汽車は、ついに世界最高の学び舎であるホグワーツを前に停車した。荷物を預けたまま、一年生を大声で召集するハグリッドについて四人乗りのボートへと乗り込む。メンバーはハリーとロンとハーマイオニー、そしてマリアだ。思えばこのボート、一年生の時にしか使わなかったな。二年生からはセストラルの引く馬車で登校だ。
大広間へ向かう途中の空き教室にて、マクゴナガル先生から寮と点数制度についての説明を受ける。その後、みんながゴーストの登場にかわいい悲鳴を上げたりロンが寮を決める試験はかなり痛いんだとハリー共々に怖がったりと、微笑ましい時間を過ごした。(──もっとも、それを微笑ましいと思っているのはマリアだけで、もしドラコがそこにいたならばマリアの様子も含めて呆れ返っただろうが。)
やがて大広間へ通されると、かつての学校生活の中で幾度と世話になった組分け帽子が歌うのをぼんやり見ていた。隣のハリーがいよいよ顔色が悪くなっていくので、いつもどおりに彼と手を繋いだ。体温の先からほっと小さく息をつくのが聞こえた。
一人でこの帽子を前にした
だから、ひとりじゃないと教えてやらねばならない。──君のことは誰よりも、『僕』が知っている。
ハンナ・アボットから始まり、ハーマイオニーが組分け帽子からグリフィンドールを叫ばれる。ネビルも当然グリフィンドールとなり、赤い寮席へとおっちょこちょいに頭の上の帽子をさらいかけつつ、やがて彼の名が呼ばれた。
「──スリザリン!」
そういえば前回は帽子を持ったかどうかという早さで寮を定められた彼なので、もしかしたら今回はじめてあのお堅い金髪に喋る帽子をかぶせたのかもしれない。後で感想を聞いてみようか。
「ドラコ、スリザリンに行っちゃったね……」
やけに残念そうに呟くハリーに、君はどこに入るつもり? と小声で聞いてみる。
「どこでもいいよ……僕が入れるようなところがあれば、どこでも」
「弱気だなあ」
「だって……マリアはもう決めてるの?」
「ハリーと同じところ。僕が呼ばれるの、ハリーの後だもん」
「えー……」
「だから、ちゃんと入りたい寮を選ぶんだよ。選ぶのは君なんだから。……見てるからね」
慰めと激励を込めてくしゃっと隣の黒髪を撫でると、ついにハリーの名がマクゴナガル先生から呼ばれた。シン──かつて味わった、ゾッとするような静けさが広間中に広がった。
「ハリー」
案の定、緊張に動けないハリーを引き続き小声で促す。すると、なんとハリーは僕ごと組分け帽子の元へ向かおうとした。どこかからネビルの時のような微笑ましげな笑い声がこぼれた。
「ご、ごめん、マリア! ……いってきます」
「いってらっしゃい」
もう一度だけ握る手に力を込めて、そっと放す。
「──グゥリフィンドォォォォル!!」
音が爆発した。かすかにウィーズリー双子のポッターを取ったぞという歓声が耳に届くが、それ以上に大声があっちへこっちへ広間内を跳ねて大騒ぎだった。
ふと気になって、ちらりと横目でスリザリンの寮席を見てみる。その人──ドラコ・マルフォイは、優しい目をして慌てるハリーを見つめていた。
──本当に、あの頃のマルフォイとは大違いだ。姿形は同じだっていうのに。
「ポッター・マリア」
熱が治まる頃合いをみて、続けて僕の名が呼ばれる。案の定、会場は再びざわめいた。
ポッター? またポッター? ハリー・ポッターとなにか関係があるのか? なんでズボンなの? あれって女の子だよね?
答えはグリフィンドール席から徐々に明かされていった。どうやらハリーが告げた双子の妹という言葉を伝言ゲームしているらしい。……後で僕が姉だと訂正しておかなくては。
「フーム、なるほど、なるほど……先程の子とよく似ている」
「ハリーのこと?」
「いいや、その前だ。その子も、どの寮に入ってもやっていける素質を持っていた。されど、心は決まっていた。──君もそうだろう?」
「ああ──」
そして、帽子に叫ばれる。──グリフィンドール!
誰よりもハリーの拍手が大きかった。待ちきれないと輝いている緑の目に頷いてから、僕によく似ているらしいスリザリンの彼を見遣る。
──やっぱり、落ち着かないや。その姿で『僕』を優しく見る君なんて。
だから、ちょっとだけ鼻で笑ってやった。
……あ、スネイプ先生の前で下品な真似はするなって約束、もうやぶっちゃった。
***
無事にロンをグリフィンドールの席で迎えてから、ハリーと共にホグワーツが誇る贅沢豪華な食事へかぶりつく。これだけを求めて十一年間、腹と背中がくっつきそうなのを我慢してきたといっても過言じゃない。
そうして無我夢中でデザートにまでありついていると、突如、隣のハリーが額の傷を押さえて呻いた。
えっ、なんで。まさかヴォルデモートがなにか──ああそうか、クィレルか。
咄嗟に奴の座する方向を仰ぎ見る。
教員席にて隣席のスネイプ先生と談笑しているその男は、当然スネイプ先生へと顔を向けていて、そうすると、結果、位置の関係からハリーにヴォルデモート憑きの後頭部が向かう形となる。
……やってくれる。
わざとらしい異臭でごまかされたターバンの向こう──今後も散々弟をいじめ抜いてくれるだろう霞の存在を、僕の持てる限りの敵意でじっと睨んだ。
ダンブルドアの諸注意と誰一人揃わない──ウィーズリーの双子は別だ。音程はめちゃくちゃだけど──校歌斉唱を終えて、監督生であるパーシー引率のもと懐かしのグリフィンドール寮へ向かおうとしたところで、ふとスリザリンから視線を感じた。
「ドラコ」
そっと緑ローブの群れから離れたドラコは、そして僕の隣へと並んだ。
「夜、『あれ』に連絡を入れる。寝る前に読めよ」
「さっそく? 疲れて先に寝ても許してよ」
「それじゃあ何のための通信────」
「マリア、なにしてるの! パーシーがもう行っちゃうわ!」
意図的にグリフィンドール生たちから離れて密談していたというのに、結局目ざといハーマイオニーに見つかってしまった。ただそれだけで、未来の彼女に親友共々散々悪事をあばかれてきた反動からか、悪いことをしたような気持ちになる。
「あら、失礼。ええと」
「ドラコ・マルフォイだ。ミス?」
「あっ……ハ、ハーマイオニー・グレンジャーよ。ミスターマルフォイ」
えっ。
無難な挨拶と共に握手の手を差し出したドラコへと、乙女らしく頬を染めて恥じらう少女の姿にぶわっと鳥肌が立つ。
別に乙女っぽいハーマイオニーに文句があるわけじゃない。あの『ハーマイオニー・グレンジャー』が、『ドラコ・マルフォイ』に、意識してます感いっぱいに照れる目の前の光景が信じられなさすぎて脳が理解を止めただけだ。
ドラコも同じだったのだろう。手を引っ込めるのも忘れてピキリと身を固めると、咄嗟にロンを見た。……うん、まあ、君たち大人になってからも微妙に距離感はかりかねてたものね。ハーマイオニーは早いうちにドラコと友情を結ぶことに吹っ切れてたけど。ロンに関しては──お察しだ。
つまり、ハーマイオニーと仲良くすると自動的にロンに睨まれるという図が僕らの中にはあって、ドラコはそれをすっかりすり込まれていたのである。
「ドラコ、まだ大丈夫だから」
「僕はWWWの品を一生認めないと決めたんだ」
「まだ無いから。どっちも無いから」
灰色にくすんでみえる瞳は虚ろで、さすがに同情を禁じ得なかった。彼の兄たちの品に相当痛い目見せられてきたんだな……。スコーピウス、そういうのちょっと好きそうだし。
「──ドラコ!」
ややこしくなりそうな予感の声がさらに増えた。──ハリーだ。
ハリーは、どうしてか僕とそれからハーマイオニーを背に庇うと、ドラコを、どうにか言葉を探していますといった風に見上げた。
「ドラコ、あの、僕、わかってるよ? ドラコにはそんなつもりはちっともないって。でもね、みんながみんなドラコが紳士だと知ってるわけじゃないから。やっぱり、それはダメだと思う」
「なんの話だ」
本当になんの話?
「えっと、だから……」
ハリーが少し躊躇した後、ドラコの耳元へと手で隠した顔を寄せる。
ウワァ、ちょっとは慣れたつもりだったけど、やっぱり改めて見ると変な光景だ。目を合わせればいがみ合っていた『僕』とマルフォイが仲良くコショコショ話だなんて。
そして、ハリーのコショコショ話は静まり返った廊下ではまるで意味を成していなかった。
「ハーマイオニーや他の人にはすぐキスしちゃダメだよ。僕とマリアで我慢して。君のスキンシップをスキンシップと思わない人もいるかもしれないんだから。……できる?」
「…………」
「…………」
「…………」
ドラコの目は僕に、お前の弟だろう何とかしろ今すぐにだ。と凄んでいた。ちなみにハーマイオニーはドラコを痴漢でも見るような目で見ていた。ちょっと未来の目に近付いたね、ハーマイオニー。
とりあえずノーコメントのままどうにかカオスな現場を解散させて、子供たちを先導しながらパーシーの元へ追い付いた頃には、パーシーが太った婦人の前で合言葉を言うところだった。聞き逃さなくてよかった。入学早々、廊下の寝心地をこの身で確かめるハメになるところだった。
そして案の定、ハリーはともかくハーマイオニーからの物言いたげな視線が大変に痛いが、親友よ、どうか尋問は明日にしてほしい──そんな気持ちを込めて彼女の追随の目から目を逸らす。
だってもう、物凄く眠いのだ。前回も含めて初めての女子寮だっていうのに、室内を観察する気力もない。
幸いヘドウィグはハリーの元にいるので大して整理するような物もなく、さっさとパジャマを引っ張り出して代わりにローブをベッドヘッドへと掛ける。ローブのポケットから取り出したくしゃくしゃの羊皮紙をベッドサイドに投げ出して──ようやく、ついに、くたくたの小さな身体をプリベット通りの物置部屋とは大違いのふかふかベッドへと沈めた。
ごめん、ドラコ。やっぱり無理だ────おやすみ。
完全にマリアの意識が落ちた頃、何もなかった羊皮紙の上に文字が浮かんだ。
──おやすみ、マリア・ポッター。