マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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「──それで、ディメンターがやってきて、僕たちを囲んで」

 

「そうしたら、パトローナスが四体……そう! 四体も現れたんです。どこからともなく。牡鹿が二匹と、雌鹿が二匹。雌鹿の一匹は僕だとわかっています。他は……あの牡鹿はダンブルドア先生ですか?」

 

 

 ハリーとロンが興奮のままにまくし立てる。それに時折ハーマイオニーが付け足したり訂正したりする形で報告は進む。なお、タイムターナーに関しては触れない方向で、子供たちの意見は固まっていた。

 

 

「ふむ、はてさて──どう思うかね? マリア」

 

 

 パトローナスのことで思うところしかないダンブルドアが、半月眼鏡を逆さにするようにして瞳を笑わせた。

 ディメンターに手一杯だった子供たちには、誰がどの守護霊を放ったのだかがわからなかったようだ。

 スネイプ先生だって、雌鹿の守護霊の意味を僕たちに──特にハリーには知られたくないだろうし、ハーマイオニーはしっかりと秘密の約束を守ってくれたので、僕も口をつぐむつもりで微笑む。

 

 

「──私は、ダンブルドア先生がお助けくださったのかと。バジリスクの時だって、不死鳥を寄越してくださいましたから」

 

 

 スネイプ先生からの視線がいたい。シリウスからの視線もいたい。最早これは答えのない化かし合いであった。

 

 

「マリアがそう思うなら、そうじゃろうて」

 

 

 ダンブルドアは人の良さそうな顔をして楽しそうに笑った。

 

 

「さて、コーネリウス。子供たちの話は以上のようじゃ。ここに、動かぬ証拠を勇敢な生徒らが証明してくれたわけじゃのう。……ディメンター共々、ホグワーツから引き上げてくれるのであろうな?」

 

 

 目を覚まさない鼠のピーターを撫でて、ファッジに目線を流したブルーアイは、僕には断罪の刃の輝きに見えた。……きっと、この人だって、シリウスの冤罪を知った上で動かなかった一人だろうに。

 

 

「しかし──しかしだ、ダンブルドア。冤罪の件は──なるほど、それは認めよう。シリウス・ブラック氏に不当な判決をしてしまった。魔法省の過失だ。──だがしかし! すべてが不当であったとは言わせんぞ。現に──アニメーガスの未登録は法に反する!」

 

「おうとも、その通りじゃ。さて、ここでお伺いしたいのじゃがな、大臣や。アニメーガスであることを申請せずにいるのは──はたして、アズカバンに十二年も容れられねばならぬほどの大罪であったかのう?」

 

 

 ダンブルドアの目の輝きが増す。あれを真っ直ぐに向けられるファッジは、まったく生きた心地がしないだろう。

 

 

「なるほど、アズカバンを脱獄したことも罪のひとつに数えるとしよう。──だとしても、わしには、アズカバンに十二年……若く貴重な男の時間を十二年、無為に奪えるほどの罪だとは──到底、思えぬのだ」

 

 

 ダンブルドアはやわらかく微笑んでいた。きっとそれをうすら寒く感じる人間は、ここには、僕とドラコ、そしてスネイプ先生とファッジくらいだろう。どれほど、子供たちの目に慈悲深くうつるか。

 結果、ダンブルドアの微笑みの圧に屈したファッジは、再調査と再審を約束して、鼻息荒くペティグリューを連れて校長室を後にした。それにマクゴナガル先生が続き、スネイプ先生がシリウスを目一杯の憎しみで睨んでから退室する。ドラコがロンとハーマイオニーを連れて僕へのアイコンタクトを残し、ダンブルドアは「そら、餌の時間じゃ」なんてフォークスと別室へと引っ込んでしまう。

 先ほどまで人にあふれていた部屋に残されたのは、後見人とポッター兄弟のみとなっていた。

 

 

「……アー……ファッジはこのあともごちゃごちゃ言うだろうが……実質、私は無罪放免だ。君たちのおかげだ。感謝している」

 

「「うん」」

 

「自由の身となったわけだ。当然、権利も戻ってくるし──住居も、だ」

 

「「うん」」

 

「だから──その──私の勘違いでなければ──君たちはよい環境にいない。……そうだな? マリア」

 

「かわいがってた黒犬にそんな話もしたかもね」

 

「……で、だ。私は君たちの後見人なんだ。はっきりいって、地位も金もある。子供二人を養うなんてわけない。……これが、どういうことか、」

 

「「シリウス」」

 

 

 ハリーと片手ずつ、シリウスの手を取る。生きてる人間の手だ。それが、どれほど得難いことか。

 

 

「「はっきり言ってよ」」

 

 

 シリウスは、ハッと息をつまらせると──どこか震える唇でその言葉をくれた。

 

 

「私と、一緒に、暮らさないか?」

 

 

 僕とハリーは同時にシリウスへと飛び付いた。シリウスは加減なんてすっかり忘れたように僕らを強く抱きしめた。

 

 

「シリウス、シリウス、大好きだよ。僕の──ハリーの、名付け親」

 

「そうか、僕の名付け親なんだ……」

 

 

 スンッと鼻を鳴らしたハリーがシリウスを見上げる。シリウスも、不器用に父そっくりの髪を撫でていた。

 

 

「……ねえ、シリウス。僕にも、名付け親がいたりするの?」

 

 

 ふと、僕は尋ねていた。この問題に──明確な答えはいらないと思っていたのに。

 

 

「……いや、君の名前をつけたのはリリーだよ」

 

「え……」

 

「君の髪を見て──願掛けなのだと、そう言っていた。君を通して──いつか、仲直りできるように、と。ジェームズは複雑そうだったがね。──マリア、君の名は……希望と祈りの名前なんだ」

 

 

 シリウスの腕に重なる形で、ハリーの手が肩に乗る。二つの家族の手に包まれる。

 ああ、そうだったのか──母さん。僕の名は、願われたのか。

 ならば──いつまでも逃げていては、あなたに顔向けできないじゃないか。

 

 

「ありがとう、シリウス。それが知られただけで──僕はマリアを愛せそうだ」

 

「うん? マリアは時々妙な言い回しをするな」

 

「これがマリアだよ。変わってるんだ。かわいいでしょ?」

 

「生意気だぞ、弟よ」

 

「あーにーだーろー?」

 

 

 シリウスを巻き込んでじゃれ合う。十三歳の子供二人なんて『前回』よりも筋肉が戻っているシリウスには訳ないようで、二人まとめて抱き上げられた。まるで父の腕に抱かれる幼子のようで、心の底から子供に戻って笑い声をあげた。

 

 

「ね、マリア」

 

 

 そっと耳にハリーの唇が当てられる。シリウスが、ナイショ話か? なんて子供っぽく歯を見せた。

 

 

「マリア、シリウスが大好きなんだね。僕も好きになったよ。──ひどいことを言って、ごめんね。シリウスは──狂ってなんかいないよ」

 

「……うん」

 

 

 頬に添えられたハリーの手にすり寄る。とっくに仲直りしたはずのひび割れが──今、ようやく、埋まった気がした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 シリウスとハリーと共に校長室から出ると、廊下にはドラコと親友の二人が待っていた。ロンとハーマイオニーはハリーへと駆け寄り──痛みがないためすっかり忘れているが、ロンは足を折っているのに、だ──ドラコが僕の手を取る。

 

 

「──大丈夫か?」

 

 

 僕はうなずいた。

 

 

「……わかった」

 

 

 そのまま、ドラコがいわゆるお姫様抱っこの状態で僕を抱き上げた。さりげなく浮遊の魔法で負荷をなくしている辺り、策士だ。──て、いやいや、待て。お前はなにをしている。

 

 

「ドラコ?」

 

「おい、なにしてるんだ。ルシウスのせがれ」

 

「正式なご挨拶もなく席を外す無礼をお許しください、シリウス伯従父上」

 

「マルフォイ? ──マリアをどこへ連れて行くつもりなの?」

 

「マリアが限界なんでな。ハリーのことは君たちに任せるよ。ウィーズリー、さっさと医務室へ行け。感謝を、ミスタークルックシャンクス。シリウス伯従父上、ファッジ大臣が校長と応接室にてあなたをお待ちするとのことでしたよ。──それでは」

 

 

 引き留める声のすべてを無視してドラコは階段を上がった。僕は、力なくその腕に身を任せた。

 

 

「……僕、君の『大丈夫?』にうなずいたつもりだったんだけど」

 

「そんな顔してよく言う。あと三歩で倒れる顔色だぞ」

 

 

 ドラコは吐き捨てた。僕らに会話はなくなった。

 やがて、とある通りを三往復した。壁に扉が現れる。──必要の部屋だ。いつかの分霊箱をしまった部屋だった。

 

 ソファに甲斐甲斐しく下ろされて、ドラコがその前に立つ。

 

 

「さあ、さっさと吐け。──ハリー」

 

 

 僕は咄嗟にうつむいた。

 

 

「……なんで、わかっちゃうかな」

 

「そのために僕はいるからだ」

 

「……ずるいなあ」

 

「アステリアにも言われた」

 

 

 赤毛ごと、ぐしゃぐしゃに顔をつかむ。

 

 

「……僕、やっちゃったんだ」

 

「ああ」

 

「シリウスは、自由だ」

 

「そうだな」

 

「僕が、そうした。──今度こそ、未来は変わる」

 

「そうだろうな」

 

「もう──もう──後戻りはできない!」

 

 

 胸が苦しくて、いいや頭が痛くて、ちがう目頭が熱くて──全身がめちゃくちゃな気がして震える腕で抱きしめる。

 

 

「アルバスに、スコーピウスに、やってはならないと、僕は言ったのに! あの日の父さんを、母さんを、見殺しにしたのに! できたのに! ──その僕が、書き換えた! エゴで! 自己満足で!」

 

「ハリー」

 

「ああ、軽蔑してくれ。僕は愚かだ。それでもいいと思っていたんだ。それなのに──今さらになって、おそろしくてたまらない」

 

「ハリー、息を」

 

「シリウスが笑ったんだ。暗い笑い方じゃなかったんだ。彼は解放された。僕の知らない未来へと進む。僕の知らないシリウスがいる。──もう、誰もそれを知らない」

 

「ハリー」

 

「僕らは────逃げられない」

 

 

 ふと、身を包む自分のものでない体温に気付いた。ドラコが──過剰に貴族らしくあろうとしていたあのマルフォイが、跪いてまで僕の背を撫でていた。僕のために衣服を汚していた。

 

 

「その通りだ。最初から──マリア、君がいるこの世界の未来なんて、誰も知らないんだ。それだけのことだ。ここは、タイムターナーを使った過去なんかではないのだから」

 

「ドラコ」

 

「みんなと同じ場所に立っただけだ」

 

「……そう、か」

 

「だから──マリア」

 

 

 ブルーとグレーの狭間の瞳は、氷で火傷してしまいそうなほどあつかった。

 

 

「君が、未来を作るんだ」

 

 

 僕はアイスグレーに見守られる中、うつらと落ちかける瞼の裏で、思った。

 

 

 

 ああ、それって────おそろしいや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年は少女を抱えて扉ほどの肖像画へと話しかけていた。少女は死んだように眠っていた。元々、健康的ではあるがミルク色の肌は、呼吸を感じさせぬだけで途端に人形然とする。顔の造形が秀逸であることがそれに拍車をかけている。

 

 

「レディ。すまないが、談話室に誰かグリフィンドール生が残っていれば──」

 

「──マルフォイ?」

 

 

 少年、ドラコ・マルフォイが相談しきる前に肖像画の扉は開いた。グリフィンドールが誇る才女、そして、眠る少女の同室者兼親友──ハーマイオニー・グレンジャーが顔を覗かせていた。

 

 

「起きていたのか」

 

「マリアを待ってたのよ。……朝帰りなんかされたら、どうしようかと思ったわ」

 

 

 杖を振って、眠る少女の身を談話室の奥まで運ぶ。ソファなんかに寝かされたのだろう、とドラコは踏んだ。

 

 

「ごくろうさまね、マルフォイ。マリアがここまで気を抜くのって、あなたとハリーの前だけだものね」

 

「……そんなことはないさ」

 

「あるわ。マリアってほんとうに、マルフォイを信頼してる」

 

 

 ハーマイオニーはほんの少し寂しさに痛む胸を誤魔化して微笑んだ。そして次には──ドラコが浮かべた表情に息をのんだ。

 

 

「僕はただの代わりだ。────君たちの」

 

 

 感情を見せず瞳を細めるその様は──作り物のように美しかった。

 

 

 

 

「ざまあみろ」

 

 

 

 

 この世界では──君たちには手出しさえできやしないんだ。

 

 

 

[newpage]

 翌日、忍びの地図と透明マントはハリーに、そして通信紙は僕へと戻ってきた。スネイプ先生が持ちうる限りの方法で闇の魔術がかかっていないかを調べたらしいが、使用してないものが出るはずもない。これは、脳がどこにあるかもわからないのに勝手に考える代物ではないからね。

 

 試験を乗り越え、陰鬱なディメンターの警備も解かれた生徒たちは夏休みに向けて浮かれていた。殺人鬼シリウス・ブラックは捕まったのだと誰もが信じていた。まさか捕まったの意味がまったくの真逆だとは──思いもしまい。

 しかし、周囲の陽気に反して僕はハーマイオニーに日に五回も注意を受けるほどぼんやりとしていた。世話になったボウトラックルを森へ放ったのち、没収品を受け取るためルーピン先生の部屋へ伺った際に彼が荷物を隅々までまとめているのに気付いたのだ。やはり、ルーピン先生はこの一年で辞めてしまうらしい。ヴォルデモートの厄介な逆恨みめ。

 さらに、シリウスの再審がはっきりするまで、僕らの新生活はお預けされてしまった。つまりは、また、ダーズリー家で過ごす夏休みがやってくるのだ。これにはハリーもうんざりな様子だった。

 

 三学年生活の最終日、ホグワーツ特急にてハリーの隣に座っていた僕は、外にチラチラと見える毛玉へと窓を開いた。毛玉は転がるように飛び込んできた。──のちのピッグウィジョンだ。

 チビふくろうが咥えていた手紙を受け取って、ハリーは中を見て満面の笑みを浮かべた。そこには、前回同様ファイアボルトのこと、さりげなく付け足されている封印箱のこと──もっと女の子らしいものを贈らせてくれ、と追伸されていた──チビふくろうをロンに譲りたい旨のこと、そして────

 

 

「マリア、来年から僕たち、どうどうとホグズミードに行けるんだ!」

 

 

 後見人としてされたホグズミード許可証のサインを掲げて、ハリーは飛び上がらんばかりに喜んだ。

 ハリーにとって、シリウスからのはじめての手紙は、最高のプレゼントとなったのだった。

 

 はしゃぎ回る弟と、チビふくろうと、すね気味なヘドウィグを眺めながら、共にいないプラチナブロンドの彼を想う。

 

 

 どうか、この世界の結末が──僕らがこれから作る未来が、より良いものでありますように。

 

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