ヒュンヒュンと穴を滑り飛び込んだ先で、真っ先に僕を抱き留めたのはハリーだった。その後ろに犯人の双子がワクワクを隠せぬ顔で待っていたので、ハリーの背を叩きながら余った手で親指を立てておいた。まぶしい笑顔と二本のサムズアップが返ってきた。
「まぁまぁ! いらっしゃい、ハリー、マリア」
台所から顔を出したモリー母さんから熱い抱擁を受ける。溢れんばかりの愛情に胸がくすぐったくなる。それを見ていたウィーズリー家の長男次男が、ハリーとマリアへ初めましての挨拶を済ませる。奥からジニーとハーマイオニーもやってきて、途端に賑やかになった暖炉前にカンカンのアーサーおじさんが戻ってきた。
「フレッド! あれは冗談じゃすまな──ア、いや、えーと」
「……フレッドがなにか?」
真っ先にフレッドを名指ししたアーサーおじさんは、次に奥さんの姿を目に入れて口ごもった。
「モリー、なんでもないんだ。ウン、そう──なんでも」
「フレッドがなんとおっしゃりたかったの? アーサー」
「まあ、まあ……モリーや……」
「アーサー」
勃発しそうな夫婦喧嘩の気配に、サッと目配せを回して二階のロンの部屋へと避難する。マリアに特になついてくれているジニーが腕にぴっとりと引っつくので、僕は幸せでならなかった。僕の元嫁がこんなにもかわいい。
「フレッドとジョージはなにをしてるの?」
ハリーからの疑問にはハーマイオニーとロンが答えた。W・W・Wの計画の話だ。二人の商売への才覚は本物だった。
……やっぱり、WWWの店主はあの二人でないとね。
階下の論争が終われば夕食だ。庭に作られた大きな簡易テーブルにモリー母さん自慢のご馳走が並ぶ。ハリーが初めて経験するガーデンパーティーだった。
ダドリーのダイエットに付き合わされ、昨年同様ため込んだ非常食と、友人たちの、そして後見人からの小包の料理で飢えをしのいでいた僕らにはまさしく天国であった。だってアツアツだ! もう、匂いに誘われた郵便フクロウにつまみ食いをされたり、雨風の旅ですっかり冷たくなった鍋スープを大切に取っておく必要はないのだ。
料理を囲んで、各々が自由に好きな話題で会話をする中、とある単語が耳に飛び込んできた。
──バーサ・ジョーキンズ。バーサ・ジョーキンズが行方不明という話だ。
途端に、バーサ・ジョーキンズについて話し合う二人以外の声が僕の耳の中から消えた。
今回も、バーサ・ジョーキンズはおそらく……ということは、ハリーが夢で見た殺された人間というのは────
「マリア? きらいなものでも入ってた?」
隣に座って楽しくおしゃべりしていたジニーが不思議そうに小首をかしげた。
「うん? いいや。僕ら、好き嫌いってほとんどないよ。無事に食にありつくのに必死さ」
「そう。ならいいんだけど。……今、すっごくむずかしそうな顔をしてたわ。あたしがベックおじさんの豆ペーストを食べた時みたい。おじさんが作る豆ペーストってゲロの味がするの。あっ、ママには内緒よ? でもママもぜったいそう思ってる」
顔も知らないベックおじさんへの酷評に笑ってしまう。それにジニーはほっとしたようだった。
「あたしの話がつまらないのかと思ったわ」
「まさか! ジニーと話せるならベックおじさんの悪口だって延々と聞けるとも」
「あらお上手。マリアってあたしのことが大好きね」
「そんなジニーは僕が大好きだよね」
「よくご存知ですこと」
クスクスと顔を寄せ合って笑っていれば、正面の双子の兄さんたちに「お二人さん、のちの魔法大臣パーシー閣下に今のうちにゴマすっておかないと同性婚できないぜ。おっと、パースとクラウチ氏の婚約が先か!」なんて野次を飛ばされてしまった。突然巻き込まれたパーシーが目を白黒とさせていた。
夕食もデザートへと差し掛かり、モリー母さんお手製のストロベリーアイスを平らげると、追い立てられるように子供たちは就寝を言い渡された。マグルから隠れてクィディッチ・ワールドカップ会場へ向かうのだから、早起きは必須だ。
「ねえ、マリア」
ジニーを挟んで、ハーマイオニーとジニー、そして僕でベッドへと寝転がる。ハーマイオニーは、寮でもそうだが、大変寝付きがいい。もう夢の中だ。
ジニーが僕の側へと寝返りをうって、少し見つめ合ってからふぅわりと笑う。
「あたし、マリアがいてくれてほんとうに良かったって思うの」
「どうして?」
「だって──ねえ? 三人ってちょっとずるいと思わない? もちろん、ロンとハーマイオニーと……ハリーのことよ。もう三人って決まっちゃってるの。だぁーれもその中には入れっこないんだわ。……うらやましい」
「ジニー……」
「でも、いいの。寂しいときにはマリアが側にいてくれるんだもの。あたしにはマリアがいる。こんなに素敵な姉さんがいるのよ。それって──すっごく贅沢! そうでしょう?」
声を抑えながらもキラキラした目ではしゃぐジニーに、ハリーにするように額を撫でてみた。ジニーは、猫がまどろむみたいにゆっくりと瞳を細めた。
「大好きよ。あたしのマリア姉さん」
「僕も大好きだよ。……僕のかわいい妹」
『僕』のジニーとは、もう、言えないけれど。──愛してるよ、ジネブラ。
***
翌日といえるほど眠れてもいなかったが、翌日。姿現しのできない未成年組は、アーサーおじさんに連れられて明け方からの出発となった。ポートキーを目指して小山を登り、その辺りの目立たないガラクタを探せというあやふやな指示のもと地面を見渡す。やがて、少し先でアーサーおじさんを呼ぶ男の声があった。
僕はふと、あるはずのない傷が痛む気がした。
──「生き残った男の子のために何人が死んだ」
彼から突きつけられた言葉を『僕』が忘れることはなかった。セドリック・ディゴリーの最期と共に。
彼は苦手だ。自分は被害者だと声高々に叫ぶ彼は、攻撃的なほど正しくて、正義の刃を振りかざす。
「彼はエイモス・ディゴリー。魔法生物規制管理部にお勤めだ。息子さんのセドリックを知っているだろう? マリアは特に仲が良いと聞いたよ。エイモス、息子のフレッドとジョージ、ロン、一人娘のジニーだ。こちらの女の子はロンの友達のハーマイオニー、うちの子じゃないけど赤毛がマリア、そして彼が──ハリー・ポッター」
「ハリー・ポッター!」
わかりやすく声が跳ねたエイモスに、ハリーは居心地悪そうに身じろいだ。彼の視線が無遠慮に稲妻の傷へと走るのがわかった。
「セドから聞いているよ。君と対戦した日のことを話してくれた……ハリー・ポッターにセドが勝った日のことを!」
「父さん、それはもういいでしょう。あれは事故だった」
「なにを謙虚ぶるんだね! うちのセドリックはこの通りジェントルマンでね、ええ? あのハリー・ポッターに勝ったというのに! そうは思わんかね? マリア」
「父さん!」
「お前がさっさとガールフレンドを紹介してくれないからじゃないか。こんな美人ならセドにぴったりだ!」
「マリアはそんなんじゃないって……」
チョウを差し置いてなにやら盛大な誤解があるらしいディゴリー親子事情に、なんとも言えずセドリックへと同情の眼差しを向けてしまった。「穴熊の貴公子も大変だな」「面白そうだから誰か蛇王子を連れてこいよ」とはウィーズリーの悪戯双子の言葉だ。まったく、期待を裏切らない。
「エイモス、そろそろ時間だ。さぁほら、みんな集まって。ポートキーに触れるんだよ。指一本でいい」
今回のポートキーは古ぼけた長靴だった。それにみなが輪になって触れ、一秒二秒と待つ。
「悪かったね、マリア」
隣のセドリックが囁く。
「かまわないさ。美人なガールフレンドというのは──ほら、間違いないだろう?」
意味を察したセドリックの耳がポッと赤くなった。……なるほど、親に紹介なんてできやしないわけである。賭けてもいい、チョウがエイモスと会える日が結婚報告日だ。
ポートキーの移動は一瞬だった。慣れない子供たちは地面に放り出され重なっていた。なんでマリアは立っていられるんだよ、とハリーはロンを起こしながらぷりぷりしていた。
お疲れな役員二人に使用済みポートキーを渡し、ウィーズリー一行はディゴリー親子と別れて指定キャンプ地へと向かった。──そこには。
「「シリウス!」」
なんとポッター兄弟の親愛なる後見人、シリウス・ブラックが待っていたのだ。取り戻した自宅に身の安全が保証されるまで缶詰だのマグルの家だから会いに行けないなんて魔法省は頭が固いだのと手紙であれほど愚痴……いいや、嘆いていたというのに!
マグルの格好に失敗している魔女や魔法使いに囲まれる中、彼は一等輝いていた。整えられた真っ黒の長髪にシンプルなベストスタイルの出で立ちはスマートで、ただ立っているだけでファッション雑誌の表紙を思わせた。ロックハートなんて目じゃない。ハンサムにミーハーな気質のあるハーマイオニーだって目をこぼれ落とさんばかりにシリウスを凝視していた。──ああ! ジニーまで!
「シリウス、どうしてここに?」
「クィディッチ・ワールドカップだぞ? 逃す手があるか?」
「でも、身の安全が保証されないと家から出られないんじゃ」
「こんなに役人がうじゃうじゃいてなにが起こるっていうんだ」
ああ、こうして口八丁にボディーガードとは名ばかりの監視を振りきってきたんだな、と僕とハリーは察した。
アーサーおじさんがぎこちなく握手を交わし──冤罪発覚まで、友人を裏切った血も涙もない男だと思い込んでいたのだ──子供たちも我先にと挨拶をする。特に赤毛の双子とは本能的に通じるものがあったらしく、後でじっくり話そう、なんてアーサーおじさんに冷や汗をかかせていた。
「さあテントを組み立てるぞ。マグル式だ! シリウス、ここに来たからには君にだって手伝ってもらうからな」
「ああ、もちろん」
マグル出身のハーマイオニーとポッター兄弟を中心に、手探りでテントを張っていく。途中、二代に渡る悪戯仕掛人たちが遊びだしてシリウスごとアーサーおじさんに叱られているさまは、まるきり学生にしか見えなかった。顔が良くなければ許されてないぞ、三十代。
「こんなものか。いやあ、すばらしい! どこから見てもマグルのテントだ! どうだね、ハリー? そう思うだろう? さて、次は薪で火を……っと、そうだシリウス、それからハリーにマリア。君たちでこれに水を汲んできてくれないか」
ヤカンを一つ、ソース鍋を二つ渡され、一応監督者としての指名だろうシリウスを連れて水汲み場へと向かう。アーサーおじさんからの気遣いなのだとすぐに理解した。シリウスとは積もる話がありすぎるのだ。
途中、パパの杖を振り回し母親に叱られている女の子を見てはマリアもああだった、ジェームズがそのたびにリリーに叱られていたと笑い、子供用箒を乗り回す男の子を見てはハリーも小さな頃から箒に乗るのが上手かったと語るシリウスに、僕もハリーも幸せでいっぱいだった。ダーズリー家では決して聞けない両親の思い出話にこうも簡単に触れられるなんて。
「ねえ、シリウス。手紙は受け取ってくれた?」
キャンプ場の端まで差し掛かったところで、ハリーは本命を切り出した。