ハリーと黒犬の話
──あなたは、マリアの友達でしょう?
そう、真っ直ぐにうかがう親友の生き写しに、男は動揺した。目当ての鼠を捕らえるため、やむを得ず怪我をさせてしまった赤毛の男の子は確かに叫んだはずだ。変身をやめた男を指して──シリウス・ブラックだと。
彼は己の酷い噂を聞いただろう。間違った真実を刷り込まれただろう。だというのに──
「あなたが──いや、あなたじゃなくて犬のあなたなんだけど──クルックシャンクスといるのを見たんだ。僕、一度クルックシャンクスに食べ物を持たせたことがあった。それって、あなたに恵むためだったんだ。でしょう? それを頼んだのはマリアだった。──マリアが言ったんだ。クルックシャンクスがご飯を届けている友達は、マリアの友達でもあるんだって」
男は子供たち三人分の杖を持っているというのに──子供たちはすっかり丸腰だというのに、動くことすらできなかった。かつての親友とそっくりな少年──ハリーは続ける。
「そのときは、マグルの街で会った犬がなんでここにいるんだろうって不思議なだけだった。──けれど、それがシリウス・ブラックだったっていうのなら、話は別だ」
声色が変わる。冷静に。冷徹に。姿形は亡き親友ジェームズのものだというのに、男は彼に母親リリーを見た気がした。──彼の瞳が、そうさせるのか。
「もしも僕を殺すつもりだったなら、あの時に喉元を食い破ってしまえば済んだ話だ。けれど、あなたはなにもしなかった。こんなにも近くにいたのに。唯一、ロンを襲いはしたけど──」
「ちがう! この子を襲おうとしたわけではないのだ!」
「──うん」
ロンが信じられないとばかりにハリーを仰ぐ。ハリーはそれすらも受け止めてシリウスを目で捕らえ続ける。
「あなたは呼んだんだ。僕を。──僕、それを聞いていたよ」
ハーマイオニーがなにがなんだかと言った顔でハリーとロン、そしてシリウスを見比べている。この中でもっとも、件に関われていなかったのは彼女だろう。勉強で手一杯だったのだから。
それでも、パニックに陥ったりしない辺り、ハーマイオニーという少女の聡明さを知らしめていた。
「あなたのことを調べ直そうと思った。それはマリアのためだったけど──マリアがシリウス・ブラックと友達だったというのなら、それだけで、僕にとっては認識を改めるくらい価値がある。それは、あなたを信用したからじゃない。僕はマリアを信じてるんだ。マリアは意味もなく犯罪者と友達になったりなんかしない」
そして言葉を切ったハリーは、己を落ち着かせるように静かに息を吸うと──緑の瞳に鋭い光を射した。
「けれど、これだけは言わせてもらおう。もしも──もしも、あなたがマリアを騙していたのだとしたら……そのときは────僕が、お前を殺してやる」
ハリーの友であるロンやハーマイオニーですらも絶句していた。それほどに──ハリーの目は容赦を捨てていた。
「──ほんとうに、君は母親似だね」
第三者の声だ。姿を確かめて、ハーマイオニーが悲鳴を上げるように呼んだ。──ルーピン先生、と。
「これがジェームズだったなら、それこそ、激情のままにシリウスを殺めていたかもしれない。君の、その、物事を平等に見極めようとする姿勢は、まさしくリリーのものだ」
まるで生徒の授業での態度を褒めるみたいに、場にそぐわず穏やかにルーピンは微笑んだ。ロンとハーマイオニー、そしてシリウスはすっかり参っていた。
いったい、なにがどうなってるんだ。
「シリウス。──やつはどこだ」
ルーピンから、ハリー同様に殺伐とした問いがされる。シリウスは驚きの連続にぼうっとしてしまって上手く答えられずにいたが、代わりに答えたものがいた。──ナーォ。
クルックシャンクスが、得意気に足に鼠を挟んでいた。
「ああ──その姿、ほんとうに……しかし、それなら、なぜ────いや、そういうことなのか? 君たちは──入れ替わっていたのか?」
シリウスは錆び付いたブリキ人形のようにゆっくりとうなずいた。
「そうか──君は──」
ルーピンがシリウスをあつく抱きしめた。ハーマイオニーがそんな! と叫ぶ。ロンがハリーを痛ましげに見る。ハリーは──
「──シリウス・ブラックと、手を組んでいたんですか」
爆発してしまいそうな癇癪玉をちぎれかけの理性で抑えて、緑をギラギラとさせて二人を見ていた。
「それはちがう、ハリー。私も、今、知った。今、気付いた。ようやく──親友を取り戻した」
「そして僕とマリアを騙していた」
「騙してなどいないとも! ほんとうに──私は、ずっとシリウスを──」
「その答え合わせは、アズカバンでしていただこう」
エクスペリアームス。
シリウスの手から、三本の杖が。そしてルーピンから一本の杖が憎しみをたぎらせる男の元へと飛んだ。