見てやってくれ」

 

 

 いずれ英雄となってしまう──(ぼく)だから。

 

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